明治あやかし黄昏座

鈴木しぐれ

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第三幕 つむじ風

つむじ風―2

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 打ち合わせは、誰もいない客席にて行われるらしい。この形の客席は平土間と言い、升を作っている低い柵は動かせるらしい。位置を調節し、客席後方に打ち合わせをする場所を確保した。
 佐奈も同席するらしく、よろしくね、と隣に座った。

 表から、若い男がやってきた。琥珀と同じか少し上くらいだろうか。琥珀に案内され、ぺこりと頭を下げながら、客席に入ってきた。茶色の着物を身に纏っていて、背が高い。この若者が打ち合わせの相手。すると、佐奈が眼鏡を外して、じっと若者を見つめた。彼は佐奈の視線に少したじろいだ。

「佐奈さん」
 琥珀に名前を呼ばれ、視線を移した佐奈は、一つ頷いた。眼鏡をかけなおして若者に軽く礼をした。三つ編みの髪も一緒に揺れる。琥珀は、若者を自分たちの向かいに座るよう示した。

「佐奈ちゃん、今のは」
「”怪しい者じゃないか、確認して欲しいって、言われたから”」
「そうだったんだ」
 両者が腰を下ろしたところで、寧々が、代表して話し始める。

「初めまして。ここの支配人代理、椿寧々と言います」
「は、初めまして、おれはたちばな吉助っす。吾妻橋の近くに住んでるっす」
「吾妻橋ってことは、墨田川の向こう側やね」
「そ、そうっす」

 彼は、萎縮しながら名乗ると深々と頭を下げた。だいぶ緊張しているようだ。あさぎは、妖の一覧冊子を思い出す。橘、という名字を名乗るのは、鎌鼬かまいたちだ。つむじ風に乗って現れ、人間の足などに刃物で斬りつけたような傷を残す、妖。階級は丙族だったはずだ。

「黄昏座は妖を救う芝居を作ってるって聞いて、鎌鼬のために依頼に来たっす」

 彼は緊張しながらも、大きな声で寧々に向かって言うと、拝むように手を合わせた。寧々は困ったように笑い、琥珀は乾いた笑い声を上げた。

「ははっ、救うなんて大袈裟だな。ずいぶん噂に尾ひれが付いているようだな」
「へ、じゃあ救うって、嘘なんすか……」
「話を急くな。一瞬で救えるような、そんな魔術みたいなものじゃないって言っただけだ」

 あさぎは、鎌鼬の彼が言う噂が何かを知らない。何の話をしているか、分からない。聞きたいが、話を遮るわけにもいかない。そわそわとしていると、琥珀があさぎの肩をトンと叩き口端を上げて、微笑んだ。その後すぐに彼に向き直った。

「挨拶が遅れたな。俺は山吹琥珀。こっちは、新人のあさぎ、黄昏あさぎだ」
「黄昏?」
 初めて苗字を言われ、あさぎは小声で琥珀に聞き返した。琥珀も彼に聞こえないよう、小声で早口に答えた。

「苗字が必要になってくるだろうからな、黄昏を使うといい」
「分かった。ありがとう」
 琥珀たちと同じように、苗字と名前を名乗ることが出来る。同じになれたような気がしてあさぎは嬉しくなった。

「黄昏あさぎ、です」
 あさぎはぺこりと挨拶をした。彼はお辞儀を返しつつ、苗字が気になっている様子だった。それを遮るように琥珀が口を開いた。

「黄昏座の芝居のこと、一から話すから、ちゃんと聞いた上で依頼するか決めてくれ」
「分かったっす」

 琥珀は、一から説明と言ったところであさぎの方へと目線を送った。新人であるあさぎへの説明も兼ねている、ということだ。彼と一緒に、あさぎは大きく頷いた。

「さて、まずは妖の畏怖とは何だ」
「へ? そんなの誰でも知ってる常識っすよね。そんな馬鹿じゃあないです」
 琥珀の視線があさぎに向いた。馬鹿にされたと思っている彼に代わって、あさぎが答える。

「階級を決めるもので、妖の力の源」
「よう勉強してて、えらいわあ」

 寧々があさぎの頭を撫でてにこにことしている。資料を借りたり、分からないことを聞いたりしているから、先生と生徒のような関係になりつつある。寧々は、ハッとして、照れくさそうに、琥珀に続きをどうぞ、と手で示した。

