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十八歳 秋~辺境訪問
3. 城の女主人
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翌日から、ジョフリーとは別行動で、エリサは城内のことを教えてもらうことになっている。
だが、ジョフリーの目がなくなったところで、現在城内を取り仕切っているアニエスの態度が一変した。
「奥方様はご存じなくてもいいんですよ。我々がやりますから」
何を聞いても、エリサは知らなくていいの一点張りで、質問に答えようとしない。しかも、エリサのことを面倒だと思っているのが漏れ出ている。自分の縄張りを荒らすものとして敵対視しているようだ。
最初は、それでも根気よく質問して、対話で解決しようと試みたが、三回目でエリサの心が折れた。
思わず大きなため息をついたエリサに、娘のクロエが毒づいた。
「辺境のことを何も知らない、男爵の小娘のくせに」
エリサの出自がどうであれ、今は伯爵家の人間であり、主家の婚約者に対してのその発言がどういう意味を持つか分からないのだろうか。家でちゃんと教育しておいてほしい。まあこういうことを口に出す時点で、その教育するべき親が家で言っているのが丸わかりだ。子どもは家庭を映す鏡。エリサよりも年上で、もはや子どもという年齢ではないが、家の中で、この場合は城の女性陣の中でだろうか、エリサに対してどういう見方をしているのが分かってしまった。
エリサが来なければ、この城の女主人として君臨できたから悔しいのだろうが、エリサの知ったことではない。
面倒くさい。けれど、後ろに控えるマリーが殺気立っているから、ここはエリサが収めるしかない。
「それが、貴女たちの本音と言うことでいいかしら?」
「な、なによ」
「ここは今まで全部我々がやってきたんです。これからもやりますから」
「私に関わらせるつもりはないのね。分かりました。マリー、行きましょう」
周りの人間はクロエの発言がよくなかったのは分かっているようで、エリサの出方をうかがっていたが、特にお咎めがないと分かって、空気が緩んだ。
家の家格でも、夫の地位でも、エリサのほうが上なのだ。勝てるのは領に住んだ年月だけなのに、マウントを取ってくる理由が理解できない。さらに誰もクロエの発言を戒めることもしないとは、正直がっかりする。
もうこれ以上相手にしても無駄なので、引き上げよう。
「エリサ様、あのような発言を放置してはなりません」
部屋に戻ると、マリーがエリサの対応について物申してきた。本来、こうあるべきなのだ。明らかに間違っているなら、それを指摘するのも配下の役目だ。
「マリー、ありがとう。でも、ピエール様には悪いけど、あの人たちがいなくても私は困らないわ」
彼女たちを諫めて立場を理解させるのが、エリサの仕事だ。あの場で本来あるべき状況に正さなければならなかった。
けれど、やりたくない。自分より年上の、すでに価値観が凝り固まった人間に道理を説くなど面倒だ。
しかも、勝てもしないけんかを売るような状況判断もできない人間を、今後もそばに置く必要があるとは思えない。
三回も聞いたのに、それでも応じる気がないのだ。警告が三回たまったら退場だったはずなので、そこまでは付き合ったのだから、エリサにしては頑張ったほうだ。傀儡になる若奥様がいいなら、どこか別のところで探してほしい。
「若奥様、なんの御用かな」
夕食後、クロエと両親を呼び出す。
本人たちに言っても分からなさそうなので、家長制度を利用しよう。
父親であるダンカンはクロエとエリサの間で何があったのか全く聞かされていないようで、ニコニコしながら話しかけてきた。エリサが魔法陣技師であることは知られているので、兵士たちからはおおむね歓迎されている。
ダンカンは、初代辺境伯に仕えた家系ということで、領で一目置かれている最古参の家臣だ。代々槍の名手を輩出していて、名だけではなく実力もある。
領主代理ハロルドの夫人が辺境に来なかったことで、最古参の家臣の妻であるアニエスにその役目が回ってきた。娘のクロエはハロルドの息子ピエールと結婚している。その結果、アニエスとクロエが増長したのだろう。
ハロルドはアニエスが権力を握っていることを気にかけていない。ダンカンも、そういうことには興味がなさそうだ。エリサが来なければ、城内はこのまま上手く回っていったに違いない。
アニエスは場違いなドレスを着たエリサに見下すような視線を向けていて、クロエは逆に妬ましそうに見ている。エリサは、王都のお茶会に出るようなドレスで着飾っているが、この領では今まで見ることもなかっただろう。
部屋には、ハロルド、ピエール、ジョフリーもいるが、みな普段着だ。
「ダンカン、貴方の奥方と令嬢の私に対する無礼な態度を改めさせて」
「それは大変申し訳ない。よく言って聞かせる」
「それから、城内のことを私に教えるように言って」
「お言葉だが、城の中のことはすべて貴女の責任だ」
配下の手綱を取るのもエリサのすべきことで、自分の力でそれくらいはやれと言いたいのだろう。
だったら、エリサの答えは決まっている。
「そう。では二人をこのお城から出して」
「いきなり何を理由に、そんなことを」
「私に任せるのでしょう。だったら私には不要な人間だから、出ていってもらうわ」
他人を変えることなどできない。だから、合わない人間とは疎遠になるに限る。
今のエリサは、それでも同僚としてなんとか折り合いをつけていかなければならない、雇われの立場ではないのだ。
クロエは領主代理の息子の妻ではあるが、次期領主代理であるジョフリーの妻となるエリサのほうが立場は上だ。その程度の状況判断もできない人間が、ただ古参というだけで重宝されると思っているなら、めでたすぎる。
