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1章 獣人領から砂界へ

1-1 邪神の生贄になりました

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 人間の歴史書にはこんな記述がある。


 かつて神は無辜なる人間に一つの聖杯を与えました。

 人間はそこからあふれた神聖なる力を振るって苦難を乗り越え、平和に暮らしました。

 一方、それを妬んだ獣人は死に物狂いで聖杯と同じものを作ろうとしました。


 しかし獣が神の真似事などおこがましい。

 出来上がったものは起動に命を要求する上、環境から母なるマナを奪う粗悪品です。


 だからこそ、その妬みは止みません。

 獣人はずっと人間の聖杯を奪い去ろうと画策しているのです。

 同族を生贄にする血の儀式を重ね、懲りもせずに挑んできます。

 そんな獣人に対抗するため、勇者のほかにも冒険者やギルドが設立されてきました。

 戦いが長きに渡ろうと、人間は先祖代々の土地と繁栄を守ってきているのです、と。



 
 □



 
「おお、見ろ。この胎動を! ついに、ついにこの時が来た。邪神が蘇るっ!」

 荘厳な神殿の最奥で獣人の男が手を広げて歓喜する。
 彼が見上げる祭壇には一つの杯が宙に浮き、そこからあふれる影が人型を取ろうとしていた。

「こんなっ。こんなことってない……!」
「ははは、どうした。笑え。笑ったらどうなんだ」

 男が振り返る。
 ろうそくが囲む広間には棺があり、獣耳の少女が縋りついて涙をこぼしていた。

「笑えるはずがないよ……。エルを生贄にして、そんなものが蘇ったからって何がうれしいの……?」

 男はそれを見咎め、つかつかと歩み寄る。
 そして、彼女の胸倉を掴んで顔を突き合わせた。

「成し遂げたんだ。笑わずして何とする。――彼が笑えと言ったのを忘れたか!?」
 
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