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再び、嵐の現実
健全な俺達が恐れるのは、世間体と頭文字Rのジャンル分け
しおりを挟む「うるせえ死ねええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
(前回はここまでッ!❤)
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「うわっ!」
完全に想定外だった展開に情けない声を出してしまった。
玄関から見た奥の六畳間 (現在地)の向かって右側、押入れだと思っていた襖の先はもう一つの部屋だった。中はテレビ画面らしき光がいくつも煌々と照っているだけの暗い空間で、詳しい様子は分からない。
仕切りの襖が叩きつけられた柱の延長上にある京壁風パネルに亀裂が入り、パラパラと少し崩れ落ちた。
あっ…と思った瞬間、暗い部屋の更に奥の壁がバン!!って鳴った。みんなで同じ方を見た。
これはアレか、お隣さんもキレたやつか。
ついでにその壁バンの衝撃でまたしても京壁パネルが崩れた。ああ…これは退去時に敷金削られるな…。
「後でまたお隣さんに謝りに行かねーとな…」
青沼さんが呟いた。
またって言った? しょっちゅうなの?
「ちょっと、集中出来ないでしょ! 何騒いでるんですか!」
叩きつけた襖をスゥッと閉じ、先ほどかなり危険な事を叫んでいた特大のボリュームとは打って変わって壁バンを意識した声の大きさに落としプンスコ文句を言ってきたのは、司令の制服とデザインの共通点があるジャケットを着た二つおさげのメガネっ娘だった。年上なのか年下なのかはちょっと分からない。童顔っぽいけど。
「おお、すまんな桃井君。私とした事が取り乱してしまったようびゃ(イタッ 」
えっ? なんて言いました? 誤植??
「まったく…ちょっとしたミスで何人の仲間が傷つくと思ってるんですか? 戦ってるのは私だけじゃないんですよ!」
桃井と呼ばれた女性 (少女って言ったら失礼かもしれないので)は、恐らく上司であろう司令に対して明らかな不満をあらわにして捲し立てる。
司令のおおらかな感じのせいかもしれないけど、司令ってなんか扱い軽いよね。青沼さんなんて敬語すら使ってないし。
…って、戦ってるのは私だけ?
「まあまあ、ピンク」
えっ、なにピンクって。恥ずかしい。
「それよりこいつを見てみろよ! どう思う?」
「すごく…大きい…じゃなくて! この人は…?」
メガネの奥の瞳がギラついた気がした。
なんか今すごく不審な事言いかけなかった?
「は、初めまして…」
女性に対して免疫が薄い俺はつい固くなってしまう。仕方ないやん、バイトの接客とは違うもん。
「待ちに待ったレッドだ!」
「赤城です」
漫画なら背中にジャジャーン!!って擬音を背負いそうなノリで発表する青沼さんを、俺は見もせずに切り捨てる。
青沼さんなら雑に扱っても大丈夫だと思ってしまった辺りかなりこの空気に馴染んできてしまったのを嫌でも痛感する。死にたい。
「あなたが…? …じーーーーー…」
メガネっ娘がズイっと俺ににじり寄り、メガネの縁を摘まんでクイっと位置を調整すると、俺の全身を嘗め回すように観察しながらゆっくり周回する。
ていうか『じーー』って口で言う人初めて見たわ。奇行種か。
「な、何でしょうか…?」
桃井さんとやらは無反応で『じーー』と呟きながら、ひとしきり観察し終わったかと思いきや俺の正面に立ち、ちょっとイケナイすっごい近距離で下から覗き込むように顔を近づけてきた。ふ、ふ、触れちゃう!! くちびるがッ!!
あ、あ、あ、アカンて!! 僕未成年やねんで!!?(混乱)
ていうか何で司令といいこの人といいこんなに接近してくるの!?
