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四日目
ユウキ
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ユウキの合図と同時に、ランスロットが勢い良く飛び出した。
鍾乳洞内に入った時とは比べ物にならない跳躍力を見せるランスロットが、軽々と鐘乳石を飛び越えて、みるみる、ユウキ達が入ってきた対岸付近に迫っていった。
ボボボオオオオオオオ
脇を通り過ぎるランスロットに気づいた黒い塊が、その身をよじり、ランスロットの方にギラギラした二つの目のような光を向けると、その体にまとう粒子をざわめかせて膨れ上がり、大きな棍棒のような触手を振り上げて、走り抜けるランスロットに向かって叩きつけた。
きゃあああ
おおおおー
ゴオオオオオオオオオオ
振り下ろされた触手が、鐘乳石の柱を次々と破壊していく。
破壊される度、鍾乳石から上がる悲鳴が、鍾乳洞内に響いていった。
ランスロットは素早く動きながら巧みに黒い塊の攻撃をかわしていく。しかし、触手が枝分かれしてその数を増していくと、洞内をめちゃくちゃに暴れまわり、駆け抜けるランスロットに代わる代わる襲いかかっていった。
ランスロットが跳躍してかわすと、黒い塊は、すり鉢状に開いた穴から、さらに大きく、その体を膨張させた。
ボボボボボオオオオオオオオオオ!
黒い塊が、広がった穴から裏返るようにして、表面を波打たせると、どんどんと、その体が膨れ上がっていく。その高さが天井の氷柱にまで達すると、黒い粒子が弾けるように四方に溢れだしていく。流れ出した粒子は津波のようにうねって押し寄せ、鍾乳洞内一帯を埋めて行った。
「来たぞ、ユウキ!備えろ!」
リュッ君がユウキに向かって叫んだ。ランスロットの口元で揺れるユウキの手に力が入る。
そのすぐ後ろで、巨大な体積のある何かがぶつかり弾け、のたうち回るような音が迫ってきていた。
すぐそこまで、黒い塊が押し寄せてきている。
対岸に着地したランスロットが螺旋階段にたどり着くと、遥か上空に、この縦穴に繋がる空がポッカリ小さく開いて、チラチラと星明かりを反射させているのが見えた。
ボオオオオオオー!
階段の下から地を這うような声がこだますると、大量の何かが流れ込んで来る音が迫ってきた。欄干の上を勢い良く走っていくランスロットが、階段の第一層まで来ると、ここからはシャフトに沿った階段が、さらに広い外周を回って続いていた。ランスロットが力強く駆け上がる、しかし、下からは、その竪穴を埋めていくように、黒い塊がどんどんその水かさを増して来ていた。
ランスロットのスピードも相当早く感じるのに、黒い影の潮流のの早さは、まったくひけをとらない。どんどんこの竪穴自体を、その黒い腹の中に飲み込むように沈めていく。
何てやつだ…。
と、リュッ君がそう思った瞬間、
ドボオオオオオオオ
と赤黒い液体のような塊が、まるで噴火でもしたかのように飛び出してきた。吹き出した黒い潮流がその上空で噴水のように大きく弧を描くと、フロアーに落下して激しく跳ね上がった。飛沫のような黒い飛沫が高く上がり、その一部がランスロットの体にかかっていく。
ジュウウウウ!
