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5. 私の家族
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公爵様からお話をいただいた数日後、国王陛下よりレリチア様のローズモス国王の側妃としての輿入れが発表された。
後日使者様がローズモスよりお越しになり、ローズモス国王陛下からの書類を交わして正式なご婚約となるが、どちらかの国が戦争でも仕掛けない限りなくなることはない。
「今更お茶会に是非いらしてください、とお手紙が来るのよ。本当に今更だわ」
発表の翌日、公爵家でレリチア様とふたりでのお茶会をしているが、婚約破棄で一度は離れた人たちが、今回の発表でまたすり寄ってくることにご立腹だ。ぷりぷりしていらっしゃるのが、とてもお可愛らしい。
ロータス様は今頃必死で起死回生の策を考えていらっしゃるのか、それとも私がいるから大丈夫だと高を括っていらっしゃるのかどちらだろう。
貴族は勝ち馬に乗ってこそだが、裏切られた恨みというのは根深いのだ。簡単に裏切る人には分からないかもしれないが、裏切られたほうは一生忘れない。いや、生まれ変わっても忘れないものだ。
「先生から、耳の痛いことをいう人ほど重用しなさい、と言われていたけれど、まさにその通りね」
「申し訳ございません」
学園に入学したばかりのころは、レリチア様も少し高慢なところがおありで、時々やんわりとお諌めるすることがあった。まだご自分の行動が周りにどう受け取られるかには無頓着でいらっしゃったのだ。
王子妃の教育が始まる前で、教育が始まってしまえば忙しくなるからと、甘やかされ蝶よ花よと育てられた子どもの我儘など可愛いものだ。けれど、そんな小さなことでも揚げ足を取ってくるのが貴族。ましてやいずれ王子妃になられるのだ。
同じ派閥に属する以上、減点対象は少ないほうがいい。過去の汚点とならないように、まあ言うなればおせっかいを焼いた。
そんな行動が公爵のお耳に入り、なぜか気に入られて、いずれ王宮で女官としてレリチア様のおそばに仕えてほしいと打診を受けた。
懐かしい。あの頃のツンとしていらっしゃるレリチア様もお可愛らしかった。
「ナスターシャはどうしてそんなに達観しているのかしら」
「そういう性格ですので」
「ジェンシャン様がナスターシャのそういうところを変えてくださるといいのだけれど」
確実に前世の記憶のせいだが、そのことは誰にも言っていない。ただでさえ変わり者と思われているのだから、頭のおかしい人と言われるのがオチだ。
両親が妹のサフィラを可愛がったのは、そんな私への反動なのかもしれない、とふと思った。
そういえば子どものころから親に甘えたことがない。甘えず、人生を斜に見ている娘が、得体のしれないもののようで気持ち悪かったのかもしれない。今更ながらちょっと申し訳ない。
なぜそんなことを考えているかというと、この後両親がここへ来るからだ。私の今後について話した後、ボルサ伯爵をお呼びして、公爵お立会いの下で婚約を破棄することになっている。
昨日の発表を聞いて家族は、私がローズモス王国にレリチア様を訪ねていくときは一緒に行きたい、という趣旨の発言をしていた。今日の公爵家への呼び出しも、レリチア様のお祝いに呼ばれたのだと思っている。正直、お気楽すぎて訂正する気にもなれなかった。
家格がありながらも貧乏なのは、この能天気さが原因なのだろうと改めて思う。
ボルサ伯爵家への婚約破棄の慰謝料は、公爵家が払ってくださることになっているので、そこは安心だ。私が公爵家の養女となるのだから、払うのは公爵家ということらしいが、もしかすると今後シスル侯爵家が私にあれこれ口を出してこないための予防線なのかもしれない。
両親が着いたとの連絡をもらい、レリチア様と共に応接室に入った私の目の前には、家族4人がいる。そう4人なのだ。公爵がお呼びになったのは両親だけで、嫡男である兄はまだ分かるが、なぜ妹がいるのだ。昨日のきちんと訂正しなかった自分に、自分の家族のお花畑度合いを甘く見すぎだと言ってやりたい。
「ナスターシャは公爵家の養女とし、トルゴード王国のウィロウ公爵家に嫁がせる」
「……あの、どういうことでしょうか」
「今言ったとおりだ。ボルサ伯爵家との縁談はこちらで断る。よろしいな」
状況が飲み込めずもごもごするだけの父に対して、公爵は私を養女とするための書類へサインをするよう仰った。
