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キツく縛って、開かないように

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「えっと、これ、だよな。多分……。」

 言われた道を進んで数分が経った頃、道の行き止まりにある小さな家にたどり着いた。ご丁寧にもフィンとアドラーの家とそのまま表札には書いてあるし、間違いなくここがルイーズの言っていた家なのだろう。
 ぱっと見荒れている様子もなく、誰が管理しているのか狭い庭には地下にもかかわらず綺麗に薔薇が咲いていた。違和感を感じるとまではいかないが、鉱山街にある庭としては少し異質ではある。

「思っていたよりもずっと綺麗ね。中もだといいのだけれど。」

 リーナのその言葉に頷きながら俺は扉に手をかけた。これでゴミ屋敷のような足の踏み場もない状態だったら休むどころではなくなる。
 正直俺は掃除が得意ではないし、失礼かもしれないがアドラーが掃除するなんて思えない。そんな2人がたまに来ていた家。考えれば考えるほど扉の先が絶望的すぎる。

(ゴミ屋敷になっていたらみんなにはきちんと謝ろう……。)

 そう思いつつ俺は扉を開けた。というか、開いた。

「遅ぇ。どこほっつき歩いてたらこんな時間かかんだよテメェらは。」

「すまな……、え? いやいやいや、そんなはずはないだろ。」

 バタンッと俺は思わず扉を閉めた。見間違えでなければ今扉が勝手に開いてすぐそこにアドラーがいた気がする。
 確かにここは俺とアドラーが使っていた家。アドラーがいたところでなんの問題もないのだが、俺のメンタルとしては問題があった。
 とりあえず幻覚と幻聴ということに賭けたい。そんな思いでいっぱいだ。

「なんかいた気がするが、気のせいだよな。うん。気のせいに違いない。」

「オレも何か見えたし聞こえた気がしたわ。どさカル起動しとくか。」

 アドラーと遊ぶ準備を始めたルキを横目に俺はもう一度扉に手をかける。どうか見間違いであってくれという願いを込めながら。

「おかえりなさいフィン! ごはんにする? お風呂にする? それともわたくし? なーんてきゃーもう新婚さんみたいですわー!」

 再び勝手に開いた扉の先にいたのは今度はアリーチェだった。勝手に何か言って勝手に盛り上がっているが、アドラーの出迎えよりは何倍もマシだ。
 背後から鋭い視線を感じることを除けば。

「あー、とりあえず、中に入ってもいいか?」

「もちろんですわ! お風呂も沸いてますからお好きに入るといいですわ! どうしてもと言うのなら、わたくしと一緒でも……。」

「オレはそれ大歓迎ー!」

 アリーチェの戯言に嬉々として返すルキは心臓の強さが並ではないと思う。俺はもう後ろを振り返ることさえできないというのに。
 女性陣、主にリーナから放たれる冷たい視線に気づいていないフリをしつつ、俺は家の中へ足を進めた。家の中はゴミ屋敷どころか綺麗に掃除されており、リビングでは紅茶を飲みながら優雅にクッキーを食べているアドラーもいた。残念ながら先ほどのアドラーは幻覚ではなく本物だったようだ。
 なんでこのタイミングで、それもアリーチェと一緒にいるのか。ルイーズの話からするとアリーチェはここにきたことはないはずだ。
 気になることは多いがとにかく歩き疲れている今、俺たちに必要なのはお風呂と布団。お風呂が沸いていると言っていたし、適当に荷物を置いてありがたく入らせてもらうとしよう。

「俺は風呂に入ってくる。おまえらも好きにくつろいでてくれ。」

「待てフィン・クラウザー。テメェ記憶がないからここの風呂の場所わかんねえだろ。俺も一緒に入ってやろう。」

「じゃあオレも! 汗マジヤバいし、サッパリしてえ。」

 何が悲しくて男3人で一緒に風呂に入らなければならないのか。花がないどころではない光景になることは目に見えているし、余計に疲れる気がしてならない。

「お姉さんも汗ベッタベタだし入りたいわね~。」

「女湯も沸いてますし入ってきたらいかが? 場所は男湯の隣ですから、アドラーについていけばわかりますわよ。」

 アリーチェがそう言うと、待ってましたと言わんばかりにリーナとシンティアもアドラーのそばに駆け寄った。一体何処で手に入れたのか、手の上にアヒルのおもちゃがあるのは見なかったことにしたい。
 というか、小さな家だと思っていたが男湯と女湯が存在しているし、中は結構広いようだ。何故アドラーと俺の家なのに女湯が存在しているのかは謎だが。

「よし、じゃあ行くぜ。」

 歩き出したアドラーに続きながら、俺はキョロキョロとあちこちを見渡した。記憶はないが、確かにこの特に特徴のない廊下をアドラーと雑談しながら歩いていた気がする。
 今日はこんな鉱石があったとか、明日の目標は……目標……?

「おいフィン! どうしたんだよ急に立ち止まって。」

「……! あ、いや、すまない。ボーッとしてたようだ。」

 疲れてんだろ、早く入ろうぜ、というルキに同意だけして俺は再び歩き出した。何か大事で、でもどこか思い出したくない記憶が蘇ってきているのを感じながら。

(この続きは今は知りたくない。何故かわからないが、思い出してはいけない気がする。)

 あれだけ知りたかった過去の片鱗に、俺は慌てて蓋を閉めた。きっと順序がある。そしてこれは、今じゃない。
 そう自分に言い聞かせて、何にも気づいていないフリをした。
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