悪役令嬢と私の婚約破棄

戌葉

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2. 私の前世の記憶

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 日本での名前も、自分や家族の顔も覚えていないけれど、どんな人生を送ったかは途中まで覚えている。
 ただ、いつどのように人生を閉じたかは覚えていない。記憶が途中までしかないのか、ある日予期せず人生が終わってしまったのかは分からない。
 それでも30代までの記憶はあるので、周りの同世代の少女たちが、とても可愛く思えた。未来は希望にあふれているのだと信じている、無邪気な少女たち。
 自分が30代くらいの、どちらかというと近所のおばちゃん目線で周りを見ていることは早い段階で気付いていた。それゆえに変わり者と周りに思われていることも。
 だっていまさら17歳のフリなんてできない。前世から年齢を合わせれば、親世代なのだ。
 いや本当に17歳なんだけど、なんというかむず痒い。

 前世の私には恋人がいた。周りからは結婚するだろうと思われている相手だった。
 ある日彼が病気になり入院した。実家が遠かった彼のために、仕事が終わった後に1時間かけて病室へ行き、洗濯物を持って帰ったり、必要なものを届けたりと入院中の身の回りの世話をしていた。退院後も食事制限のある彼のために毎日お弁当を作り、かなり尽くしたと思う。
 けれど彼は2度目の退院後、私には相談もなく実家に帰り、そしてそこで別の恋人を作った。
 裏切られたと思った。私はただのお手伝いさんだったのかと。
 それからは仕事に生きていた。その後新しい恋人を作ったという記憶はないので、ひとりで生きていたのだろう。技術職についていたので、生活には困らなかったはずだ。

 信じられるものは自分で身に着けた知識と技術。
 例え恋人に裏切られようが、泥棒に入られようが、災害で家がなくなろうが、家が没落しようが、身に着けたものを奪うことはできない。

 その信念のもと、私は学園で勉強に力を入れた。学園で教わる学問だけでなく、レリチア様が王子妃となられた折りには女官として王宮に勤められるよう、女官としての仕事も学んだ。
 王宮の女官として雇ってもらえるだけの技術とマナーも身に着けたし、女性は雇ってもらえないので無理だが、薬師塔に入れるだけの薬学の知識と技術も身に着けたと自負している。まあ薬学については、単純に薬を作るのが楽しかったという多分に私の趣味を含んでいるけど。
 前世と比べて女性の立場がかなり弱いこの世界、職に就くことはなくとも、万が一貴族でなくなった時のためにも、身に着けておいて損はない。


 第二王子殿下とレリチア様の婚約は、粛々と解消された。噂では王家からグローリ公爵家へ多額の賠償金が払われたらしい。
 それでも傷ついた乙女心は癒えないし、第二王子殿下に婚約破棄されたという言わば傷物になったレリチア様の将来は明るくはない。
 ご本人は修道院に入るとおっしゃっているが、溺愛している公爵が止めていらっしゃる状態だ。
 ただ、現状レリチア様に見合う身分でお相手のいない方がいらっしゃらない。公爵はどうなさるつもりなのだろう。

「ナスターシャ、レリチア様のご機嫌伺いに行っているそうだね」
「ロータス様、レリチア様がお可哀そうで。王太子殿下のご不興を買うのであれば控えますが」

 私の婚約者ロータス様は王太子殿下の側近だ。あのとき妹のクレマティス様がレリチア様から離れたのは、王太子殿下の許可があるという言葉に反応したからだろう。

「問題ないよ。王太子殿下は第二王子殿下を見限られたからね」
「……」

 そんな重大な内部情報をさらっとこぼさないでほしい。
 ロータス様は別に口が軽いわけではない。私があれこれ考えていることを話したことはないが、おそらくこの情報で私がどう判断するか分かっていて、敢えて話したのだろう。

 つまり、王太子殿下は、妃殿下の嫉妬を隠れ蓑に、邪魔だった第二王子殿下を追い落とされたのだ。警戒なさっていたのは第二王子殿下の後ろ盾となるグローリ公爵家か。
 王子妃が男爵令嬢など、身分違いもいいところだ。他国の使者を迎える際に、侮っていると受け取られても仕方がない。けれど、第二王子殿下はこのまま男爵令嬢とご成婚となり、王子妃の身分を理由に王宮の中枢からはじき出されるだろう。これが「ざまぁ」にあたるのだろうか。

 ロータス様のボルサ伯爵家は、ロータス様を王太子殿下につけ、クレマティス様を通してグローリ公爵家と第二王子殿下とのつながりを作っていたが、これを機にグローリ公爵家とのつながりを切るのだろう。あの後クレマティス様が落ち込むレリチア様のお屋敷を訪ねたという話は聞かない。
 そして私とレリチア様との関係を問題ないと仰ったのは、私を通してグローリ公爵家とのつながりは細々と維持するということだ。

 こういう時に会話の裏にある政治的な駆け引きが分かってしまう自分が悲しい。自分が駒の1つでしかないのだと突き付けられる。伊達に会社の派閥の中で揉まれてきていないのが裏目に出てしまう。まあ自分の立ち位置も分からずに使い捨てられるよりはいいのか。

「ところで、明日の夜空いているかな?歌劇があるのだけど」
「ロータス様のために、何をおきましても空けますわ」

 じゃあ明日の夕方迎えに来るね、と残してロータス様は帰って行かれた。

 ロータス様を見ていると、あの年頃にありがちな全能感が見てとれて、実はちょっと恥ずかしい。共感性羞恥だ。
 けれどロータス様はその私の感情を、自分に惚れているがゆえに恥じらっていると勘違いされているような気がしている。わざわざ訂正するのもおかしいので放置しているが。

「お嬢様、明日はどのドレスをお召しになりますか?」
「ジニアに任せるわ」
「デートではありませんか」
「あちらのお方の都合が悪かったのでしょう」

 ロータス様には子爵令嬢の愛人がいらっしゃる。その方と行く予定だったのに、都合が悪くなったのだろう。
 婚約者の義務だから仕方がないが、取り繕わずに言うと、めんどくさい。部屋で本を読んでいるほうが断然良い。けれど義務として行かなければならない。
 歌劇に罪はないので、楽しもう。
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