今もアニエスたちはハロルドとピエールにエリサの横暴を止めるように言っているが、訴える相手を間違えている。
だが、ジョフリーの目がなくなったところで、現在城内を取り仕切っているアニエスの態度が一変した。
「奥方様はご存じなくてもいいんですよ。我々がやりますから」
何を聞いても、エリサは知らなくていいの一点張りで、質問に答えようとしない。しかも、エリサのことを面倒だと思っているのが漏れ出ている。自分の縄張りを荒らすものとして敵対視しているようだ。
最初は、それでも根気よく質問して、対話で解決しようと試みたが、三回目でエリサの心が折れた。
思わず大きなため息をついたエリサに、娘のクロエが毒づいた。
「辺境のことを何も知らない、男爵の小娘のくせに」
エリサの出自がどうであれ、今は伯爵家の人間であり、主家の婚約者に対してのその発言がどういう意味を持つか分からないのだろうか。家でちゃんと教育しておいてほしい。まあこういうことを口に出す時点で、その教育するべき親が家で言っているのが丸わかりだ。子どもは家庭を映す鏡。エリサよりも年上で、もはや子どもという年齢ではないが、家の中で、この場合は城の女性陣の中でだろうか、エリサに対してどういう見方をしているのが分かってしまった。
エリサが来なければ、この城の女主人として君臨できたから悔しいのだろうが、エリサの知ったことではない。
面倒くさい。けれど、後ろに控えるマリーが殺気立っているから、ここはエリサが収めるしかない。
「それが、貴女たちの本音と言うことでいいかしら?」
「な、なによ」
「ここは今まで全部我々がやってきたんです。これからもやりますから」
「私に関わらせるつもりはないのね。分かりました。マリー、行きましょう」
周りの人間はクロエの発言がよくなかったのは分かっているようで、エリサの出方をうかがっていたが、特にお咎めがないと分かって、空気が緩んだ。
家の家格でも、夫の地位でも、エリサのほうが上なのだ。勝てるのは領に住んだ年月だけなのに、マウントを取ってくる理由が理解できない。さらに誰もクロエの発言を戒めることもしないとは、正直がっかりする。
もうこれ以上相手にしても無駄なので、引き上げよう。
「エリサ様、あのような発言を放置してはなりません」
部屋に戻ると、マリーがエリサの対応について物申してきた。本来、こうあるべきなのだ。明らかに間違っているなら、それを指摘するのも配下の役目だ。
「マリー、ありがとう。でも、ピエール様には悪いけど、あの人たちがいなくても私は困らないわ」
彼女たちを諫めて立場を理解させるのが、エリサの仕事だ。あの場で本来あるべき状況に正さなければならなかった。
けれど、やりたくない。自分より年上の、すでに価値観が凝り固まった人間に道理を説くなど面倒だ。
しかも、勝てもしないけんかを売るような状況判断もできない人間を、今後もそばに置く必要があるとは思えない。
三回も聞いたのに、それでも応じる気がないのだ。警告が三回たまったら退場だったはずなので、そこまでは付き合ったのだから、エリサにしては頑張ったほうだ。傀儡になる若奥様がいいなら、どこか別のところで探してほしい。
「若奥様、なんの御用かな」
夕食後、クロエと両親を呼び出す。
本人たちに言っても分からなさそうなので、家長制度を利用しよう。
父親であるダンカンはクロエとエリサの間で何があったのか全く聞かされていないようで、ニコニコしながら話しかけてきた。エリサが魔法陣技師であることは知られているので、兵士たちからはおおむね歓迎されている。
ダンカンは、初代辺境伯に仕えた家系ということで、領で一目置かれている最古参の家臣だ。代々槍の名手を輩出していて、名だけではなく実力もある。
領主代理ハロルドの夫人が辺境に来なかったことで、最古参の家臣の妻であるアニエスにその役目が回ってきた。娘のクロエはハロルドの息子ピエールと結婚している。その結果、アニエスとクロエが増長したのだろう。
ハロルドはアニエスが権力を握っていることを気にかけていない。ダンカンも、そういうことには興味がなさそうだ。エリサが来なければ、城内はこのまま上手く回っていったに違いない。
アニエスは場違いなドレスを着たエリサに見下すような視線を向けていて、クロエは逆に妬ましそうに見ている。エリサは、王都のお茶会に出るようなドレスで着飾っているが、この領では今まで見ることもなかっただろう。
部屋には、ハロルド、ピエール、ジョフリーもいるが、みな普段着だ。
「ダンカン、貴方の奥方と令嬢の私に対する無礼な態度を改めさせて」
「それは大変申し訳ない。よく言って聞かせる」
「それから、城内のことを私に教えるように言って」
「お言葉だが、城の中のことはすべて貴女の責任だ」
配下の手綱を取るのもエリサのすべきことで、自分の力でそれくらいはやれと言いたいのだろう。
だったら、エリサの答えは決まっている。
「そう。では二人をこのお城から出して」
「いきなり何を理由に、そんなことを」
「私に任せるのでしょう。だったら私には不要な人間だから、出ていってもらうわ」
他人を変えることなどできない。だから、合わない人間とは疎遠になるに限る。
今のエリサは、それでも同僚としてなんとか折り合いをつけていかなければならない、雇われの立場ではないのだ。
クロエは領主代理の息子の妻ではあるが、次期領主代理であるジョフリーの妻となるエリサのほうが立場は上だ。その程度の状況判断もできない人間が、ただ古参というだけで重宝されると思っているなら、めでたすぎる。
今もアニエスたちはハロルドとピエールにエリサの横暴を止めるように言っているが、訴える相手を間違えている。
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