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十八歳 秋~辺境訪問
4. 脅し
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だが、騒動の気配に、ハロルドが止めに入った。ダンカンと同じで、城内のことはエリサに任せるつもりだったが、このまま見過ごすことはできないと思ったのだろう。王都の感覚では、辺境では上手くやっていくことはできない、そのことにエリサが気付いていないと考えたのかもしれない。
「エリサ殿、さすがにそれはよくない。彼女たちがいなければ、城内が回らなくなる」
「ハロルド様、お言葉ですが、誰かがいなければ回らない状態のほうが異常だと思いますよ」
自分がいなければ仕事が回らないと倒れそうになりながら頑張っても、本当に倒れれば、残された人たちだけでなんだかんだと回っていくのだ。最初は大騒動になるが、最終的には何とかなる。そのためにいろんな人が大変な思いをしたり、あちこちに頭を下げたりすることにはなるが、それでも何とかなっていくのだ。
そもそも、そんなことにならないように、業務の属人化は避けなければならない。
自分の夫人がいない部分を補ってくれるアニエスとクロエに面倒なことをすべて任せていたのが、本来あまりよくないことだとは分かっていたようで、エリサの言葉にそれ以上の反論はなかった。
それを見て分が悪いと思ったのか、今度はクロエがエリサに直接文句を言ってくる。
「そんなことをすれば、多くの家臣が離れますよ。ここをめちゃくちゃにするつもりですか?」
「試してみる?」
そう言ってにっこり笑ったエリサが空中に指を滑らせると、魔法陣が浮かび上がる。一つ、また一つと刻まれた魔法陣が明滅し、エリサの周りを取り囲む。
その幻想的な光景に、全員が目を奪われている。
だいたい、社交がしたくないから辺境に引きこもりたいと言っているエリサに、すでに出来上がっている集団に入って関係を上手く作り上げていくなど、できるわけがない。自分が人格者ではない自覚があるので、付き合っていれば分かってもらえるなどという幻想は持てない。
そんなことに労力を使うくらいなら、魔法陣を刻んでいるほうが、領のためにもなる。
そもそもジョフリーとの婚姻は、エリサの魔法陣技師としての腕があって成立したのだ。魔法陣技師と兵士、希少価値は比べるまでもない。魔法陣技師を留めるためなら、古参の家臣を追い出すことだって辺境伯は許すだろう。
クロエたちはおそらくエリサを黙らせるか、あるいは領から追い出して、自分たちの城を守りたかったのだろう。今回のことでエリサが辺境には行きたくないと言い出すのを狙っていたのかもしれない。
けれど、二代続けて領主代理夫人が離縁になるなど、エリサだけではなく辺境伯家の醜聞となるのだ。そんな人間を送り込んでくると思っている時点で、辺境伯家をなめすぎている。
自分をコケにするのはまだいい。けれど、間近で見て知った辺境伯家の人たちの覚悟を甘く見られた気がして、エリサは頭にきているのだ。
だから、全力で、手加減なしで、脅しをかけた。
周りに浮かんでいるのは、ただ虹色に光ってくるくると回るだけの魔法陣だ。漫画の場面を実現してみたくて、こっそり部屋で試したらできた。見栄えよくするために、無駄に改良を重ねた。そんなの頑張ってどうするの、ということに心血を注ぐ気持ちは、何かにはまったことのある人なら分かってくれるだろう。宴会芸に使えるかもとは思っていたが、こんな場面で披露できるとは嬉しい誤算だ。
ヒロインなら可憐に花を背負うのだろうが、エリサには魔法陣がぴったりだ。
自分が誰にけんかを売ったのか、思い知ればいい。エリサを追い出すということが、辺境にとってどういう意味を持つのか、今さら思い至っても遅い。
ここは王都ではないのだから、笑顔でしおらしく大人しい令嬢を装う必要もない。魔法陣技師としてのプライドにかけて、潰させてもらう。きっと今は性格の悪さが前面に出た笑顔になっているはずだ。
それまで少し強く言えば引くように見えていたエリサの、ガラッと変わった雰囲気に気圧されて、言葉が出ないようだ。我に返ったダンカンが、妻と娘にはよく言い聞かせると言って、二人を急き立てて部屋を出すまで、ぼう然とエリサの周りに浮かぶ魔法陣を見ていた。
戦闘に関わる者なら、魔法陣技師の価値は分かる。今頃ダンカンは、自分の妻と娘が領に与えたかもしれない損害に、肝を冷やしているだろう。
三人が部屋を出たところで、魔法陣を消した。
「エリサ様、妻が大変申し訳ございませんでした」
「分かればいいわ」
ピエールには同情する。両親の離縁後、辺境ではアニエスが幼いピエールの面倒を見ていたそうだ。ともに育ったクロエと結婚したものの、ジョフリーの側近として自分だけ王都に住み、ともに過ごす時間はほとんどなかった。もしかすると彼が一番の被害者かも知れない。大変ねえ、と言いたかったが、その言葉は飲み込んだ。
そもそも原因は、彼女たちの増長を見ながら止めなかったハロルドだが、指摘できるわけもない。城内のことまで気を配る余裕もなかったから仕方がないと諦めることにしよう。
ジョフリーを見ると、曖昧に笑っている。そういう誤魔化し方はエリサの専売特許だと思っていたが、違うらしい。
「思い切ったことをしたね」
「次期領主代理夫人として認める気がないようなので、手っ取り早く魔法陣技師として認めさせようかと」
「あれを見れば認めざるを得ないだろうけど」
「やりすぎましたか?」
