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激流の如く過ぎ行く時の、裏側で深深と変わりゆく世界の話
とある歴戦の女傑の、穏やかで麗らかで爽やかな血生臭い記録
しおりを挟む※この物語は本編に対する『とある外伝』です。
なんのこっちゃ!とならないように、少なくとも第9話、
【どハイテクとどアナログがお手手つないで俺の脳を殺しに来るんですが】
を読んで頂くか、どうせなら一層の事最初から通してご覧下さい。
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さて困ったね。
何でもかんでも自動的になってそりゃあ便利だとは思うわ。
お米を炊くにしても竈で薪を燃やして煙で涙流しながら初めチョロチョロ中パッパって火の番をする必要もなくなったし、お風呂を沸かすにも竈で薪を燃やして煙で涙流しながら初めチョロチョロ中パッパって火の番をする必要もなくなった。
同じ事を二回繰り返してないかって?
ボケたと思ってるんだろうけど、生憎まだ認知症診断で疑いありの結果は貰ってないよ。
まあ違いがあるとしたら、火にかけている物が喰う食材か喋る食材かってくらいさね。旦那なんてその程度の雑な扱いでいいのさ。煮詰めて出汁を絞り尽くした出涸らしみたいになってもピンピンしててくたばりやしない。
まあ、じさまを始末する算段は自分が死ぬまでの間にじっくり練るとして。
困った。
最近、孫が祖母孝行だと言ってテレビを買ってくれた。
息子の嫁のアンチクショウから生まれたとはとても思えないようなよく出来た孫で、あたしの自慢のひと粒種だ。" あの日 " から一緒に暮らすようになって、もう何だかんだとあっという間に二十歳も超えて数年経ってるし。
時間の流れが骨身に染みるが、嫁のアンクソヤロウから生まれたとは思えない程に真っ直ぐいい男に育った。
その孫が、今やあたしら老害でもその単語を耳にしない日は無い『スマホ』の使い方を教えてくれるようになった。なぜテレビの流れからスマホの話に移ったかは後で話すけどさ。
息子も一人身の時はあたしが新しい物に興味を持つ度に色々と教えてくれたが、嫁のアンコマンタレブーとくっついてからは冷たいモンだ。まあ孫がその分可愛いからチャラにして…いや許さん、お釣り寄越せ。
とまあそのスマホだけど、いくらあたしが新しい物好きといっても流石にこれは世界が違う。ペリーが浦賀に来航した時に届きもしない大砲をバカスカ撃った侍を馬鹿にした事もあったが、『理解の追いつかない物にとりあえずカマしてみる』事が出来ただけでも凄かったんだと今更思うわ。
あたしは『とりあえずカマす』事も出来ずに、目の前の座卓に鎮座したスマホと正座して正対している。千日手の如く、手を出そうにも出せない戦が繰り広げられている。じさまは正座して微動だにしないあたしを見て「とうとう死んだか?」なんて軽口叩いて犬の散歩に出て行った。犬を残してトラックにでも轢かれてしまえ。
孫の説明をもう一度思い出す。
ホワンホワンホワーン。
……
「ばーちゃん、よくリモコンとかゴチャゴチャになっちゃって分かんなくなっちゃうだろ? いろいろ新しい電化製品に手を出すのは感覚が若くていいと思うんだけどさ」
やだよ若くていい女だなんてアンタ❤ 2割5分はあたしの分身の癖に❤
「で、いい事思いついたんだけど、こないだ調べてたら、電化製品のリモコンってスマホのアプリで代用できるみたいなんだよ」
スマホとあぷりってのは別のモノなのかねぇ? あぷりってなんだかおいしそうだね。炙ってプリプリ? マグロの目玉みたいな感じかね。ジュルリ
「ばーちゃんにやれって言っても流石に分かんないと思うから、俺が買ってあげたテレビとか、DVDだとかエアコンだとか、みんなこのスマホで操作できるように専用のリモコンアプリをダウンロードしておいてやったから。そしたらこの大量のリモコンはとりあえず一旦しまっちゃってもOKになるし、電話したり写真撮ったりするのにばーちゃんスマホいつも携帯してるから、ひとまとめにすれば無くさなくて安心だろ?」