「――明治になって、人間が怖がる闇、そして妖への畏怖が減り続けている。このままでは妖の存在が危ぶまれる。そう提言した学者がいた」
 琥珀は、まるで台詞を言うように言葉をさらさらと紡ぎ出した。

「畏怖を『周知』と認識を改め、恐れられるのではなく、その名を知られていることこそが重要であると言った。そこで、物語という手段を取った。それが、黄昏座だ」

 彼は、おおっと声を上げた。あさぎにとっても初めて聞く話で、真剣に耳を傾けた。黄昏座が芝居を作る根幹に関わる話なのだから。

「怖がられるより、いい意味で有名にってことっすよね。いいっすね」
「だがまあ、江戸から在る妖たちには、あまり聞き入れられない。提言した学者もずいぶん否定された」
「なんでっすか。この状況で動かないなんて……いや、確かに親父たちは反対していたっすね」

「親御さんは、江戸生まれやな?」
「もちろんっす」

 彼の言うこの状況、というのは、畏怖が減っている状況のことだろう。それを肌で感じているのだとしたら、確かに動かない方が不自然な気にしてくる。自らの階級に関わることなら尚更。

「……明治になって、たった二十年やからなあ。江戸は長かった。妖にとって良い時代が長く続いとった。だからすぐに江戸のような時代に戻る、そう思うとる妖は多いんよ」

 寧々が、少し遠い目をしていた。そうだ、黄昏座の座員は寧々以外、明治になってから生まれたのだ。記憶がないあさぎだけじゃなく、皆、江戸を知らないのだ。良かったと言われる過去を、知らないのだ。だから、減り続ける今の危機に敏感になる。
 ならば、知っている寧々はどうして、そう思うのだろう。

「江戸生まれやのにどうして、って思うた?」
「えっ」
 心を読まれたのかと、あさぎはとっさに佐奈を見る。佐奈は、ぶんぶんと首を横に振る。

「それくらい覚やなくても分かるわ。まあ、あたしもあの人に出会わんかったら、こうはならんかったなあ。その学者、黄昏座の初代支配人なんよ」
「えっ、そうなんですか」
「寧々さん」

 琥珀が、鋭い声で寧々に制止をかけた。琥珀の顔が少し強張っているのが分かる。怖い顔をしている琥珀を見ていたくなくて、あさぎは、琥珀の羽織の端を摘まんで少し引いた。パッとこちらを見た琥珀は、あさぎと目が合うと表情を緩めた。
 寧々は、雰囲気を変えるように明るい声で話し出した。

「色々と変わったんよ、明治になってから。明治三年頃には、苗字を名乗ることが許可されてな。妖もそれに混ざるために、花紋を苗字に使うように言われて。その時は驚いたわ」
「苗字ってずっとあったわけじゃないんすね」

「妖の中では、昔から海沿いの家の誰々、町の家の誰々、とか色んな言い方しとったから、直後は違和感あったわ。そうそう、翌年の四年には身分に関係なく結婚が出来るようになって、喜んどる人間を見たわ。まあ、そこは妖にはあまり影響はして来やんかったけど。明治五年には、暦すら変わったしなあ」
「へえ、そうなんすか」

 鎌鼬の彼が、寧々の話に興味津々で楽しそうなのだが、話が脱線しつつある。琥珀が口を挟んで二人の話を止めた。

「本題に戻すが、鎌鼬の物語、依頼するか?」
「お願いするっす。畏怖……じゃなくて周知っすね、甲族以外は、この状況で階級が下がる可能性があるって兄貴が言ってたっす。そんなこと、嫌っすから」

 丙族である鎌鼬の階級が下がると、丁族となる。だが、階級が下がるとどうなるのか、あさぎは知らない。他の種族の態度が変わるのは、初日に佐奈に絡んでいた男たちを見て容易に想像出来るが。

「”第六感が、弱くなる。丁族がさらに下がると、第六感が消える”」
「え」
「”妖にとって死活問題。だから、下がっちゃ駄目”」

 佐奈が教えてくれたことで、ようやく腑に落ちた。鎌鼬の彼が、黄昏座の芝居が妖を救う、と言った理由が分かった。畏怖に代わり、周知を進める芝居は、まさに救世主と言ったところなのだ。
 鎌鼬の彼の答えを聞いた琥珀は、頼もしく一つ頷いた。

