こうして僕らは獣医になる

蒼空チョコ@モノカキ獣医

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第1章 少々特殊なキャンパスライフ

第8話 ミツバチ飼育 ③

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「いや、鹿島! 悪の組織の幹部みたいなことを言われても!?」

 言葉を弄してヒーローたちを心惑わせ、ニヒルに笑う。日原はそんな姿を彼に重ねて見てしまった。
 本当にそんな理由があるのだろうかと疑っていたところ、彼は三本指を立てる。

「ざっくり言うと、王台ができる条件は三つ。女王が死んだ時。産卵率が落ちたので世代交代したい時。人口密度が増えたので現女王が巣の半分を率いて新天地を目指したがっている時だ。日々の世話で一、二番はないと確信している。蜂の数を増やして群を強くしようとしている時に分けられたら困るので、潰すというわけだ」
「り、理由があるにしても初見だとちょっと引いちゃうな……」

 この巣分けを分蜂と言い、春に見つかる蜂の塊はまさに旅立ったミツバチらしい。
 ミツバチを管理するには必要な行為ならば必要悪なのもわかるかもしれない。日原は困惑しながらも、彼の言い分の理解に努めた。

「そして、獣医は蛹の敗血症と言える腐蛆病、蜂の体液を吸うダニ、幼虫を殺すカビなどがいないか臭いや目で確認するのが仕事になる。隣の重箱式巣箱にいる二ホンミツバチはまた違う病気が流行りがちだが、そんな差を生む習性の違いはまた今度な?」
「はい、質問です!」

 飼育についての説明は終わりということで鹿島は巣内の状態確認を始めた。
 元気よく手をあげた渡瀬はそこに疑問を投げかける。

「でもさ、なんで獣医が確認しているの? あと、鹿島君が詳しい理由も気になる」
「腐蛆病は納豆菌と同じく土壌にしぶとく残る厄介な細菌だから、蔓延は断固阻止するって法律で決めたんだ。その防疫活動を主導するのがうちの母親がいる家畜保健衛生所。母親が飼い始めたのは、蜂蜜には用途が多いし、仕事の経験値にもなるかららしい。俺としても飼育は勉強になるし、蜂蜜を売ればバイトをする必要もなくなる。一石二鳥だろ?」
「ひぇぇ。鹿島君、すっごく周到だっ!?」

 ちゃっかりした彼の性格に、渡瀬は舌を巻く。
 勉強自体は苦手でも、社会を生き抜くことに関しては鹿島の右に出る生徒はなかなかいないだろう。日原としても渡瀬と同じく見直してしまう。

「話は戻るが、ミツバチは何キロも飛んで蜜を集めるんだ。だからその範囲に病気を広める恐れもある。蜂同士にしかかからないが、この疾病予防は経済的には重要だ」
「またまた、経済って大げさな」
「いや、冗談抜きの話題だぞ」

 確かに商品としては価値あるものだが、蜂蜜がなくても砂糖やメープルシロップがある。畜産業界の病気とは規模がまるで違う話――。
 日原がそう思って苦笑していたところ、鹿島は大真面目に否定してきた。

「蜂蜜自体の経済規模は確かに小さいが、ミツバチは農作物の授粉も担っている。実際、海外ではそれが蜂蜜の百倍近い経済規模なんだとさ。日本はそこまでいかないけど、ミツバチの病気で農業まで不作になったら大変だろう? だからそれを避けるために飼育には届け出が必要だし、何キロも飛ぶから養蜂家は縄張り決めの会議をして蜜源を分け合っている。養蜂に手を出す初心者こそ、病気や制度には詳しくないといけないんだ」

 これは鹿島自身、親からの受け売りなのだろう。
 聞けばその重大さがよくわかった。あまり見聞きしないものだからと高を括っていたが、予想を大いに裏切られる社会貢献度である。

「なるほど。そんな繋がりまであるとは思わなかったよ。勉強にな――」
「くくく……。国産蜂蜜に、獣医学生が生産に取り組んでいるという背景。人目を引くブランドとしてはもってこいだ。上手くすれば学費と生活費を賄える可能性もある!」
「ああ、うん……」

 感銘を受けて正座でもしようと思ったところ、これだ。
 苦笑を浮かべていたところ、鹿島は思い出した様子で巣の板を持ち上げた。

「そうそう。蜂に寄生するダニのバロア病は腐蛆病のワンランク下の届出伝染病ってのに分類されているんだが、このダニは雄蜂の蛹に寄生しやすいって話があってな」

 鹿島のこの話題に渡瀬は何かピンときた様子だ。彼女は手を叩く。

「あ、わかった。確か雄蜂は普段何もしないからって真っ先に巣から追い出されるんだよね。虫社会もシビアだなって驚いた覚えがあるよ。そういう話でしょ?」

 働かざるもの食うべからず。そんな世知辛さを体現しており、渡瀬は苦笑した。
 鹿島はそれを聞きつつも竹串を取り出すと、蓋を張った蛹のハニカムに近づける。

「そう。だからダニの確認でも遠慮なく抉り出される。あとは雄蜂を産み分けさせる板もあってな、そこにダニを集めて雄蜂ごと処理するモンドリ駆除法というものが存在する」
「おっ、雄蜂ぃー!?」

 現実は、非情だった。
 渡瀬のみと言わず驚きの声を上げたものの、抉り出された蛹には確かに一ミリ程度の茶色いカニとも言うべき妙な形のダニが張り付いていた。

「このダニは他の発見法もある。体液を吸われた蜂に起こる奇形の特徴とか、その原因と思われるウイルスとかもあるらしいし、勉強すべきことは多そうだな」

 鹿島は悟ったように呟く。
 その意見には日原も同意だ。まだ自分たちは獣医師の道に差し掛かったばかり。表面上は見たことがある世界でも、その奥深さは想像を軽く凌駕していく。

「さて、ミツバチはもういいな? 教科書購入に行こうか」
「そうだね。他の生徒で購買が混まないうちに行った方がいいかも。講義ありがとう」

 日原が口を切ってそれぞれ彼に礼を述べる。
 巣箱が元に戻され、蜂が落ち着いていく合間に朽木はテグーを自室に戻してきた。その後、四人は予定通り大学の敷地の中央にある大学生協に向かう。
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