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怯える
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「これならもう何処を動き回っても大丈夫ね~。」
リーナの家で面倒を見てもらって3日目、ようやく外出許可がおりた。体ももうどこも痛くないし、落ちたであろう体力をそろそろ付け直さないとまずいと思えるくらいにはもう元気だ。
動けるようになったことで俺にはしなければならないことがある。まず第一にこの周辺にどんな店があるかの把握。今のところどんな店があるかさえわかっていないので、この先いろんなものを売買するためにも知っておきたい。
できれば雑貨屋が近くにあると俺が作ったアクセサリーを売ったりできてお金の心配がなくなるのだが、そんな感じのお店はあるだろうか。他には食料品店の位置も把握してできるだけ俺が買い出しに行きたい。そうすればリーナが重たい荷物に困ることもなくなるはずだ。
ここ数日はリーナが買い出しに行くのをただ見送っては出迎える生活をしていたが、毎回何を買っているのか大荷物になって帰ってきていた。さすがに女性に、しかもおそらく年下にそんな大変な思いをさせ続けるのは俺のちっぽけなプライドが許さない。なんとしてでも今日中に位置を把握してリーナに楽をさせなければ。
あとは俺の収入源になるであろうアクセサリーの材料も探しに行きたいし、釣りもしたい。そしてお金が貯まったら海水で少しサビついてしまった剣の手入れにも行きたい。
こうして考えてみるとやりたいこともやらなければならないこともたくさんある。全てを今日中にとは流石に思っていないが、できるだけ早く全ての行動を完了させてしまいたい。
「よっし、じゃあちょっとうろついてくるから……。」
そう言ってソフィアに背を向けると、いつからいたのかリーナが腰に手を当てながら突っ立っていた。その顔はキリッとしていて少しカッコいい。
「待ちなさい。私がこのあたりのこと教えてあげる。これからこの街で過ごすならどこに何があるか知ってる方がいいでしょ? ほら、行くわよ。」
「うわっ、引っ張んなって!」
急に現れたと思ったらこちらの意見など聞かないとばかりに強引に話を進めるリーナ。教えてくれるのはありがたいが掴まれた腕はかなり痛い。一体細い腕のどこにそんな力があるのか、想像以上に強い力で引っ張られながら俺たちは強制的に家をあとにした。
「リーナ、案内してくれるならまず雑貨屋と武器屋に行きたいんだが。アクセサリーが売れる店を知りたいし、この双剣も海水で随分と錆びれてしまったしな。」
「そうね。じゃあ武器屋から行きましょうか。こっちよ。」
家から出て大通りを進んでいくリーナ。この3日間ずっと部屋から出られなかったから気づかなかったが、この辺りはわりと栄えているらしく街中では多くの人が買い物をしたり散歩をしたりしていた。
だが前に仕事でリンドブルムにきたときはもっと静かで、どちらかといえば暗い印象だったような気がするのでどこか違和感を感じる。人の気配もほぼなく、こんなに人々が笑い合っている光景ではなかったはずだ。
もちろんリンドブルムはとても広大な国、場所によって栄えていたり寂れていたりするのは当然。辺境の町まで栄えている国の方が珍しいだろう。だがそれを考えても言葉にできない妙な違和感を感じてしまっている。
(まぁ、その暗い記憶もそれ以外あんまり覚えていないけれど。)
なんとなくこれ以上は考えたくなくて、リーナのあとに続きながら俺は無心で歩いて行った。
「ここ。私は来たことないのだけれど、腕の良い整備士がいるって噂。入ってみましょう。」
家から出て20分くらいだろうか、リーナにここだと案内された鍛冶屋は本当に鍛冶屋かと疑いたくなるような外観をしていた。
店、というよりどちらかというと家に近い、どころか完全に家だ。色も特に奇抜というわけでもなく、よくある白い壁に木の扉、そして生活感たっぷりの家庭菜園らしきプランター。
