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光り物には弱かった

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「んでまぁ、なんとか生還したってのに最前線で戦わされてるってわけぇ。ただでさえ休みもねぇってのにこうしてフィン・クラウザーを追いつつあちこち行かされてんの。マジでダリィんだよなぁ。」

「苦労してきたのね~。お姉さんちょっと涙出ちゃったわ~。」

「まさか密林で巨大モンスターに連れ去られた挙句謎の民族のお祭りに行かされるなんて……。シンティアだったらそんなの耐えられないよ……。」

「しかも褌一丁でパラグライダーに乗せられてだなんて。恐ろしいわね……。」

 結局本当に着いてきたアドラーとともに俺たちは不本意だがクライノートへと足を進めていた。道中はアドラーが中心となり普通に和やかな雰囲気でみんな雑談をしている。
 誰かそれがおかしいことに気づいてほしい。どこの世界に敵と仲良く冒険するパーティがいるというのか。
 まだリーナやソフィアはともかく、ルキは以前戦ったとき確実に因縁か何かあるような感じだったはず。とてもこんな仲良く話せるような間柄には見えなかったというのに。
 今やアドラーの苦労話を涙ながらに聞き入っているルキは、言ってはなんだが頭おかしいと思う。

「オレこういうの弱ぇんだよな……。アドラーのこと誤解してたかもしれねぇ。昔オレの脇腹に剣突き刺したのはまだ許せねぇけど。生死彷徨ったしあん時。」

「あれはテメェがあまりにも聞き分けがなかったから仕方ないだろーが。急所じゃなかっただけ優しいと思うがなぁ?」

「ハハッ、確かに!」

 確実に笑って流せるような話題ではない単語が色々と聞こえてきたのは気のせいだと思う。一体どういう関係なのか気になるが、物騒な関係であることには間違いないのでとても聞きづらい。
 多分今こうして普通に話しているだけでも奇跡みたいなものなのだろう、本来は。それが今や完全に絆されているのはアドラーが言葉巧みなのか、ルキがただのアホなのか。

(大体褌でパラグライダーってなんだよ。絶対嘘だろ。)

 そんな謎の奇祭過ぎる奇祭がこの世界にあるとは思えないし思いたくもなかった。

「おいおいフィン・クラウザー、そのクソみてぇな表情は絶対信じてねぇだろ。」

「クソみたいな表情ってなんだよ! 確かにおまえより顔は良くないがほっとけよ!」

 やはり今ここで倒してやろうか、と立ち止まって双剣に手を当てる。するとそれを見たアドラーも腰に手をやりポケットの中にある物を掴んだ。
 ポケットに入る物、それくらいの大きさといえば何かのスイッチかもしくはコンパクトな銃か。どちらにせよロクな物ではない。
 何が出てきてもすぐ対処できるように俺は双剣を構えた。銃などの類だと双剣は不利かもしれないが、みんなを少し守ることはできるだろう。何故か俺の側ではなくアドラーの側にみんながいるのはこの際気にしないでおく。どう見ても裏切った立ち位置だがそんなはずはないと信じたい。
 俺のその様子を見てニヤニヤと笑うアドラー。いちいち腹が立つなこいつ、と思っているとついにアドラーがポケットから何かを取り出した。

「これが証拠だ。」

 取り出した物、携帯をこちらに自慢げに見せつけるアドラー。一体何が、と見てみるとそこには褌でパラグライダーに乗りながらキメ顔をしているアドラーの写真があった。

「見て気持ちの良い写真ではないんだが。」

「まぁそう言うなや。あとこっちが砂漠でカッコいいポーズをしながら自撮りしてたら後ろにたくさんの怨霊がいたやつな。」

「いやマジで何があったっておいたくさんどころかおまえが見えないくらい怨霊しかいねえよ! なんだよこの写真怖っ!」

 怨霊だけの集会か何かかと疑いたくなるほどの数に双剣をおろして思わず後ずさる。写真いっぱいに映り込んでいる怨霊たちのせい、いやおかげでカッコいいポーズをしているアドラーはほぼ見えていない。