粒子が千切れて赤黒く変色し、白い粒子に侵食していく。
苦しそうな顔をで呻くランスロット。
「走れ、ランスロット!上に向かって走れ」
リュッ君の言葉に突き上げられるかのように、駆け出すランスロット。
吹き出した黒い塊が、その中心で形を変えて、まるで人が穴から這い出してくるかのように形を変化させていく。その醜くおぞましい姿を、ユウキとリュッ君は険しい表情で見つめた。
「ユウキ!次の合図でこの俺を落っことせ!」
ユウキが驚いた表情でリュッ君を見る。
「この赤い螺旋階段の穴を塞ぐ。いいな!ユウキ!」
リュッ君の言葉に直ぐに反応できず、わなわなとふるえるユウキ。ランスロットはどんどん階段を上に上がっていく。
「行くぞ!ユウキ」
「リュッ君は!」
ユウキがリュッ君に向かって叫ぶ。
「リュッ君も帰ってくるんだよね?」
「当たり前だ!」
リュッ君が振り返り、「俺達は一心同体だからな!」と言うと、にやりと笑ってユウキを見つめた。その力強い視線を見つめ返すと、ユウキも、リュッ君に向かってうなずきかえした。それを確認すると、リュッ君は、螺旋階段の下方でドンドン吹き出して膨れ上がっていく黒い塊に目を向けた。
「一緒に、お家に帰ろう!」
瞬間、ランスロットが、階段をジャンプして、その上空に跳ね上がった。
「ユウキ!今だ!」
リュッ君の合図に、ユウキがその手を緩めた。
ユウキの手を離れたリュッ君が、立坑の穴に落ちていく。
ランスロットが手すりに再び降り立つと、大きく円弧を描く螺旋階段に沿って走り抜けていった。ユウキの手元から、ロープがすごい勢いでほどけて伸びていくと、ロープの先につながれたリュッ君の姿は、どんどん小さくなっていった。
リュッ君は、落ちていく途中でやや反動をつけると、落下軌道を変えて、フロアーの張り出した先っぽにその身を落とした。ぼてっ!っと跳ね返り、ゴロンと転がると、そのままぐいっと反動をつけて、螺旋階段の中心に向かって起き上がった。
目の前には、赤黒いまだらの斑点をひるがえしながら黒い塊がうねりを上げて盛り上がっている。まるで、吹き上がる手前で、力を溜めているかのようにぐるぐると渦を巻いて震えているようだ。
その様子を見つめながら、リュッ君は、コキコキと体をひねって口元を歪ませた。
「舌だけは、妙に器用なんだよなあ…」
リュッ君は、口の中のマッチを取り出すと、シュッ!っという音が鳴らして火を点けた。そして再びゴキゴキと体をひねって口元を歪ませ、なにやらもごもごとその口の中をうごかした。すると、その体の中から、シュウウウ!という音がくぐもって響き、リュッ君その口元や、ポケット、いたるところから、ゆらゆらと煙が上がっていった。
リュッ君の目の前で膨れ上がっていく黒い塊が波打つと、その突起からずるりと目玉のような光がギラギラと輝き、リュッ君の方を向いた。
「よう、ばけもの!」
黒い塊の、その目の光がリュッ君を認めるようにギュッと細まった。
「俺もそっち側だ…、これで、満足かよ?」
肩掛けに繋がれたロープが、どんどんと上に引っ張られて登っていく。リュッ君は、巻き取られていくロープを見上げ、螺旋階段のはるか先を走るランスロットとユウキを見つめた。
「…ユウキ…」
ボボボオオオオオオ
唸り声を上げる黒い塊、その頭部がめくれ上がるように膨れ上がると、リュッ君に向けて、そのどす黒い粒子の塊をうねらせてリュッ君に襲い掛かっていった。
「お前の…お前の、本当の名前は…」
黒い塊が張り出したフロアーにぶつかり飛沫を上げて裏がえると、ドオオオン!と巨大な爆発音が立て坑に響いた。
その轟音が立坑全体を揺るがすのと、ユウキが握るロープがピンと張るのは同時だった。ユウキは、体を丸めて目を塞ぎ、歯を食いしばって、そのロープを必死になって握りしめた。
次の瞬間、炸裂音と共に、激しい衝撃波が下からランスロットとユウキを襲った。地下の坑道がガラガラと崩れていく。地響きと地鳴りと揺れが、走るランスロットを揺さぶった。ユウキは、怖くて目を開けることが出来なかったが、必死で身を丸めてロープを握りしめていた。
やがて、崩れていく立坑の先の出口が近づいてくると、ランスロットはスピードを上げ、ポッカリ空いた出口に向かって一気に加速した。
ボオオオオオオオオオオ!
はるか下方から、黒い塊の上げる声が聞こえる。
その声を、崩壊していく立坑全体の轟音を背中に、ランスロットは、山頂に続く、そのやぐらの尖塔から、勢い良く外へ飛び出して行った。
ユウキの体を撫でる空気が変わった。そのことに気づいたユウキが顔を上げて、目を見開いた。
目の前には、満天の星空をたたえた夜空と、重なり合った山の尾根が広がっていた。
外に出た!
