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サラマンダー 卵閉塞 Ⅱ
しおりを挟む(さて、問題は内臓の基本構造が僕の理解の範疇のものかどうかですね)
生物は確かに環境に適応して進化し、多種多様になる。
しかしながら地球も数えきれないほどの生物が適応、進化して残した最適解が現代の姿なのだ。
この世界も基本の環境は地球とよく似ている。
収束進化という言葉があるように、機能としては同じ臓器を持っていてもおかしくない。事実、リリエに昨日振る舞ったウサギもそれほど大きな差異はなかった。
あとは魔法や幻想種の加護、魔素なんてイレギュラーがどれだけの違いを生んでいるかということだけである。
カドはいらない布を広げると、サラマンダーを仰向けに寝かせた。
「ではでは始めます。僕はこちらに集中するので、もし魔物が出たら埃を立てないように排除をお願いします」
「そういうことなら障壁を張ってあげるわ。風で埃が舞っても困るでしょう?」
気を利かせたリリエは指を振るう。すると光の格子がドーム状に周囲を覆った。
それを境に風も感じなくなったことからするに、物理的に隔てる壁が出来上がったと見るのが正しいのだろう。
神官職が用いそうな障壁を事もなげに使う辺りは天使の面目躍如である。
「治癒魔法といい、いろんな魔法をそつなくこなせるんですね。見習いたいです。詠唱をしないで使うのも、練習でどうにかなるものなんですか?」
「ええ。それについてはアッシャーの街ですべきことが済んだら教えてあげるわ」
カドはいくつかの魔法を習得したものの、それらは単に習得をしただけでまだまだ深淵はあるようだ。
胸の下で腕を組み、自慢げにしたリリエは頷きを返してくれる。
――街ですべきことが済んだら。その言葉が耳に残った。
この世界での繋がりらしい繋がりといえば、竜とリリエのみだ。
しかし、竜は呪詛さえ解ければカドを人として生かすために縁を切る意向のようである。
竜に不治の呪詛をかけた冒険者を街で探し終えたら、自分の生活はまたがらりと変わるのだろう。
そこに漠然とした憂鬱さを抱えながら、カドは刃物を手に取った。
サラマンダーの腹部をつねっても反応がないのを確かめると、診断した時と同じく魔素を見る。
卵の連なりはY字状に分岐していた。
つまり一般的な生物と同じく、卵管が二股になっているということだろう。
詰まっている卵はトカゲというより、亀の卵詰まりのように多い。
実際に詰まりを生じさせているものに続く小さい卵も合わせると片側二十ずつといったところだろうか。
正中の皮膚をピンセットで摘まんで少しでも浮かせると、まな板で肉を切る時とは真逆に、上向きにした刃の先端を差し入れる。
腹の中は内臓がみっしりと詰まっているため、このような方法を用いて切らないと、うっかり内臓を傷つけてしまうためだ。
例えば開腹しようとして腸を破いたなんていうと、病原体の塊である便が腹腔内に漏れ出すので大事故である。
単なる不妊手術であればほんの数センチメートルの穴を開け、そこから鉤状の器具で卵管を引っかけて体外に引っ張り出す。
それから卵巣などに繋がる血管を順次、結紮して切り離してしまえば終わりだ。
しかしながらこのサラマンダーの卵管は数珠状に詰まってパンパンになっているため、小さな穴では対応しきれない。
十センチを少々超える程度に腹筋を切開し、続いて腹膜も同じ要領で切開する。
まず見えるのは消化管だ。
それを両脇からかなり圧迫している代物が二つある。これが目的の卵管だ。
「わ、こんなにみっしりと……?」
リリエはその詰まり具合を見て息を吐く。
本当に卵が隙間なくびっしりと詰まり、腸よりよほど太い臓器として見えるのだ。確かに衝撃的な見かけだろう。
「道理で詰まるわけです。小さくて柔らかい卵をたくさん産む生物に、大きめで固い卵を産む生物の特徴がいきなり混ざったからこうなったんでしょうか。中身までは急に変われないものなんですね」
カドはふむと唸っていると、竜もそれを覗き込んできた。
『さもありなんと言ったところか。カドよ。強力な魔物の魔素をいきなり取り込めばどうなるかという話をしたであろう? 天啓や加護も、階層ごとの守護獣を倒しての魔素への適応もいきなり与えられるものだ。身がいきなりそれについていけるわけではないのであろうな』
「なるほど。魔力の質が身の丈に合っていない僕なんて、特に要注意というわけですね」
