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一章 パンドラ
第一話 巫女の日常
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窓の外を見ながら、少女はため息を一つ。
「そんでよ。言ってやったわけさ」
王都で冒険者になった幼馴染みの少年が、自慢気に嘘くさい冒険譚を語る。
それを聞き流しながら、開いていた書物に目を落とす。
古今東西の災害を記録した本だ。
「へぇ、そうなんだ」
もう一人の幼馴染みの少女は、楽しそうに少年の法螺を聞く。
少女のため息の理由は二人ではない。
『んー。そんな小難しい本なんて読んでないでー、私に聞けばいいじゃーん』
少女の頭に響く、少女にしか聞こえない女神の声。
本人。いや、本神が言うには、災害を司る神だそうだ。
『ね、ね。なにが聞きたいー? 私のお勧めはペストなんだけどー、どうかな? 少ない信仰心ですんごい数の人死ぬよー』
少女にとっては日常になっているが、読書中は静かにしてほしい。
『あ、西大陸で広まった梅毒はー、私の担当じゃないからねー』
女神の声を聞けるようになったからには、彼女が司るものを正確に知っておかないといけないのだが。
(てか、西に大陸があんの?)
『あれはー、マーラの神託の巫女がー、犯された腹いせにやったことだからねー』
知りたくない情報まで話して。
『そういえばー、マーラといえばねー。昔あいつが』
ドンドン脱線して。
『あー。それにしても、フレイア死なねーかな』
全く関係ない話になって。
『まーた、あいつが合コンで全員お持ち帰りしたらしいしー』
延々と愚痴を聞かされて。
『結局、あいつに筆下ろししてもらった男神はー、みんな左遷されてんじゃん。あいつマジ下げマンじゃね?』
最後は特定の女神の悪口を言う。
さすがにうんざりして、ため息もつきたくなる。
「ね。ユニちゃんはどう思う?」
女神がうるさくて、幼馴染みの話を聞けていなかった。てか、この質問も聞こえていない。唇の動きから、なにかを質問しているのだろう。
『うぅわ。三大処女神(笑)のミネルヴァさんだー。てか、処女拗らせて何万年よー』
また、他の女神に喧嘩売っているようだ。
『おー上等だ。ドツキまわしててめーの処女膜ブチ抜いてやんよ』
他の女神の声は聞こえないのでどうしてこんな会話になっているのかわからないが、普段の言葉から察するに悪いのはこの女神だろう。
また、ため息を一つ。
「ユニちゃん? ため息ばかりついてると、不幸になっちゃうよ?」
心の底から心配してくれる友人に癒される。
「どうせ、女神様がなにか言ってるんだろ?」
言葉こそ粗雑だが、少年の方も少しだけ心配してくれている。頭の中が騒がしすぎて、表情と唇の動きからしかわからないが。
女神の声が聞こえるようになってから三年。
神の声を聞く神託の巫女と呼ばれる存在がいる。少女もその一人だ。
その神託の巫女になって三年の間にわかったのは二つ。
一つは、少女の頭に聞こえる声の主は災害を司る女神、パンドラ。民衆には災厄を司る女神と呼ばれているが、本神は”災厄”より”災害”の方が言葉が柔らかいから”災害を司る女神”と呼んでほしいそうだ。最初はどうでもいいと思っていたが、最近は少女自身も同じ理由で、”災厄の巫女”と呼ばれるようになり”災厄”より”災害”と呼ばれたいと思っている。
もう一つは、神々は割と面白半分でその権能を揮う。
ひょっとしたらこの女神様だけかもしれない。他の神様の声は聞けないのでわからない。他の巫に会ったが、ややコミュ障気味の彼女には聞けなかった。少なくとも、この女神は自分が面白いと思う時しか力を貸してくれない。本神は「ユニのためなら、いつでも力を貸すわよー」などと軽く言っていたが、口調が軽すぎて全面的に信用できない。
『あぁ? てめぇから手ぇ出したんだろうが! おらっ!』
どうやら、天界では殴り合いの喧嘩に発展しているようだ。騒がしいが、下界でやられるよりはマシだろう。かつて神々が下界で暮らしていた頃は、神がくしゃみをするだけで地形が変わったりしたらしい。それが今では、少女の頭の中が騒がしいだけで済むのだから、はるかにマシだろう。
我慢して受け入れる。
納得はしていないけど。
『はっ! 戦の神の分際で、ステゴロはよえーな!』
どうやら、戦の神に殴り合いで優勢のようだ。
「それで? 女神様はなんて言ってるの?」
おそらく、女神の言葉を聞かせてほしいのだろうが。
『よっしゃー! マーラから貰ったこの特製バ○ブ、突っ込んでやんよ!』
こんな下品な言葉を、この純情な幼馴染みの少女に伝えたくない。
「ねえ?」
なにも喋らない少女が心配になったらしい。幼馴染み二人が心配そうに少女を見ている。
『がっふ!』
やり返されたかな?
『うぉら!』
やり返したみたい。
『うわー。泣いちゃった。どうしよ?』
知らねーよ。
『バ○ブで殴られたのが、そんなに?』
内心で「お前最低だな」とだけ思っておく。
「本当に大丈夫?」
彼女の両肩に手を置いて、優しく揺する幼馴染みの少女。揺すられ少女の顔の上半分を覆い隠す長い黒髪からチラチラ覗く黒い瞳に、今にも泣きそうな顔の幼馴染の顔が映る。泣き虫で心配性で友達思いの少女の金髪を撫でながら、「こいつが女神なんじゃね?」と思ってしまう。
「だい」
『がっ! ちょっ! やめ! バ○ブでなぐんなよ!』
幼馴染みに「大丈夫」と答えようとしたら、頭の中の最低な言葉に、ため息に変わる。
表情からすると、ため息だけで二人には通じたようだ。
それでも、なんかムカつく。
『スイッチ! スイッチ入ってる!』
ムカついてる所に、さらにムカつくことを言われた。
『ちょ! ウネウネ動いて微妙に避けにくい!』
ムカつく。
『ユニ! こいつの巫女がいるから、隣の国にペスト撒こうぜ!』
「女神様は黙ってて!」
つい言ってしまったいつもの一言に、幼馴染み二人が困ったような生暖かい笑顔を向ける。
「そんでよ。言ってやったわけさ」
王都で冒険者になった幼馴染みの少年が、自慢気に嘘くさい冒険譚を語る。
それを聞き流しながら、開いていた書物に目を落とす。
古今東西の災害を記録した本だ。
「へぇ、そうなんだ」
もう一人の幼馴染みの少女は、楽しそうに少年の法螺を聞く。
少女のため息の理由は二人ではない。
『んー。そんな小難しい本なんて読んでないでー、私に聞けばいいじゃーん』
少女の頭に響く、少女にしか聞こえない女神の声。
本人。いや、本神が言うには、災害を司る神だそうだ。
『ね、ね。なにが聞きたいー? 私のお勧めはペストなんだけどー、どうかな? 少ない信仰心ですんごい数の人死ぬよー』
少女にとっては日常になっているが、読書中は静かにしてほしい。
『あ、西大陸で広まった梅毒はー、私の担当じゃないからねー』
女神の声を聞けるようになったからには、彼女が司るものを正確に知っておかないといけないのだが。
(てか、西に大陸があんの?)