しかし彼女が続けて質問してきたのはこの物語のレーティングがR18になるかもしれないような物ではなかった。
「あなた、IT詳しい?」
「ふぉえっ!? あ、いや、あんまり…」
触れないわけではないけど、正直一般の人の基礎知識くらいだと思う。
そう正直に回答すると……桃井さんとやらは俯いてスゥッと離れた。この人いま畳の上を歩かないで平行移動しなかった? 怨霊かよコワッ!
「カーーーーーーー! ペッ!!! 使えねぇなクソが!!」
「ええええええええええーー!?」
痰ペッってここ部屋の中!?って思ったらちゃんとゴミ箱あった。すげえ痰コントロールだ。
いやそうじゃなくて! そこまで唾棄される程の事ですか!?
「アナタ最近の若者でしょ? 不健康不健全日光嫌い引き籠もり閉じ籠もり親の脛齧ってフィギュアに埋もれて『俺はe-スポーツ王になる!』って夢見ちゃってる系のオタクの象徴とか星じゃ無いの!?」
なにその世界線怖すぎ。いや混ぜすぎ。
「それ以上いけない」
青沼さんが無表情で止めに入った。
なんだそのキャラ。どっかで見たような。
「や、あの、そのですね…」
「(ヒュー)そういきなり凹《ヘコ》ますものではない。(ヒュー)彼女は桃井君。担当はピンクと情報ヒューヒューだ」
司令がいきなり険悪になりそうだった空気を取り持った。『担当はピンク』ってどういう事だろう…。響き的にイケナイ想像してしまいそう。
…いや、無いな。痰ペ女じゃ。
俺は瞬間的にこの人に対する色気情報を破棄した。
「(ヒュー)我々の地域の情報ヒューヒューは彼女が実質ひとりで担当している。(ヒュー)電脳世界における諜報活動のプロフェッヒョナルであり、組織のブレインでもある」
え?? 何て???
「ま、とりあえずよろしくね新人君。当然先輩である私には絶対服従よ」
さっきから物凄く気になる誤植を物ともせずに桃井さんがあり得ない角度でふんぞり返る。
その際、あんまり胸無いな…って無意識に思ってしまった事は作品のレーティング上がっちゃうかもしれないから神様には内緒にしてほしい。
それはともかく…
「新人って、俺はまだ…」
強く反論しようとしたつもりなのに、語尾が力無くすり抜けていく。
まだ何だと言うのだろう。分かってはいる。分かろうとしたくないだけで。
二の句が続かない俺を待つ事無く司令は続ける。
「(ヒュー)そしてもうひっている事だろうが彼は青沼君。担当はブルーとヒヒン確保だ。(ヒュー)君には彼と共にヒヒン集めの役割を担ってもらう事になる」
脳内では俺と青沼さんが馬の群れを追い回してとっ捕まえていた。
ああもうくっそ集中できない! ヒューヒューって桃の天然水かよ!! 何なの!?
「よろしくなレッド! 平和のために頑張ろうぜ!」
青沼さんが満面の笑顔と共に右手を差し出してきた。この手を取ったら、もう———。
そう思った瞬間、どうしても俺は最後の抵抗に出てしまった。
「だから待って下さい! 俺はまだ何も分かってないんです! それなのに勝手に仲間扱いしないで下さい!!」
目を、閉じた。
分かってる。いや、分かりかけていた。これは多分、自分が真ん中にいないのに世界が勝手に回っていくことを認められないだけの、子供じみた我儘だ。
だから目を閉じた。青沼さんの、今知り合ったばかりの桃井さんの、そして司令の顔を、表情から予想出来るであろう感情を知るのが怖かった。
一瞬の、永遠とも取れる凍り付いた沈黙が流れる。しかしそれはある意味期待通りの言葉にて破られた。
「…甘ちゃんめ」
初めて、司令の声が、研ぎ澄まされた刀のように突き刺さった。
(本編次話【頭脳戦の様相を呈してきたのに如何せん内容がしょっぱい】に続くッ!)
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