女神様は黙ってて

高橋

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二章 グナー

第七話  人の幸せはどうでもいい

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 通り過ぎる人が男女問わず見てしまう美少女の彩歌と並んで歩いていると、男の嫉妬の目に晒され、自分の手柄でもないのに愛知は少しだけ優越感を味わえた。
 彩歌はそんな愛知を見て嬉しくなるが、顔に出さないようにして前を向く。

「サイちゃん。なんか、機嫌いいね」

 特に話すこともなかったので、話の取っ掛かりとして言ってみただけだ。

「そう見えますか?」

 だから、返事が来るとは思わなかったのか、愛知は少し意外そうな顔をする。

「え? 違った?」
「違いませんけど、どうしてそう思ったんですか?」

 あまり顔には出ていないが、歩調がいつもより軽やかに見える。幼馴染として近くで見ていたから、この程度の変化には気づく。この歩調の時は機嫌がいいというのも知っているし、不安な時は髪の毛先で鼻の下をくすぐるのも知っている。ただ、それは言い方を間違えるとストーカーっぽく聞こえてしまうような気がして。

「なんとなく?」

 フワッとした疑問形で答えた。

「そ」

 返事は簡素だが、ちゃんと自分のことを見ていてくれていたとわかって嬉しい。

「で? なんでそんなに機嫌がいいの?」

 愛知の質問に、彩歌が立ち止まる。

「……それ……本気で聞いてるんですよね」

 質問ではなく、確認するような彩歌の返しに、愛知は首を傾げる。
 その姿に彩歌の眉間に皺が寄るが、すぐに諦めたようにため息を吐く。

「そうですね。機嫌が良くなるのは、私だけですよね」

 呟くような彩歌の言葉から、愛知は自分が悪いような気がする。こんな時は、わからないまま謝っても状況を悪くするだけなので、頭の中で心当たりを検索する。まあ、当然だが、やっぱりわからないままだけど。

(なんで私はこんな人を)

 思い起こせば、初めて愛知と会った頃は、こんな思いを抱いてはいなかった。と言っても物心ついた頃には既に近くにいたが。それでも、その当時は、むしろ愛知を疎ましく思っていた。いや、いっそ憎んでいたかもしれない。大好きな兄を独り占めする嫌な奴。そんな認識だった。
 それが、いつの頃からか異性として意識するようになり、自然と目で追うようになっていた。

(ああ、そうだ。兄さんに追いつこうと、努力してる姿が好きだったんだ)

 そこに思い至ると、最近感じていたイライラにも納得できる。

「先輩は部活に入らないんですか?」
「え? もう二年だよ? 今更二年生が入部しても、一年が扱いに困るだろ」
「そうですか」
(また、あの頑張っている姿を見たかったのに)
「ん? なんで、がっかりすんの?」

 顔に出したつもりはないが、この幼馴染にはお見通しらしい。

「先輩、サッカーも野球も上手かったじゃないですか。なんで、やらないんですか?」
「んー。才人に比べるとな」

 いつも一緒にいるので、どうしても才人と比較されてしまう。それでも、腐ることなく努力し続けている姿を、彩歌は見続けていた。

「兄さんと同じである必要は、ないのでは?」
「ああ、それな。中三の時だったかな。サイちゃんに言われて気づけたんだよ。俺は才人みたいにはなれないし、勿論、あいつも俺みたいにはなれない。それまでは、親にも比較されて、あいつを疎ましく思ったこともあったけど、今はそうでもない。自分のやりたいようにしていたら、比較されることもなくなった。むしろ、俺が才人に対抗していたから、比較されてたんだろうな。そう思えるようになったら、今は俺の自慢の幼馴染だよ」

 スッキリした表情で話す横顔に見蕩れていたら、不意に彩歌の方を向いて。

「だから、サイちゃんには感謝してるよ」

 不意打ちの笑顔に、顔が赤くなるのを隠せなくて「そ」とだけ言って顔を背ける。

「それにしても、疎ましく思われていたなんて、兄さんも報われないわね」
「あー。なんつうかな。サイちゃんには言っておくべきなのかな。……俺、あいつの気持ちに気づいてるよ」

 いつの頃からか彩歌の兄、才人は、愛知に対して親友以上の関係を望むようになっていた。気づいたのは、自分も同じように愛知を見ていたからだ。

「てか、あいつにコクられたし」
「え? それ聞いてない」

 才人の気持ちに気づいてすぐに、才人に確認し、彩歌の気持ちも打ち明け、「抜け駆けはしない」と兄妹で誓い合ったはず。

「ま、丁重に断ったけどな。俺、ノーマルだし。むしろ、女の子大好きだし」
『それにしては、誰とも付き合わないし、誰にも告白したことないですよね』
「うるさいよ。グナー」

 彩歌には聞こえないが、愛知は上を向いて話しているから、女神に向けて言ったのだろう。

「ヘタレって言われたんですか?」
「む。まあ、ともかくさ、才人にはちゃんと言ってある。本当は、俺に恋人でもいれば、あいつはきっぱり諦められるんだろうけどな。って、うっさいよ」

