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一方的な言葉を理解できるほど

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 俺の勝手な独断で坑道内を進むことになった俺たちは、意外にも和気あいあいと雑談をしながら歩いていた。てっきり怒られると思っていたが、仲間たちは恐ろしいほどの順応性の高さで坑道内の探索を楽しみ始めている。その様子に少しホッとしつつ俺もライトを照らしながら進んでいた。
 今までとは違い整備された歩きやすい道に鉱石を掘った跡。明かりの数が少ないのでライトは必須だが、それ以外は特に文句もなく快適といえる。モンスターも小型のものがたまに出てくるだけで特にピンチにもなっていない。
 アドラーがここにいることを除けば平和だ、とそっちを見るとシンティアを肩車しているアドラーと目が合った。

「いや何してんだおまえら。仲良しか。」

「すっごい高いよフィン! すっごい高いし、すごい高い!」

「フィン・クラウザーより背ぇあるからなぁ? 身体もガッシリしてて安心感あるだろ?」

 語彙力が終わっているシンティアとムカつくことを言いながらドヤ顔をするアドラー。何か言い返してやろうと思うも、俺がこいつに勝っているところなんて悲しいが目が2つあることくらいだ。それ以外は背の高さもガタイの良さも、認めたくないが顔の良さも強さだってアドラーの方が上だろう。
 そう思うと男として以前に人間として負けた気がして流石に凹む。敵に優っているところが目の数だなんてショボいにも程がある。
 思わずわかりやすく項垂れると、あわれに思ったのかアドラーが優しく話しかけてきた。

「おいおい、事実だからってそう落ち込むなよなぁ。俺が完璧すぎるだけなんだから元気だせって。テメェにも良いところの1つはあるかもしれねぇだろ?」

「うるさい慰めるな余計惨めになるだろ。」

 敵に慰められるという謎の状況に俺の精神はもうズタボロだった。仲間ならここで俺の良いところの1つでも言ってくれよ、とみんなの顔を見ていくが全員俺から目を逸らしている。
 そんな仲間の様子にもう嫌だこんな人生、と思いながら歩いていると照らした岩に綺麗なイエローの鉱石が埋まっているのが見えた。依頼されたものとは違うが、これはこれで磨いたらかなり綺麗な宝石へと変身するに違いない。
 俺は鉱石に近づいてバッグからツルハシを取り出した。せっかくの綺麗な鉱石、傷つけないように慎重に掘らなければならない。
 よし、と先ほどまで凹んでいた気持ちを切り替えてツルハシを振り翳した瞬間、目の前の岩が大きな音を立てて砕け散った。

「は、え? 何が起きた……?」

 何もしていない、強いて言うならただツルハシを振り翳していただけで突然砕け散った岩。本当にそこに岩があったのかと疑うくらい綺麗に消えてしまっている。まさか俺にこんな能力が、と一瞬思ったがそんなことがあるはずはない。
 そうだ、鉱石は、と地面を見るとあれだけ岩が砕けたというのに傷一つなく綺麗なままでその場に落ちていた。何が起きたのかわからないが、鉱石が無事ならそれでいいか、とすぐ考えることをやめてそれを持ち上げる。するとアドラーがダルそうな声色で話しかけてきた。

「ツルハシで鉱石取り出そうなんて、マジで記憶がねぇのな。仕事以外のことも忘れちまってんじゃねぇかよ。」

「何を言っている? 鉱石はツルハシで採掘するものだろう。」

「普通はそうだがテメェは俺が今やったみたいに採ってただろうがよ。こっちが何を言っている? だわ。」

 やれやれ、と呆れたように手をヒラヒラさせるアドラーとそれを真似するシンティア。同じ動作でもやる人物によって苛立ちが変わるということがよくわかる。

「今やったみたいにと言われても、どうやったのかわからないんだが。というかアドラー、おまえはなんでそんなに俺のことを知っている? 俺はおまえと過去に会っていた覚えはないのに。」