「――このままでいたいと思うなら、前に進まなきゃならない。何もしなくても時代は進んでいく。動かなければ取り残される。今の場所に居続けるには、前に進まなきゃならない――尊敬する人にそう言われたことがある。俺も同意見だ。黄昏座が、物語制作の依頼を請け負わせてもらう」
「よろしくお願いするっす!」


 そこからは、具体的にどういう物語にするかの打ち合わせが始まった。脚本については佐奈が担当するが、依頼の場合は依頼者の要望を取り入れて作られる。

「鎌鼬は、人間の足に傷を残す妖っす。でも、畏怖のために仕方なく傷を付けていただけで、傷付けるのが好きってわけじゃないんす。少なくともおれは」
「ああ。恐怖を煽るならそういう話にしてもいいが、周知するなら人情ものにした方がいい。うちの脚本家の得意分野だ」
 佐奈は恥ずかしそうにしながらも、こくんと頷いた。彼はよろしくお願いするっす、と佐奈に頭を下げた。

「他に何か要望はあるか?」
「あー、えっと、鎌鼬の役に、禿の子をお願いすることは出来るっすか……?」

 彼は、目線をあちこちに泳がせながら自分の要望を口にした。禿の子、というのはこの間の芝居で禿を演じていた、花音のことだろう。

「花音ちゃんか、ええと思うよ。可愛らしい見た目の子と鎌鼬の特性とのギャップがあって」
「いや、俺は寧々さんがいいと思う」

 琥珀が即座に別の案を提示した。寧々本人は、意外そうな顔をしている。琥珀は、ちらりと佐奈を見た。心の声が聞こえているであろう佐奈に確認を取っているようだ。佐奈は琥珀に同意するように頷いた。座長と脚本家の意見が一致している。

「寧々さんを推す理由は、第六感。鎌鼬をより本物らしく演じることが出来る」
「ああ、なるほどなあ」
 寧々は琥珀の説明に納得したらしかったが、あさぎにはピンと来なかった。彼も同様だ。

「猫又の第六感は知っているだろう?」
「身体能力が高い、こと」
「そうだ。寧々さん、見せてもらってもいいか?」
「ええよ」

 寧々はその場に立ち上がると、寧々を中心に風が集まってくる。妖姿になるのかと衝撃に身構えた瞬間、唐突に風が止んだ。

「えっ」
「き、消えた……?」

 目の前にいたはずの寧々の姿が忽然と消えた。あさぎは、慌てて周りを見回した。寧々は一体どこに消えたのか。ふと目の端に長く黒いものが揺れた。視線をそちらに動かすと、舞台上に寧々の姿があった。今あさぎたちがいるのは、客席の一番後ろ。舞台まで一瞬で移動出来るような距離ではないのに、寧々はそこに立っていた。

「驚いてくれて嬉しいわあ」
 次の瞬間には、再びあさぎたちの目の前に立っていた。いつもの小袖からは黒く長い尾が伸びていて、ゆったりと揺れている。髪の間からは小さく黒い耳がぴょこんと生えている。寧々の妖姿は、初めて見た。

「どうやって一瞬であそこまで……猫又って瞬間移動が出来るんですか」
「違う違う。走っていっただけやよ」
「走って?」
「猫又の第六感は、身体能力が高いことや。正確に言うなら、桁違い、なんよ。走っただけやのに、早くて瞬間移動みたいに見える、らしいなあ」

 寧々の口調は、何でもないことを口にしている様子で、本当に走っただけ、なのだと理解した。あさぎは、改めて寧々の凄さを知った。

「凄いです、寧々さん! かっこいいです」
「あら、そんなに褒められて照れるわ」
「見てもらって分かったと思うが、寧々さんなら、いつの間にか斬られているという鎌鼬の特性を表現出来ると思ったんだが、どうだ?」
「あ、舞台上の範囲なら、妖姿にならんでも移動出来るし、止まる直前に妖姿を解けばいいから、その辺は問題あらへんよ」

 琥珀の提案の意味を理解した彼は、口を開けたまま、何度も頷いた。彼もまた猫又の第六感を見たのは初めてだからか、許容量を超えてしまっているようだ。

 その後、少し落ち着きを取り戻した彼は、全面的に任せると言い、帰っていった。
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