28 / 42
スライムと湯治
しおりを挟む「うひゃあっ!?」
「おっと……!?」
三十分ほど続いた手合わせは、舞台として最初に形成した結界が崩壊したところで終わりを迎えた。
不測の事態ながらも無難に着地をしたミコトとベネッタは肩で息をしながら草原に倒れ込む。体力の限りスポーツをした時と同様、満ち足りた表情だ。
しばらくすると、白く大きな影がのしのしと歩いてきた。グウィバーである。
「よくもまあ、励んだものよな」
「ご、ごめんなさい。熱くなり過ぎました……」
「……皆まで言わないでくれ。私がけしかけた分、耳が痛い」
グウィバーは倒れていたミコトを尻尾で巻き上げ、ベネッタは後ろ襟を咥える。こうして歩く様はまるで母猫のようだ。
そんな状況で、ミコトはふと思い出す。
「そういえば、以前もこんな風にはしゃぎましたよね」
「そんな日もあったね。懐かしい」
幼い頃、どこかで遊び倒した記憶は誰にでもあるだろう。そんな郷愁に駆られるような空気だ。
「また来るよ」
「はい、いつでも待っています」
ベネッタの声に屈託のない表情で反応したところ、家に到着した。
こちらの様子はウッドデッキから眺めていたのだろう。アルヴィンとコーティが柵にもたれかかって声をかけてくる。
「おかえりなさい、二人とも。随分とはしゃぎましたね。こんなこともあろうかと、お風呂を薬湯にしておきました。疲れた体を癒してくると良いでしょう」
「恐れ入ります、師匠」
「ありがとうございます!」
グウィバーによって下ろされると、ベネッタがまず頭を下げ、ミコトもそれに続いた。
まずは着替えを取ってくるためにもミコトは二階の自室へ向かう。まだまだ体に疲れが残っているため、階段を登ることすら億劫になってくるのだがここは我慢だ。
下着や替えの衣服を用意し、ついでに空き部屋にも顔を出す。
そこは育雛室として結界を用意した場所であり、未だゲリとフレキが様子を見ているはずだ。
「二人とも、様子はどう?」
覗いてみると、寝そべっていた二頭は目を開ける。
「まだその時じゃない」
「遅々として進まない」
「やっぱりそうだよね。お風呂から上がったら私もこっちに来るよ」
尻尾を振って応答する二頭とは別れ、次は厨房に向かう。本日の料理の残飯が桶にまとめてあるのでそれを手に風呂場に向かった。
脱衣場ではすでにベネッタが脱いでいるところだ。
まあ、彼女が帰郷すれば大体風呂を共にしてきたので今更どきりとしたりはしない。風呂場の戸を開け、しゃがみ込む。
薬湯の香りに満ちた湯気の中、床をうぞうぞと蠢くものがいる。残飯の桶を風呂場の床に置くと、床一面に広がっていたそれは寄り集まり、桶に被さってきた。
「そのスライムも慣れたものだ。脳があるわけでもないのに、私たちのことを認識しているんだろうか?」
「どうなんでしょう? とりあえず餌に集まってくる鯉みたいですよね」
ベネッタが口にするとおり、これはスライムだ。
石造りの風呂場の隅々まで這い回り、垢とカビを捕食してくれるだけでなく、残飯も処理してくれる。
トイレの他、家の周囲に集まった竜の糞も放っておけば処理に困るのだが、家の内外で飼えば人知れず分解処理してくれるありがたい存在である。
スライムが桶に集まったところで脱衣所に置き、ミコトも服を脱いで風呂場に入る。
「あいたたた……」
お互い、細かい擦り傷を作ってしまったために掛け湯が辛いところだ。
けれども痛いのはここまでである。
アルヴィンが用意してくれたこの薬湯自体、治癒を促進してくれるものであり、もう一つとっておきがある。その鍵がベネッタの技能だ。
二人して浴槽に浸かったところでベネッタが手を差し伸べてくれるので、ミコトはそこに手を預ける。
「――願い奉る。我らが肉体に、どうか祝福を」
ベネッタが呟くと、戦闘時と同様に淡い光が二人を包む。
彼女の技能〈祝福〉は何も身体強化のみの力ではない。癒しの力も内包する、肉体の総合的な強化だ。
「あぁ~、染み渡りますぅー……」
傷は治りかけが痒いように治癒は痒みを生じるものだが、湯に傷を浸した痛みがいい具合にバランスを取っていた。微炭酸に身を沈めているようにピリピリした感覚を味わっているうちに薬湯の効果も相まって傷が塞がっていく。
そして、この薬湯の蒸気自体も意味がある。
魔力を含む霊水や薬草が元になっているのだが、それが蒸気と混じり合って吸収しやすくなっているのだ。
傷の回復も体内魔力の充足も一気に捗るので、疲労感は解けるように消えていく。
「先代。この湯治を考えた人は天才すぎますね」
「ああ、本当に。食に、湯治に、房中術。平時における三大回復術なだけあるよ」
治癒とは万能の御業ではない。
他者の魔力で傷を補えば血液の拒絶反応のように傷が開くこともある。己の血肉なり、魔力なりというリソースを大きく消耗する代わりに傷を癒す行為だ。
一方、食や湯治、房中術は自己治癒能力を補助するものなので体に無理がかからない。
「ふやけるまで浸かっちゃいましょう」
「それがいいね」
肌が綺麗だの、胸が成長しただの、洗いっこだのという風呂での定番も忘れ、二人は口元まで湯船に浸かって時を過ごすのだった。
0
あなたにおすすめの小説
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる