悪役令嬢と私の婚約破棄

戌葉

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1. 悪役令嬢の婚約破棄

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 私はシスル侯爵家の長女ナスターシャ、17歳。前世の記憶を持つ、いわゆる異世界転生をした元日本人だ。
 私の生家であるシスル侯爵家は落ち目で、勢いのある伯爵家よりも貧乏だ。現在は学園の卒業パーティー真っ只中で、さすがに今日のためにドレスを新調したが、正直もったいないなあと思っていたりする。妹がいるが、彼女は末っ子ということで両親に溺愛されてドレスも頻繁に買ってもらっているので、私のおさがりを着たりはしないだろう。

 そんな私は、このボターニ王国の第二王子殿下の婚約者であるグローリ公爵家令嬢レリチア様のそばに控えている。
 レリチア様は将来の王子妃とあって多くの取り巻きがいるが、その取り巻きをまとめているのは、私より家格としては下になるが裕福さで言えばあちらが遥かに上になる伯爵家の令嬢クレマティス様だ。クレマティス様の兄君は私の婚約者である。

 レリチア様とクレマティス様が並ぶと、大輪の花が2輪という感じでとても華やかだ。しかも17歳の瑞々しさと初々しさ、そして大人びた表情の中にも見え隠れするわずかな幼さ。目の保養だ。
 おふたりでダンスを踊って見せてくださったら、前世では興味のなかった百合の世界の扉を開いてしまう気がする。

 そんなお二人に近づいてくる方が自然と目に入った。とても目立つ金の髪に見目麗しきお顔の第二王子殿下。
 けれど、その腕に男爵令嬢のデイジーが絡みつくようにぴったりとひっついている。最近王子殿下が彼女をおそばに侍らせていらっしゃることは、この学園に通うものなら皆知っている。もちろん婚約者であるレリチア様もご存じではあるが、王族の方々が愛人を侍らすのはよくあること、とレリチア様は取り合われなかった。

 これからダンスが始まるというタイミングで、レリチア様をお誘いに来られたにしては、男爵令嬢が余計である。一体何を、と誰もが思ったところで、王子殿下が高らかに宣言された。

「レリチア、お前との婚約は破棄する!」

 まさかの悪役令嬢の婚約破棄。
 これは前世で聞きかじった悪役令嬢の婚約破棄の場面に違いない。王子殿下の婚約者である悪役令嬢で、王子殿下と相思相愛のヒロインをいじめ、婚約破棄される。
 けれど、レリチア様はデイジーをいじめてなどいらっしゃらない。それは常にそばにいる我々取り巻きが一番よく知っている。

 物語の中では簡単に語られていた婚約破棄だが、実際に生きている身からすると片側の好き嫌いだけでそう簡単にできないと知っている。そもそも婚約は、家と家との契約であり、ましてや王家など国内の貴族のパワーバランスを考えて決められるもので、殿下がお気に召さないというだけで破棄できるはずがない。
 にもかかわらず、この場で公になさったということは、すでに陛下の許可がおありなのだろうか。

「殿下、どういうことでしょうか」
「ふん、お前のような高飛車な者は王子妃には似合わぬ。王子妃には心優しいデイジーのようなものが必要なのだ。兄上も妃殿下も認めてくださっている」
「わたくしが何をしたとおっしゃるのですか……」

 王太子妃である隣国サフラ王国のコリオプサ王女が、財力もある公爵家の令嬢で、さらにボターニの花と称されるお美しいレリチア様に嫉妬なさっているという情報は事前に掴んでいた。王族出身の妃殿下が公爵家令嬢に嫉妬など何かの間違いではないかと思わなくもないが、王太子妃と王子妃としてお並びになったときに、自分が霞んでしまうという危機感をお持ちだったのだろう。

 王太子殿下が認めていらっしゃるなら、陛下の許可もいずれ下りる。婚約破棄は避けられない。
 それに気づいたのか、レリチア様のすぐそばに立っていたクレマティス様や他の取り巻きの方々が少し距離をとった。巻き込まれて自分たちにまで責が及ぶのを恐れたのだ。
 例えレリチア様が無実であったとしても、王太子殿下と王子殿下が有罪とおっしゃるなら有罪になる。絶対王政のこの国で裁判などない。
 ここで追いすがっても、レリチア様の評判が悪くなるだけだろう。

「レリチア様、ここはお引きになって、御父上にご相談くださいませ」
「ナスターシャ……、そうですね」

 気持ちを立て直して状況を瞬時に把握したレリチア様は、毅然と顔を上げた。

「心当たりはございませんが、これ以上この晴れの場を乱したくはございませんので、失礼いたします。殿下、ご卒業おめでとうございます。皆様、パーティーをお楽しみくださいませ」
「ふん」

 ボターニの花と称されるのにふさわしい笑顔を見せ、綺麗なお辞儀をなさってから、レリチア様は会場を後にされた。
 私はレリチア様の後を追ったが、クレマティス様方はそのままレリチア様を見送っている。

「ナスターシャ、貴女も会場に戻っていいのよ」
「レリチア様、お屋敷までご一緒します」

 この国には公爵家が3つある。レリチア様のグローリ公爵家はその筆頭だが、今回の件でおそらくその座を譲ることになる。けれど腐っても公爵家、反逆したわけでもないのに没落するとは思えない。
 そしてレリチア様の御父上のグローリ公爵はレリチア様を溺愛していらっしゃる。王子殿下に婚約破棄されたからと言ってレリチア様を見限られるとは思えない。

 同じ派閥に属する家として、他への乗り換えを考えるほどの事態ではないと冷静に判断している自分がいる。
 けれどそれ以上に、パーティー会場での毅然とした態度から一変して落ち込んでいらっしゃるレリチア様を見捨てておけない。
 政治的なあれこれはおいておいて、レリチア様は第二王子殿下に恋をしていらっしゃった。それが王子殿下への恋なのか、恋というものへの恋なのかは分からないが、たった今恋に破れた少女を放っておけない。
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