35 / 42
災害現場と違和感 Ⅲ
しおりを挟む
拡散しかけたはずの粒子は一部だけが再度集まったのである。吹けば消え失せそうな弱々しさの光は何とか猫の形を取ると、女性に顔をこすりつけた。
「うっ……。クロスケ……?」
それによって女性はおぼろげながらにも意識を取り戻したらしい。うわ言のように猫の名前を呟いた。
最後の努力はそこまでだ。
猫の形は崩れ去り、女性の意識も再び途絶えた。
だが、恐らくこの一瞬は無駄ではなかっただろう。もしかすると、彼女にも猫が命を守ってくれたんだと記憶に残ったかもしれない。
ああ、それはきっと、多くの意味で救いのはずだ。
見届けたミコトは杖を振るい、消えゆこうとした魔力を地脈へと導いた。
あの猫はこれからもこの家と土地を守る守護霊となってくれるだろう。その将来を思い描きながらこの土地の地脈に送り届けてやる。
「感慨にふけっている場合じゃないね。早く手当てをして運び出そうか」
グウィバーが倒木をどけたなら、緊急車両もまもなく到着することだろう。
ミコトは女性の前で屈むと下敷きになった足に木を乗せ、手にしていたカーテンで一緒に結ぶ。あとは木を回せばより強く圧迫できる、止血帯法というやつだ。
処置後の壊死まで考えると、止血と循環を適度に両立させるのは難しいが、救助がまもなく来る今の状況ならば心配はない。
しっかりと結び留めた後はジャッキの要領で食器棚を持ち上げ、女性を引っ張り出す。
あとは彼女を救助に引き渡せば完了だ。
「私は正面から出てこの人を預けてくるからゲリ、フレキは裏口からこっそり抜けていってくれる?」
女性を背負いながら声をかけると、二頭はすぐに動いた。
そして女性に刺激を与えないように来た道をゆっくりと戻っていたところ、ゲリとフレキが別の部屋に繋がっていただろう場所から這い出てきた。
彼らはそれぞれ何かを咥えている。
「これは……骨壺?」
この家の人間のものと、ペットのものだろうか。
全壊した家では撤去に巻き込まれてなくなってもおかしくない代物だ。彼らの縁を考えるなら、どうにか一緒に連れ出してやるべきだろう。
「気を利かせたんだね。偉いね、二人とも」
「あとで犬缶をくれてもいい」
「液状おやつも所望する」
「あはは、わかった。師匠への菓子折りのついでに買おっか」
ミコトはローブの懐にそれを入れると、二頭と改めて分かれた。
二階に辿り着いた頃、外には消防の姿が見えた。自分が人の目に留まって困ることはないのだが、窓際まで近づくと一応ローブを目深に被り直す。
「すみません! どなたか彼女を受け止めてください!」
「中から人が? 要救護者一名確認!」
呼びかけたところ、救助器具を用意しようとしていた消防士が駆け寄ってきた。
その人物は流石の身軽さで登ってくると室内に滑車を取り付けながらにこちらへ問いかけてくる。
「あなたはご家族ですか?」
「いえ、私は通りすがりの者です」
「通りすがりの……?」
近隣住民でもないというところがさぞ奇妙だったに違いない。
けれど雑談よりは人命救助優先だ。消防士は注意のほとんどは女性に向けたままハーネスを繋ぎ、窓から仲間のもとへ下ろしていく。
それを屋外にいる消防士が受け止めると次は君の番だと目を向けられた。
体にハーネスをつけられる中、消防士には肩を掴んで訴えかけられる。
「この家には今の時間、他に家族はいないだろうと聞きました。無事の救助には感謝しますが、無理は二次災害に繋がりかねないので控えてください。わかりましたか?」
「はい、すみません」
彼らの職務を邪魔したりはしない。それはそれで極力目立たない動きになるし、彼らの職務の尊重にもなるからだ。
要救護者のように滑車で下ろされたミコトは救急車に運び込まれようとする女性に近づくと、その傍に骨壺を置く。
疑問を覚えている表情のスタッフには「彼女の家の骨壺を偶然見つけました」とだけ伝えて下がった。
この家には自家用車が見えなかった。恐らく、家族は外出中だろう。
周辺住民から家族構成を聞けば彼らもすぐに家の内部がもう無人であると気付くはずだ。
役目は終わりと判断したミコトは、消防士に追加の職務質問をされないうちにひっそりとこの場を去るのだった。
