物書き屋~つくもがみものがたり~

鈴木しぐれ

文字の大きさ
15 / 42
三冊目 赤い記憶

赤い記憶―1

しおりを挟む
「暇じゃー」

 桜子は畳に寝転がり、手足を投げ出す。店舗である一階は、テーブルやカウンターなど、洋風なものもあるが、二階の桜子の自室は和物が占めていた。壁側にある鏡台は、漆塗りが施されていて、風格がある。鏡を覆うための赤い布がよく映える。

「むんっ」
 桜子は体を起こして、鏡に向かって変顔を披露してみせるが、すぐに飽きて、また寝転がった。

「そんなに暇なら、箪笥の中を整理したらどうですか。また増えたでしょう」
 襖を開けて、柳が顔を出す。別々に自室はあるが、隣合っているうえ、隔てるものが襖一枚となれば、声も物音も丸聞こえである。

「むー、増えておらぬ。……それほどは」
「やっぱり増えてるじゃないですか」
「うるさい」

 桐のいい香りのする箪笥は、桜子でも届く低めのものだった。両手で取っ手を握り、手前にゆっくりと引いていく。赤い、紅い、朱い着物が引き出しの中を染め上げていた。色とりどりの花があしらわれたものや、市松模様、縞模様など、様々ある。今日身に付けているのは、深紅の生地に黄色い花が大きく咲いているものだった。

「そろそろもう一つ必要かのう」
 桜子はそう呟きながら、押し入れの戸を開けた。中にはハンガーにかかった洋服、もといゴスロリが二着。ハンガーにかけたまま置けるように、押し入れの中を柳が改良したのだった。目の前の悩みに蓋をするように、押し入れの戸をそっと閉じた。

「ところで、おぬしは何をしておるのじゃ」
 柳の部屋に顔を出し、そのまま入っていく。柳は、文机に向かって、何かを書いている。深緑の座布団の上に、姿勢よく正座している。いつもの白シャツやストレートパンツなどは、同じように改良した押し入れの中に仕舞われていて、部屋には物が少なく、すっきりしていた。

「紅茶帳です。最近見つけた茶葉を記録してるところです」
 机に広げているのは、薄茶色の布地が表紙になっているノート。背の部分は和綴じになっていて、柳は一目見て気に入ったらしい。もうすぐ二冊目が必要になってきそうである。

「おぬしは本当に紅茶が好きじゃな」
「はい。紅茶は、茶葉を運んでいる最中に、船の中で発酵してしまったのが始まりともいわれるんですよ。偶然から生まれたなんて素敵じゃないですか?」
「うむ、まあ、面白いとは思うが。本当に柳は紅茶のこととなるとよくしゃべるのう」

 会話の間も手を止めることなく、柳はさらさらと書き進めている。桜子は、柳の肩越しにそれを見ようとするが、なかなか上手くいかない。腹いせに柳の背中に全体重をかけてもたれかかる。

「それだけ飲むなら、いっそ体から紅茶が出るようになるのではないか」
「ああ、それいいですね」
「なっ」
 流されると思っていた軽口に賛同されて、思わず体から紅茶を出す柳を想像してしまった。かなり変だった。うん、気持ち悪い。

「冗談ですよ。私も暇ではあったので、普段乗らない冗談に乗ったんですが、思ったより面白い反応で」
「むぅー」
 悪戯っ子のように笑う柳に、桜子は悔しそうに、だがどこか楽しそうに声をあげた。







 その翌日、桜子は店で一番日当たりのいい椅子に、反対向きに座っていた。背もたれに顎を乗せて、体重移動を上手く利用して前後にカタカタと動いている。

「今日は予約入ってないのか?」
「ここしばらくはないですね」
 カウンターに腰掛けている柳は、その手にボールペンを持ってはいるが、それを使うこともなく、持て余している。来客のない物書き屋は、とても静かだった。

「あー、暇じゃー」
 静寂に飽きた桜子は、駄々をこねるように両腕をバタバタと動かした。ふと、何か思いついて、動きを止めた。そして、柳に視線と一文字で訴えてくる。

「ひ」

 柳は意図が分からず、しばらく首をかしげていたが、合点がいったようで、頷き返した。再び桜子が口を開く。

「ひ」
「ま」
「なの」
「です」

 リレーするように一文字、一言ずつ声を発していく。すばらしい以心伝心具合だと、柳は自負したが、桜子は何やら不満そうだった。

「そこは、『じゃー』と言うところじゃ!」
「えぇー」
 理不尽なお叱りに、柳は不平の声をあげる。そして、また静けさが店を包み、桜子が椅子をカタカタと揺らし始める。

「暇なら、書庫整理でもしますか?」
「えぇーえー」
 今度は、桜子が不平をもらす。考えを巡らせた柳は、あるものの存在を思い出した。

「じゃあ、カヌレ食べます?」
「かぬれ?」
「御園さまが、無事に撮影が終わって、そのお礼だと持ってきてくださったお菓子です」

 桜子の顔がぱあっと輝く。椅子から飛び降りて柳を急かしている。すみれが持ってくるお菓子は、桜子にとって珍しいものが多く、今回も初めてのスイーツが食べられる! とうきうきしているのが目に見えて分かる。

「じゃあ、準備しますね」
「柳からお菓子を提案してくるとはのう。暇なのもたまには良いな」
「新しい紅茶の味見も兼ねてますからね。今度のは――」
「あー、うむうむ」

 柳がぺらぺらと語り出す前に桜子に話の腰を折られた。少し不服な柳だが、まあ慣れっこなのですぐに準備に取りかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

竜華族の愛に囚われて

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。 五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。 これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。 赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。 新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。 そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。 ※某サイトの短編コン用に書いたやつ。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...