 また女神になにか言われたようだ。

「グナー様はなんて?」
「……愛の巫覡のくせに、って」
「”告白アタック”って、先輩には効かないんでしたっけ?」
「うん。他の巫の神託魔法を含めて、殆どの神託魔法は効かないよ。てぇかさ、女神が覗き見してるヤツと、付き合いたいって思う人はいないだろ」

 ここで「ここにいます」と言えれば楽なのだが、彩歌も愛知と似た者同士で、告白する勇気が持てなかったりする。だから。

「そうですね」

 思ってもいないことを言って、後悔する。
 後悔して、後悔を振り払うために代わりの話題を求める。
 で、思い出したのが。

「先週の恋愛相談は、どうなりましたか? あの……中井先輩でしたっけ?」
「ん? 上手くいったよ。”上手く”の基準が俺だから、グナーには不評だけどね」
「どう”上手く”いったんですか?」
「あー。中井さんと中丸さんが、双葉先輩と付き合うことになった」
「白井先輩は、双葉ハーレムに加わらなかったんですか? 告白した時、その場にいたんですよね?」
「うん。てか、双葉先輩と白井先輩がヤってるとこに、二人が行ったからね。結局、中井さんは”告白アタック”を使わなかったみたいだね。頭が真っ白になって、存在を忘れちゃったのかな? まあ、ともかく、そのまま勢いで告白したら、白井先輩がムカついてその場で、双葉先輩は中丸さんと自分で二股かけてるのをバラシちゃったんだ。でも”三股でもいい”なんて中井さんが言っちゃって、白井先輩は呆れて身を引いたわけ。白井先輩は、もしかしたら、そのまま四人で仲良く続くとは思えないから、厄介な事になる前に離れたってとこかな?」

 彩歌から見た白井彩という先輩は、そういった先読みができる少女だ。おそらく愛知の言う通りなのだろうと思い「でしょうね」とだけ相槌を打つ。

「それからは、三人仲良くヤることヤってるよ。ほぼ毎日。てか、白井先輩が教室から出て、すぐにヤってたよ」
「この一週間、毎日ですか?」
「うん。少なくとも昼休みは」

 アフターケアと称した覗きなのだが”明るい家庭計画”の詳細は中央教会の人でも相談後にまで覗けるとは知らないので、愛知が逮捕されることはない。

「それで、双葉先輩はあんなにやつれていたんですか」
「いくら性欲旺盛な男子高校生でも、毎日だからね。あ、でも、サイちゃんにとっては良かったでしょ? 双葉先輩に、毎日口説かれてたのがなくなったんだから」

 以前、毎日口説かれるのが鬱陶しい、と、相談していたのを憶えていたのだろうか。憶えていてくれて、このような結末に持っていったのだとしたら、少し嬉しく思う。

「結果的に、一石二鳥になったね」

 違った。でも、結果オーライとしておく。

「では、他の恋愛相談はどうですか?」
「ん? 受けてないよ。正確に言うと、受けたけど取り下げられた」
「それって……中井先輩達の顛末を聞いて、先輩に相談するとあんな目に会わされる、って噂が立ったとか、ですか?」
「うん。まあ、そんなとこ。噂を撒いたのは俺だけどね」

 より正確には、愛知のお願いを受けた才人が、才人の取り巻き女子に話して広がった。

「私の耳に入らなかったのは、兄さんが噂の元だったからですか」

 彩歌が知らないだけで、この噂は学校中に広まっている。

「どうして、そんなことを?」
「んー。単純に、面倒になったから」
「え? 今更ですか?」
「まあ、今更なんだけど、感謝されないことをやりたくないし、将来の仕事にもしたくない。そろそろ、進学か就職か決めないといけないしね」
「巫って、中央教会の傘下企業に就職できるって聞いてますよ」
「ああ。けど、病院とか慈善団体とかだしな」
「病院は……まあ、先輩の成績ではちょっと厳しいかもですけど、慈善団体は? どちらでも、人の役に立つ仕事ですよ? 感謝されるかもしれませんよ?」
「いや、ね。恋愛相談やっててわかったんだけど、ぶっちゃけさ、俺、人の幸せってどうでもいいと思ってんだ」
「巫覡が言っちゃいけない言葉ですね」
「まあね。それより、俺が幸せになりたいんだよね。けど、恋愛相談を、って、うるさいな。わかって、え?」

 上を向いて顔をしかめているので、女神のお説教が始まったのだろう。
 しばらく、しかめっ面の横顔を見ながら歩く。
 今なら、女神のお説教で周りの音は聞こえていないはず、と思い。

「私が幸せにしてあげますよ」

 と、呟く。

「ん? なんか言った?」

 心臓がビクンとなった。
 視界の隅に入っていたのだろう。なにか言ったのは気づかれたけど、なにを言ったのかは聞かれなかったようだ。
 「いえ。なにも」と首を横に振り、愛知が上を向くまで早鐘を打つ胸を押さる。
 気づかれなくてホッとしたのか、気づいてもらえなくてガッカリしたのか、よくわからない感情のまま二人並んで駅へ向かう。

(まあ、今はこのままでいいか)

 兄が愛知に失恋したなら、最大のライバルがいなくなったということだ。
 愛知に恋するような蓼食う虫は、自分達兄妹以外にはいないだろう。
 彩歌はそう自分に言い聞かせ、今はこの居心地の良い時間を楽しむことにした。
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