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後編

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 名簿にある『東条優月』の文字を見た瞬間、急に降り出すにわか雨のように、記憶が一気に蘇ってきた。

 小学生だった優月は、神社に来ていた。誰かと約束をしていた気もするが覚えていない。頭の上から泣きそうな声が聞こえてきて、見上げたら木の上にいる女の子と目が合ったのだ。小さな子だったが、だいぶ高い所の枝分かれの隙間にいた。誰かに無理やり乗せられたのかとも思ったが、近くには誰もいなかった。

「そこまで、自分で登ったの?」
「うん……でもおりれない……」
「すごいね。じゃあ、私が迎えに行くよ」

 正直、木登りというか高い所が得意じゃない優月は、登るたびにすごく怖くなってきてしまった。でも、目の前に困っている子がいるから、何とか堪えて、登って、一生懸命手を伸ばしたのだった。ようやく掴んだ手は、思っていたよりも小さくて温かった。

「……あの時の、小さな子が、ジャスミンだったの」
「お姉さん? 大丈夫?」

 急に黙り込んでしまった優月を、茉莉花が心配そうに覗き込んでくる。あんなに必死に探していた人物が、まさか自分だったなんて、灯台下暗しにも程がある。言い出すのは何だか照れくさいが、ようやく見つけたのだ、言わなければ。

「あのね、ジャスミンが探していた人、私、だったみたい……」
「え!」
「昔のことで忘れてて、名簿を見て思い出したの。だからその、知ってて黙っていたとかではなくて、ええっと」
「本当!?」
 茉莉花が、ぱあっと花が咲くみたいに笑顔になった。出会ってから一番の笑顔だ。

「本当に、お姉さんがあの時の命の恩人!? 嬉しい! どんな人でも会えたら嬉しいと思ってたけど、お姉さんなら一番嬉しいです!!」

 茉莉花は、あの時よりも大きくなった手のひらで優月の両手を取って、握りしめた。ずいっと顔を近づけてきて、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう! あの時あたしを助けてくれて。今もこんなにたくさん手伝ってくれて、ありがとう!」

 その瞬間、部屋の中に空が現れたかと錯覚するほどの、たくさんの青色の気が溢れ出した。まっすぐな感謝の気がここまでとは。なんて、美しいのだろう。ふいに気が入り口の方へ吸い寄せられていった。見ると叶が手のひらに乗せたガラス玉に気を集めていた。

「あ、あたし神様にもお礼言ってきます!」
 茉莉花は軽やかに本殿に駆けて行った。茉莉花には声は聞こえないと判断して、優月は叶に声をかけた。

「叶、実はね」
「廊下まで聞こえていた。良かったな」
「ジャスミンの気の色、なんて言うの?」
「これは、天色あまいろだな。晴れた空の色のことだ」

 茉莉花にぴったりの色だ。一つには収まらなかったらしく、天色に染まったガラス玉は二つ出来ていた。

「でも、まさか自分が助けた人を忘れてるなんて」
「優月にとっては、なんてことのない出来事だったんじゃないか。忘れてしまうくらい今までたくさん人助けをしてきたんだろう」

「ねえ、叶。人助けって何だろう」
「哲学か?」
「うーん、世間一般っていうより、叶が思う人助けは?」
「そうだな。相手のためになること、だな」

 お人好しはただ頼まれたことを聞くこと、人助けは相手のためにする行動、と優月の中で定義づけをしてみたが、これが正しいのかはまだよく分からない。ここでたくさんの願いを叶えれば、答えが見つかるだろうか。

「最初にも言ったが、俺はお人好しは悪ではないと思う。お人好しと人助けは本質は同じで、言葉が違うだけかもしれん。まあ、無理に直す必要はないんじゃないか」
「そうかもね」
「そのおかげで、あの笑顔だしな」

 茉莉花が、お礼言ってきました! と楽しそうに応接室に帰ってきた。
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