「うっ……。クロスケ……?」
それによって女性はおぼろげながらにも意識を取り戻したらしい。うわ言のように猫の名前を呟いた。
最後の努力はそこまでだ。
猫の形は崩れ去り、女性の意識も再び途絶えた。
だが、恐らくこの一瞬は無駄ではなかっただろう。もしかすると、彼女にも猫が命を守ってくれたんだと記憶に残ったかもしれない。
ああ、それはきっと、多くの意味で救いのはずだ。
見届けたミコトは杖を振るい、消えゆこうとした魔力を地脈へと導いた。
あの猫はこれからもこの家と土地を守る守護霊となってくれるだろう。その将来を思い描きながらこの土地の地脈に送り届けてやる。
「感慨にふけっている場合じゃないね。早く手当てをして運び出そうか」
グウィバーが倒木をどけたなら、緊急車両もまもなく到着することだろう。
ミコトは女性の前で屈むと下敷きになった足に木を乗せ、手にしていたカーテンで一緒に結ぶ。あとは木を回せばより強く圧迫できる、止血帯法というやつだ。
処置後の壊死まで考えると、止血と循環を適度に両立させるのは難しいが、救助がまもなく来る今の状況ならば心配はない。
しっかりと結び留めた後はジャッキの要領で食器棚を持ち上げ、女性を引っ張り出す。
あとは彼女を救助に引き渡せば完了だ。
「私は正面から出てこの人を預けてくるからゲリ、フレキは裏口からこっそり抜けていってくれる?」
女性を背負いながら声をかけると、二頭はすぐに動いた。
そして女性に刺激を与えないように来た道をゆっくりと戻っていたところ、ゲリとフレキが別の部屋に繋がっていただろう場所から這い出てきた。
彼らはそれぞれ何かを咥えている。
「これは……骨壺?」
この家の人間のものと、ペットのものだろうか。
全壊した家では撤去に巻き込まれてなくなってもおかしくない代物だ。彼らの縁を考えるなら、どうにか一緒に連れ出してやるべきだろう。
「気を利かせたんだね。偉いね、二人とも」
「あとで犬缶をくれてもいい」
「液状おやつも所望する」
「あはは、わかった。師匠への菓子折りのついでに買おっか」
ミコトはローブの懐にそれを入れると、二頭と改めて分かれた。
二階に辿り着いた頃、外には消防の姿が見えた。自分が人の目に留まって困ることはないのだが、窓際まで近づくと一応ローブを目深に被り直す。
「すみません! どなたか彼女を受け止めてください!」
「中から人が? 要救護者一名確認!」
呼びかけたところ、救助器具を用意しようとしていた消防士が駆け寄ってきた。
その人物は流石の身軽さで登ってくると室内に滑車を取り付けながらにこちらへ問いかけてくる。
「あなたはご家族ですか?」
「いえ、私は通りすがりの者です」
「通りすがりの……?」
近隣住民でもないというところがさぞ奇妙だったに違いない。
けれど雑談よりは人命救助優先だ。消防士は注意のほとんどは女性に向けたままハーネスを繋ぎ、窓から仲間のもとへ下ろしていく。
それを屋外にいる消防士が受け止めると次は君の番だと目を向けられた。
体にハーネスをつけられる中、消防士には肩を掴んで訴えかけられる。
「この家には今の時間、他に家族はいないだろうと聞きました。無事の救助には感謝しますが、無理は二次災害に繋がりかねないので控えてください。わかりましたか?」
「はい、すみません」
彼らの職務を邪魔したりはしない。それはそれで極力目立たない動きになるし、彼らの職務の尊重にもなるからだ。
要救護者のように滑車で下ろされたミコトは救急車に運び込まれようとする女性に近づくと、その傍に骨壺を置く。
疑問を覚えている表情のスタッフには「彼女の家の骨壺を偶然見つけました」とだけ伝えて下がった。
この家には自家用車が見えなかった。恐らく、家族は外出中だろう。
周辺住民から家族構成を聞けば彼らもすぐに家の内部がもう無人であると気付くはずだ。
役目は終わりと判断したミコトは、消防士に追加の職務質問をされないうちにひっそりとこの場を去るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる