リュッ君と僕と

時波ハルカ

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四日目

仮面の影

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 その仮面の影は、片手の槍を構え、黒い獣にまたがっていた。

 長く黒い粒子がなびく獣は赤色に燃えるような目と鋭い牙を向けて、喉から唸り声を低く響かせている。その姿は、まるで黒に染まったランスロットそのものだった。

 縦抗を貫くエレベーターシャフトに通じる橋の手前で、うずくまったまま体を震わせている白いランスロット。そして、ユウキは黒いランスロットとそれにまたがった仮面の影の姿を、口を震わせて見つめていた。そんなユウキに隠れるように、影猿が怯えたようにしがみ付いて体をガタガタと震えている。

 黒い獣は垂直に近い岩場を伝って下に下りてきた。そして、ユウキ達がいる岩場の近くまで到達すると、ユウキ達の方を向いた。噛み締めた口の端から鋭い牙を覗かして、黒い獣がのそりと前に歩き出した。

 近付いてくる黒い獣から目を離せないユウキと影猿。その脇で息も絶え絶えに横たえていたランスロットが、体を丸めて力を入れ、上体を持ち上げると、足を踏ん張って立ち上がった。口からは苦しそうな息がぜいぜいと漏れている。そして、近付いてくる黒い獣と仮面の影の前に立ち塞がるように、ユウキ達の前にゆっくりと進み出てきた。

「ラ…、ランスロット…」

 グルルル…と低くのどを鳴らして、構え直すランスロット。相対する黒い獣は、そんなランスロットから視線を外さず、真っ直ぐに歩いてきた。そして、徐々に歩くスピードを上げていくと、ランスロットに向かって大きく跳ね上がり、そのまま上から襲い掛かった。

 ガアアアアア!

 黒と白の二体の獣が激しく絡み合い、もんどりうって転がっていく。激しくせめぎあう両者の叫び声が坑内に響き渡っていった。

 転がっていったランスロット達を目で追うユウキ。影猿がユウキの裏に隠れた。成す術も無く、争いあう黒と白のランスロットの姿を見つめるユウキ。二体の獣は激しく体を躍らせながらお互いを攻撃しあっていた。

 そんなユウキの傍らに舞い降りる黒い影があった。

 その影に気付いたユウキが、ゆっくりと顔をそちらに向ける。

 そこには、仮面の影が、座り込んでいるユウキを見下ろして立っていた。

「あ…ああ…」

 ゴガアアア
 黒い獣がランスロットの喉元に牙を立てる。相争う両者が岩だなに体をぶつけて、瓦礫がバラバラと崩れて落ちていく。

 仮面の影は、槍を片手に、じっとユウキを見下ろしている。仮面の影を見上げるユウキは、仮面の目から目を逸らすことが出来なかった。金色に光る四つ目が、微動だにせずユウキを見つめている。

 ここまで来たのに、やっとここまで…

 仮面の影とユウキの間には、赤、青、黄色の三つの☆がフワフワと浮遊している。

 体が強張り、歯の根が合わず、その場から動くことが出来ずにいるユウキを黙って見下ろす仮面の影の顔がブルブルと小刻みに震えると、その仮面の裏側から、

 コココ…ココ…ココ…

 と声を鳴らしているような、裏側から仮面を叩くような声がかすかに響いてきた。

 ココ…ココロ…コロコロ…

 仮面の影を見つめたまま、ユウキ目の焦点が小刻みに震えていく。

 こんなところで、あと一色で”5色”揃うのに、それなのに

 コココ …ココロ…コロ…コロ…

 捕まっちゃう、せっかく僕が捕まえたのに捕まっちゃう

 コココ …ココロ…コロ…コロ…

 仮面の影が空いた方の手をゆっくりと上げると、強張った顔を引きつらせたユウキの額に向って、伸ばした指をさし伸べた。額の前に浮かんだ☆がぼんやりと明滅し始めると、ユウキの脳裏に、自分そっくりの誰かの顔に、手を差し伸べているような映像が浮かびあがる。あの時、僕は、見下ろした少年の額に触れて、それで…

 仮面の影が伸ばした手の先に、額を差し出すように、顔を上に上げていくユウキ。その目は放心したかのように虚ろに見開いたまま、仮面の影の指先をぼんやり見つめていた。仮面の影の手が伸びて、ユウキの額に触れようとした瞬間、

 ウキキキキー!

 ユウキの脇から飛び出した猿影が叫び声を上げて、仮面の影に飛びかかった。大きくジャンプして影猿が仮面の影の上半身に取り付くと、仮面を引っ掻き、激しく叩いた。仮面の影が顔を手で覆い、ユウキから後ずさっていく。影猿はそんな仮面にしがみ付いたまま攻撃を続けた。

 ハッ!と我に帰るユウキ。その目の前で、後退して行く仮面の影は、影猿を引っぺがし、地面に思い切りその体を叩きつけた。大きくバウンドして転がっていく影猿。岩だなの上でぐったりした影猿は、弱くキッキと鳴くと、よろよろと立ち上がろうとした。そんな影猿に向かって歩いていく仮面の影は、手に持った槍を横殴りに振りかぶると、地面に這いつくばったままの影猿に殴りかかった。

 サル君が!と頭の中で叫ぶユウキが思わず身を乗り出した。

 ズウウウン!

 刹那、振りかぶった仮面の影の後方に大きなシルエットが着地した。仮面の影がその気配に気が付いて振り返ろうとすると、その横っ面に強い一発が入って仮面の影がおおきく吹き飛んでいった。くるくる回転する体が岩棚にバウンドして転がっていくと、そのまま切り立った崖から、はるか下方に落ちていった。

 ランスロットと組み合っていた黒い獣が、顔を上げて振り向いた。

 驚くユウキ。その目の前に、自分よりも大きく見える影が、殴りつけた腕を伸ばして立ちはだかっている。

「ブフウウウ…」

 目の前の巨大な影は、口から大きく息を吐き出すと、ゆっくりユウキのほうを見た。黒い粒子に覆われた大きな体と、長い手、ギラギラと輝く二つの眼、そして何より、「キキキッ!」というその鳴き声。大きなサルのようなその影は、首をかしげてユウキのほうを除きこんだ。唖然とした顔でその大きなシルエットを見ていると、「キキキイッ!」と鳴きながら、影猿がその大きなサルのような影に飛びついていった。

 大影猿の胸元に飛び込んでいく影猿。

 影猿がその胸に顔をうずめてがっしりしがみ付くと、大影猿がその体をギュウウ!と抱きしめて上体を丸めていった。

「キュウゥゥ~~…」

 がっしり抱きしめあう大影猿と影猿の姿を呆然と見守るユウキ。見ると、その大きな背中に小さな四角いシルエットがくっついている。ユウキが、ゴシゴシと目をこすってから改めて目を凝らして良く見ると。向こうももぞもぞと動いて、こちらを見た。

「…リュッ…君…?」

 目が合った瞬間、その四角いシルエットが驚いたような顔で大きく叫んだ。

「うおお!ユウキイ!ちょ!おま!こんなところでなにやってんだ!」


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