竜のおくりびと

蒼空チョコ@モノカキ獣医

文字の大きさ
24 / 42

団欒の時 Ⅰ

しおりを挟む
 
 ミコトとアルヴィンが階下に降りてみると、すでに食卓の準備は整っていた。
 食卓には三人分の食事が並び、ベネッタは窓辺に席を設けてグウィバーを呼び寄せている。
 ミコトとアルヴィン、コーティの三人が食卓で、ベネッタとグウィバーは窓辺で食事を共にするというのが普段の形なのだ。

 ちなみにゲリとフレキといえば食卓は逆に大変なので床での食事である。
 職人のそば打ち用こね鉢のような大サイズの平皿に肉とレバーの塊があり、もうそれにむしゃぶりついていた。

 ベネッタの背後に張り付き、肉球を押し付けて催促していた時点でこうなるものとは予見していたが、本当に堪えようがない。

「ああ、もうっ。二人ともまた先に食べちゃってる!」
「冷めたら味が落ちる」
「いつもは出来立ての料理を冷ませって催促してくるくせにー」
「子竜の番が必要故に」
「それはまあ、ありがたいんだけどね」

 ゲリとフレキは本当に狼気質だ。この家に住むミコトは群れの一員として過保護になるものの、ベネッタやアルヴィンなどには大して興味を見せない。ご飯を終えたらさっさと寝る素振りさえあるくらいだ。
 仕方のない親だと息を吐いたミコトは濡らした手拭いを用意して食卓に着く。

 ゲリとフレキは噛み千切るために肉を押さえている前脚にも口周りにも肉汁をつけているので、それを拭いてあげる準備だ。
 少しバラバラな気もするが、これがこの家の団欒である。

「いただきます」

 ゲリとフレキではないが、冷めてしまうのは惜しい。人が揃ったところでご飯が始まる。
 食卓に並ぶのは羊の香草焼きやポトフだけではない。ハッシュドポテトのように揚げ焼きにされた芋に、色彩豊かなサラダ、あとはカボチャなどの蒸し野菜とそれにつけるためのディップソースやバターなどだ。

 ミコトがこの中でまず食べるのは香草焼きである。
 溢れる肉汁とその脂を見事に引き立て、味を引き締めるハーブとスパイスの配合加減は真似できない。故にまず手に取ったわけだが、絶品だ。
 蒸し野菜のディップソースにしても酸味やコクなど、種類によって違う趣向に調整されていて美味だった。

 いくら素材があっても、こういった味の微調整までは再現できる気がしない。
 うーん♪ と悩ましく唸っては次の料理に手を伸ばすばかりである。

「先代、とても! とても美味しいです!」
「はは。喜んでもらえて何よりだよ」

 答えるベネッタはといえば食事は片手間にパクつく程度だ。彼女は自分の卓に置いた大鍋に柄杓を突っ込むとグウィバーの口に運んでいる。
 彼に美味いと返された時はじんと言葉が響いているのか、より満たされた様子だ。

「ベネッタよ。お前の食事の手が疎かになっておるが……」
「いや、食べているよ。気にする必要はない」

 促されればその証拠にというように一口。しかし自分の料理に舌鼓を打つより、世話をする方がむしろ楽しいようだ。料理を作っていると食べていないのにお腹が一杯になってしまって、誰かが食べている姿を見る方が良くなる。そういう人なのである。
 反面、お洒落には無頓着で戦闘スタイルそのままに動きやすさを求めてノースリーブなどを好む。
 外の世界で気になる男性でもできれば即落として家庭を築いてしまいそうだ。

 唯一の甘えどころであり、癒しでもある彼女を誰かに取られるという展開は想像するだけで辛い。ベネッタの幸せは喜ばしいものの、諸手を挙げて歓迎しにくいのがミコトの正直な感想だった。

「ああ、そうだ。ベネちゃん、あなたがご希望の薬ですが僕が仕上げておきましたよ」

 そうしてベネッタの外の生活について考えていたことが伝わったのだろうか。
 アルヴィンと目が合ったかと思うと、彼は薬を彼女に手渡した。これはまさにベネッタの外の生活を聞くタイミングだろう。

「あの、先代。質問をしてもいいですか?」
「ん、なんだい?」
「先代がその薬を使ったりする竜の大地以外での生活についてなんですけど」
「えっ」

 問いかけてみるとどうだ。
 彼女は眉を寄せて気まずそうな――いや、うっかりに気付いたかのような困り顔になる。

「伝えたこと、なかっただろうか」
「一度聞きはしたんですけど、あまり深くは……」

 約六年前。
 ミコトが当時十二歳、ベネッタが十四歳の時に竜の大地に黒竜が現れ、その鎮圧の件で代替わりをした。その失意もあってベネッタは失踪し、数か月後になってようやく帰ってきたのだ。
 当時はお互いに腫れ物に触るように当たり障りのない会話しかした覚えがない。

「では今一度問いかけてみることにしましょう。ベネちゃん、今は何をしているのですか?」

 停滞した空気の中、アルヴィンが率先して問いかける。
 はい、と恭しく頷いたベネッタは口を開いた。

「私が現在属しているのは封律機構と通称される組織です。これの事についてはミコトも知っているね?」
「あ、はい。表層世界の国際刑事警察機構(ICPO)みたいなものですよね。今回捉えた密猟グループなどが表層世界に物を流していた時には協力して壊滅させます」
「そう。表層世界は何も幻想種を根絶やしにしようとしているわけじゃない。管理できる生物資源として付き合おうとしている。例えば竜鱗の構造を分析して、装甲に利用したりだね」
「いろいろと私の行動のサポートしてもらう代わりに定期的に生え変わる竜の牙や鱗を渡したりします」
「あちらも裏取引をされたら何に使われるかわかったものじゃない。そういう点では持ちつ持たれつなんだ」

 ここまでの話はミコトにも関係のある話だ。
 先日の元白鳥の場合は全てを穏やかに治めることができたが、場合によっては携帯電話から連絡して協力を仰ぐこともある。
 それだけ竜の送り人と関係のある組織なので、失踪後のベネッタが接触したのもわかる話だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

処理中です...