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対応会議 Ⅲ
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「いやはや、あの時は大変でしたね」
竜騎衆の反応とは裏腹にアルヴィンは野良犬が出たくらいの笑いようだ。
淹れたお茶をゆったりと飲みながら語る彼を困惑気味に見つめた副長はおずおずと問いかけてくる。
「そうそう喚べる相手ではないと思われるのですが……?」
その疑問は尤もだ。
普通の失敗ではない。なんという偶然かは知らないが、クトゥルフ神話業界的には俗に言う〈致命的な失敗〉というやつだろうか。
「……はい。巷では時間警察って言われるくらいで、時間に関する何かをしなければ普通は出会わない相手です」
普通はと言ったミコトは自分の言葉で傷を負う。
そう、ティンダロスは厄介ではあるが会う可能性はゼロに等しい。
原典では時間旅行や過去視などをした際、嗅ぎつけられるといったことで出会うものだが時間に関する能力なんてあまりにも稀有だ。
当然、ミコトもそんなものは持っていなかったし、そんな無理をこじ開けるための複雑な儀式を組んだわけでもない。
だが、なにものにも例外というものはあるらしい。
「だからこその事故だったと言いますか。全ての失敗は、失せもの探しのまじないに力を込め過ぎたことでしたね」
「取り寄せの一種ですか。確かに空間に作用するものではありますが……」
アルヴィンが笑うと副長は首を傾げる。
それでもすんなりとは理解できないと眉を寄せる彼女にアルヴィンは一枚の紙きれを見せた。
それはお土産に買ってきた菓子折りの商品紹介である。
彼は人差し指を立てるとその指先にライターほどの火を灯す。
「失せものを探すのは初歩的な魔術です。縁がある物体への糸を辿り、方位を確かめたり、その物を引き寄せたりするだけ。では、その失せもの自体がすでにこの世に存在しないとすればどうでしょう?」
この問いかけと共にアルヴィンは紙に火をつける。隙間風のおかげで肺もどこかへ消え失せてしまった。
副長はこの様子をじっと見つめ、むむと口を結んでいる。
何故そんな失敗が起きたのか。
当時、グウィバーたちとなんとかティンダロスを退けた際にしっかりと反省をさせられたのでミコトはしっかりと記憶している。アルヴィンからの視線を受けると、自らその恥部を説明した。
「要するに、時空に作用するまじないなんです。求めるものは現在にも未来にもその存在はない。普通はここで無反応なことで諦めるのですが、私は目一杯の力を込めました。結果、まじないがどこにその存在を求めたかといえば、過去です」
何も難しいことはない。これは単なる消去法だ。
「えっ。いやいや、時空に関する魔術がそんな簡単に成立するはずが――!?」
「はい、不可能です。ただし影響はします。過去に続く門があったとして、それを潜ることはできないんですが、どんどんとうるさく叩くことにはなったみたいです」
まさか、ありえないと表情にしてきた副長にミコトは頷きを返す。
自分とてある程度の基礎を学んでいて、そんなことが起こるとは露も思わなかった。
なんだろう。〈致命的な失敗〉やらありえない事態やらと、説明していて非常に恥ずかしくなってくる。
ミコトが赤い顔をしていると、グランツは話を継いでくれる。
「そんで騒がしさを嗅ぎつけたティンダロスが竜の大地に集まってきたと。先代も嬢ちゃんもまだ若かったからティンダロス相手にてんてこ舞い。俺らも必死に戦ったというわけだ」
にわかには信じがたいと顔を歪める副長の前でグランツは腕を組み、うむうむと頷く。
鳥小屋の中に犬を放ったように至竜が驚いて飛び回り、自分と先代は震えていた当時が思い出されて頭痛がする。
過去は過去。しっかり反省して今があるのだ。雑念を振り払ったミコトは改めて表情を作る。
「とにかくです! 今回の事態には下手に時間をかけたくありません。そのためにも、多少の危険は冒します。けれど、今ならば以前のような遅れは取りません」
その判断はどうでしょうかと、ミコトはアルヴィンに視線で伺いを立てる。
彼は正しいとも違うとも断じない。
やれやれと少しばかり息を吐いてから口を開いた。
「当代の送り人はミコっちゃんです。そうと言うのであればサポートをしましょう」
「はい、それではお願いしたいと思います。あとは竜騎衆の皆さんですけど」
皆さんも良いですか? とミコトは見回した。
「無論、出来得る限りはお手伝いします」
副長は表情を切り替え、ぴしりと身を正すと胸に手を当てて宣言する。
彼らはほぼ名誉職だというのにこの地で協力してくれている。ミコトたちからすれば信頼のおける同好の士なのだ。問いかけるまでもない話だった。
また、単なる物好きなだけではない。彼らは同時に一級の渡りでもある。
ティンダロスの数と質によっては手出しもできないかもしれないが、その辺りはミコトが如何様にでもサポートできる。
このひと仕事にグランツも決意した様子で頭を掻き、頷いた。
「いやぁ、参ったな。それなら俺たちも気合いを入れないといけねえか」
「数体なら私一人で片づけます。ですが、もっと多い時は手助けをしてくれると助かります」
「ははっ。嬢ちゃんは本来、中衛でのサポートスタイルだもんな」
結界を張るならば魔力を前衛にも後衛にも届かせられる中衛がちょうどいいというのもあるし、付与を用いて様々な効果を発現できるのも強みだ。
視野を広く持ち、即応できる立ち位置こそ合っている。
これも前衛であるベネッタをサポートする意味で鍛えてきたことも影響しているだろう。
さて、問いかけは終わりだ。