「ちなみにこの時からなぜか闇魔法が使えるようになってなぁ。砂漠の神様に好かれちまったのかもしれねぇ。」

「絶対呪われたやつだろそれ。神様とは多分だけど真逆のやつだろ。」

「でもイイなー闇魔法! オレそれは使えねーし、闇魔法ってなんかカッコよくね? フハハハハって笑いながらぶっぱなしてぇ!」

「わかるわ~。お姉さんも闇魔法使いながらどこか切ない表情をしたいもの。そうね~、たとえば……。」

 闇魔法の何にそんな惹かれるのかわからないが、興奮気味に自分が思う闇魔法について語り出した仲間たち。
 俺はそんな彼らの雑談に耳を傾けながらクライノートまでの道筋を再確認した。このまま歩いていけばいいように地図には書いてあるが、どう見てもこの先に見えるのは鉱山であろう山。坑道の入り口のようなものは見えるが、まさかここを通って行けということなのだろうか。
 今までの経験からしてこういうところを通ると大体大きなモンスターがいて酷い目にあうのがオチだ。できれば通らずに行きたいものだが、回り道は残念ながら地図には書かれていなかった。

「ねぇフィン、もしかしてあの坑道を通るつもり?」

 いつの間にか一緒に並んで地図を見ていたリーナが不安そうに尋ねてきた。あれだけ毎回嫌な目にあっていれば当然の反応だ。その半分以上は自分も原因だと気づいてほしいところでもある。
 他のみんな、アドラー以外もリーナと同じように過去のトラウマが脳裏を掠めたのか、みんな神妙な面持ちになっていた。

「地図を見る限りあの坑道の中を通るか上を通るか、だな。」

「そんな……。」

 俺がそう言うとわかりやすくリーナは顔を曇らせた。
 体力的に楽なのは坑道、そしてほぼ確実に何か起きるのも坑道。正直山を登って行く方が体力はキツイだろうが危険な目に遭う確率は低いだろう。大きな鳥に山で襲われたこともあったが、そんな何回も山道で大きなモンスターに出会うとも思えない。

「今回は山道を行こう。坑道やら洞窟やらはちょっと嫌な思い出がありすぎるし……。」

「賛成~。お姉さんもそっちの方が薬草とか摘めるしありがたいわね~。」

「じゃあ今回は山道ってことで。足腰はキツイだろうがゆっくり行こう。」

 坑道の入り口あたりに何処か登れそうな道があるだろう、と俺たちはとりあえず坑道を目指して歩く。もう見えてはいるのですぐに辿り着くだろう。
 そこから先は整備されていないであろう道、があればまだ良い方で最悪道なき道を歩くことになる。どう見てもリンドブルムで追われたときに登った山よりも厳しそうなその山。何が厳しそうって、ポツポツと木は見えるもののほとんど岩と砂でできているように見える。
 きっとこの距離からだとそう見えるだけで、実際はもっと土や緑があるのだと信じたい。もしくは整備されている道があればそれでもいい。というかそれがいい。
 頼むからまともな道であってくれ、と願いながら歩いているとおそらく坑道の入り口にたどり着いた。おそらくというのは、近くまで来たら本当にここは坑道の入り口なのか不安になる構えをしていたからだ。

「シンティアが想像してたのと違う。」

「オレも。入り口っていうより、店?」

 地図的には間違いなくここが坑道の入り口なのだが、いざたどり着いてみると入り口を塞ぐようにして店が建っていた。近くに立っている旗にはご丁寧にもいらっしゃいませと書かれている。
 無造作に置かれたカウンターテーブルにはお金が入っているであろう箱や何かのメモ用紙、店主を呼ぶためであろうベルが置いてある。一体何の店なのかはわからないが、こんなところで入り口を塞いで店をする神経、只者ではない。
 別に店に寄りたかったわけでも坑道を通りたかったわけでもないので無視して山道を行けばいいのだが、興味を持ってしまったらしいルキたちが店主を呼ぼうとベルを鳴らし始めた。
 チリンチリンと鳴ったそれは奥まで届いているのか不安になるくらい控えめな音をしている。それでもここに置いてあるのだから店主にまで届くということなのだろう、と俺たちはジッとその場で店主が出てくるのを待った。

