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1章 召喚編
6. 家族写真
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スマホの家族写真を見て理沙ちゃんが泣いてしまった日から、私たちの扱いが少し変わった。
それまではあれこれ要求する私を煙たがっている雰囲気が少しあったのに、あの後からなんとか私たちの機嫌を損ねないようにしているように感じる。
理沙ちゃんの協力を諦めて、再度召喚することはおそらく無理なのだ。
そして、召喚して申し訳ないと口では言っていたものの、それがどれほど理沙ちゃんにとって辛いことなのかを、やっと少し感じたのだ。
今更だ。最初からずっと言っているのに、本当に今更だ。
模写の初日は、おおざっぱに構図と人物の輪郭などを描いて終わった。
そして翌日の模写の時間、宰相と画家の他に、もう1人一緒にいた。画家の絵を見せてもらった時に、この2枚のうちのどちらか、と言ったもう片方の画家で、時間がないので2人で作業させたいということだった。言いふらさないのであれば、そのほうがいい。最初からそうすればよかった気もする。
何日か作業して、全体がだいたい出来上がり、顔を拡大して色を着けていたとき、ついに理沙ちゃんのスマホの電池が切れた。
私のモバイルバッテリーも終わってしまった。
「あっ、そんな、いやぁーっ」
「大丈夫よ、ちゃんと絵ができるから」
泣き続ける理沙ちゃんに画家の2人が戸惑っているので、作業を続けるようにお願いして、理沙ちゃんを寝室のベッドに寝かせたけど、スマホを抱きしめて泣いている。
今はどんな言葉も慰めにならない気がして、ただそっと背中を撫でることしかできない。
画家は、原画がない以上ここでやっても仕方がないので、王城内のアトリエに移動して仕上げるそうだ。理沙ちゃんの様子から、あまりこの部屋にいないほうがいいと判断したのだろう。
「その前に絵をもう一つお願いしたいのですが。色は着けなくて、顔だけでいいので」
そう言って、私のスマホを見せた。祐也と美弥さんの結婚式の時に3人でとった写真だ。電源を切っていたので、あと少しだが電池がある。
2人でそれぞれ祐也と美弥さんの顔を写して、ざっと描き終わったところで、私のスマホの電池も切れた。
覚悟していても、やはり辛い。
例え圏外でも、いつか電話が来るのではないか、メールが送れるのではないか、そのわずかな希望も消えてしまったのだ。
理沙ちゃんが泣き崩れるのも仕方がない。
「あの……」
「すみません。私のものは後回しでいいので、お嬢様の絵を先に仕上げてください」
「はい、急いで仕上げます」
痛ましいものを見るような顔で、けれど決意を滲ませて宣言されたので、ちゃんと仕上げてくれるだろう。
5日後、絵ができたと画家2人が部屋に来た。
持ってきたのは、ここで描いていた大きさの絵だけでなく、小さなスマホサイズのものもあった。
「こちらが、聖女様のご家族の肖像画です。持ち運びができるように、小さいものも作製しました」
「写真みたい……」
理沙ちゃんは涙目で、小さな絵を抱きしめている。
これからも家族を思って泣くことはあるのだろう。けれどその時に、電源の入らないスマホではなく、この絵がきっと彼女を支えてくれる。
「それから、こちらがマサコ殿の絵です」
「政子さん、これ」
「息子の結婚式の時の写真を描いてもらったの。電池がなくて顔だけお願いしたんだけど、仕上げてくれたみたい」
「これってタキシードと着物ですよね?素敵ですね」
祐也のタキシードは色合いそのままにおそらくこちらの正装に、私の留袖はウエストにゴールドの切り替えが入ってる黒の細身のドレスとして描かれていた。ウェディングドレスは真っ白のドレスなので、ほぼそのままだ。