はぁ~~、理屈はいまいち分からないけど、ピラミッドみたいに山積みになってるリモコンが全部この中に入っちゃうって事かね。技術の進歩ってのは凄いモンだ。でもどう見てもこんな薄っぺらい物体に寸法的に入りそうもないんだけどねぇ? 万力で潰してねじ込むのかね。…技術の進歩ってのは力技なんだねぇ、くわばらくわばら。
「こんなちっこい板一つで何でも出来ちゃう時代なんだねえ…」
「リモコンだけじゃないぜ。ちょっと画面小さいけどテレビも受信できるし、音楽だってデータで何百曲も保存できてどこでも聴けるし、パソコン無くてもインターネットがいつでも見れるし。それに、最近の家電はスマホと無線で連動して操作したりも出来るんだぜ。ちょっと覚えるまでが面倒だけどな」
無線か…。じさまが若い頃、趣味でアマチュア無線の免許を取って、それが高じて自宅の庭に巨大なアンテナ建て始めた時は流石に何かが切れたっけねえ…。阿保みたいな量の機材と一緒に鉄塔の先端に百舌鳥の速贄のように突き刺してやろうかと思ったわ。無線も手軽になったもんだ。
「俺も無線使ってるんだぜ? イヤホンとか昔は長いコードが邪魔だったけど、今はBluetoothでペアリングすればコード無しで使えるし便利だよ。…って、一気に説明し過ぎだよな、ごめんごめん」
何の事かはさっぱりだけど、『ぶるーとぅーす』っていうのを使うと、スマホと無線でやり取りができるって事だね? ふふん、お舐めになるんじゃないよ、それくらいは予想出来るさね。
ぶるーとぅーす…『ぶるー』の『とぅーす』…。つまり、青い歯? 歯を青くするって事かい、そりゃまたけったいなこったね…。けれど孫は別に歯は青くなかった気がするが…もしかしたら髪の色が群青に近い珍しい色してるからそれで代用してるのかね?
「じゃあリモコンアプリの使い方教えるな。まず…」
……
ホワンホワンホワ-ン。
やだよもう、大事なのはここからじゃないのさ! なんで頭の録画テープが切れちゃうの!
自分の記憶力の劣化のせいだとは言え歯がゆいねえ。…ま、自分を責めても仕方ない。新物好きの名に懸けてやってみようじゃないか。じゃないといつまで経ってもテレビが見られない。
ええと、記憶している物から順に潰していこうか。とりあえず無線がどうこうって話だったね…。確か『ぶるーとぅーす』が何だとか…。
あたしの頭は生憎群青色じゃない、時代と苦労を重ねた富士の峰色だ。という事は、例に倣って歯を青くしなきゃならないって事か…。難しいね、若い子はどうやってるんだろうね。
入れ歯をガバチョと外して洗浄液に浸ける。その間に着色料探し。
まさか青マジックで塗るわけにもいかないだろうし…そう言えば昔、じさまが何をトチ狂ったか青い口紅を買ってきたことがあったっけ。あの時は大喧嘩になった。あまりの乱闘騒ぎに隣近所から止めが来たほどに。…ふふ、懐かしいねえ…。その話をするとじさまはあの口紅の色みたいに真っ青になるけど。はて、実際は浮気でもしてたのかね。
ええと…確か…捨てる理由も無いからと…この辺に残して仕舞っておいたはず…。ああ、あったあった。
やだねえ、こういうどうでもいいような記憶はいつまでも残ってるってのに、大事な孫の話は忘れちゃうんだからもう。
洗浄が終わった入れ歯を救い上げて丁寧に水気を拭き取る。
そして色を塗ろうとして…そういや、どれだけ塗ればいいんだろうね? あんまり奥歯まで塗るのも後で大変そうだし…とりあえず上の前歯だけでいいか? 天然素材だから体内に入ってしまっても一応大丈夫、との事だけどやっぱり心配だからね。中心から左右対称に合計6本を塗り塗り、と。
よし。下準備は終わった。いざ装着。唾液で溶けたりの心配もとりあえず大丈夫そうだ。
