女神様は黙ってて

高橋

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四章 ミネルヴァ

第二話  戦後処理

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 自室のモニターに映る初老の軍人が敬礼する。

「では、ウーゴ・マテラッツィ・アイゼン大将。戦後処理はお任せ下さい」

 眠そうな目をしながら、ウーゴは敬礼を返す。
 通信が切れて、椅子でだらける。

「兄さん。だらしないです」

 隣に立つ、副官であり妹でもあるエーベ・マテラッツィ・アイゼン大佐が、カップに淹れた紅茶を差し出しながら注意する。

「今は仕事中だよー」

 仕事中には見えないだらけ具合だが、この艦隊で階級が一番上のウーゴ・マテラッツィ・アイゼン艦隊司令官に注意する者はいない。そもそも、自室には兄妹二人しかいない。

「失礼。提督、ちゃんと座ってください」

 妹に、はっきり目を見て注意された。
 渋々座り直す。

『妹に弱いですね』
(妹に強い兄なんて存在しない)

 お互いの年齢が三十手前になっても、この力関係は変わらない。
 それよりも、拗ねたような戦神ミネルヴァの声に「おや?」っと思う。追求するべきか少し考えて、面倒なことになりそうなので放置する。

「それにしても、なんで戦後処理が参戦してない近衛第九艦隊なんだ?」

 カップの中の紅茶をユラユラ揺らしながら、独り言のように呟く。

「近衛艦隊が、実力主義だからでしょう」
「ん? わからん。詳しく」

 長くなりそうな気がしたので、催促しながらソファに移動する。
 妹にして副官のエーベ・マテラッツィ・アイゼン大佐が、兄の部屋に置いてある自分のカップに紅茶を注いで、既に寛ぎきっている兄の対面に座る。

「他にも辺境艦隊とか巡察艦隊とか艦隊は色々ありますけど、私達の国、ククルス帝国には、近衛艦隊が十二まであります」
「うん。お前は知らんかもしれないけど、俺、士官学校を主席で出たんだよ」
「奇遇ですね。私も主席です。兄さんより好成績で」
「俺は白兵戦が苦手なんだよ。他は、全部お前より上だ」

 胸を張って意地を張る兄には、兄としての威厳はなかった。

「はい。それで、近衛艦隊指令ですが、これは功績と実力の順です」
「うん。お前は知らんかもしれないけど、俺はその近衛艦隊指令の一人だよ」

 正確な肩書きは”ククルス帝国軍 皇帝直属近衛宇宙艦隊 第十二近衛艦隊司令官 ウーゴ・マテラッツィ・アイゼン大将”だ。長いので、軍務総監からの正式な文書でしか見たことがない。

「ええ。第十二近衛艦隊司令官です。ビリですね」
「うん。お前は知らんかもしれないけど、にいちゃんは傷つきやすいんだ」

 沈むようにソファに座るその姿は、とてもそうは見えないだらけぶりだ。

「それよか、第九のおっさんが来た理由だよ。実力主義がなにか関係あんの?」

 エーべは、せめて座っていてほしいと思っていたが、だらけっぷりが加速して、ついに三人掛けのソファに横になってしまう。
 欠伸を噛み殺す兄の姿に、エーベがため息をつく。一応聞くつもりがあるのだからマシだと自分に言い聞かせて話しを続ける。

「兄さんが今まで挙げた功績からすると、少なくとも第十に上がっていなければおかしいんです」
「俺、そんなに仕事したっけ?」
「ええ、しました。単一星系国家の小国とはいえ、三つ滅ぼしておいて仕事していないというのは滅ぼされた彼らがかわいそうです」

 ウーゴにしてみれば、女神の話を聞き流しながら片手間で作戦を立案しただけだ。実際の戦闘では、司令官が寝ていても勝てるくらい細かく対応策を立てていたけど、それも寝る前に数時間ほどがんばっただけで、”がんばった”数には入れていない。
 ちなみに、比喩ではなく本当に戦闘中に寝ていたら、妹と参謀と旗艦艦長に凄く怒られた。それからは真面目に起きている。むしろ、起きている方にがんばっている。

「そんな兄さんが四回目の国落としをする。そうなったら、後詰めの第七はともかく、第八から第十一の指令は降格の可能性が高くなるわけで、慌てて増援の申請を通したのが」
「第九のおっさん、か」
「もっとも、到着したら既に終わっていたわけで、本来なら戦後処理は第七がやるべき所を無理矢理捻じ込んで、少しでも功績を挙げようとしているんですよ」