扉の横に可愛らしい文字で鍛冶屋と書かれた看板があるから認識できるが、それがなかったら誰も気づかないだろう。まだリーナの家の方がレストランだったというのもあるが店に見えるほどだ。
「本当にここなのか?」
「今本店が改装中らしくてね。ここが仮って聞いたのだけど……。営業中だと思うし、行ってみましょ。」
すいませーん、と扉を開けて入っていくリーナに続き、不躾だとは思いつつもキョロキョロとあちこちを見ながら入って行く。中もやはり普通の家のようで、店主の趣味なのか様々な鉱石が展示されている棚や綺麗な花が入った花瓶などがあちこちに置かれていた。失礼ながら鍛冶屋らしい雰囲気はまるでしない。
大丈夫なのか? と奥の方を見るとドタドタという音とともにこちらに慌てて駆け寄ってくる小さな影が見えた。
「ああああああお客さん! いらっしゃいませ! きゃああああああ!」
そう言って店員らしき人物はこけた。何もないところでそんな派手にこけることができるのか、子供ってすごいな、と少し謎の感心をしつつも手を差し出す。
「おいおい、大丈夫か? ほら。」
そう言えば店員らしき人物は俺の手を取り、恥ずかしそうに顔を赤らめながら立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……。えっと、御用件をお伺いします!」
気持ちの切り替えが早いタイプなのか、すぐに照れを隠し凛とした表情でこちらを見ている。自分より5つくらいは歳下に見えるのに、そういうところはしっかりした子だなぁと思わずその顔を見つめていた。
綺麗な金髪のポニーテールにオレンジ色の瞳、子供っぽく可愛らしい顔立ちは守ってあげたくなる人も多そうだ。
(あー、可愛いな。うん。可愛い。)
ここに来てよかった、と不純な思いを抱いていると店員は再び顔を赤らめて困ったように口を開いた。
「えっと……、そんな見つめられると……あの……。」
「ああっ、悪い、えーっと、この双剣が海水にやられてしまって。なんとかなるだろうか。」
じっと見ていたのが悪いのだが、急に話しかけられて挙動不審になりながらここに来た目的を話す。そうだ、俺は決して可愛い女の子を見にきたわけではなく双剣を直してほしいだけだ。
まぁ結果として可愛い女の子を見に来たみたいになったのは否定しない。だが考えてもみてほしい。鍛冶屋なんてむさ苦しいおっさんが出てくると思うだろう。それなのにこんな可愛い少女が出てきたらテンションが上がるのは自然の摂理だ。
まさか真顔でそんなことを考えているなんて知らない店員は俺の言葉を聞きながら双剣をあれこれいろんな角度から見ている。真剣なその眼差しは俺の邪な考えも見透かしてきそうで、俺はスッと店員から目線を逸らした。
「これは……。海水じゃなくて人を斬ったあと放置しすぎたような、血と脂がこびりついちゃってますね。」
その言葉にそれまでの和やかな空気は一瞬で冷たく固まった。
リーナは青ざめてこちらを見ているし、店員は失言だったと思ったのか縮こまってしまっている。俺はというと声は出さなかったもののまさか過去に人を斬っていたのかと正直脳内パニックになっていた。
もちろんそんな記憶なんてないし、人を斬ったと言われてもピンとこない。だがそれならこの汚れはなんなのかと問われたら俺は押し黙るしかなかった。否定しようにも、記憶がないのだから。
そんな空気にどうしたものかと悩んでいるとふいにリーナが口を開いた。
「フィンあなた、人を斬ったの……?」
それはやはり俺を疑う声で。普通ならここで否定や肯定ができるのだろうが、それができないのがもどかしい。
仕事以外の記憶は大体あるが、この双剣を使っていた記憶がない以上これはやはり仕事で使っていたものなのだろう。
そしてそれは人を斬るろくな仕事じゃないことをしていたことを決定づけていた。
「いや知らねえよ、むしろ俺が聞きたいわ。失くした記憶で人斬ってたかなんて。」
できる限り冷静に、否定も肯定もせずその声に答える。だがそれで満足できるような内容ではないことは俺もよくわかっていた。
「じゃあ狩りで肉を捌いたときのとか? そうよ、フィンは人を殺してなんかないよ、そう信じさせてよ……。」