ユウキが確信をすると、その顔がドンドンほころんでいく。
「リュッ君!りゅっくーん!やった!やったよ!外に出たー!」
両手に握ったロープを揺らして、大きな声でさけぶ。
飛び出したランスロットがふわりと降下軌道にはいると、山の斜面に降りたち、たたらを踏みながら滑り降りていった。やがて体勢を立て直しながら、木々の間を、山のふもとに向かって駆け抜けていく。
そうだ!リュッ君をもどさなきゃ!
気づいたユウキは、ロープを手繰り寄せ始めた。
「リュッ君!リュッ君!もうすぐだよ!もうすぐ家に帰れる!帰れるよお!」
と言いながら、ぐいぐいと、握ったロープを力強く手繰り寄せ、そのスピードを速めていくユウキ。とうとうそのロープを、全て手元に引き戻した。
そこに、リュッ君はいなかった。
ロープの先っぽには、ユウキが、外れないように硬く縛った肩掛けだけが残っていた。走るランスロットの向かい風を受け、パタパタと揺れる肩掛けを見つめて、ユウキは、大きく叫んだ。
「リュッくーん!」
その目から流れる涙が後方に飛ばされて消えていく。走るランスロットに咥えられて揺れるユウキは、ロープの先に縛られた肩掛けを握り締めた。
ドオオオオオオオーン
その後方から、大きく吹き出して弾けるような、巨大な音が響いてきた。山全体を揺るがすような地響きと、轟音がランスロットとユウキを襲った。
驚いたユウキが、涙を拭いながら後方を見た。すると、巨大な黒い塊が、山の頂から噴火するかのように膨れ上がって上空に舞い上がっていった。飛び出した岩石が勢いよく弧を描いて地面に落ちていく。
走るランスロットの周辺にも、落下してくる無数の瓦礫が土煙を上げていった。
膨れ上がった黒い塊は、まるで人のように形を変えると、大きな両手を地面に叩きつけるように山の斜面に打ち付けて四つん這いになった。黒い塊が一歩前に踏み出すごとに、地面が崩落していく。腐れ落ちるようにその体からはがれる肉片のような黒い塊が、山の斜面に降り注ぐと、その周りが黒く変色し、森の木が枯れ、建物が崩されていった。
ユウキを咥えたランスロットは、駆けるスピードをあげていく。
後方からは、巨大な黒い塊が、山の頂から流れ出る溶岩のように、そのスピードと範囲を増して、ランスロットとユウキに追って来た。
リュッ君!リュッ君!
頭で念じながら、ユウキは、悔しそうに歯を食い縛って目を瞑った。すると、
ボオオオオオオオオオオ!
そこに、これまでとは別の、大きな音が響いてきた。
その音の方にユウキが向くと、眩しい光が後方からユウキを照らした。
シュシュシュシュシュシュ!
ポポポポポポー!
