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丸め込まれる
しおりを挟む「まさか宿代も出してもらえるとは思わなかったな。」
「ヒンメルを追い払うのを手伝っていただいたわけですから、これくらいは当然でしょう。改めて、昨日はありがとうございました。」
別に頼まれたわけでもなく、ただこちらの敵でもあったから倒しただけで。たったそれだけで宿屋代を出してもらい、さらには今レストランで朝食まで奢ってもらっている。
さすがに何か裏があるのではと疑いたくもなる好待遇だ。
だがこの目の前に座っているマクシムという男は絶妙に表情が読み取りにくく、何を考えているかさっぱりわからなかった。
「どうやら私のことが気になるご様子ですね、フィン・クラウザーさん。」
「名乗った覚えはないが。」
「残念ながらアゲートにもこのビラが配られてまして。」
そう言いながらマクシムは俺の顔と名前が記されたビラを取り出して机の上に置いた。こうして改めて見ると、本当になんで俺が追われてるのかと少しイライラしてくる。何もした覚えはないのに。
それにしてもこの男、俺が指名手配犯だと知っていて何故こうも構ってくるのか。ヒンメルに突き出して賞金を貰うつもりなら昨夜寝ているところを襲ってきただろう。
「ちなみに先に言っておきますと、私はあなた方を突き出そうなどと考えてはいません。むしろ助けていただきたいのです。」
「助けって言ってもオレたちなんもできねえぜ。ヒンメルが襲ってきたときに最高の囮にはなるが、そんなんゴメンだしなぁ? フィン。」
ルキの言葉に、そうだな、とだけ返して俺はマクシムの話を聞くことにした。
「私の言う助けは人集めのことです。まぁ、正直言いますと、ヒンメルが来た時は一緒に戦って頂けると嬉しいですが……。ですがまずは人を集めてきてほしいのです。」
簡単なことのように涼しい顔で要求してきたが、こっちは指名手配犯。犯罪者が声をかけて着いてくる人がいるとは思えない。
残念だができそうにない、と断ろうとすると、それを見越したかのようにマクシムは話を続けた。
「貴方は今有名人です。ヒンメル曰く貴方はヒンメルに仇なす反逆者だとか。このアゲートでも真実かどうかはともかく、その噂はよく広まっております。だからこそそれを利用しませんか?」
「言いたいことがよくわからないな。俺のその噂が一体何の役に立つんだ? ヒンメルを釣るくらいなものだろう。」
「ふむ……。貴方はヒンメルとアゲートが今どのような関係にあるかご存知ですか?」
ヒンメルとアゲート、昔から仲が悪く戦争ばかりしていたのは知っている。しかし最近は不可侵条約が結ばれて、もう戦争はやめているはずだ。
そう、争いはしていないはず。でもそれなら何故先ほどヒンメルはここを襲っていた?
俺は急に不安になり、マクシムに今の情勢を聞いた。
「不可侵条約があるから戦争はしていないんじゃないのか?」
「大々的な戦争はしていません。しかし昨日見たように、実際はヒンメルとアゲートは戦っています。昨日のあれが、その何よりの証拠です。」
「おかしいわよそんなの! 不可侵条約で平和になったんじゃ……!」
「お姉さんもアゲートとヒンメルがまだ戦ってるなんて聞いたことないわ~。」
信じられないが、実際に昨日目にしているだけに信じないわけにもいかない。軍事国家であるヒンメルが、鉱山資源豊富なアゲートを諦めるなんてするわけないということか。
条約がありながらも侵略してくるヒンメルを制裁できたら良かったのだろうが、アゲートが国としてその手段を取っていないということは何か制裁できない理由があるのだろう。
だからといってただ耐えるだけというのもどうかと思うが。
もし俺がアゲートの人間で、ヒンメルが約束を破って侵略してきたらどうしただろうか。その場から逃げたか、それとも戦ったか。
「ここにいる者たちは皆、私も含め訳ありです。その訳は様々ですが、一つだけ共通していることがあります。それはヒンメルを憎んでいる、ということです。」
マクシムはそう言いながら立ち上がる。その顔は少し悲しそうで、同時に背筋が凍りそうなほどの冷たさもあった。
「ここの存在を知らないだけで、アゲート各地にそういう思いを抱いている人がいるでしょう。貴方にはそういう人たちを集めていただきたいのです。反逆者として有名になった貴方の声は、私よりも通るでしょうから。」
確かに一般人が戦っているから一緒に戦おうと言うより、確実にヒンメルを倒したい意志を持っている者が説得するほうがいいだろう。
反逆者も使いようだな、と謎の感心をしながら俺はマクシムの要求を飲むことにした。
「わかった。だが俺は囮になるつもりはないからな。」
「ええ、それで結構です。では契約成立ということで。ここの施設は好きに使っていただいて構いません。と言っても、見ての通り人が足りていないもので……。」
その言葉に辺りを見渡すと、鍛冶屋や道具屋らしきものは見えるが中には誰もいなさそうだった。これはまず鍛冶屋か道具屋ができる人物を探すべきだろう。
鍛冶といえばシンティアが得意だが、シンティアにはここで店番をするより一緒に来てもらう方が助かる。
とりあえず鍛冶屋と道具屋だな、と思っているとリーナがその隣の建物を指差して叫んだ。
「あああああ! あれは! まさか!」
「浴場か! 混浴か!?」
温泉マークがついた暖簾がぶら下がっているそこは、もしかしなくても浴場だろう。
だがここも中に人はおらず、ただ建物が建っているだけだった。
「まずお風呂の従業員を探しましょうフィン! 宿屋のお風呂もよかったけど、わざわざ建物があるってことは期待できるわよ!」
「シンティアも入りたいー!」
どんだけ風呂に飢えてんだよ、と言いたくもなるほどの風呂推しに頭が痛くなってくる。どう考えてもまず鍛冶屋と道具屋が先だ。次いつヒンメルが攻めてくるかわからないのだから。
風呂の従業員はついでに見つかったらな、とだけ言って俺は出かける準備をした。後ろから非難の声が聞こえるが無視しよう。
「言い忘れていましたが、ここの名前ないんですよ。ですから好きにつけていただければ。まぁ、あまり変なのは困りますが。」
「考えておくよ。」
「ありがとうございます。それでは改めて、私はマクシム・シャッテン。よろしくお願いいたします。」
そう言ってマクシムはスクエアのメガネを少し上に上げながら微笑んだ。おそらく20代後半くらいだろうが、それだけでとんでもない色気を醸し出している。
改めて見ると黒髪銀縁メガネに涼しげな表情、スラッとした高身長に大人の余裕、どう見てもその顔はイケメンで、俺の歯がギリィッと音を立てた。何故俺の周りは絶対にモテるであろう男が集まってくるのか。俺はモテないのにこんなのあんまりだ。
「まずはここから北にある集落を目指すと良いかと。交易が盛んですので、いろんな人に会えると思いますよ。」
「ついでにお買い物もできそうね。」
「異国のアクセサリーはどんなのがあるか気になるな。」
「アゲートの人は貴方をヒンメルの被害者だと思っています。しかしヒンメルとリンドブルムはそうではないということをお忘れなく。」
その言葉にわかってる、とだけ返して俺たちは北へ向かい歩き出した。
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