人ではなく獣でも血や脂で汚れはするだろう。だがそれなら店員はわざわざ人を斬ったなどと言わないはずだ。いくら幼いとはいえ鍛冶屋の店員、人と獣の斬った後の違いなんか簡単に見分けるだろう。
それになにより、俺は狩りをしたことがない。記憶がないのではなく、本当にしたことがない。やり方も知らないし、捌き方も知らない。じゃあ人の斬り方は知っているのかと問われたらそちらも知らない、はずだ。
ゆっくり思い出していけばいいと思っていた記憶が想像以上にやっかいかもしれない事実に俺は頭を抱える。否定できないことがこんなにつらいなんて思いもしなかった。
「残念ながら狩りをしたことなんてないな。ノウハウも知らない。てことはやっぱりそういうことなんだろうな。」
「そんな! フィンが人殺しだって言うの!?」
ショックを受けたような顔をして叫び出すリーナ。その気持ちもわからなくもない。助けて一緒の家に住んでいる人物が殺人鬼だなんてなったら誰だって動揺するだろう。俺だって逆の立場だったら同じ反応をする。
それでもその態度はこちらもショックで、冷静でいないとと思っていた理性は呆気なく崩れ去った。
「だから知らねえって! でも否定もできないんだから仕方ないだろ! 俺だって知れるものなら知りたいわ!」
「だったら思い出しなさいよ! ていうかこの汚れが全部人の血だったらあなた一体何人殺したの!? 1人や2人でこんなにならないでしょ!」
「だから俺に聞くなよ! 何も知らねえんだって言ってんだろ!」
言い合うつもりなんてなかったのに、口を開けば止まらないキツイ言葉の数々。ダメだこれ以上はと、リーナに当たったところで何も解決しないとわかっているのに、そんな思いと裏腹にどんどん口論はヒートアップしていった。
リーナからしてみれば記憶がないを言い訳に八つ当たりしてくる嫌な奴だろう。
怒り疲れたと口を閉ざしふと店員を見てみると、可哀想なくらい真っ青になってあたふたしていた。自分の一言が原因で目の前で大喧嘩が始まったのだからそうもなるだろう。
その様子に申し訳なくなって俺は少し冷静さを取り戻した。このままではただ喧嘩しにきた迷惑客になってしまう。
この汚れが何であれ、綺麗になるなら俺はそれでいい。そう、大事なのは綺麗になるかどうかだ。わからない過去に拘りに来たわけではない。
「すまない、それで、この双剣なんとかなりそうか?」
「これくらいなら30分くらいで綺麗にできますよ!」
「そうか、じゃあ少ししたらまた来る。」
行こう、リーナ。と声だけかけて先に外に出た。言い過ぎたなんてことはわかっている。だが謝ろうにもなんて声をかけたらいいかさえわからなくなっていた。もともと口が上手い方ではないが、こういうときにどんな言葉で謝ったらいいか今の俺にはわからない。
少しするとリーナも扉を開けて外に出てきて隣に並んだ。だが空気は相変わらず重くどんよりしており、最初の言葉さえ思いつかない。さっきはごめん、でいいのか、それとももっと最適な言葉があるのか。
どうしていいかわからず、もはやここから逃げ出したい気分になっていると、ふいにリーナが震える声で話しかけてきた。
「さっきはごめんなさい。その、前に犯罪者だったらって話していたときに、それでもいいって思ったのに、本当に人を斬るような人だったのかなって思ったら少し混乱して。あれだけフィンは悪い人じゃないと信じてるって言ったくせに、いざこういう疑惑が出たら手のひらを返した反応して。私最低だ。一番不安なのは記憶がないフィンなのに。本当にごめんなさい……。」
俯きながらそう言うリーナは少し泣きそうになっている。その様子に俺なら大丈夫だ、と頭を撫でようと腕を上げた。しかし髪に触れる寸でのところで犯罪者かもしれないやつに撫でられたくないよな、と腕を下げた。人を斬ったかもしれない手で撫でられたい奴なんていないだろう。
「俺も言い過ぎた。悪かった。あー、とりあえず時間潰したいから、他の店も紹介してくれないか?」
俺がそう言うとリーナは少し安心した顔で、こっちよと歩き出した。まだどこかぎこちなさはあるものの、先ほどの重い空気よりは全然良い。