「お待ちください!お姉さまより私のほうが養女にはふさわしいです!」
いや、うん、妹よ、トルゴードの公用語を話せないのになんでそんなに大きく出られるのか、お姉ちゃんはちょっと分からないよ。
「そ、そうですわ。公爵様。ナスターシャでなく、サフィアを養女にしていただくことはできませんか?この子のほうが優秀です」
母よ、優秀の具体的な基準を述べてください。少なくとも学園の成績は雲泥の差がありますよ。見目の良さとか愛想の良さなら圧倒的に妹のほうが上ですが、他国に行くのだからそれなりの教養がないとこの国の評判が落ちますよ。
妹が私も公爵家の養女になるとか、トルゴードに一緒に行くと言っているが、公爵は取り合わず無視されている。かなりのマナー違反なので、両親も今まで甘やかしすぎたと反省してくれればいいのだが。
もう決まっていることだと、公爵は父にサインを迫っていらっしゃる。この場面だけ見ると、騙されて保証人のサインをさせられているようにも見える。借金の形に売られるのは私か。
侯爵家には支度金が払われるだろうから、自分で言っておきながら、笑えない冗談だ。
「ナスターシャは今日より公爵家に住まわせる」
「それは……」
「お父様、お母様、今までお世話になりました」
本当は今日は侯爵家に帰る予定だったが、妹の様子を見て帰さないほうがいいと公爵が判断されたようだ。
私が養女になるのは、他国の公爵家に嫁ぐのに、侯爵家では少し格が劣るというのもあるが、シスル侯爵家では輿入れのあれこれを準備できる資金がないというのが大きいからだと思っていた。けれど、もしかして公爵は私の家での扱いをお知りになって、養女とされることを決められたのかもしれないと今更気付いた。シスル侯爵家に任せておくと、気付いたら嫁ぐのが妹になっていた、ということが起きかねない。
少し不機嫌さを表情に出して黙ってしまわれた公爵にさすがにまずいと思ったのか、ごねる妹を引きずるようにして両親は帰っていった。兄は終始空気になっていたが、嫡男があれでは侯爵家の将来に不安しか持てない。
「ナスターシャ、おうちでは大変だったのね……」
「お見苦しいところをお見せいたしました」
レリチア様に同情されてしまったが、ネグレクトされていたわけではないし、必要なものは与えられていた。
ただお互いに家族の愛情はあまり育てられなかった、それだけだ。
後日使者様がローズモスよりお越しになり、ローズモス国王陛下からの書類を交わして正式なご婚約となるが、どちらかの国が戦争でも仕掛けない限りなくなることはない。
「今更お茶会に是非いらしてください、とお手紙が来るのよ。本当に今更だわ」
発表の翌日、公爵家でレリチア様とふたりでのお茶会をしているが、婚約破棄で一度は離れた人たちが、今回の発表でまたすり寄ってくることにご立腹だ。ぷりぷりしていらっしゃるのが、とてもお可愛らしい。
ロータス様は今頃必死で起死回生の策を考えていらっしゃるのか、それとも私がいるから大丈夫だと高を括っていらっしゃるのかどちらだろう。
貴族は勝ち馬に乗ってこそだが、裏切られた恨みというのは根深いのだ。簡単に裏切る人には分からないかもしれないが、裏切られたほうは一生忘れない。いや、生まれ変わっても忘れないものだ。
「先生から、耳の痛いことをいう人ほど重用しなさい、と言われていたけれど、まさにその通りね」
「申し訳ございません」
学園に入学したばかりのころは、レリチア様も少し高慢なところがおありで、時々やんわりとお諌めるすることがあった。まだご自分の行動が周りにどう受け取られるかには無頓着でいらっしゃったのだ。
王子妃の教育が始まる前で、教育が始まってしまえば忙しくなるからと、甘やかされ蝶よ花よと育てられた子どもの我儘など可愛いものだ。けれど、そんな小さなことでも揚げ足を取ってくるのが貴族。ましてやいずれ王子妃になられるのだ。
同じ派閥に属する以上、減点対象は少ないほうがいい。過去の汚点とならないように、まあ言うなればおせっかいを焼いた。
そんな行動が公爵のお耳に入り、なぜか気に入られて、いずれ王宮で女官としてレリチア様のおそばに仕えてほしいと打診を受けた。
懐かしい。あの頃のツンとしていらっしゃるレリチア様もお可愛らしかった。
「ナスターシャはどうしてそんなに達観しているのかしら」
「そういう性格ですので」
「ジェンシャン様がナスターシャのそういうところを変えてくださるといいのだけれど」
確実に前世の記憶のせいだが、そのことは誰にも言っていない。ただでさえ変わり者と思われているのだから、頭のおかしい人と言われるのがオチだ。
