辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第二章 ラクロス王国編

30 守ろうとしたもの

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「カイン、少しつきあえよ」

 いくら目の前の書類に集中しようとしても頭の中がぐちゃぐちゃで、何一つまともに考えられない。
 俺は剣を握り、カインに声をかけると鍛錬場へと向かった。

 昨夜からずっと、俺の中にあるという魔力のことばかり考えてしまう。
 こんな魔力があるから、俺はいつまでもあいつアシークにつけ狙われる。こんな呪われた魔力のせいで、たった一つの願いさえ、諦めなければいけない……

 ああっ!……もうたくさんだ!!

 今は、無性に剣が振りたかった。

 カインは、自分の作業を放り出して俺につきあってくれた。昨日から俺の様子がおかしいと、心配してくれていたらしい。

「何があったか知らないが、黒狼ロイドと手合わせできるのは嬉しいな」
「はっ、余裕だな。でも、今日はちょっとムシャクシャしてるんで、思い切りヤリたい気分なんだよ……そうだな、ハンデをやるよ。お前は魔力を使えよ、俺はなしで」
「……本気マジかよ」

 俺はそう言うなり、いきなりカインへと飛びかかった。
 カインが咄嗟に俺の剣を受け止め、俺たちの間に激しい火花が散った。

「……っ!いきなりなんて、汚いぞっ!」
「へっ、そう思うなら魔力を使えよ、カイン!」

 そう言うと、また、俺は剣を構え直してカインへと斬りかかった。
 カインは日頃から鍛えているだけあって動きがいい。だが、実践経験がないせいか、剣筋が正直すぎるのが玉にキズだな。こいつがどう動くかなんて、俺にはすぐに見透かせる。

「ほら、カイン、遠慮せずに魔力を使えよ!」
「ああっ、ちくしょう!」

 俺に押され気味だったカインは、悔しそうな顔をするとその剣に魔力を込めた。途端に、カインの剣が速さを増す。

 昔は、訓練中に対戦相手がこうやって魔力を使うたび、悔しくて仕方なかった。
 魔力さえ使わなければ負けるはずのない相手に打ちのめされ、泥濘の中に転がされると、すぐに親父どのの怒鳴り声が聞こえてきた。

(ロイド、お前の力はそんなものか!泣く暇があったら、さっさと起きて剣を構えろっ!)

 その度に、俺は泥と一緒に悔し涙を拭って、次の対戦相手に挑んだ。ちくしょう、魔力さえあればこんな奴らに負けやしないのに……その悔しさが俺の力になった。
 この身体を極限まで鍛えるんだ。誰よりも速く、誰よりも重く、誰よりも強く……
 そうしなければ、騎士団一の実力をもつルシアンの隣に並ぶことができなかったから。
 
 それが、今、俺はこの世界の誰よりも強大な魔力を持ってるっていうんだから……皮肉なもんだな。

 ガキッ!!

 目の前で剣の刃が重なって、鈍い音を立てた。
 気づけば、カインが俺の剣に押されて地面に転がっていた。

「参ったよ……魔力なしでも、こんなに強いなんてな。やっぱり、ロイドはすごいな!」

 カインが、眩しそうに俺を見上げる。その姿に、かつて俺にそう言ってくれたひとの姿が重なった。

(……戦場で私が背を預けられるのはお前だけだ、ロイド)

 いけない……俺は、急いでその思いを振り払った。
 今、考えてしまったら、せっかくの決心が鈍ってしまう。どんなに、会いたくても……

 ああ、ダメだ!
 どうしても、この想いを止めることができない。

 (お前と出かけるなんて、楽しみだな)
 
あの声を聞いたのが、もう遥か昔のことのようだ。あの約束を断ってから、一度も顔を合わせていない。

 会ってしまったら、こんな世界のことなんかどうでも良くなってしまう。触れてしまったら、今度こそ、俺の全てを捧げてしまう。
 すると、この忌まわしい魔力が甦って、その後は……俺は、世界を滅ぼしてしまうようなこの魔力を使うこともできず、あいつアシークの陰に怯え、ルシアンさえも危険に晒してしまうんだ。

 そんなことを考えながら、歩いていると、回廊の向こうにルシアンの姿が見えた。それまで誰かと真剣な顔をして会話してたくせに、俺に気づくと、ふわっと優しい笑顔を俺に向けてきた。
 そんな優しい顔を向けられれば、すぐにでもルシアンの元へ駆けて行きたくなる……でも、俺は顔を背けた。ルシアンの視線が俺の背を追ってきても、気づかないふりをして。

