竜のおくりびと

蒼空チョコ@モノカキ獣医

文字の大きさ
5 / 42

人里からの依頼 Ⅰ

しおりを挟む
 
 竜の大地は適度な風が常に流れ込む涼やかな環境だ。風になびいた草花がさわさわと賑わうのもまた耳に心地良い。
 昼のピクニックでも心憎い演出となってくれるが、更に際立つのは起床時だ。
 窓を開けていられる季節ならばカーテンを翻して入ってくる風のひと撫でと草花の囁きによって目が覚める。これ以上とない穏やかな目覚めだろう。

 しかし悲しいかな。それはベッドに邪魔者がいれば成り立たない。

「ぐうっ……。ぷへっ……」

 まず下半身にのしかかっている物体が一つ。おまえに脇で添い寝する形ながらも、ハンディモップのような尾をパタパタと振る物体が一つ。これは顔面を往復してくれるので惰眠をむさぼるどころではない。
 耐えかねたミコトは顔面を往復する尾をむんずと掴み、強引に体を起こす。

「ゲリ、フレキ……。もー、無理。降参。わかったから!」

 はふっと息を吐いてベッドから飛び退いた二頭の狼はしっぽを振っている。
 余談だが、飛び退く際に踏んづけられた腹などが痛いのも地味に辛い。

「肉、肉だ肉。カリカリ以外の味が恋しい」
「朝餉だ、朝餉。柔らかな子羊を所望する」

 散歩の催促同様、二頭は一瞬身構える素振りで急かしてくる。
 灰色を基調とした毛色の方がゲリで、黒色を基調とした毛色の方がフレキだ。言葉遣いは違っても思考は大体同じ。今は朝食のことしか考えていない。待ちきれなさがキュンキュンと鳴き声になって漏れている。
 神話に連なる立派な名だというのにこの姿はどうなのだろう。威厳がお留守だ。

 ミコトはしわくちゃになったシーツをばさりと広げ、寝間着から着替えながら二頭を見やる。

「あのね、先日生まれたのは雌の羊だよ? 数を増やすためにも雌を食べちゃダメ。雄にしたって今の種牡の保険として何ヶ月かは育てないと」

 ミコトは二頭の頭を撫でて宥め、部屋を出た。
 そうそう、忘れてはいけない。本日は街に薬を届ける仕事もあるのだ。

 一階リビングと繋がる吹き抜けの梁にはいくつかの薬草をぶら下げている。よく乾燥したそれを手に取りつつ階段を降りた。

「ゲリはお手紙、フレキはコルクボードから発注書を取ってきて」

 先程の話題はさておき、後ろからついてきた二頭に指示をするとすぐに駆けてくれる。
 ゲリは前脚をレバータイプのドアノブに乗せて器用に開け、郵便受けに向かった。吠える声が聞こえたので、大方、手紙に悪戯している妖精を見つけたと思われる。
 フレキは室内の依頼書を持ってくるだけなので素早い。ミコトが厨房に着く頃には傍らでお座りしていた。

 何の発注書かといえば、近隣の里で使う薬だ。
 子宝を望む夫婦への精力剤、飼育しているコカトリスが産む卵が柔らかい――こちらは卵殻形成不全の治療薬、おまけにウンディーネ召喚の触媒作成と来ている。調味料と重複している材料を小脇に抱えて揃えつつ、ミコトは羊のジャーキーを二つ手に取った。
 先に待っていたフレキに一つ与え、追いついたゲリに手紙と交換で与えてやる。

「うちの家計だと二人の体格に見合うお肉なんて贅沢も言ってられないの。そのジャーキーだけで我慢できない?」

 朝餉に肉を所望している二頭に問いかけてみると、恨みがましそうな上目遣いが返ってきた。一方は地団駄、他方はぐぅぅぅーと地味な唸り声。正直、犬の不満表明は人間よりも率直でわかりやすい。
 普段の朝食通り、自分はシリアルを。二頭にはドッグフードを手に取っていたのだが、これでは完全に無駄骨である。

「ダメかぁー」

 頑固な二頭を前に膝を抱えたミコトはため息を吐く。
 家の財政管理で頭を悩ますのは自分だけだ。ささやかな憂さ晴らしに二頭の鼻先を指でつついてやる。ひんやりした鼻先はこんな時くらいしか触らせてもらえない。

「仕方ないね。それじゃあ薬は手早く仕上げて野鳥かウサギを――っと?」

 諦めようとした時、ミコトはフレキから預かった手紙に目を留めた。
 少しばかり良い質の紙に、魔除けの細工まで施された蝋の封がしてある。こんな畏まった手紙は里から公式に依頼される冒険依頼クエストくらいだ。

『原種サハギン討伐依頼。南方の湖に複数発生が確認されたので討伐されたし。報酬は――』

 壁にかけた山羊革の水筒で保存している半液状のヨーグルトをシリアルにかけて食べながら、つらつらと読み進める。
 要約すると、自然発生する魔物のせいで困っているので倒してください。お賃金は出しますということだ。しばしば起こることとはいえ、なんと間がいいことか。

 ミコトは手紙を二頭に見せる。

「二人とも、サハギンのお肉で我慢できる?」
「ワニ肉風味。悪くない」
「肉は肉。妥協する」

 二頭は顔を見合わせて審議し、すぐに頷きを返してきた。
 半魚人の魔物なだけに魚肉じみた淡白さだが、筋肉が発達しているのでワニ肉や鶏肉に近い味わいらしい。曰く、イノシシ以下だが鳥やウサギよりはマシだそうだ。
 これにて和解とお手じみた握手を二頭と交わす。

 では空腹に耐えかねて騒がれる前に向かわなければいけない。ミコトは食事を手早く片付けると、薬の準備を始める。

 色恋沙汰に関するおまじないなんて古今東西にある。精力剤に関しても同様で、マンネリしないように前回と別の配合を選ぶだけ。
 コカトリスの卵殻形成不全は少し特殊だ。同時に何羽も発症しているならウイルスも関係ありそうなものだが、こうして依頼がある時はごく少数での発生と決まっている。
 ただの鶏より体格が良く、骨格もいいのに草しか食べないために人の飼育下ではしばしばカルシウム不足が起こるのだ。ひとまずいつも通りに作っておくとして、実際に症状を確かめに行った時に処方すればいいだろう。
 ウンディーネ召喚の触媒は自身で用意するまでが召喚士の力量だ。どこの誰が注文したか知らないが却下である。

 ――という具合だ。
 この程度の調合作業は熟練の機織りのように慣れたもの。ミコトはタブレットを棚に立てかけると片手間にフリックして人間世界のニュースもさらっていく。
 国際的な政治の話題やら、TRPGの動画が流行っている話題やらを流し見ているうちに驚きの記事を見つけた。

 それに口元を綻ばせながらも薬を完成させ、いつものローブと杖を手に家を出る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...