両親が妹のサフィラを可愛がったのは、そんな私への反動なのかもしれない、とふと思った。
そういえば子どものころから親に甘えたことがない。甘えず、人生を斜に見ている娘が、得体のしれないもののようで気持ち悪かったのかもしれない。今更ながらちょっと申し訳ない。
なぜそんなことを考えているかというと、この後両親がここへ来るからだ。私の今後について話した後、ボルサ伯爵をお呼びして、公爵お立会いの下で婚約を破棄することになっている。
昨日の発表を聞いて家族は、私がローズモス王国にレリチア様を訪ねていくときは一緒に行きたい、という趣旨の発言をしていた。今日の公爵家への呼び出しも、レリチア様のお祝いに呼ばれたのだと思っている。正直、お気楽すぎて訂正する気にもなれなかった。
家格がありながらも貧乏なのは、この能天気さが原因なのだろうと改めて思う。
ボルサ伯爵家への婚約破棄の慰謝料は、公爵家が払ってくださることになっているので、そこは安心だ。私が公爵家の養女となるのだから、払うのは公爵家ということらしいが、もしかすると今後シスル侯爵家が私にあれこれ口を出してこないための予防線なのかもしれない。
両親が着いたとの連絡をもらい、レリチア様と共に応接室に入った私の目の前には、家族4人がいる。そう4人なのだ。公爵がお呼びになったのは両親だけで、嫡男である兄はまだ分かるが、なぜ妹がいるのだ。昨日のきちんと訂正しなかった自分に、自分の家族のお花畑度合いを甘く見すぎだと言ってやりたい。
「ナスターシャは公爵家の養女とし、トルゴード王国のウィロウ公爵家に嫁がせる」
「……あの、どういうことでしょうか」
「今言ったとおりだ。ボルサ伯爵家との縁談はこちらで断る。よろしいな」
状況が飲み込めずもごもごするだけの父に対して、公爵は私を養女とするための書類へサインをするよう仰った。
「お待ちください!お姉さまより私のほうが養女にはふさわしいです!」
いや、うん、妹よ、トルゴードの公用語を話せないのになんでそんなに大きく出られるのか、お姉ちゃんはちょっと分からないよ。
「そ、そうですわ。公爵様。ナスターシャでなく、サフィアを養女にしていただくことはできませんか?この子のほうが優秀です」
母よ、優秀の具体的な基準を述べてください。少なくとも学園の成績は雲泥の差がありますよ。見目の良さとか愛想の良さなら圧倒的に妹のほうが上ですが、他国に行くのだからそれなりの教養がないとこの国の評判が落ちますよ。
妹が私も公爵家の養女になるとか、トルゴードに一緒に行くと言っているが、公爵は取り合わず無視されている。かなりのマナー違反なので、両親も今まで甘やかしすぎたと反省してくれればいいのだが。
もう決まっていることだと、公爵は父にサインを迫っていらっしゃる。この場面だけ見ると、騙されて保証人のサインをさせられているようにも見える。借金の形に売られるのは私か。
侯爵家には支度金が払われるだろうから、自分で言っておきながら、笑えない冗談だ。
「ナスターシャは今日より公爵家に住まわせる」
「それは……」
「お父様、お母様、今までお世話になりました」
本当は今日は侯爵家に帰る予定だったが、妹の様子を見て帰さないほうがいいと公爵が判断されたようだ。
私が養女になるのは、他国の公爵家に嫁ぐのに、侯爵家では少し格が劣るというのもあるが、シスル侯爵家では輿入れのあれこれを準備できる資金がないというのが大きいからだと思っていた。けれど、もしかして公爵は私の家での扱いをお知りになって、養女とされることを決められたのかもしれないと今更気付いた。シスル侯爵家に任せておくと、気付いたら嫁ぐのが妹になっていた、ということが起きかねない。
少し不機嫌さを表情に出して黙ってしまわれた公爵にさすがにまずいと思ったのか、ごねる妹を引きずるようにして両親は帰っていった。兄は終始空気になっていたが、嫡男があれでは侯爵家の将来に不安しか持てない。
「ナスターシャ、おうちでは大変だったのね……」
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レリチア様に同情されてしまったが、ネグレクトされていたわけではないし、必要なものは与えられていた。
ただお互いに家族の愛情はあまり育てられなかった、それだけだ。
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