 話しに飽きたのか、ウーゴは携帯型のゲーム機でレトロゲームを楽しみながら「へぇ」っと気のない返事を返した。

「その第九のおっさんに、なにを言ったのか憶えていますか?」

 戦域に到着してすぐに連絡してきた第九艦隊指令に対し、ウーゴは「なにしに来たんすか?」と、指令座で煎餅をボリボリ食べながら聞いた。

「ああ、それで、あんな真っ赤になって怒ってたのか」

 三日前の謎が解けた。
 階級こそ同じだが、近衛艦隊内での序列は第九のおっさんの方が上だ。

「まあ、俺としては、気づいたら近衛艦隊指令官になってただけで、近衛艦隊司令官であり続ける理由はないんだよな。艦隊司令官であれば一般艦隊でも構わないからさ」

 他の近衛艦隊指令が聞いたら、ブチ切れそうだ。

「未開宙域調査船団ですか」

 人類が宇宙を生活圏にして千年以上が経つが、未だに人類が到達していない宙域が沢山ある。というか、人類の生活圏は、宇宙全体のほんの数パーセントだ。その数パーセントから外に出て、人類の生活圏から確認されていない星系を調査するのが、未開宙域調査船団だ。
 軍人としての最終到達点は軍務総監だが、船乗りとしての最終到達点は未開宙域調査船団の船団長か移民船団の船団長だ。

「俺は、船乗りとしての到達点に行きたいだけなんだよな」

 どちらであっても資格が必要で、一定以上の規模の商船団か宇宙艦隊を、一定期間以上の時間指揮しなければいけない。
 ウーゴには友達が少ないのであまり知られていないが、彼はその資格を得るために帝国軍に所属している。

「今年の試験も受けるんですか?」

 三ヵ月後に、年に一度の試験がある。

「ああ、今年も受けるよ。勤務時間は足りてないけど、あくまで目安だからね」
「なら、第九のおっさんは都合がいいですね」

 通常であれば、第七艦隊が戦後処理を引き継ぐだろうが、それでも、なんだかんだで三ヶ月くらいはこの星系で足止めされるだろう。

「そっか。第九のおっさんが全部引き受けてくれたから、引継ぎもなにもないんだっけ」
「ええ。試験に集中できますね」

 仰向けのままゲーム機から視線を天井へ移し、少し考える。

「お礼を言った方がいいかな?」

 エーベがフルフルと首を横に振る。

「嫌がらせと受け取られます」

 興味をなくしたのか「そ」とだけ言って、ゲームに集中する。
 暇になったエーベは、自分の分の紅茶のおかわりを淹れてマッタリ寛ぐ。

「そういえばさ、さっきから、うちのミネルヴァが静かなんだけど」

 横目に「なにか知らない?」と問いかける。

「リンクが切れているんですか?」

 これからボス戦なので「んー」とだけ答える。
 妹の耳には「切れてる」と聞こえる。

「それなら、わかりませんね」

 初見のボスに忙しいので「んー?」とだけ問い返す。
 妹の耳には「どゆこと?」と聞こえる。

「うちのパンドラと喧嘩中です」

 ちょっとシビアなので、体を起こして「んー」とだけ返す。
 妹の耳には「いつものかー」と聞こえている。続いて聞こえる携帯ゲームからすると、ボス攻略に失敗したようだ。

「お前は、女神が喋ってても周りの音、聞こえるんだっけ?」

 声からすると羨ましそうだ。

「ええ。兄さんと違って聞こえますよ。ただ、五月蝿いことに違いはありませんけどね」

 羨ましそうなので、エーベは少しだけ胸を張って答える。

(こいつの胸は、いつまで経ってもぺったんこだな)

 いい大人なので声には出さない。

「もう二十七なので育ちませんね」
「なぜわかった?」
「兄の考えが読めない妹が存在すると?」

 エーベが立ち上がり決めポーズ。

「妹怖いな!」

 妹という存在そのものが怖い。

「ま、それはともかく、喧嘩の理由は?」
「いつも通りですかね」

 座りなおして紅茶を一口。

「兄さんが神託魔法を使わず戦争に勝ってしまったのでミネルヴァ様が拗ねてしまって、それをパンドラがからかって、口論になって、殴り合いになって、今は小休止」
「いつも通りだねぇ」
「兄さんは、どうして神託魔法を使わないんですか?」