気になることは多いがなんとかいつも通りを装い、俺はリーナのあとに続いて歩いて行った。
リーナの家で面倒を見てもらって3日目、ようやく外出許可がおりた。体ももうどこも痛くないし、落ちたであろう体力をそろそろ付け直さないとまずいと思えるくらいにはもう元気だ。
動けるようになったことで俺にはしなければならないことがある。まず第一にこの周辺にどんな店があるかの把握。今のところどんな店があるかさえわかっていないので、この先いろんなものを売買するためにも知っておきたい。
できれば雑貨屋が近くにあると俺が作ったアクセサリーを売ったりできてお金の心配がなくなるのだが、そんな感じのお店はあるだろうか。他には食料品店の位置も把握してできるだけ俺が買い出しに行きたい。そうすればリーナが重たい荷物に困ることもなくなるはずだ。
ここ数日はリーナが買い出しに行くのをただ見送っては出迎える生活をしていたが、毎回何を買っているのか大荷物になって帰ってきていた。さすがに女性に、しかもおそらく年下にそんな大変な思いをさせ続けるのは俺のちっぽけなプライドが許さない。なんとしてでも今日中に位置を把握してリーナに楽をさせなければ。
あとは俺の収入源になるであろうアクセサリーの材料も探しに行きたいし、釣りもしたい。そしてお金が貯まったら海水で少しサビついてしまった剣の手入れにも行きたい。
こうして考えてみるとやりたいこともやらなければならないこともたくさんある。全てを今日中にとは流石に思っていないが、できるだけ早く全ての行動を完了させてしまいたい。
「よっし、じゃあちょっとうろついてくるから……。」
そう言ってソフィアに背を向けると、いつからいたのかリーナが腰に手を当てながら突っ立っていた。その顔はキリッとしていて少しカッコいい。
「待ちなさい。私がこのあたりのこと教えてあげる。これからこの街で過ごすならどこに何があるか知ってる方がいいでしょ? ほら、行くわよ。」
「うわっ、引っ張んなって!」
急に現れたと思ったらこちらの意見など聞かないとばかりに強引に話を進めるリーナ。教えてくれるのはありがたいが掴まれた腕はかなり痛い。一体細い腕のどこにそんな力があるのか、想像以上に強い力で引っ張られながら俺たちは強制的に家をあとにした。
「リーナ、案内してくれるならまず雑貨屋と武器屋に行きたいんだが。アクセサリーが売れる店を知りたいし、この双剣も海水で随分と錆びれてしまったしな。」
「そうね。じゃあ武器屋から行きましょうか。こっちよ。」
家から出て大通りを進んでいくリーナ。この3日間ずっと部屋から出られなかったから気づかなかったが、この辺りはわりと栄えているらしく街中では多くの人が買い物をしたり散歩をしたりしていた。
だが前に仕事でリンドブルムにきたときはもっと静かで、どちらかといえば暗い印象だったような気がするのでどこか違和感を感じる。人の気配もほぼなく、こんなに人々が笑い合っている光景ではなかったはずだ。
もちろんリンドブルムはとても広大な国、場所によって栄えていたり寂れていたりするのは当然。辺境の町まで栄えている国の方が珍しいだろう。だがそれを考えても言葉にできない妙な違和感を感じてしまっている。
(まぁ、その暗い記憶もそれ以外あんまり覚えていないけれど。)
なんとなくこれ以上は考えたくなくて、リーナのあとに続きながら俺は無心で歩いて行った。
「ここ。私は来たことないのだけれど、腕の良い整備士がいるって噂。入ってみましょう。」
家から出て20分くらいだろうか、リーナにここだと案内された鍛冶屋は本当に鍛冶屋かと疑いたくなるような外観をしていた。
店、というよりどちらかというと家に近い、どころか完全に家だ。色も特に奇抜というわけでもなく、よくある白い壁に木の扉、そして生活感たっぷりの家庭菜園らしきプランター。
扉の横に可愛らしい文字で鍛冶屋と書かれた看板があるから認識できるが、それがなかったら誰も気づかないだろう。まだリーナの家の方がレストランだったというのもあるが店に見えるほどだ。
「本当にここなのか?」