 そして、夜空に月が高く昇る頃になっても、俺が薔薇の庭に行くことはなかった。
 ルシアンはきっと長い間、俺のことを待っていたに違いない。そう思うと胸が苦しくなる。でも、わかってほしい。あの伝言に込めた、俺の精一杯の想いを……ごめんな。

 ああ、また、泣きそうだ。
 
「ロイド?……顔色が悪いけど、大丈夫か?」

 気づくと、カインが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「あ、すまない……ぼうっとしてた」
「熱でもあるんじゃないか?」

 そう言って、カインが俺の額に手を当てた。
 その大きな手のひらの温かさに、また何かを思い出しそうになって、思わず強くその手を振り払ってしまった。

「あ、すまない……びっくりして」
 
 気まずくて、必死に他の話題を探した。

「そう言えば……調達物資の確認はできたかって、ジャンから催促が入ってたな。俺が行くはずだったんだが、結局行けずじまいで……そうだ、カイン、一緒に行ってくれないか?」
「え、いいのか?」
「いいも何も、俺たちの仕事だろ?」

 こんな面倒くさい仕事でも、俺と一緒ってだけで笑ってくれる……そんなカインの明るさが、今はありがたかった。

 そして、身支度を整えて、王宮の噴水前で待ち合わせをしたのだけど……

「ロイド、少し話がしたい……」

 どうして、ここにお前がいるんだよ……ルシアン。

 俺はすぐに背を向けて、その場を立ち去ろうとした。だが、すぐに腕を掴まれてしまった。

「何があったんだ?一昨日も、昨晩も……顔色が悪いな。身体の具合でも悪いのか?」

 そう言って、俺の顔を覗き込もうとする。
 その藍色の瞳を見ないように、俺は慌てて顔を背けた。

「なんでもない……ちょっと忙しかったんだ。出発まで日もないし、もうお前と会う時間も作れないと思うから……」
「おいっ、どうしたんだ……私を避けるみたいに……父上に何か言われたのか?それとも、私が何かお前の気に触るようなことを?……怖がらせてしまったか?」

 そんな、俺を心配をするようなことばかり……

「いや、お前のせいじゃないから……」
「なら、どうしたんだ!ロイド、私を見ろ!」

 ルシアンが声を荒げたところへ、カインが慌てたように駆けてきた。

「失礼します。私は、ヴェルナー伯爵家の者ですが、この者がどうか……って、えっ、ルシアン団長?」
「お前は……『黒曜の槍』オブシディアンの隊長だったな。私は、今、ロイドと話をしているのだが、何の用だ?」
「用と言われても、これから一緒に出かけるので」
「なんだと!」

 ルシアンが、カインではなく俺を見た。

「そうだよ。これからカインと街へ出かけるんだ……だから、この腕を離してくれ」

 わざと誤解させるような言い方をしたかもしれない。でも、これでもう、いい加減わかってくれるだろう。

「行こうか、カイン」

 俺は、ルシアンの視線を振り切るようにして、カインの腕を取って歩き出す。
 俺の背を追うように、少し寂しげな声が聞こえてきた。

「ロイド……そいつと、随分仲が良いんだな」

 止まりそうになる足を無理やり動かす。ちらっと見えてしまった藍色の面影を、必死に振り払った。

 あんな、顔をさせたかったわけじゃなかった。



 ◇

 
 「さあ、これでリストに載ってた品物は全部確認し終わったな。なあ、このまま一杯飲みにいかないか?」
 最後の店を出たところで、誘われるままにカインの馴染みの店へと向かうことにした。
 
 夕暮れ間もない頃、市場通りは夕食の買物客で溢れ、活気に満ちていた。
 野菜や果物を積んだ屋台、香辛料の香り、肉を焼く香ばし臭い……威勢の良い商人の呼び込みに人々の笑い声が混ざって、まるで祝祭のような喧騒だ。

「賑わってるな。こういう空気は久しぶりだ」

 俺がそういうと、カインが俺を振り返った。

「少しは気晴らしになったか?昨日から元気がないようだったからさ。出かける時も、ルシアン団長と揉めてるようだったし、何か心配ごとか?」
「いや、何も……」

 俺がそう言いかけた時、屋台に並んでいた人々の間から、若い娘たちの華やいだ声が聞こえてきた。

(あそこの騎士さまたち、どちらも素敵ね?)
(ええ、私、好みタイプかも!)
(ねえ、誘ってみましょうよ!)
  