ランスロットがひた走るその横を、黒い鋼の体で覆われた蒸気機関車が走り抜けていく。
驚き、呆気に取られるユウキ。その蒸気機関車は見覚えがあった。あの車両基地に眠っていた蒸気機関車だ。ユウキがそう確信すると、その運転席に黒い人影が見えた。その影は、長いつばの帽子をかぶった、背の高い影だった。ノッポの影がユウキの方を向くと、帽子を上げて会釈をするような仕草をした。そして、蒸気機関車がスピードを上げて走るランスロットを追い抜いていくと、その後ろからは客車が牽引されてあらわれた。
その窓からは、沢山の小さな黒い影がユウキ達の方を見つめていた。その影たちは、次々に客車の扉を開け始めると、その窓から身を乗り出して、走るランスロットとユウキに向かって手を伸ばし始めた。それを認めたランスロットが、スピードを上げて、客車に向かって近づいていく。
ランスロットに咥えられたユウキは、その様子を訳が分からず、呆気にとられて眺めていた。やがて客車近くに寄ったランスロットが、その伸ばされた小さな影たちの手に、咥えたユウキを差し出した。
窓に集まった小さな影たちが、窓から手を伸ばしてユウキの体を掴んでいくと、ふわりと持ち上げて、窓からユウキを引きずり込んでいった。そして、その体を客車の中に招きいれると、近くの座席の脇に優しく座らせた。
カシャン!カシャン!と開いていた客車の窓が次々閉じられていく。
客車の中は明るく、照明で照らされた柔らかいオレンジの光が、暖かく周りをつつんでいた。ユウキの周りには、自分と同じくらいの背丈の小さな影がユウキのことを見つめているかのように取り囲んでいた。
座席に座らされたユウキは突然のことに、一瞬、ボウっとして座っていたが、すぐに、ハッと我に返って、自分が入れられた窓に向かって飛び出した。
窓に張り付き、列車の外を見つめるユウキ。ランスロットはまだ、客車の脇を並走するかのように走っていた。客車から見つめるユウキを、つぶらな瞳で見つめ返して、舌を出して懸命に走っていた。
慌ててユウキは、客車の窓を開けようと、その両脇にある鍵をつまんで力を入れた。しかし、ガタガタと揺れるだけで、窓は少しも開かなかった。ガラスに手をやって、窓に張り付き、ランスロットの方を向くユウキ。見ると、ユウキは、自分の手から、チリチリと黒い粒子のようなものが舞い上がっていることに気が付いた。それは手だけではなく、体全体を覆って、千切れて四散していた。窓に映る自分の姿を見ると、全体に黒ずんで、その形が、なにか曖昧になっているように見える。
再び窓の外を見た。
ランスロットが、窓の向こうで走っている。機関車の走るスピードが早まっていくと、ランスロットとの距離が徐々に遠ざかって行った。
ランスロットの姿が小さくなっていく。
窓に頬をつけて、ランスロットを見つめるユウキ。
遠ざかっていくランスロットを見つめていると、蒸気機関車がトンネルに入っていった。
蒸気の煙が窓の外で渦巻くと、車の窓の視界は、トンネルの壁面に覆われて、とうとう走るランスロットは見えなくなってしまった。
鍾乳洞内に入った時とは比べ物にならない跳躍力を見せるランスロットが、軽々と鐘乳石を飛び越えて、みるみる、ユウキ達が入ってきた対岸付近に迫っていった。
ボボボオオオオオオオ
脇を通り過ぎるランスロットに気づいた黒い塊が、その身をよじり、ランスロットの方にギラギラした二つの目のような光を向けると、その体にまとう粒子をざわめかせて膨れ上がり、大きな棍棒のような触手を振り上げて、走り抜けるランスロットに向かって叩きつけた。
きゃあああ
おおおおー
ゴオオオオオオオオオオ
振り下ろされた触手が、鐘乳石の柱を次々と破壊していく。
破壊される度、鍾乳石から上がる悲鳴が、鍾乳洞内に響いていった。
ランスロットは素早く動きながら巧みに黒い塊の攻撃をかわしていく。しかし、触手が枝分かれしてその数を増していくと、洞内をめちゃくちゃに暴れまわり、駆け抜けるランスロットに代わる代わる襲いかかっていった。
ランスロットが跳躍してかわすと、黒い塊は、すり鉢状に開いた穴から、さらに大きく、その体を膨張させた。
ボボボボボオオオオオオオオオオ!
黒い塊が、広がった穴から裏返るようにして、表面を波打たせると、どんどんと、その体が膨れ上がっていく。その高さが天井の氷柱にまで達すると、黒い粒子が弾けるように四方に溢れだしていく。流れ出した粒子は津波のようにうねって押し寄せ、鍾乳洞内一帯を埋めて行った。
「来たぞ、ユウキ!備えろ!」
リュッ君がユウキに向かって叫んだ。ランスロットの口元で揺れるユウキの手に力が入る。
そのすぐ後ろで、巨大な体積のある何かがぶつかり弾け、のたうち回るような音が迫ってきていた。
すぐそこまで、黒い塊が押し寄せてきている。
対岸に着地したランスロットが螺旋階段にたどり着くと、遥か上空に、この縦穴に繋がる空がポッカリ小さく開いて、チラチラと星明かりを反射させているのが見えた。
ボオオオオオオー!