「一体何のお店なのかしら~?」

「ここの坑道を通りたければ金を出せ、とかじゃねえだろうなぁ?」

「アドラーは発想が可愛くないわね。こんなところにお店構えてるんだからきっとお土産屋さんよ!」

 なかなか出てこない店主にみんな好き勝手想像をし始める。リーナの言う通りお土産屋とかならいいが、アドラーの言うような関所っぽい所だとしたらかなりまずい。
 そんな場所にいて俺たちのことを知らないとは思えないし、一目で通報されるのがオチだろう。と思ったがアドラーがいるし意外とすんなり通してくれる可能性の方が高いかもしれない。

「ヤバそうな感じだったらアドラーを囮にしてオレたちは逃げようぜ!」

「あぁ? 真っ先に俺が逃げるからてめぇらが囮になっとけよなぁ。そんでそのまま処刑台に行ってくれや。」

「断る。」

 そう穏やかではない会話をしていると、ようやく店の奥からドタバタと走る音が聞こえてきた。

「お待たせっす! 今日は何が御入用で?」

 そう言いながらカウンターテーブルの側に立った男は俺たちを見ながら首を傾げた。見たところ30代くらいだろうか。走ったせいで乱れた少し長い髪の毛を整えつつこちらが何か言うのを待っている。
 だが何屋かもわからないのに注文しようがなく、俺も思わず同じように首を傾げた。

「何の店なんだ?」

 そう聞くと店主はハッとしながら一枚の紙を出してきた。それを見ると横書きで銃剣3000エール、大剣2000エールなどと武器と値段が書いてある。まさかのこの場所で鍛冶屋、だとでもいうのだろうか。

「今話題の歩く鍛冶屋っすね。最近はちょっとここ借りてますけど。」

 ちょっとで坑道の入り口を借りるとはどういうことなのかと疑問に思うが、おそらく許可などなしに勝手にやっているだけなのだろう。そうでなければこんな場所で店ができるわけがない。

「なんだってこんなところに店を構えてるんだ? もっとあっただろう。」

「いやーそれがこの先にある鉱石が諦められなくて。ブルーダイヤなんですけど、この坑道の何処かにあるらしいんですよねぇ……。」

「ブルーダイヤだと!」

 思ってもいなかった言葉に思わず店主に体を乗り出して詰め寄った。まさかそんなに食いつくと思わなかったのか、店主は若干ビビりながらも話を続ける。

「そ、その、鍛冶屋やってるんで武器はあるんですが戦いがあまり得意ではなく……。ここは奥にいくにつれてモンスターも増えますしどうしたものかなと途方に暮れるついでに店を構えたわけっすね。」

 途方に暮れるついでに店を構えるあたりかなり神経は図太いように感じるが、それだけではモンスターに太刀打ちはできないらしい。

「ブルーダイヤは確実にこの坑道内にあるのか?」

 俺がそう聞くと店主はもちろんと自信満々に頷いた。何故ここにあると言い切れるのかわからないが、ブルーダイヤを求めてここで店を構えているくらいだし独自の何かがあるんだろう。
 目の前には困っている人、そして広がる坑道に夢も広がるブルーダイヤ。ここで人助けをせずに何が正義だというのか。
 当初の予定ではここの上を登山で越えて行くつもりだったが、ここはブルーダイヤ、いや困っている店主のためにも坑道内を突き進むのがいいだろう。そうだ、人助けは必要なことなんだ。
 仲間たちが何か言いたげな視線を投げてきているがそんなものは気にしていられない。俺は店主の肩に手を乗せて、たった一言力強く宣言した。

「俺たちが取ってきてやる。」

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