「今本店が改装中らしくてね。ここが仮って聞いたのだけど……。営業中だと思うし、行ってみましょ。」
すいませーん、と扉を開けて入っていくリーナに続き、不躾だとは思いつつもキョロキョロとあちこちを見ながら入って行く。中もやはり普通の家のようで、店主の趣味なのか様々な鉱石が展示されている棚や綺麗な花が入った花瓶などがあちこちに置かれていた。失礼ながら鍛冶屋らしい雰囲気はまるでしない。
大丈夫なのか? と奥の方を見るとドタドタという音とともにこちらに慌てて駆け寄ってくる小さな影が見えた。
「ああああああお客さん! いらっしゃいませ! きゃああああああ!」
そう言って店員らしき人物はこけた。何もないところでそんな派手にこけることができるのか、子供ってすごいな、と少し謎の感心をしつつも手を差し出す。
「おいおい、大丈夫か? ほら。」
そう言えば店員らしき人物は俺の手を取り、恥ずかしそうに顔を赤らめながら立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……。えっと、御用件をお伺いします!」
気持ちの切り替えが早いタイプなのか、すぐに照れを隠し凛とした表情でこちらを見ている。自分より5つくらいは歳下に見えるのに、そういうところはしっかりした子だなぁと思わずその顔を見つめていた。
綺麗な金髪のポニーテールにオレンジ色の瞳、子供っぽく可愛らしい顔立ちは守ってあげたくなる人も多そうだ。
(あー、可愛いな。うん。可愛い。)
ここに来てよかった、と不純な思いを抱いていると店員は再び顔を赤らめて困ったように口を開いた。
「えっと……、そんな見つめられると……あの……。」
「ああっ、悪い、えーっと、この双剣が海水にやられてしまって。なんとかなるだろうか。」
じっと見ていたのが悪いのだが、急に話しかけられて挙動不審になりながらここに来た目的を話す。そうだ、俺は決して可愛い女の子を見にきたわけではなく双剣を直してほしいだけだ。
まぁ結果として可愛い女の子を見に来たみたいになったのは否定しない。だが考えてもみてほしい。鍛冶屋なんてむさ苦しいおっさんが出てくると思うだろう。それなのにこんな可愛い少女が出てきたらテンションが上がるのは自然の摂理だ。
まさか真顔でそんなことを考えているなんて知らない店員は俺の言葉を聞きながら双剣をあれこれいろんな角度から見ている。真剣なその眼差しは俺の邪な考えも見透かしてきそうで、俺はスッと店員から目線を逸らした。
「これは……。海水じゃなくて人を斬ったあと放置しすぎたような、血と脂がこびりついちゃってますね。」
その言葉にそれまでの和やかな空気は一瞬で冷たく固まった。
リーナは青ざめてこちらを見ているし、店員は失言だったと思ったのか縮こまってしまっている。俺はというと声は出さなかったもののまさか過去に人を斬っていたのかと正直脳内パニックになっていた。
もちろんそんな記憶なんてないし、人を斬ったと言われてもピンとこない。だがそれならこの汚れはなんなのかと問われたら俺は押し黙るしかなかった。否定しようにも、記憶がないのだから。
そんな空気にどうしたものかと悩んでいるとふいにリーナが口を開いた。
「フィンあなた、人を斬ったの……?」
それはやはり俺を疑う声で。普通ならここで否定や肯定ができるのだろうが、それができないのがもどかしい。
仕事以外の記憶は大体あるが、この双剣を使っていた記憶がない以上これはやはり仕事で使っていたものなのだろう。
そしてそれは人を斬るろくな仕事じゃないことをしていたことを決定づけていた。
「いや知らねえよ、むしろ俺が聞きたいわ。失くした記憶で人斬ってたかなんて。」
できる限り冷静に、否定も肯定もせずその声に答える。だがそれで満足できるような内容ではないことは俺もよくわかっていた。
「じゃあ狩りで肉を捌いたときのとか? そうよ、フィンは人を殺してなんかないよ、そう信じさせてよ……。」
人ではなく獣でも血や脂で汚れはするだろう。だがそれなら店員はわざわざ人を斬ったなどと言わないはずだ。いくら幼いとはいえ鍛冶屋の店員、人と獣の斬った後の違いなんか簡単に見分けるだろう。