階段の下から地を這うような声がこだますると、大量の何かが流れ込んで来る音が迫ってきた。欄干の上を勢い良く走っていくランスロットが、階段の第一層まで来ると、ここからはシャフトに沿った階段が、さらに広い外周を回って続いていた。ランスロットが力強く駆け上がる、しかし、下からは、その竪穴を埋めていくように、黒い塊がどんどんその水かさを増して来ていた。
ランスロットのスピードも相当早く感じるのに、黒い影の潮流のの早さは、まったくひけをとらない。どんどんこの竪穴自体を、その黒い腹の中に飲み込むように沈めていく。
何てやつだ…。
と、リュッ君がそう思った瞬間、
ドボオオオオオオオ
と赤黒い液体のような塊が、まるで噴火でもしたかのように飛び出してきた。吹き出した黒い潮流がその上空で噴水のように大きく弧を描くと、フロアーに落下して激しく跳ね上がった。飛沫のような黒い飛沫が高く上がり、その一部がランスロットの体にかかっていく。
ジュウウウウ!
粒子が千切れて赤黒く変色し、白い粒子に侵食していく。
苦しそうな顔をで呻くランスロット。
「走れ、ランスロット!上に向かって走れ」
リュッ君の言葉に突き上げられるかのように、駆け出すランスロット。
吹き出した黒い塊が、その中心で形を変えて、まるで人が穴から這い出してくるかのように形を変化させていく。その醜くおぞましい姿を、ユウキとリュッ君は険しい表情で見つめた。
「ユウキ!次の合図でこの俺を落っことせ!」
ユウキが驚いた表情でリュッ君を見る。
「この赤い螺旋階段の穴を塞ぐ。いいな!ユウキ!」
リュッ君の言葉に直ぐに反応できず、わなわなとふるえるユウキ。ランスロットはどんどん階段を上に上がっていく。
「行くぞ!ユウキ」
「リュッ君は!」
ユウキがリュッ君に向かって叫ぶ。
「リュッ君も帰ってくるんだよね?」
「当たり前だ!」
リュッ君が振り返り、「俺達は一心同体だからな!」と言うと、にやりと笑ってユウキを見つめた。その力強い視線を見つめ返すと、ユウキも、リュッ君に向かってうなずきかえした。それを確認すると、リュッ君は、螺旋階段の下方でドンドン吹き出して膨れ上がっていく黒い塊に目を向けた。
「一緒に、お家に帰ろう!」
瞬間、ランスロットが、階段をジャンプして、その上空に跳ね上がった。
「ユウキ!今だ!」
リュッ君の合図に、ユウキがその手を緩めた。
ユウキの手を離れたリュッ君が、立坑の穴に落ちていく。
ランスロットが手すりに再び降り立つと、大きく円弧を描く螺旋階段に沿って走り抜けていった。ユウキの手元から、ロープがすごい勢いでほどけて伸びていくと、ロープの先につながれたリュッ君の姿は、どんどん小さくなっていった。
リュッ君は、落ちていく途中でやや反動をつけると、落下軌道を変えて、フロアーの張り出した先っぽにその身を落とした。ぼてっ!っと跳ね返り、ゴロンと転がると、そのままぐいっと反動をつけて、螺旋階段の中心に向かって起き上がった。
目の前には、赤黒いまだらの斑点をひるがえしながら黒い塊がうねりを上げて盛り上がっている。まるで、吹き上がる手前で、力を溜めているかのようにぐるぐると渦を巻いて震えているようだ。
その様子を見つめながら、リュッ君は、コキコキと体をひねって口元を歪ませた。
「舌だけは、妙に器用なんだよなあ…」
リュッ君は、口の中のマッチを取り出すと、シュッ!っという音が鳴らして火を点けた。そして再びゴキゴキと体をひねって口元を歪ませ、なにやらもごもごとその口の中をうごかした。すると、その体の中から、シュウウウ!という音がくぐもって響き、リュッ君その口元や、ポケット、いたるところから、ゆらゆらと煙が上がっていった。
リュッ君の目の前で膨れ上がっていく黒い塊が波打つと、その突起からずるりと目玉のような光がギラギラと輝き、リュッ君の方を向いた。
「よう、ばけもの!」
黒い塊の、その目の光がリュッ君を認めるようにギュッと細まった。
「俺もそっち側だ…、これで、満足かよ?」