 彼女たちの弾むような声が、ここまで聞こえてくる。

「カイン、お前って、やっぱりモテるよな」
「あのなぁ……」

 なぜかカインが呆れたような声を出した。
 
「ロイドって、ほんと自覚ないんだな。俺よりロイドの方が、断然、格好いいよ」

 そのカインの声が、遠い記憶にある声に重なった。

(ほんと格好いいな、俺の黒狼ブラックは……)

 いけない。また、思い出しそうになって、慌ててその記憶を振り払った。
 すると、いきなり背後から誰かに背を叩かれた。

「よお、ロイド!こんなとこで何してんだ……って、今日は銀狼シルバーじゃなくて、別の色男を連れて歩いてんのか?楽しんでるねぇ」

 軽い口調で、俺を見ながらニヤッと笑っているのは、『闇の牙』ダークファントムの隊長アレックスだった。

 ルシアンの名を出されると、少し胸が痛む。だが、俺は、何気ないふうを装った。

「アレックス、お前らは市中の見回りか?」
「ああ、夕食時はスリやかっぱらいが出るからな」

 なんと、精鋭騎士団が市場の見回りまでやってるらしい。やっぱり人手が足りてないんだな。

「もうすぐザハラ国へ出発するっていうのに、大変だな」

 アレックスの背後にいる騎士たちの中に、フランツの姿も見える。

「フランツ?なんだかひどくぐったりしてるけど……おーい、生きてるか?」
「ははっ、まだ死んじゃいないから大丈夫さ」

 そう言って、アレックスが豪快に笑った。
 まあ、アレックスはこう見えても面倒見はいいから、もう暫く任せていても心配ないだろう。

 その時、俺の隣で、カインが身体を強張せた。

 「アンジー……?」

 その声がわずかに震えていた。

 カインが見つめる先にいたのは、王都軍の女騎士だった。すらっと均整の取れた身体つきに、漆黒の黒髪を高く結い上げている。人目を引く美女だ……その頬にザックリと刻まれた傷跡さえなければ。

 アンジーと呼ばれた女騎士は、カインの姿を目に留めると少し微笑んだ。だが、すぐにスッと視線を逸らしてしまった。この二人の間にはどこか張り詰めた空気が漂っていて、気軽に触れてはいけないような気がした。

 俺たちが向かう酒場に、アレックスたちも後から顔を出すと言う。
 じゃあ後でなと一旦別れて、俺たちは再び歩き出した。陽がゆっくりと傾き始める頃になると、夜の街へ繰り出そうとする人々で通りはますます賑わってきた。
 
「なあ、この先に俺が気に入ってる場所があるんだ。景色が綺麗でさ、良かったらちょっと寄っていかないか?」

 そう言って、カインが爽やかな笑顔を見せた。

 人通りを外れて高台に向かう。
 ここまでくると、街の喧騒も少し落ち着いて、頬を吹き抜ける風が心地良かった。
 周りの木々の影が長くなり、空がそろりと茜色に染まり始めて……その先に広がる景色に、俺は息を呑んだ。

 美しい、夕焼けだった。
 夕陽に照らされる街並が、まるで黄金に染められているようだ。
 
「な……きれいだろう?」

 カインが、ぽつりと呟く。だが、俺は胸がいっぱいで、何も言うことができなかった。

 夕陽に照らされる街並みに、母親に手を引かれて、店先に並ぶ菓子に目を輝かせる子どもがいる。赤ん坊を抱いた若い夫婦が笑い合っている。花屋の前では、男性が真剣な顔で花を選んでいる。肩を寄せ合って夕陽を眺めている恋人たちがいる。
 俺たちが命をかけて守ってきたものが、ここにある……
  
 「本当に、きれいな景色だ……」

 そう呟くと、ふいに、耳元にルシアンの声がしたような気がした。
(これからは二人で一緒に、戦場でやれなかったことをしよう……)
 それは、俺たちの未来への約束だった。

 心の中に、言葉にできないもどかしさが広がる。

 今、こんな美しい景色を見てるのに……隣に、お前がいない。

 指先で、そっと藍色のピアスに触れた。

  
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