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十八歳 春~愛縁機縁
5. 魔法省訪問
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今日は、辺境伯オリバーより魔法陣に関する話があると言われ、辺境伯家のお屋敷に出向いている。応接室やサロンではなく、執務室に案内されたので、辺境伯付き魔法陣技師としてのエリサへの話なのだ。
「魔法省に、戦闘や防衛に関する魔法陣の一部は制限がかかっているので、本当に書けるのか実際に書いて見せるように言われたのだが、魔法省へ出向いてほしい」
「畏まりました」
「私も立ち会うので、都合のいい日を教えてほしい」
「私はいつでも構いません」
男爵家出身であるエリサが魔法省から無理難題を言われないように、オリバー自ら立ち会ってくれるらしい。たしかに、エリサだけで出向いたなら、事実はどうであれ、技術が未熟だなんだといちゃもんをつけられて、許可をもらえなそうだ。
エリサの外せない用事は、辺境伯家が厳選したお茶会への出席だけだ。忙しいオリバーに合わせて日程調整をし、連絡をもらえることになった。
そして迎えた魔法省訪問の日。
「魔法陣の天才を魔法省に迎えられて、うれしいよ」
「まあ、ご冗談を。こちらこそお招きいただきありがとうございます」
予想に反して歓迎されているのは、やはり隣に辺境伯本人がいるからだろう。未来の娘だと紹介されて、邪険にできるわけがない。
魔法省の上役たちが入れ替わり立ち替わり挨拶にくるので、エリサは名前と顔を一致させて記憶するのに集中する。人の顔を覚えるのは苦手だが、写真がないのだから記憶するしかない。魔術師は同じようなローブを着ているので、顔の特徴や体格で覚えるしかないが、みんな目が二つで鼻が一つなのだから、難易度が高い。
挨拶詣でが一段落したところで本題に入るのかと思ったが、話は目覚まし時計へと移った。
目覚まし時計の魔法陣の要は、時間が来たら音が鳴ることではなく、その鳴った音を止める部分にこそある。
エリサが魔法省に提出した魔法陣を見て、そのことに気づいた者は驚愕し、そのことに気づかなかった者はくだらないと一笑に付した。
そして気づいた者たちも、このような技術をたかだか時計に組み込むなど価値が分かっていないとあきれた。
エリサが知っているのはここまでだ。
エリサの魔法陣の技術に気づいた者たちの一部は、自分たちの発案として今ある魔法陣に組み込んで発表しようと画策していた。まだ魔法省内部にしか公開されていないのだ。大々的に発表してしまえば、エリサがそれは自分の発案だと訴えたところで、男爵令嬢のたわごとと誰も取り合わない。この世界に特許や著作権はないので発表した時点で他人が真似ることができるが、発案者の名は残る。
だがその矢先に、エリサが目覚まし時計を売り出した。目覚まし時計の売り出しによって、名実ともにエリサの発案として世に残ることになった。
横取りしようとしていた者たちは、自分たちの策をつぶされ憤慨していたが、正当な手順を踏んでいるので魔法省の権限で発売を取りやめさせることもできず、悔しい思いをした。
そしてこのことが、フォール侯爵からの婚約申し入れ騒動につながるのだ。ならば結婚という形で自らのもとにエリサを取り込み、その能力を利用しようとしたのだ。
「なぜこれを時計に組み込んだのだ? 攻撃魔法に応用すれば、魔法省は何としても君を入省させただろうに」
「私など魔法省の皆様の足元にも及びませんので、違った角度から挑戦してみました」
そんなことになれば、エリサは使い潰されて終わる。後ろ盾がなければ、いくら能力があろうといいように使われるのが王宮であり、魔法省だ。そういう権力争いはエリサの一番苦手な分野だ。我慢できずに余計な一言を放って上層部の怒りを買うのが目に見えている。
だから、魔法省の目を引きそうなものは避けたのだ。けれど結果的には目を引いてしまった。
半ば本気で、今からでも魔法省に入らないかと誘われているが、横にいるオリバーが許すはずもない。
ここ最近学んだ辺境伯家を取り巻く政治の知識から判断すると、おそらく王宮は辺境伯家がエリサという魔法陣技師を手に入れることを歓迎していない。辺境伯家には、魔物の侵略を止められるギリギリの戦力が望まれている。それ以上の力を手にして、離反されては困るからだ。魔物相手で手いっぱいになって、王家や政治にかまっている余裕がないという状況が、王宮の最も望む辺境伯家の姿だ。この勧誘は、そういう背景もあるのだろう。
エリサはそういう政治的なことには関わりたくないのだ。オリバーもそれは分かっていて、ここでエリサが下手な約束でもしては辺境伯家としても困る事態になりかねないので、わざわざついてきたのだろう。ここはオリバーに任せよう。
さまざまな辺境伯家にも利がありそうな条件を提示して、エリサの入省を勧めてみても、オリバーはうなずかない。エリサの勧誘は無理と判断したようで、別の提案をしてきた。
「攻撃用の新しい魔法陣を開発したら、魔法省にも公開してほしい。国防に関するなので、辺境伯、ご協力をお願いいたします」
「もちろん協力しよう。エリサ嬢、よろしいかな?」
「はい」
