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2章 砂界で始める大いなる術

9-2 大蜘蛛退治と冒険者救出

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「テア。ここから二ブロック先の横穴にムカデ」
「はいはーい」

 先手必勝だ。

 即座に走った彼女は闇を手投げ槍上に凝縮し、横穴が見えた途端に投擲する。

 ギィッ! と虫の鳴き声が上がったのが命中の証だ。
 覗き込んで即座に発見し、仕留められる技量は流石と言うほかにない。

「イオン。左前方の天井、ワームが潜んでる」
「かしこまりました」

 先を歩いたアイオーンにはまもなく天井から飛びかかる影があった。

 それは虎ばさみのような口を持つ環形の虫だ。
 海にいるゴカイとか、イソメに近いそれは人間の胴体より太く、長い体躯をしている。

 これに捕まったが最後、毒を注入された上に穴へと引きずり込まれるらしい。

 もっとも、絡め取られたのはワームの方だ。

「火気厳禁となれば雷撃も禁忌ですね。物理的に処理しましょう」

 ひらりと捕食を躱したアイオーンは自らの尾でワームを巻き止める。

 死に体の胴体に抜き手を打ち込むと、意趣返しにワームを引きずり下ろした。

 断末魔のような叫びと共に天井が一部砕け、人間の身長ほども引きずり出されたところでその身は千切れる。

 天井の隙間からぼたぼたと落ちてくる消化物や緑の体液がホラーだ。


 そうして近い敵から順次処理しながら僕らの探索は続いた。

「このエリアの全景は把握できたけど、人の形は把握できないね。マントとかを被って岩陰に隠れられていたら見つけられないな」
「それか、もう食べられちゃっているかも?」

 広範囲を探る術式のため、材質は精査できない。

 隠れているが故の見逃しもあるだろうし、テアが言うことも一理ある。

「なくはないと思うけど、体の一部とか遺品も見つからないのは変かな。ここから三ブロック下に妙に大きめの蜘蛛がいるし、それが怪しいくらいだと思う」
「じゃあ、呼びかけながらそこを探索だね」

 三人で警戒しながらも呼びかけは続けて進む。

 階段を下りて一ブロック下に降りたところで先頭を歩くテアが足を止めた。

「待って。なにか焦げ臭い」
「これだけの湿度と温度だもんね。温泉みたいに火山ガスとか?」
「ううん。本当になにかが燃えた臭い」
「確かにツンとくる臭いもしないし、目や鼻も痛くないか」

 火山ガスはよく硫黄が混ざっているので臭いも刺激も特殊だ。

 こういう洞窟で運悪くガスだまりに踏み込まなければ怖くはない。


 となると、答えは一つ。

「蜘蛛の変異種、火の魔法を使うのかもね。瞬殺でいこう」
「りょーかい!」

 ここからはもう言葉はなしだ。

 クモがいるフロアまで忍び足で近づいた僕らは敵を視認し、背後を見せた瞬間に行動を開始する。

 まるで地下街のように幾本もの柱が天井を支える空間なので直線攻撃をしにくい環境だ。


 瞬時に間合いを詰めたテアが下手から腕を振った瞬間、地面から無数の影が突出した。

 ゾウ並みの大きさの蜘蛛はそれによって振り向く間もなく全身を串刺しにされる。

 だが――。

「あ、やばっ」

 昆虫は実にしぶとい。

 地面に赤色の魔法陣が浮かび上がったことでテアと僕は同時に身構えた。

「闇泥!」
「《遅延術式ディレイスペル》!」

 瞬時に液状の闇が広がったかと思うと、大蜘蛛を包み込む。

 これはテアの魔法だ。
 液状化も硬質化も自由な闇を攻防に用いたり、相手を窒息死させたりする。

 これだけでも魔法の発動は抑え込めるだろうけど、練習がてら安全策は重ねておきたい。

 赤い光はしばらく何事もなく光り続け、完全に霧散した。

「……あれ? エル、何かした?」

 死に際の魔法に備えていたテアはいつまでも来ずに終わった衝撃に首を傾げる。

 ひとまず狙い通りに持ち込めた僕は息を吐いた。

「うん。時空魔法はいろんな魔法の根幹に関わっているから、発動時間を引き延ばして術式を自壊させてみた」

 他人の魔法に後から干渉なんてそれこそ《時の権能》あっての離れ業だ。

 そんな意味を込め、僕はアイオーンに感謝の眼差しを向ける。

「お見事です。使い慣れれば敵の魔法の妨害や暴発にも利用できるでしょう」
「なるほどー。基礎の魔法ってば応用しやすいもんね?」

 答えるテア自身、詠唱の必要がない火や闇の基礎的な術式を状況に応じて使うタイプだ。


 ともあれ、雑談はそこまでにしよう。

 目視で見回してみるけれど、やはり遺品や死体は見えない。

 となるとどこかに隠れていそうだ。

「おおーい、要救助の冒険者さんはいますかー?」

 僕は声を響かせてみるものの、返答はない。

「んっ、見つけた。石を打って応じてる」

 ぴくっと耳を反応させたテアは奥の方へ走っていった。

 そこは綺麗に掘られた壁ではなく、崩落した後がある。

「このガレキの隙間だね」
「テア、待った! 手足が潰されている時は急に圧迫を解かないで! 心臓が止まっちゃうかもしれない」

 挫滅症候群といっただろうか。
 
 建物などの下敷きになって大きな負傷をしたときの注意点だ。

「そうなの? わかった。それなら似た条件で、と。埋まっている冒険者さん。少しの間、息を止めておいてね?」

 先程、大蜘蛛を包んだのと同じ闇が岩石の間に染み込んでいく。

 ジャッキによってこじ開けられるように隙間が広がり、折り重なるようになった男女二人組が見えた。
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