「まあ、いいんじゃないかな」
ジョフリーが苦笑しているので、やりすぎたようだ。
最初が肝心だというのに歓迎パーティーで大人しくしていてなめられようだから、派手にやってみたが、過剰防衛になってしまった。
「エリサ殿、さすがにそれはよくない。彼女たちがいなければ、城内が回らなくなる」
「ハロルド様、お言葉ですが、誰かがいなければ回らない状態のほうが異常だと思いますよ」
自分がいなければ仕事が回らないと倒れそうになりながら頑張っても、本当に倒れれば、残された人たちだけでなんだかんだと回っていくのだ。最初は大騒動になるが、最終的には何とかなる。そのためにいろんな人が大変な思いをしたり、あちこちに頭を下げたりすることにはなるが、それでも何とかなっていくのだ。
そもそも、そんなことにならないように、業務の属人化は避けなければならない。
自分の夫人がいない部分を補ってくれるアニエスとクロエに面倒なことをすべて任せていたのが、本来あまりよくないことだとは分かっていたようで、エリサの言葉にそれ以上の反論はなかった。
それを見て分が悪いと思ったのか、今度はクロエがエリサに直接文句を言ってくる。
「そんなことをすれば、多くの家臣が離れますよ。ここをめちゃくちゃにするつもりですか?」
「試してみる?」
そう言ってにっこり笑ったエリサが空中に指を滑らせると、魔法陣が浮かび上がる。一つ、また一つと刻まれた魔法陣が明滅し、エリサの周りを取り囲む。
その幻想的な光景に、全員が目を奪われている。
だいたい、社交がしたくないから辺境に引きこもりたいと言っているエリサに、すでに出来上がっている集団に入って関係を上手く作り上げていくなど、できるわけがない。自分が人格者ではない自覚があるので、付き合っていれば分かってもらえるなどという幻想は持てない。
そんなことに労力を使うくらいなら、魔法陣を刻んでいるほうが、領のためにもなる。
そもそもジョフリーとの婚姻は、エリサの魔法陣技師としての腕があって成立したのだ。魔法陣技師と兵士、希少価値は比べるまでもない。魔法陣技師を留めるためなら、古参の家臣を追い出すことだって辺境伯は許すだろう。
クロエたちはおそらくエリサを黙らせるか、あるいは領から追い出して、自分たちの城を守りたかったのだろう。今回のことでエリサが辺境には行きたくないと言い出すのを狙っていたのかもしれない。
けれど、二代続けて領主代理夫人が離縁になるなど、エリサだけではなく辺境伯家の醜聞となるのだ。そんな人間を送り込んでくると思っている時点で、辺境伯家をなめすぎている。
自分をコケにするのはまだいい。けれど、間近で見て知った辺境伯家の人たちの覚悟を甘く見られた気がして、エリサは頭にきているのだ。
だから、全力で、手加減なしで、脅しをかけた。
周りに浮かんでいるのは、ただ虹色に光ってくるくると回るだけの魔法陣だ。漫画の場面を実現してみたくて、こっそり部屋で試したらできた。見栄えよくするために、無駄に改良を重ねた。そんなの頑張ってどうするの、ということに心血を注ぐ気持ちは、何かにはまったことのある人なら分かってくれるだろう。宴会芸に使えるかもとは思っていたが、こんな場面で披露できるとは嬉しい誤算だ。
ヒロインなら可憐に花を背負うのだろうが、エリサには魔法陣がぴったりだ。
自分が誰にけんかを売ったのか、思い知ればいい。エリサを追い出すということが、辺境にとってどういう意味を持つのか、今さら思い至っても遅い。
ここは王都ではないのだから、笑顔でしおらしく大人しい令嬢を装う必要もない。魔法陣技師としてのプライドにかけて、潰させてもらう。きっと今は性格の悪さが前面に出た笑顔になっているはずだ。
それまで少し強く言えば引くように見えていたエリサの、ガラッと変わった雰囲気に気圧されて、言葉が出ないようだ。我に返ったダンカンが、妻と娘にはよく言い聞かせると言って、二人を急き立てて部屋を出すまで、ぼう然とエリサの周りに浮かぶ魔法陣を見ていた。
戦闘に関わる者なら、魔法陣技師の価値は分かる。今頃ダンカンは、自分の妻と娘が領に与えたかもしれない損害に、肝を冷やしているだろう。
三人が部屋を出たところで、魔法陣を消した。
「エリサ様、妻が大変申し訳ございませんでした」
「分かればいいわ」
ピエールには同情する。両親の離縁後、辺境ではアニエスが幼いピエールの面倒を見ていたそうだ。ともに育ったクロエと結婚したものの、ジョフリーの側近として自分だけ王都に住み、ともに過ごす時間はほとんどなかった。もしかすると彼が一番の被害者かも知れない。大変ねえ、と言いたかったが、その言葉は飲み込んだ。
そもそも原因は、彼女たちの増長を見ながら止めなかったハロルドだが、指摘できるわけもない。城内のことまで気を配る余裕もなかったから仕方がないと諦めることにしよう。
ジョフリーを見ると、曖昧に笑っている。そういう誤魔化し方はエリサの専売特許だと思っていたが、違うらしい。
「思い切ったことをしたね」
「次期領主代理夫人として認める気がないようなので、手っ取り早く魔法陣技師として認めさせようかと」
「あれを見れば認めざるを得ないだろうけど」
「やりすぎましたか?」
「まあ、いいんじゃないかな」
ジョフリーが苦笑しているので、やりすぎたようだ。
最初が肝心だというのに歓迎パーティーで大人しくしていてなめられようだから、派手にやってみたが、過剰防衛になってしまった。
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