肩掛けに繋がれたロープが、どんどんと上に引っ張られて登っていく。リュッ君は、巻き取られていくロープを見上げ、螺旋階段のはるか先を走るランスロットとユウキを見つめた。
「…ユウキ…」
ボボボオオオオオオ
唸り声を上げる黒い塊、その頭部がめくれ上がるように膨れ上がると、リュッ君に向けて、そのどす黒い粒子の塊をうねらせてリュッ君に襲い掛かっていった。
「お前の…お前の、本当の名前は…」
黒い塊が張り出したフロアーにぶつかり飛沫を上げて裏がえると、ドオオオン!と巨大な爆発音が立て坑に響いた。
その轟音が立坑全体を揺るがすのと、ユウキが握るロープがピンと張るのは同時だった。ユウキは、体を丸めて目を塞ぎ、歯を食いしばって、そのロープを必死になって握りしめた。
次の瞬間、炸裂音と共に、激しい衝撃波が下からランスロットとユウキを襲った。地下の坑道がガラガラと崩れていく。地響きと地鳴りと揺れが、走るランスロットを揺さぶった。ユウキは、怖くて目を開けることが出来なかったが、必死で身を丸めてロープを握りしめていた。
やがて、崩れていく立坑の先の出口が近づいてくると、ランスロットはスピードを上げ、ポッカリ空いた出口に向かって一気に加速した。
ボオオオオオオオオオオ!
はるか下方から、黒い塊の上げる声が聞こえる。
その声を、崩壊していく立坑全体の轟音を背中に、ランスロットは、山頂に続く、そのやぐらの尖塔から、勢い良く外へ飛び出して行った。
ユウキの体を撫でる空気が変わった。そのことに気づいたユウキが顔を上げて、目を見開いた。
目の前には、満天の星空をたたえた夜空と、重なり合った山の尾根が広がっていた。
外に出た!
ユウキが確信をすると、その顔がドンドンほころんでいく。
「リュッ君!りゅっくーん!やった!やったよ!外に出たー!」
両手に握ったロープを揺らして、大きな声でさけぶ。
飛び出したランスロットがふわりと降下軌道にはいると、山の斜面に降りたち、たたらを踏みながら滑り降りていった。やがて体勢を立て直しながら、木々の間を、山のふもとに向かって駆け抜けていく。
そうだ!リュッ君をもどさなきゃ!
気づいたユウキは、ロープを手繰り寄せ始めた。
「リュッ君!リュッ君!もうすぐだよ!もうすぐ家に帰れる!帰れるよお!」
と言いながら、ぐいぐいと、握ったロープを力強く手繰り寄せ、そのスピードを速めていくユウキ。とうとうそのロープを、全て手元に引き戻した。
そこに、リュッ君はいなかった。
ロープの先っぽには、ユウキが、外れないように硬く縛った肩掛けだけが残っていた。走るランスロットの向かい風を受け、パタパタと揺れる肩掛けを見つめて、ユウキは、大きく叫んだ。
「リュッくーん!」
その目から流れる涙が後方に飛ばされて消えていく。走るランスロットに咥えられて揺れるユウキは、ロープの先に縛られた肩掛けを握り締めた。
ドオオオオオオオーン
その後方から、大きく吹き出して弾けるような、巨大な音が響いてきた。山全体を揺るがすような地響きと、轟音がランスロットとユウキを襲った。
驚いたユウキが、涙を拭いながら後方を見た。すると、巨大な黒い塊が、山の頂から噴火するかのように膨れ上がって上空に舞い上がっていった。飛び出した岩石が勢いよく弧を描いて地面に落ちていく。
走るランスロットの周辺にも、落下してくる無数の瓦礫が土煙を上げていった。
膨れ上がった黒い塊は、まるで人のように形を変えると、大きな両手を地面に叩きつけるように山の斜面に打ち付けて四つん這いになった。黒い塊が一歩前に踏み出すごとに、地面が崩落していく。腐れ落ちるようにその体からはがれる肉片のような黒い塊が、山の斜面に降り注ぐと、その周りが黒く変色し、森の木が枯れ、建物が崩されていった。
ユウキを咥えたランスロットは、駆けるスピードをあげていく。
後方からは、巨大な黒い塊が、山の頂から流れ出る溶岩のように、そのスピードと範囲を増して、ランスロットとユウキに追って来た。
リュッ君!リュッ君!