…ふふ、なんだか変身したみたいでワクワクするね。心なしか体が軽くなって頭がスッキリした気がするよ。何歳になってもこういう変化を楽しむゆとりってのは大事なんだろうね。
さて、これでぶるーとぅーすってのが使えるって事で合ってるのかね? どれどれ…
あたしは座卓にスマホを置いたまま、孫が買ってくれたテレビのある隣の居間に移動する。
頭の中でいつものスマホの画面を思い浮かべて…あら? なんだかいつもよりも鮮明に思い出せるね? 気のせいかしら。
確か孫が追加してくれたって言っていた【テレビのリモコンのあぷり】は…コレだったかしら。
脳内の画像を、想像した自分の指で押す。
あら、画面が変わったけどこの先どうしたらいいのかしらね? あ、でもこれ良く見るといつも使ってるリモコンと同じデザイン? だとしたら…電源のスイッチは確か…。
ピッ
ぶぃぃぃぃぃぃぃん
元気良く動き出したのはテレビの右上の方に設置してあるエアコンだった。
あらやだ、なんでエアコンが動いちゃうのかしら。おかしいねえ。やり直し、と。イメージイメージ。
ピッ
ぶぃぃぃぃ………スン
ポチっとな。
ピッ
ぶぃぃぃぃぃぃぃん
…もしかしてこのリモコンのあぷりじゃないのかね…。えっと、最初の画面に戻って…違うリモコンのあぷりを…あれ、これまた見覚えのあるリモコンだね…電源は…これか…。
頭の中に浮かんだスマホ画面を操作して、となりのリモコンのあぷりマークを開いて操作する。
ピッ
部屋の電気が消えた。
ピッ
点いた。
…キリがないねこりゃ…。仕方ない、ばばの意地を見せてやる!って思ったけど、大人しく餅は餅屋に聞くとするかね。えーと、電話のマークを押して…お気に入りの欄、からの、孫、と。
プ プ プ プ プ … プルルルルルル… プルルルルルル… ……
『もしもし。あ、ばーちゃんどうしたん?』
孫の声が聴こえる。あらやだ、なんだろうね、いつもよりも孫の声がハッキリと聞こえる気がするよ。相変わらずいい声してるねえ…ってヤだよアンタ❤ 実の孫だってのに❤
「忙しい所悪いねぇ、ちょっとこないだスマホに入れてくれたって言うリモコンの…」
『もしもぉぉぉぉぉぉし!!! 聴こえる!?』
ハァァァァァァ!!???
ちょ、いくら何でも声が大きすぎないかい!!??
ハッ…! もしや掛ける相手間違えたかしら!?
「す、すいません、間違えてお電話してしまったかしら…、こちら青沼さん(他人行儀)のお電話でしたか?」
『あー、うん、そう、俺俺、俺で合ってるよ!』
ああよかった、いつもと反応が違ったからびっくりしたわ。ぶるーとぅーすのせいかね?
「ああよかった、だからね、あんたがこないだスマホに入れてく」
『ちょっと声遠いんだけどぉぉぉ!? どこで喋ってんの!!?』
ホアアァァァァァ!!!??
待って、心臓に悪い!!
「そっちの声は良く聞こえるんだけど、こっちの声は聞こえにくいモンなのかい!? スマホは和室に置いてあってあたしは隣の部屋で話してるんだけどさ!」
『…いやいや、ちゃんと手に持って耳に当てて喋ってよ! 隣の部屋から喋ったって聞こえる訳ないでしょ!?』
あら、そうなのかい。微妙に不便なんだねえ。
言われた通りにスマホを手に取り耳に当てる。
「これでいいかい?」
『そう! そうそうそう!』
こうして耳に当てるとさっきよりも細かい音が聞こえる。凛とした感じの女性の声が何か喋っている。" あの上司さん " かね? 電話してても大丈夫かしら。
『で、何がどうだって?』
おっといけない、そうだった。
「こないだ、あたしのスマホにリモコンのあぷりってのを入れてくれたって言ってたじゃない?」
『うん』
「それを今試してるんだけどね」
『うんうん』
「テレビのリモコンのあぷりを弄ってる心算なんだけど、隣のエアコンがついたり消えたりしちゃってね…」
『えっ!? マジかよ!』
ええっ、そんなに驚く事なのかい? なんか不味かったのかね?
『ばーちゃん…それもしかして…力に目覚めたんじゃねーの!!??』
あ゙??