それぞれの武具に手を当て、力強く頷き返してくれる彼らとともにミコトは準備を始めるのだった。
竜騎衆の反応とは裏腹にアルヴィンは野良犬が出たくらいの笑いようだ。
淹れたお茶をゆったりと飲みながら語る彼を困惑気味に見つめた副長はおずおずと問いかけてくる。
「そうそう喚べる相手ではないと思われるのですが……?」
その疑問は尤もだ。
普通の失敗ではない。なんという偶然かは知らないが、クトゥルフ神話業界的には俗に言う〈致命的な失敗〉というやつだろうか。
「……はい。巷では時間警察って言われるくらいで、時間に関する何かをしなければ普通は出会わない相手です」
普通はと言ったミコトは自分の言葉で傷を負う。
そう、ティンダロスは厄介ではあるが会う可能性はゼロに等しい。
原典では時間旅行や過去視などをした際、嗅ぎつけられるといったことで出会うものだが時間に関する能力なんてあまりにも稀有だ。
当然、ミコトもそんなものは持っていなかったし、そんな無理をこじ開けるための複雑な儀式を組んだわけでもない。
だが、なにものにも例外というものはあるらしい。
「だからこその事故だったと言いますか。全ての失敗は、失せもの探しのまじないに力を込め過ぎたことでしたね」
「取り寄せの一種ですか。確かに空間に作用するものではありますが……」
アルヴィンが笑うと副長は首を傾げる。
それでもすんなりとは理解できないと眉を寄せる彼女にアルヴィンは一枚の紙きれを見せた。
それはお土産に買ってきた菓子折りの商品紹介である。
彼は人差し指を立てるとその指先にライターほどの火を灯す。
「失せものを探すのは初歩的な魔術です。縁がある物体への糸を辿り、方位を確かめたり、その物を引き寄せたりするだけ。では、その失せもの自体がすでにこの世に存在しないとすればどうでしょう?」
この問いかけと共にアルヴィンは紙に火をつける。隙間風のおかげで肺もどこかへ消え失せてしまった。
副長はこの様子をじっと見つめ、むむと口を結んでいる。
何故そんな失敗が起きたのか。
当時、グウィバーたちとなんとかティンダロスを退けた際にしっかりと反省をさせられたのでミコトはしっかりと記憶している。アルヴィンからの視線を受けると、自らその恥部を説明した。
「要するに、時空に作用するまじないなんです。求めるものは現在にも未来にもその存在はない。普通はここで無反応なことで諦めるのですが、私は目一杯の力を込めました。結果、まじないがどこにその存在を求めたかといえば、過去です」
何も難しいことはない。これは単なる消去法だ。
「えっ。いやいや、時空に関する魔術がそんな簡単に成立するはずが――!?」
「はい、不可能です。ただし影響はします。過去に続く門があったとして、それを潜ることはできないんですが、どんどんとうるさく叩くことにはなったみたいです」
まさか、ありえないと表情にしてきた副長にミコトは頷きを返す。
自分とてある程度の基礎を学んでいて、そんなことが起こるとは露も思わなかった。
なんだろう。〈致命的な失敗〉やらありえない事態やらと、説明していて非常に恥ずかしくなってくる。
ミコトが赤い顔をしていると、グランツは話を継いでくれる。
「そんで騒がしさを嗅ぎつけたティンダロスが竜の大地に集まってきたと。先代も嬢ちゃんもまだ若かったからティンダロス相手にてんてこ舞い。俺らも必死に戦ったというわけだ」
にわかには信じがたいと顔を歪める副長の前でグランツは腕を組み、うむうむと頷く。
鳥小屋の中に犬を放ったように至竜が驚いて飛び回り、自分と先代は震えていた当時が思い出されて頭痛がする。
過去は過去。しっかり反省して今があるのだ。雑念を振り払ったミコトは改めて表情を作る。
「とにかくです! 今回の事態には下手に時間をかけたくありません。そのためにも、多少の危険は冒します。けれど、今ならば以前のような遅れは取りません」
その判断はどうでしょうかと、ミコトはアルヴィンに視線で伺いを立てる。
彼は正しいとも違うとも断じない。
やれやれと少しばかり息を吐いてから口を開いた。
「当代の送り人はミコっちゃんです。そうと言うのであればサポートをしましょう」
「はい、それではお願いしたいと思います。あとは竜騎衆の皆さんですけど」
皆さんも良いですか? とミコトは見回した。
「無論、出来得る限りはお手伝いします」
副長は表情を切り替え、ぴしりと身を正すと胸に手を当てて宣言する。
彼らはほぼ名誉職だというのにこの地で協力してくれている。ミコトたちからすれば信頼のおける同好の士なのだ。問いかけるまでもない話だった。
また、単なる物好きなだけではない。彼らは同時に一級の渡りでもある。
ティンダロスの数と質によっては手出しもできないかもしれないが、その辺りはミコトが如何様にでもサポートできる。
このひと仕事にグランツも決意した様子で頭を掻き、頷いた。
「いやぁ、参ったな。それなら俺たちも気合いを入れないといけねえか」
「数体なら私一人で片づけます。ですが、もっと多い時は手助けをしてくれると助かります」
「ははっ。嬢ちゃんは本来、中衛でのサポートスタイルだもんな」
結界を張るならば魔力を前衛にも後衛にも届かせられる中衛がちょうどいいというのもあるし、付与を用いて様々な効果を発現できるのも強みだ。
視野を広く持ち、即応できる立ち位置こそ合っている。
これも前衛であるベネッタをサポートする意味で鍛えてきたことも影響しているだろう。
さて、問いかけは終わりだ。
それぞれの武具に手を当て、力強く頷き返してくれる彼らとともにミコトは準備を始めるのだった。
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