『あれはー、マーラの神託の巫女がー、犯された腹いせにやったことだからねー』
知りたくない情報まで話して。
『そういえばー、マーラといえばねー。昔あいつが』
ドンドン脱線して。
『あー。それにしても、フレイア死なねーかな』
全く関係ない話になって。
『まーた、あいつが合コンで全員お持ち帰りしたらしいしー』
延々と愚痴を聞かされて。
『結局、あいつに筆下ろししてもらった男神はー、みんな左遷されてんじゃん。あいつマジ下げマンじゃね?』
最後は特定の女神の悪口を言う。
さすがにうんざりして、ため息もつきたくなる。
「ね。ユニちゃんはどう思う?」
女神がうるさくて、幼馴染みの話を聞けていなかった。てか、この質問も聞こえていない。唇の動きから、なにかを質問しているのだろう。
『うぅわ。三大処女神(笑)のミネルヴァさんだー。てか、処女拗らせて何万年よー』
また、他の女神に喧嘩売っているようだ。
『おー上等だ。ドツキまわしててめーの処女膜ブチ抜いてやんよ』
他の女神の声は聞こえないのでどうしてこんな会話になっているのかわからないが、普段の言葉から察するに悪いのはこの女神だろう。
また、ため息を一つ。
「ユニちゃん? ため息ばかりついてると、不幸になっちゃうよ?」
心の底から心配してくれる友人に癒される。
「どうせ、女神様がなにか言ってるんだろ?」
言葉こそ粗雑だが、少年の方も少しだけ心配してくれている。頭の中が騒がしすぎて、表情と唇の動きからしかわからないが。
女神の声が聞こえるようになってから三年。
神の声を聞く神託の巫女と呼ばれる存在がいる。少女もその一人だ。
その神託の巫女になって三年の間にわかったのは二つ。
一つは、少女の頭に聞こえる声の主は災害を司る女神、パンドラ。民衆には災厄を司る女神と呼ばれているが、本神は”災厄”より”災害”の方が言葉が柔らかいから”災害を司る女神”と呼んでほしいそうだ。最初はどうでもいいと思っていたが、最近は少女自身も同じ理由で、”災厄の巫女”と呼ばれるようになり”災厄”より”災害”と呼ばれたいと思っている。
もう一つは、神々は割と面白半分でその権能を揮う。
ひょっとしたらこの女神様だけかもしれない。他の神様の声は聞けないのでわからない。他の巫に会ったが、ややコミュ障気味の彼女には聞けなかった。少なくとも、この女神は自分が面白いと思う時しか力を貸してくれない。本神は「ユニのためなら、いつでも力を貸すわよー」などと軽く言っていたが、口調が軽すぎて全面的に信用できない。
『あぁ? てめぇから手ぇ出したんだろうが! おらっ!』
どうやら、天界では殴り合いの喧嘩に発展しているようだ。騒がしいが、下界でやられるよりはマシだろう。かつて神々が下界で暮らしていた頃は、神がくしゃみをするだけで地形が変わったりしたらしい。それが今では、少女の頭の中が騒がしいだけで済むのだから、はるかにマシだろう。
我慢して受け入れる。
納得はしていないけど。
『はっ! 戦の神の分際で、ステゴロはよえーな!』
どうやら、戦の神に殴り合いで優勢のようだ。
「それで? 女神様はなんて言ってるの?」
おそらく、女神の言葉を聞かせてほしいのだろうが。
『よっしゃー! マーラから貰ったこの特製バ○ブ、突っ込んでやんよ!』
こんな下品な言葉を、この純情な幼馴染みの少女に伝えたくない。
「ねえ?」
なにも喋らない少女が心配になったらしい。幼馴染み二人が心配そうに少女を見ている。
『がっふ!』
やり返されたかな?
『うぉら!』
やり返したみたい。
『うわー。泣いちゃった。どうしよ?』
知らねーよ。
『バ○ブで殴られたのが、そんなに?』
内心で「お前最低だな」とだけ思っておく。
「本当に大丈夫?」
彼女の両肩に手を置いて、優しく揺する幼馴染みの少女。揺すられ少女の顔の上半分を覆い隠す長い黒髪からチラチラ覗く黒い瞳に、今にも泣きそうな顔の幼馴染の顔が映る。泣き虫で心配性で友達思いの少女の金髪を撫でながら、「こいつが女神なんじゃね?」と思ってしまう。
「だい」
『がっ! ちょっ! やめ! バ○ブでなぐんなよ!』
幼馴染みに「大丈夫」と答えようとしたら、頭の中の最低な言葉に、ため息に変わる。
表情からすると、ため息だけで二人には通じたようだ。
それでも、なんかムカつく。
『スイッチ! スイッチ入ってる!』
ムカついてる所に、さらにムカつくことを言われた。
『ちょ! ウネウネ動いて微妙に避けにくい!』
ムカつく。
『ユニ! こいつの巫女がいるから、隣の国にペスト撒こうぜ!』
「女神様は黙ってて!」
つい言ってしまったいつもの一言に、幼馴染み二人が困ったような生暖かい笑顔を向ける。
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