一瞬何を言われたか、日本語であるはずなのに理解までに時間を要した。しかし理解が追い付く前に孫は間髪入れず畳み掛けて来る。
『いやいや、だって、テレビのリモコンなんだろそれ。なのにエアコンが動いたり止まったりするって…どう考えてもおかしいじゃん!』
「や、や、だからこうしてあんたに電話を」
『ばーちゃんの " エアコンを操る力 " が覚醒したんだよ絶対!!』
…
……
………
…………昔から、不思議な事を言う子だったっけねぇ…。まあ、あたしも一枚噛んでる事でもあるけどさ。
「ちなみになんだけど、天井の電気も点いたり消えたりして」
『すげーーーー!! 流石は俺のばーちゃんだぜ! 俺もそういう特殊能力があるんだけどさ、ばーちゃんからの遺伝だったんだな!』
え、何だって? いや、褒められるのはそりゃ嬉しいっちゃ嬉しいけどね、まずは人の話を聞きなさいよ。
「ちょっと待ってって、落ち着きなさいよ。あんただけ分かっててもしょうがないでしょう。あたしにも分かるように説明しておくれよ」
『え? 何言ってるか分からないって? 細かい事はいーーんだよ。帰ったら説明すっからさ、今日はお祝いしようぜ! お赤飯がいいか!?』
あたしは直感した。あ、こりゃもうダメだわ。一旦火が入るとこの子の母親のアンオカチメンコとおんなじで人の言う事なんて一切聞きやしない。やれやれ、いい男なのに玉に傷だねえ…。いい男なのに。二回言うけど。
「分かった分かった。あんたが帰って来てからでいいわ。仕事中か何かだろう? 隣に上司さんがいるっぽいけど大丈夫なのかい?」
『ああ、うん、とりあえず一旦切るなー』
「帰ったらどういう事なのかちゃんと教えとくれよ!」
『うん、また後で!』
通話が切れる。自分以外誰も居ない部屋に再び静寂が漂う。
全く、騒がしい子だよ…。
ふふ、" あの日 " から随分と強くなったもんだ。
あたしは一人、含み笑いをひとつこぼし、座卓にそっとスマホを横たえると、目を閉じ───
ピッ
ぶぃぃぃぃぃぃぃん
エアコンがこれ。
ピッ
パッ(点灯)
電灯がこれ。
ピッ
ヴゥゥゥゥゥゥン…
電子レンジだってこの通り。
ピッ、ピ、ピ、ピッ
ざばぁぁぁぁぁぁぁ…
洗濯機にリモコンって要るのかねえ。
(『ばーちゃん…それもしかして…力に目覚めたんじゃねーの!!??』)
今の若い子達の言っている事はあたしらのような老いぼれには理解しがたい物ばかりだけど…
ピッ
テレビのスイッチが入る。他愛の無い午後のワイドショーの、下らない揚げ足取りが流れてくる。
さっきよりも明確に【仕組み】が理解できた。一旦落ち着いて分析すればなんて事は無い。
老いさらばえてこそ、そこから目覚めるモノもある。ってワケかい。
「あ…あわわわわ…」
背後でドサッという重たい砂袋が落ちたような音。まあ、見なくても分かるけどね。
概ね身動き一つせずに家電を操るばばあの姿に何かを勘違いして腰でも抜かしたんだろう。それとも「死んだか?」と軽口を叩いた事に対する報復でも恐れたのか。馬鹿だねぇ。
あたしはゆっくりと振り返ると、情けない姿でガクガク震えている愛しい男に微笑んでやった。
「ヒィィィィ!!!?? お…、鬼…ッ…!?」
あ、そういや上の前歯が青いんだったわ。
…しかし言うに事欠いて『鬼』とはねぇ。
「やれやれ。あたしを呼ぶなら——」
かつて見た時代劇の、ここ一番のキメポーズを思い出して真似をすると、見栄を切って言い放つ。
「——【無線使い、荒草】とでも呼んどくれ」
全く…死ぬまで人間、一日にして成らず。ってこったね。
こりゃ明日から楽しくなりそうだ。
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※ 一方、その頃。
青沼さんが通話を終え、こちらに戻ってきた。うっすらと浮かぶ汗、興奮に紅潮した表情で。
「司令…、もしかしたらまた戦士が増えるかもしれねぇぞ…!」
正気ですか。ばーちゃんでしょ…。
(本編次話【健全な俺達が恐れるのは、世間体と頭文字Rのジャンル分け】へ続くッ!)
応援ありがとうございます!
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