頭で念じながら、ユウキは、悔しそうに歯を食い縛って目を瞑った。すると、
ボオオオオオオオオオオ!
そこに、これまでとは別の、大きな音が響いてきた。
その音の方にユウキが向くと、眩しい光が後方からユウキを照らした。
シュシュシュシュシュシュ!
ポポポポポポー!
ランスロットがひた走るその横を、黒い鋼の体で覆われた蒸気機関車が走り抜けていく。
驚き、呆気に取られるユウキ。その蒸気機関車は見覚えがあった。あの車両基地に眠っていた蒸気機関車だ。ユウキがそう確信すると、その運転席に黒い人影が見えた。その影は、長いつばの帽子をかぶった、背の高い影だった。ノッポの影がユウキの方を向くと、帽子を上げて会釈をするような仕草をした。そして、蒸気機関車がスピードを上げて走るランスロットを追い抜いていくと、その後ろからは客車が牽引されてあらわれた。
その窓からは、沢山の小さな黒い影がユウキ達の方を見つめていた。その影たちは、次々に客車の扉を開け始めると、その窓から身を乗り出して、走るランスロットとユウキに向かって手を伸ばし始めた。それを認めたランスロットが、スピードを上げて、客車に向かって近づいていく。
ランスロットに咥えられたユウキは、その様子を訳が分からず、呆気にとられて眺めていた。やがて客車近くに寄ったランスロットが、その伸ばされた小さな影たちの手に、咥えたユウキを差し出した。
窓に集まった小さな影たちが、窓から手を伸ばしてユウキの体を掴んでいくと、ふわりと持ち上げて、窓からユウキを引きずり込んでいった。そして、その体を客車の中に招きいれると、近くの座席の脇に優しく座らせた。
カシャン!カシャン!と開いていた客車の窓が次々閉じられていく。
客車の中は明るく、照明で照らされた柔らかいオレンジの光が、暖かく周りをつつんでいた。ユウキの周りには、自分と同じくらいの背丈の小さな影がユウキのことを見つめているかのように取り囲んでいた。
座席に座らされたユウキは突然のことに、一瞬、ボウっとして座っていたが、すぐに、ハッと我に返って、自分が入れられた窓に向かって飛び出した。
窓に張り付き、列車の外を見つめるユウキ。ランスロットはまだ、客車の脇を並走するかのように走っていた。客車から見つめるユウキを、つぶらな瞳で見つめ返して、舌を出して懸命に走っていた。
慌ててユウキは、客車の窓を開けようと、その両脇にある鍵をつまんで力を入れた。しかし、ガタガタと揺れるだけで、窓は少しも開かなかった。ガラスに手をやって、窓に張り付き、ランスロットの方を向くユウキ。見ると、ユウキは、自分の手から、チリチリと黒い粒子のようなものが舞い上がっていることに気が付いた。それは手だけではなく、体全体を覆って、千切れて四散していた。窓に映る自分の姿を見ると、全体に黒ずんで、その形が、なにか曖昧になっているように見える。
再び窓の外を見た。
ランスロットが、窓の向こうで走っている。機関車の走るスピードが早まっていくと、ランスロットとの距離が徐々に遠ざかって行った。
ランスロットの姿が小さくなっていく。
窓に頬をつけて、ランスロットを見つめるユウキ。
遠ざかっていくランスロットを見つめていると、蒸気機関車がトンネルに入っていった。
蒸気の煙が窓の外で渦巻くと、車の窓の視界は、トンネルの壁面に覆われて、とうとう走るランスロットは見えなくなってしまった。
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