『その通りだ』
強すぎる魔素をいきなり取り込むことでパワーレベリングをするというのが無理な仕組みもこれならよくわかる。
それと同時に、カドには気がかりなこともできた。
「草食の動物にいきなり肉食獣的な要素が入ったりとか、加護による変化で問題を抱えている幻想種っていうのは案外いるのかもしれませんね」
そんな気付きをぼやいてみると、リリエは「まあ!」と声を上げる。
「そうしたら、カド君は単なる冒険者になるなんて選択肢ではなく、幻想種相手の治療でも生計を立てられるかもしれないわね」
「なるほど。それも面白そう――」
『止めよ』
リリエの言葉に同意しようとしたところ、竜は険しい声を出してくる。
一体どうしたのかと彼を見た。だが、ここには人と竜の差がある。表情が人ほどに豊かではないため、詳細な感情は読み取ることができない。
カドが困惑していたところ、竜の方から続きを口にしてくる。
『人は人と生きるのが無難なのだ。人外になど、わざわざ関わるものではない』
「ちょっと、私も一応人外の部類なのだけれど?」
『汝らは例外である。容姿や生活からしても人とそれほど変わらぬ生態ではないか。そうと言える幻想種など、数えるほどしかおらぬぞ』
「まあ、それはそうなのだけれど……」
折角見出された可能性を、そんなことだけで潰してしまうのは惜しいとリリエは渋っている。
二人のやり取りを見つめるカドとしては、感じるものがあった。
竜は人を敵視するわけではないが、明確に距離は置こうとしているらしい。それには、ハイ・ブラセルの塔の故人と関係があるのだろうか。
勘繰っていると、視線に気づいた竜が目を向けてくる。
『カドよ。手が止まっている。治療を優先すべきではないのか?』
「おっと、そうですね」
正論だ。ここでは置いておくべき議題だと判断したカドは気を取り直す。
卵が大量に詰まった卵管はもう目に見えている状態だ。
それを不妊手術と同様に丸ごと摘出しようと考えていたカドは繋がっている血管の位置を探ろうとしたのだが、ふと再考した。
「あら、どうしたの?」
手が止まったことに疑問を覚えたリリエが問いかけてくる。
「いえ、これを丸ごと摘出してしまうともう繁殖はできないんですよね。それを考えると、丸ごと摘出するのは再発を繰り返した時にでもしてあげるべきかなと思いまして」
自分が飼育しているペットならまだしも、単なる従者となるだけの幻想種である。生殖能力をいきなり奪ってしまうというのはかわいそうだろう。
「よし、少し時間はかかりますがちょっと手法を変えます」
少々手間になるが、カドは卵管を切開して卵を全て取り出す方針に変えた。
手技の難度はそれほど変わらない。
卵管を切開し、卵を扱き出すだけだ。手間はかかっても、難度は下がっている可能性すらある。
そして、数分をかけて右の卵管から卵を摘出しきったカドは卵管の傷をピンセットで摘まんで合わせると、手をかざす。
「本当は縫合針があればよかったんですけど、仕方ないですね」
そう言って初級治癒魔法を行使しようとした。
すると、ずきんとまた頭痛が走る。
そんな変化を見て取ったリリエはカドの腕を掴んで止めた。
「いいわ。私で出来ることなら君は無理をしないで。少なくとも、まだ従者契約もしなければいけないし、アルノルド君の命も維持しないといけないのよ?」
まだそれほど堪えていない。そんな風に思っていたが、疲労は着実に溜まっているらしい。
確かに、自分が絶対に行わなければいけないことでもないのだ。
ここは彼女の厚意に甘えることにした。
「わかりました。切り傷を直すようなものですし、創面の治癒はリリエさんにお任せします」
「ええ。君はなるだけ身を労わってね」
そう言ったリリエは治癒魔法を使い、創面を簡単に癒合させてしまう。
単なる切り傷の治癒と同じく、労力としては大したものではなかっただろう。
続いて左側の卵管も同様の処置を行い、治癒を終える。
あとはもう大きな問題もない。最初に切開した腹膜と腹直筋や皮膚も治癒させてしまえば処置は終了だ。
カドは麻酔として機能させていた毒素生成の効果を消し、サラマンダーの様子を窺う。
傷自体は癒えたのだ。
内臓を触ったせいで起こる腹痛くらいはあるかもしれないが、その程度だろう。
どのような様子なのか、竜を仲介にして問いかけるのだった。
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