リュッ君と僕と

時波ハルカ

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三日目

湖の底

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 周りを浮遊する赤青黄色の☆のダンスに照らされるユウキとリュッ君。

 ユウキがジャングルジムの格子を掴み直して上に登っていくと、ジャングルジムの天辺に座った。そして、三つの☆たちに向かって手を差し伸べると、☆はくるくると回転しながらユウキのほうに寄ってきて、赤と青の二つは肩口に、黄色は目の前あたりに寄って留まり、その場でフワフワ、くるくると浮かんでいた。

「信号機みたいだな」
「ほんとだ。信号機だ」

 山あいの窪地を覆っていた灰色の靄もずいぶん晴れて来て、空の青さと太陽の光もあたりを眩しく照らし始めた。

 ジャングルジムの天辺に座って、手を広げて、☆をキョロキョロと見つめるユウキ。みると、いまいる場所からは、ダム湖だった場所を高い場所から見下ろすことが出来た。一段高台になった公園の周りに広がる、すり鉢状になった湖の底の様子を一望する。

 公園跡地だった場所の回りは起伏の激しい切り立ったシルエットが広がっていて、まだ、ところどころに、そのくぼみの深いところに水が残っていた。そして、ごつごつとした岩の張り出しや、泥や水が残った低地に加えて、建物らしきものの影もあちこちに見え隠れしていた。幾つかは密集していたり、土地や壁や田畑の区画跡のようなものが遺構として残されていたりしており、そこはかつて、人が住んでいた場所であったろうことが見て取れた。

 長い年月の間、湖の底に眠っていたのであろうそれらも、黒ずんだ水藻や水苔で覆われ、水中で溶けたように、半壊してうずくまったような姿をさらしている。その内の一つをユウキが指を差して「うわあ、リュッ君。あれって家?」と、リュッ君に尋ねた。

「そうだな、ずいぶん古い代物だな…」

 ユウキが指し示す家屋は、木造の建築物のようで、屋根はほとんど崩れ落ちて、その遺構しか残ってはいなかった。

「ユウキ、ありゃ藁葺きの相当古い家だな、ここは、ダムの湖に沈む前は、ひとつの村だったんだろう」
「ここが?村だったの?」
「そうだ、よく見りゃ、家も、畑や道のあとも見えるだろう?」
「ほんとだ、建物が一杯ある」
 驚いたように声を上げ、周りを見回すユウキ。
「なんで水の中に沈んじゃったの?大雨が降ったから?」
 リュッ君のほうを向いてたずねると、リュッ君が「うーん」と唸ってしばらく黙って考えると、こう応えた。
「そうだなあ、大事なものを作るには、大事な何かを失わなきゃならんのかもなあ・・・」
「どういうこと?」
「うまく言えなくて、すまんな。そのうち分かるときが来るかもだ」
 と言って、えへん!えへん!と喉を鳴らした。
「ふーん」
 と言って、再び前方を見つめるユウキ。リュッ君もそれに続いて周りを見ると、ダムに入る前に比べて日の高さがずいぶんと下がって来ていた。急がないと、ここにもすぐに夜がやってくる。

「さて、三つ目の☆も手に入れたし、次の目的地に向かおうか。ジャングルジムを降りて、ゴールに向かう道のりを探そう」
「うん、分かった」
 とユウキがうなずくと、ジャングルジムを降りていった。

 地面に降り立つと、手を叩きながら「リュッ君。アイテムゲットはどうするの?」とユウキが聞いてきた。
「神社についてからにしようと思っていたが」
「えー、もう、今ゲットしようよ」
 何故だかユウキが食いついてくる。まあ、今やっても、後でやっても一緒かと思い直したリュッ君が、「じゃあ、俺を降ろして、中に☆を入れてくれ」と言った。

「やったあ。今度は何が出るかなあ」
 といいながらユウキがリュッ君をお腹から外すと、キョロキョロとリュッ君を降ろしても汚れなさそうなところを探した。

「お、あそこがいいかな?あのカマクラみたいなやつの上は汚れが少なそうだ」

 ユウキが見ると、少し開けた平地にコンクリートで出来たドーム型の遊具があった。下は砂場でもあったのであろうか、中は空洞になっていて、四方に空いた窓や入り口に繋がっている。

 ユウキはリュッ君をドームの出っ張りに置いた。そして、リュッ君の口を開けると、目の前に浮かんでいる黄色の☆を指で動かして、そのままリュッ君の中に放り込んだ。

 口を閉じたリュッ君が、ゴクンと、飲み込むような仕草をすると、しばらくその場でじっとしていた。ユウキがその様子をわくわくしながら見つめていると、例によってリュッ君の体がプクーっ…、と膨らんで、中から黄色の光が漏れ出てきた。ユウキがその光に照らされながら、興味深そうに見つめている。そしてしばらくすると、光が収束して、リュッ君も元の大きさに戻ってきた。プシューッと湯気のようなものを上げると、もごもごと口を動かして身をよじり、パカッと口を開けた。