時間がない中、なんとなくの形と色合いを把握して、こちらの衣装に置き換えて描いてくれていた。
「理沙ちゃんのご家族も、こちらの服で描いてもらう?」
「うーん、いいです。これがあるので」
小さな絵が本当に気に入ったようで、大切に胸に抱いている。よかった。
画家の2人も、泣き崩れたのを見ているからか、その様子に安堵していた。
ふたりだけになって、理沙ちゃんが息子さんはどんな人ですか?と尋ねてきた。理沙ちゃんが家族の話をするのは初めてだ。
「祐也が小さいときに夫が病気で亡くなって、それから何とかひとりで育ててきたの。不器用で心配だったんだけど、この美弥さんっていうしっかりしたお嬢さんと結婚することになったの。それで私は新婚の邪魔にならないよう、家を出て小さなお部屋を借りて一人暮らしを始めたところだったのよ」
理沙ちゃんはうんうん、と聞いてくれている。
「子育ても終わったし、せっかくだから新しいことに挑戦しようと思って、何がいいかなって考えていたら、異世界に来ちゃったの。でも異世界生活ってすごく新しいことに挑戦している感じがするわよね」
「ふふっ、確かに新しいことですね」
理沙ちゃんが笑って、自分の事も話し始めた。
「私は姉と2人姉妹で、来年受験で、でもやりたいことも特になくて、どこの大学のどの学科を志望するかも決められなくて……。それで明日テスト嫌だなって思ってたんです。お母さんたち、心配してるかな……」
「周りに人がいたから、きっと何が起きたか知らせてくれているはずよ。まあ信じてもらえるかは分からないけど」
「ですよね。異世界なんて、小説の中だけだと思っていたのに」
事実は小説よりも奇なり。まさか自分の身に降りかかろうとは思わなかった。
「政子さん」
呼びかけられて顔を向けると、理沙ちゃんは今までとは違って、真っすぐと顔をあげて、私を見つめていた。
「私、聖女の仕事、やってみようと思います。これからも、そばにいてくれますか?」
「もちろんよ」
それは、この世界に来て初めて、理沙ちゃんがこの世界と向き合った瞬間だった。
それまではあれこれ要求する私を煙たがっている雰囲気が少しあったのに、あの後からなんとか私たちの機嫌を損ねないようにしているように感じる。
理沙ちゃんの協力を諦めて、再度召喚することはおそらく無理なのだ。
そして、召喚して申し訳ないと口では言っていたものの、それがどれほど理沙ちゃんにとって辛いことなのかを、やっと少し感じたのだ。
今更だ。最初からずっと言っているのに、本当に今更だ。
模写の初日は、おおざっぱに構図と人物の輪郭などを描いて終わった。
そして翌日の模写の時間、宰相と画家の他に、もう1人一緒にいた。画家の絵を見せてもらった時に、この2枚のうちのどちらか、と言ったもう片方の画家で、時間がないので2人で作業させたいということだった。言いふらさないのであれば、そのほうがいい。最初からそうすればよかった気もする。
何日か作業して、全体がだいたい出来上がり、顔を拡大して色を着けていたとき、ついに理沙ちゃんのスマホの電池が切れた。
私のモバイルバッテリーも終わってしまった。
「あっ、そんな、いやぁーっ」
「大丈夫よ、ちゃんと絵ができるから」
泣き続ける理沙ちゃんに画家の2人が戸惑っているので、作業を続けるようにお願いして、理沙ちゃんを寝室のベッドに寝かせたけど、スマホを抱きしめて泣いている。
今はどんな言葉も慰めにならない気がして、ただそっと背中を撫でることしかできない。
画家は、原画がない以上ここでやっても仕方がないので、王城内のアトリエに移動して仕上げるそうだ。理沙ちゃんの様子から、あまりこの部屋にいないほうがいいと判断したのだろう。
「その前に絵をもう一つお願いしたいのですが。色は着けなくて、顔だけでいいので」
そう言って、私のスマホを見せた。祐也と美弥さんの結婚式の時に3人でとった写真だ。電源を切っていたので、あと少しだが電池がある。