魔法陣に公開義務はない。ものを見れば読み取れるので秘匿することは難しいが、辺境で持ち出し禁止としてこっそり使うことはできる。それもいずれどこからか漏れるだろうが。
魔法省はエリサが辺境で密かに攻撃用の魔法陣を開発するのを、恐れているようだ。
「魔法省に、戦闘や防衛に関する魔法陣の一部は制限がかかっているので、本当に書けるのか実際に書いて見せるように言われたのだが、魔法省へ出向いてほしい」
「畏まりました」
「私も立ち会うので、都合のいい日を教えてほしい」
「私はいつでも構いません」
男爵家出身であるエリサが魔法省から無理難題を言われないように、オリバー自ら立ち会ってくれるらしい。たしかに、エリサだけで出向いたなら、事実はどうであれ、技術が未熟だなんだといちゃもんをつけられて、許可をもらえなそうだ。
エリサの外せない用事は、辺境伯家が厳選したお茶会への出席だけだ。忙しいオリバーに合わせて日程調整をし、連絡をもらえることになった。
そして迎えた魔法省訪問の日。
「魔法陣の天才を魔法省に迎えられて、うれしいよ」
「まあ、ご冗談を。こちらこそお招きいただきありがとうございます」
予想に反して歓迎されているのは、やはり隣に辺境伯本人がいるからだろう。未来の娘だと紹介されて、邪険にできるわけがない。
魔法省の上役たちが入れ替わり立ち替わり挨拶にくるので、エリサは名前と顔を一致させて記憶するのに集中する。人の顔を覚えるのは苦手だが、写真がないのだから記憶するしかない。魔術師は同じようなローブを着ているので、顔の特徴や体格で覚えるしかないが、みんな目が二つで鼻が一つなのだから、難易度が高い。
挨拶詣でが一段落したところで本題に入るのかと思ったが、話は目覚まし時計へと移った。
目覚まし時計の魔法陣の要は、時間が来たら音が鳴ることではなく、その鳴った音を止める部分にこそある。
エリサが魔法省に提出した魔法陣を見て、そのことに気づいた者は驚愕し、そのことに気づかなかった者はくだらないと一笑に付した。
そして気づいた者たちも、このような技術をたかだか時計に組み込むなど価値が分かっていないとあきれた。
エリサが知っているのはここまでだ。
エリサの魔法陣の技術に気づいた者たちの一部は、自分たちの発案として今ある魔法陣に組み込んで発表しようと画策していた。まだ魔法省内部にしか公開されていないのだ。大々的に発表してしまえば、エリサがそれは自分の発案だと訴えたところで、男爵令嬢のたわごとと誰も取り合わない。この世界に特許や著作権はないので発表した時点で他人が真似ることができるが、発案者の名は残る。
だがその矢先に、エリサが目覚まし時計を売り出した。目覚まし時計の売り出しによって、名実ともにエリサの発案として世に残ることになった。
横取りしようとしていた者たちは、自分たちの策をつぶされ憤慨していたが、正当な手順を踏んでいるので魔法省の権限で発売を取りやめさせることもできず、悔しい思いをした。
そしてこのことが、フォール侯爵からの婚約申し入れ騒動につながるのだ。ならば結婚という形で自らのもとにエリサを取り込み、その能力を利用しようとしたのだ。
「なぜこれを時計に組み込んだのだ? 攻撃魔法に応用すれば、魔法省は何としても君を入省させただろうに」
「私など魔法省の皆様の足元にも及びませんので、違った角度から挑戦してみました」
そんなことになれば、エリサは使い潰されて終わる。後ろ盾がなければ、いくら能力があろうといいように使われるのが王宮であり、魔法省だ。そういう権力争いはエリサの一番苦手な分野だ。我慢できずに余計な一言を放って上層部の怒りを買うのが目に見えている。
だから、魔法省の目を引きそうなものは避けたのだ。けれど結果的には目を引いてしまった。
半ば本気で、今からでも魔法省に入らないかと誘われているが、横にいるオリバーが許すはずもない。
ここ最近学んだ辺境伯家を取り巻く政治の知識から判断すると、おそらく王宮は辺境伯家がエリサという魔法陣技師を手に入れることを歓迎していない。辺境伯家には、魔物の侵略を止められるギリギリの戦力が望まれている。それ以上の力を手にして、離反されては困るからだ。魔物相手で手いっぱいになって、王家や政治にかまっている余裕がないという状況が、王宮の最も望む辺境伯家の姿だ。この勧誘は、そういう背景もあるのだろう。
エリサはそういう政治的なことには関わりたくないのだ。オリバーもそれは分かっていて、ここでエリサが下手な約束でもしては辺境伯家としても困る事態になりかねないので、わざわざついてきたのだろう。ここはオリバーに任せよう。
さまざまな辺境伯家にも利がありそうな条件を提示して、エリサの入省を勧めてみても、オリバーはうなずかない。エリサの勧誘は無理と判断したようで、別の提案をしてきた。
「攻撃用の新しい魔法陣を開発したら、魔法省にも公開してほしい。国防に関するなので、辺境伯、ご協力をお願いいたします」
「もちろん協力しよう。エリサ嬢、よろしいかな?」
「はい」
魔法陣に公開義務はない。ものを見れば読み取れるので秘匿することは難しいが、辺境で持ち出し禁止としてこっそり使うことはできる。それもいずれどこからか漏れるだろうが。
魔法省はエリサが辺境で密かに攻撃用の魔法陣を開発するのを、恐れているようだ。
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