 俺がそう言うとアドラーは人を馬鹿にしたような表情から瞬時に真顔になった。そのままシンティアを丁寧に下ろしてこちらを見るその顔は少し冷たくも感じる。
 そんなに聞いてはダメなことだったのか、と謝ろうか一瞬考えるが俺の覚えていない過去を知っているなら聞き出すのは今がチャンスだ。例えそれが俺にとって酷く不都合な事実だとしても。
 俺はちゃっかり鉱石をバッグにしまいながらも真っ直ぐとアドラーを見つめた。緑色の髪、眼帯、そしてがっしりとした体格。会ったら絶対に忘れられないはずの風貌。
 それなのに俺の記憶の中にこいつはいない。子供の頃の記憶、何をして遊んだとかそういう記憶にだってこいつはいない。それなのにこいつは俺の双剣のことも、今の鉱石の取り方のことも、俺が知らない俺のことを知っているようなことを言う。
 それが酷く俺の心を掻き乱して気持ちが悪かった。

「考えたくもないが俺はおまえの仕事仲間だった、とかなのか?」

「フィン・クラウザーを上司に持った覚えも、部下に持った覚えもねぇなぁ。」

「じゃあ俺とおまえの関係はなんなんだよ! なんで俺を知っている! なんで、俺を追っている! 答えろよアドラー!」

 大人気ないとは思いつつも声を荒げて俺はアドラーを問い詰める。すると俺以上に俺を知るこの男は再び人を馬鹿にしたような表情になりながら、一歩一歩、ゆっくりと俺に近づいてきた。
 そう離れていない距離、数歩歩けばくっついてしまうその距離がどんどん縮まっていく。

「フィン・クラウザーは大罪人。それも国が動くほどの。そして俺はテメェをどうしても俺の手で処刑台に送りたい。それだけでいいじゃねぇか。他に何が必要だ? 忘れちまったことなんてそのままにしといた方が幸せなこともあるだろう?」

 軽く笑いながらそう言うアドラーは俺を見ているようでどこか違うところを見ていた。微妙にずれている視線は俺を通して別の何かを見ているような感じがする。
 俺と誰か、あるいは何かを重ねているのかそれともただ後ろの坑道を見ているのか。俺と視線を僅かにずらしながらアドラーは話を続けた。

「それに俺が今思い出されると困っちまうしなぁ。こっちにも準備がいろいろとあるもんで。」

「じゃあおまえは俺に、俺とおまえの関係も、俺の罪も、何もかも全部忘れたまま処刑されろと言うのか。納得できないまま俺に死ねと!」

 そう言うとアドラーは鋭い視線を今度こそ俺の目に真っ直ぐと向けた。そして交わった視線のまま俺の頭を引き寄せると、俺の額に自分の額をゴツンと合わせる。こんなときに間違っているかもしれないが、できればこれは可愛い女の子とやりたかったと心底思った瞬間だった。

「“準備がある”って俺は言ったんだがなぁ。大体そんな気になるならテメェ自身で思い出せや。」

「それができないから聞いているんだが。」

「はぁ……。いいか、フィン・クラウザー。テメェにとって俺がどういう存在だったかなんざ知らねぇが、今は踊っていてもらわねえと困る。なぜならテメェは……。」

 アドラーはくっつけていた額を離して、代わりに指を当てた。

「俺の最後の、切り札だ。」

 そう言われた直後、額にバチンッと衝撃が走った。どうやらデコピンをされたらしい。
 少し痛むそこを撫でながらアドラーを見ると、もうこの話題は終わりとでも言うかのように仲間の方へ歩いて行っている。

「待て、どういうことなんだよ!」

 そう後ろ姿に問いかけるとアドラーはまたも手をヒラヒラさせながら振り返らずに言葉を発した。

「俺に追われながら俺を追ってこい、フィン・クラウザー。そしてそのままついでに処刑台にもGOしてくれや。」

 再びシンティアを肩車して先に進むアドラー。何を言いたいのか、何をしたいのか。いまいちよくわからないその言動に俺はため息をついてアドラーの後を追った。
 今はとにかく先に進むしかなさそうだ。
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