それになにより、俺は狩りをしたことがない。記憶がないのではなく、本当にしたことがない。やり方も知らないし、捌き方も知らない。じゃあ人の斬り方は知っているのかと問われたらそちらも知らない、はずだ。
ゆっくり思い出していけばいいと思っていた記憶が想像以上にやっかいかもしれない事実に俺は頭を抱える。否定できないことがこんなにつらいなんて思いもしなかった。
「残念ながら狩りをしたことなんてないな。ノウハウも知らない。てことはやっぱりそういうことなんだろうな。」
「そんな! フィンが人殺しだって言うの!?」
ショックを受けたような顔をして叫び出すリーナ。その気持ちもわからなくもない。助けて一緒の家に住んでいる人物が殺人鬼だなんてなったら誰だって動揺するだろう。俺だって逆の立場だったら同じ反応をする。
それでもその態度はこちらもショックで、冷静でいないとと思っていた理性は呆気なく崩れ去った。
「だから知らねえって! でも否定もできないんだから仕方ないだろ! 俺だって知れるものなら知りたいわ!」
「だったら思い出しなさいよ! ていうかこの汚れが全部人の血だったらあなた一体何人殺したの!? 1人や2人でこんなにならないでしょ!」
「だから俺に聞くなよ! 何も知らねえんだって言ってんだろ!」
言い合うつもりなんてなかったのに、口を開けば止まらないキツイ言葉の数々。ダメだこれ以上はと、リーナに当たったところで何も解決しないとわかっているのに、そんな思いと裏腹にどんどん口論はヒートアップしていった。
リーナからしてみれば記憶がないを言い訳に八つ当たりしてくる嫌な奴だろう。
怒り疲れたと口を閉ざしふと店員を見てみると、可哀想なくらい真っ青になってあたふたしていた。自分の一言が原因で目の前で大喧嘩が始まったのだからそうもなるだろう。
その様子に申し訳なくなって俺は少し冷静さを取り戻した。このままではただ喧嘩しにきた迷惑客になってしまう。
この汚れが何であれ、綺麗になるなら俺はそれでいい。そう、大事なのは綺麗になるかどうかだ。わからない過去に拘りに来たわけではない。
「すまない、それで、この双剣なんとかなりそうか?」
「これくらいなら30分くらいで綺麗にできますよ!」
「そうか、じゃあ少ししたらまた来る。」
行こう、リーナ。と声だけかけて先に外に出た。言い過ぎたなんてことはわかっている。だが謝ろうにもなんて声をかけたらいいかさえわからなくなっていた。もともと口が上手い方ではないが、こういうときにどんな言葉で謝ったらいいか今の俺にはわからない。
少しするとリーナも扉を開けて外に出てきて隣に並んだ。だが空気は相変わらず重くどんよりしており、最初の言葉さえ思いつかない。さっきはごめん、でいいのか、それとももっと最適な言葉があるのか。
どうしていいかわからず、もはやここから逃げ出したい気分になっていると、ふいにリーナが震える声で話しかけてきた。
「さっきはごめんなさい。その、前に犯罪者だったらって話していたときに、それでもいいって思ったのに、本当に人を斬るような人だったのかなって思ったら少し混乱して。あれだけフィンは悪い人じゃないと信じてるって言ったくせに、いざこういう疑惑が出たら手のひらを返した反応して。私最低だ。一番不安なのは記憶がないフィンなのに。本当にごめんなさい……。」
俯きながらそう言うリーナは少し泣きそうになっている。その様子に俺なら大丈夫だ、と頭を撫でようと腕を上げた。しかし髪に触れる寸でのところで犯罪者かもしれないやつに撫でられたくないよな、と腕を下げた。人を斬ったかもしれない手で撫でられたい奴なんていないだろう。
「俺も言い過ぎた。悪かった。あー、とりあえず時間潰したいから、他の店も紹介してくれないか?」
俺がそう言うとリーナは少し安心した顔で、こっちよと歩き出した。まだどこかぎこちなさはあるものの、先ほどの重い空気よりは全然良い。
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