竜のおくりびと

蒼空チョコ@モノカキ獣医

文字の大きさ
11 / 42

竜の試練 Ⅲ

しおりを挟む
 いわゆるダゴンと呼ばれる個体に近いが、原典で語られる小山ほどの大きさには到底及ばない。この世界で生れ落ちる際の魔素不足で劣化コピーになっているのは確実だ。
 とはいえ、特徴的な精神汚染等の特殊能力には変わらず警戒が必要である。

「注意してね。あれはまだみんなが直視しちゃいけない部類だよ。この辺りの幻想種は弱いのが多いけど、そういうのを餌に長く生きた幻想種やこういう大量発生時はその限りじゃないからね」

 下手に動かれないうちに仕掛けるという意味を込め、ゲリとフレキに視線をやる。

「前方、とにかくたくさん! 続いて空中、三刺!」

 今の足場からダゴンの周囲まで続く結界を敷くと、ゲリとフレキが疾駆した。ダゴンの顔面から水が落ちきる頃にはその視界に侵入している。

 二頭の役割はかく乱だ。
 ダゴンは目で捉えるなり大きな腕を叩きつけ、見事に乗せられてくれる。ディープワンもそうだが、目の前にとりあえず襲い掛かるだけの低知能で助かった。

 ミコトは杖から火竜の鱗二枚、風竜の鱗一枚を千切り取ると、宙に形成した結界に埋め込む。
 これにて準備は完了。隙だらけのダゴンのどてっ腹に向け、まずは二射を放つ。

「在りし日の大火を放て」

 馬上槍とでも言うべき形状の結界が突き刺さった瞬間、盛大に炎が溢れて弾けた。
 少なからず臓腑を吹き飛ばされたダゴンは大口を開けて絶叫し、仰向けに倒れ込もうとする。

 最後の一投は、その口腔内めがけて放った。
 突き刺さるは上顎。深々と突き刺さった手応えを得たミコトは先程と同じく追加の口上を呟く。

「在りし日の颶風をここに」

 先程は炎が溢れた。それとほぼ同様だ。
 次の瞬間、ダゴンは内側から爆ぜた。簡単に言えば上顎から脳へ圧縮した空気を撃ち込んだため、ぐちゃぐちゃになった中身を目鼻に加えて耳と口から噴き出したとでも言えばいいだろうか。

 巨体は傾ぎ、強く水面を打って倒れ伏す。

『さらに無慈悲な攻撃によって完璧に決まったぁー! そして盛大な水飛沫ぃっ!』

 実況の声が鳴り響く。
 こちらに手間取られているうちに少年少女は巻き返したようだ。実況からの使い魔も勝者インタビューでも考えているのかこちらに寄ってくる。

 ぎょろりと目を血走らせて見つめてくるこの姿には慣れない。一体何に注目したいのだろうと疑問に思いつつ、前方に杖を傾けた。

『この飛沫には御子も濡れ透け必至……ではない!?』

 そういえば里長の部屋でそんなことを言われた覚えがある。
 誰も好き好んで濡れたくはないので傘みたく開いた結界で水飛沫を防いだだけだ。圧を感じさせるほどに眼球をぎょるぎょる動かして迫られても困る。

 まったく、これは若干引く加熱具合だ。里長を中心とした人々には良くしてもらっているとはいえ、これはいただけない。
 ミコトはちょうど戻ってきたゲリ、フレキに声をかける。

「二人とも、〈伝達妨害〉」

 言わずとも、二頭はやる気だったのだろう。宙に浮かぶ使い魔を睨んだ瞬間、バチリと電気が弾けるような音がした。

 ゲリとフレキの〈伝達〉は非戦闘用の地味な能力とは限らない。
 その本質は物体から物体への干渉能力だ。神話生物の精神汚染も何かを伝播する能力には変わりないので阻害できるし、使い魔に関しても主との繋がりを持っている以上は干渉できる。
 そのリンクを断ち切ったので、たちまち制御不能になって墜落したという具合だ。