 中を覗き込むユウキ。手を伸ばしてそれを取り出す。
「ふむん?今度は何が出てきた?」
 体をほぐすように左右に身をひねりながらリュッ君がユウキに聞く。
「なんか長い紐みたいなのと、丸い、時計みたいなのが出てきた」
 と言って、取り出したアイテムをリュッ君に見せる。リュッ君がそれを見ると、「つり道具やらスコップじゃあねえんだな。ふーん」
 差し出されたそれは、コンパスだった。
「お、良かったな、ユウキ。それはコンパスといってな、方角を調べるためのものだ。これで、太陽やら、腕時計なんか使わなくても簡単に方角が分かるぞ」
「へえ、そうなんだあ」
 コンパスのふたをかぱっと開けるユウキ、中にはそれぞれの方角にN,E,W,Sのアルファベットが刻まれていて、一方の先っぽを赤で色分けがされた針が、ゆらゆらと揺れていた。ユウキは、不思議そうな目でコンパスを見つめて、リュッ君に聞いた。
「どうやって見るの?」
「ああ、コンパスを水平にして、針の差す方向を見るんだ。その針の赤いほうがあるだろう?そっちが北だ」
「へええ」
「盤面に書いてあるそれぞれの文字が方位を示すんだ。Nが北でSが南。Wが西でSが東なんだが…まだ、アルファベットはわからねえか?」
 ユウキが首を横に振る。
「まあ、今は“赤が北”と憶えておけばいいかな」
 と言って、ユウキが、もう一つ手に持ったアイテムに目を向けた。
「あとは、ロープか、それはしまっておこう。何かの時には使えそうだ」
「分かった」
「ついでに、地図を出してくれ」
 と言って、口を開けるリュッ君。ユウキはロープを中に入れて、入れ替わりに地図を取り出した。たたまれた地図を広げるユウキの頭に、口を閉じたリュッ君が、もごもごと体をゆすると、その口から、プッ、と黄色の☆を吐き出して、ユウキの頭の上に浮遊させた。

 ユウキは取り出した地図を、リュッ君にも見えるように目の前に広げた。

「さて、次の☆がある場所と、最寄りの神社だな」

 広げた地図で、今までたどってきた場所を確認する二人、お日様の通り道の沈んでいく左側から、神社→沢→吊り橋→遊園地、そして、一晩泊まった神社、さらにそこからこのダムまで、地図を占める左半分を制覇して、青赤黄の☆をゲットした。
「フムン、あとは、このダムから右に描かれている山に登って、その上に描かれている緑の☆をゲットすれば、この地図に描かれている☆は全てゲットした事になるな」
「これが緑の☆?これって、線路かな?」
「ふーん、引き込み線か、車両基地のつもりかな?もちっと上手く描いてくれねえとわかんねえな」
「あと一つで全部☆が揃うってこと?」
「そうだな、この車両基地の上に描かれた☆をゲットすれば、お日様の上がってくる方向にある”ゴール”を目指すだけだ」
「お家に帰れる!」
「ああ、きっと帰れるさ!」
「やったあああーーー!」

 リュッ君の言葉にテンションが上がったユウキが飛び上がって喜んだ。手を広げて体をクルクル回転させると、ユウキの周りに浮いている赤青黄の☆も、光の軌跡を描きながら、ユウキの動きについて来るようにクルクル回った。リュッ君はその様子を見ながら、その向こうで輝く日の光をちらりと見つめて、さて、何処からあの山を登ればいいかと思案した。ここから広場に戻って山の上を目指すとしても、道自体が見当たらないので、山林の中を磁石片手に急な斜面を歩かねばならない。

 地図を見つめるリュッ君。右手の上の方に描かれた、引き込み線とは別のこれは、ロープウェイか山岳列車だろうか?☆の場所にいくまでに描かれた経路はこれのようだ。丁度その先にも神社のマークが描かれているし、地図を下から迂回して道無き道を行くより安全かもしれない。

 リュッ君はそんなことを考えつつ、地図に描かれたロープウェイらしきものの場所を探してみる。目を細めてあたりを見つめるリュッ君。

 あった。

 ダムの湖畔近くの開けた場所の、その奥の山の斜面に続くところに、鉄骨とコンクリートでくみ上げられた建物が茂みの向こうに見え隠れしている。そして、その建物に収まるように車両らしきものが頭を覗かしている。

 ダム湖の水位は、今は大きく下がって、その湖底の多くを露出させていた。すり鉢状の地層は幾重にも地層が重なっていて、隆起が激しい場所や、まだ水が溜まっている場所もあるが、木々が生えた山の斜面よりは見通しが良く、また、地層が重なった部分は、かつてのあぜや、ダム湖を形成するために整えられたような平地も見られた。

 喜ぶユウキの姿を傍目に、よくよく、その露出した湖面の様子を見つめるリュッ君。
 すると、やや規則的に配置された、灯篭のような建物が目に入った。なだらかなあぜ道状の隆起の両脇に、朽ち果てた石造りの建造物が、まるで道標のように立っている。

 そのあぜ道は、曲がりくねって湖の奥に続くと、その先に朽ち果てた鳥居が何本も配置されて、その先には、鳥居に祀られた、小さな社のような形をしていた遺物がポツンと存在していた。

 そして、それを超えた先のあぜにも、まるで対を成すように鳥居の残骸と道標のような遺物が配置されて、その先は、 ロープウェイのある広場に通じていた。

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