2人でそれぞれ祐也と美弥さんの顔を写して、ざっと描き終わったところで、私のスマホの電池も切れた。
覚悟していても、やはり辛い。
例え圏外でも、いつか電話が来るのではないか、メールが送れるのではないか、そのわずかな希望も消えてしまったのだ。
理沙ちゃんが泣き崩れるのも仕方がない。
「あの……」
「すみません。私のものは後回しでいいので、お嬢様の絵を先に仕上げてください」
「はい、急いで仕上げます」
痛ましいものを見るような顔で、けれど決意を滲ませて宣言されたので、ちゃんと仕上げてくれるだろう。
5日後、絵ができたと画家2人が部屋に来た。
持ってきたのは、ここで描いていた大きさの絵だけでなく、小さなスマホサイズのものもあった。
「こちらが、聖女様のご家族の肖像画です。持ち運びができるように、小さいものも作製しました」
「写真みたい……」
理沙ちゃんは涙目で、小さな絵を抱きしめている。
これからも家族を思って泣くことはあるのだろう。けれどその時に、電源の入らないスマホではなく、この絵がきっと彼女を支えてくれる。
「それから、こちらがマサコ殿の絵です」
「政子さん、これ」
「息子の結婚式の時の写真を描いてもらったの。電池がなくて顔だけお願いしたんだけど、仕上げてくれたみたい」
「これってタキシードと着物ですよね?素敵ですね」
祐也のタキシードは色合いそのままにおそらくこちらの正装に、私の留袖はウエストにゴールドの切り替えが入ってる黒の細身のドレスとして描かれていた。ウェディングドレスは真っ白のドレスなので、ほぼそのままだ。
時間がない中、なんとなくの形と色合いを把握して、こちらの衣装に置き換えて描いてくれていた。
「理沙ちゃんのご家族も、こちらの服で描いてもらう?」
「うーん、いいです。これがあるので」
小さな絵が本当に気に入ったようで、大切に胸に抱いている。よかった。
画家の2人も、泣き崩れたのを見ているからか、その様子に安堵していた。
ふたりだけになって、理沙ちゃんが息子さんはどんな人ですか?と尋ねてきた。理沙ちゃんが家族の話をするのは初めてだ。
「祐也が小さいときに夫が病気で亡くなって、それから何とかひとりで育ててきたの。不器用で心配だったんだけど、この美弥さんっていうしっかりしたお嬢さんと結婚することになったの。それで私は新婚の邪魔にならないよう、家を出て小さなお部屋を借りて一人暮らしを始めたところだったのよ」
理沙ちゃんはうんうん、と聞いてくれている。
「子育ても終わったし、せっかくだから新しいことに挑戦しようと思って、何がいいかなって考えていたら、異世界に来ちゃったの。でも異世界生活ってすごく新しいことに挑戦している感じがするわよね」
「ふふっ、確かに新しいことですね」
理沙ちゃんが笑って、自分の事も話し始めた。
「私は姉と2人姉妹で、来年受験で、でもやりたいことも特になくて、どこの大学のどの学科を志望するかも決められなくて……。それで明日テスト嫌だなって思ってたんです。お母さんたち、心配してるかな……」
「周りに人がいたから、きっと何が起きたか知らせてくれているはずよ。まあ信じてもらえるかは分からないけど」
「ですよね。異世界なんて、小説の中だけだと思っていたのに」
事実は小説よりも奇なり。まさか自分の身に降りかかろうとは思わなかった。
「政子さん」
呼びかけられて顔を向けると、理沙ちゃんは今までとは違って、真っすぐと顔をあげて、私を見つめていた。
「私、聖女の仕事、やってみようと思います。これからも、そばにいてくれますか?」
「もちろんよ」
それは、この世界に来て初めて、理沙ちゃんがこの世界と向き合った瞬間だった。
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