 宙に浮いたモニターも同時に消えたのだが、すぐに代わりの使い魔が飛来して中継が再開された。
 実況席で半立ち状態だった女給は着席し、気まずそうに目を伏せている。

『保護者の方から抗議の連絡が入ったため、実況席一同、謹んでお詫び申し上げます……』

 保護者――ゲリとフレキがぐるぐると唸っている。

 やれやれだ。
 そもそも、こんな場所に発生する原種にやられるようでは竜を束ねることはできない。ハプニングなんて期待されるだけ困る。

 実況席の鎮まり具合に息を吐いていると、少年少女も決着をつけていた。
 彼らは一頭一頭のディープワンにとどめを刺して回ると、皮を剥いで素材採取を始める。きっと日用品や魔法の触媒にでも使われることだろう。

 少年少女を守護した至竜は解体作業の真横であんぐりと口を開けて待っていた。
 これは動物園のカバやワニと一緒だ。少年たちが解体して削いだすじ肉や、肋軟骨とバラ肉を放り込んでもらっている。
 人にとってあれらの部位は食べにくいので報酬の山分けとしてはちょうどいいだろう。

 そして、こちらも本来の目的を忘れてはいけない。待ちきれなくなった上空の竜たちがばさばさと羽ばたいてミコトの足場に降下してくる。限られた足場に集まられると、押し出されかねない。

「おわっ!? ああ、待たせてごめんね。今すぐ引き上げてこっちも食べられるようにしてあげるから!」

 待ちきれないと長い首をこすりつけてくる彼らに急かされ、すぐに飛び降りる。
 せっかちな子はもうダゴンの体に飛びついているが、あまり流血させれば湖の生態系にも影響が出かねない。

「みんな、啄むのは引き揚げてからだよ!」

 鉤状に変化させた結界をダゴンの遺体にひっかけ、岸に引き上げると竜が次々と飛びつき始めた。
 こちらも肉は竜が貪り、素材は少年少女に回収してもらう予定だ。きっと数時間ほどの作業となることだろう。
 自分の仕事はここまでだ。息を吐いたミコトはゲリとフレキにも行っていいと頷きかけると、その場に座り込む。

 幻想種というものは成長する。
 伝説に尾ひれがつき、それを真実だと捉えられることの他、こうして力を持つ幻想種を食らうことでも徐々に力が高まっていく。

 至竜に関しても同じことだ。
 この世界に生まれ落ちた至竜には原種狩りを手伝わせて獲物を与え、じっくりと成長させていく。
 彼らもいずれはあの白鳥のように想いを遂げるだけの力を蓄えるだろう。そして、夢のために力を使い果たした後はこの世界と表層世界を繋ぎ止める鎹(かすがい)となるのだ。
 それが嬉しくもあり、少しだけ申し訳なくもあった。

 ――と、複雑な心境で見ていたところ、一頭の竜が肉を啄むのをやめてこちらに飛んできた。
 何をしようとしているのかは、その口を見ればわかる。この竜は肉の塊を食い千切って持ってきたのだ。

「ふわぁぁぁっ!? 待って! 待ってぇ!?」

 彼らは至竜。姿が変わって竜の習性が強く出ているものの、元は犬猫やその他の動物である。こうして遠くで見ていると『肉にありつけていないかわいそうな子』とでも思うのか、獲物の一部を持ってきてくれることが度々あるのだ。
 両手を突き出して拒否の態勢を取るのだが、察してはもらえない。血抜き不足な肉の塊が顔を掠め、両腕の上に落ちる。

「……ああ、うん。ありがとう。ワニ肉みたいなんだよね。あとでもらうよ」

 一片の曇りもない瞳で見つめられては文句を言えるはずもない。
 よぼよぼとした様子で声を返すと、竜は満足した様子で食事に戻っていった。

 余談だが、この一部始終を凝視していた目玉の使い魔に気付いたので結界で圧殺しておいた。
 慈悲はない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...