 神託の巫覡になってから、お試しで使った以外は使ってない。

「エーベも、だろ?」
「私は、嫌がらせで何度か使ってます」

 初耳だ。

「嫌がらせで?」
「ええ」
「災害を?」
「ええ」

 エーベは「なにを当然のことを」といった感じで首を傾げる。

「……妹が怖い」
「大丈夫ですよ。特効薬がある疫病しか使ってませんから」

 それでも、嫌がらせの範疇を超えている。
 妹の”嫌がらせ”について注意しようかと思ったが、少し考えて「この歳になったら言っても治らないか」と結論を出して諦めた。

「それで、どうしてですか?」
「ああ、ミネルヴァが消えちゃうからね」
「そんなに弱っているのですか?」
「俺が生きてる間は大丈夫って言ってたけど、それって、俺が死んだ後は、どうかわからないってことだろうから」
「神託魔法を使い過ぎても、神の寿命に関係ないって中央教会で教わりましたけど」

 それはウーゴも聞いている。ウーゴが知っているのを知っていて言ってみた。

「気分の問題だな。自分の要請で死んだら嫌じゃないか」
「散々人を殺しておいて?」
「会ったことのない人間より、付き合いの長い神様だよ」
「付き合いの短い神様なら?」
「勝手に死ね」

 神託の巫覡だから聖人君子、などと思われたら困る。

「パンドラなら?」
「……ちょっと悩むな」
「パンドラが”悩まないで”って言ってます」
「パンドラ様を助けられるのは、エーベだけだよ」

 神を助けることができるのはその巫だけ。あくまでウーゴの自論だ。

「だから、俺はミネルヴァだけを助けるよ。あ、今の、パンドラ様に口止めしといて」
「調子に乗るから、ですね?」

 以前、ミネルヴァを少し褒めただけで、面倒なことになった。

「仮にも戦神だから、作戦行動に口を出すのは我慢するけど、普段の生活にまで口出しされるとなー」
「鬱陶しいですよね」
「靴下を右足から履かなくてもいいじゃん。てか、意識したこともなかったよ」

 気にしていなかったことを指摘されると、それ以降、気になってしまう。

「他にはなにを?」
「えっと……”歯磨き粉を出しすぎ”とか”よく噛んで食べなさい”とか」
「おかんか」
「あとは”部屋の隅を掃除する時は円を描くように”とか」
「自動掃除機の領分です」
「あ、服の畳み方も言われたな」
「学生寮の先輩みたい」
「あと、謎だったのは戦車の作り方」
「戦技研に言え」
「いや、そうじゃなくて、馬で牽く方の戦車な」
「恒星間戦争をしているのに?」
「のに」

 ウーゴが頷くと、呆れたようなため息が返る。

「そんなことを、頭の中で延々と喋り続けるんだ」
「戦神なら、戦に役立つことを教えてくれたらいいのに」
「ん。それ、指摘したらさ”現代戦で役立つことは、全て士官学校で習ったでしょ”だって」

 エーベは、会ったことのない女神の偉そうな声真似なのに「きっと似てるんだろうな」と思う。

「戦神の知識は、士官学校以下ですか」
「そういえば、基本、昔話ししかしないんだけど、俺より前の巫の話を聞こうとすると、露骨に話を逸らそうとするんだよね」
「気になるんですか?」
「過去の巫の失敗は、自分にも降りかかる可能性があるからね」
「私の方は有名人ですからね。いや、有名神か」

 かつてのパンドラの巫女は、神に昇格している。それも、かなり有名な逸話を残している。

「過去から学ぶことは多いよ。だから聞きたかったんだけど、話したくないみたいだ」
「パンドラから聞き出しますか?」
「うんにゃ。女性の過去は気にしない主義だよ」
「口説く気か」

 呆れたような目で見る妹に、ヒラヒラと手を振る。

「女神を口説くのは、我らがご先祖様の専売特許だよ」

 アイゼン家の始祖は、愛の女神を口説き落とした巫覡として有名だ。死後、神にこそならなかったが、多くの神の子を産んだことでも有名。

「兄さんは直系ですからね。やらかしそうです」
「お前もだよ」

 アイゼン家の者は、始祖の才能を受け継いでいるのか、意識しなくても異性からモテる。稀に、エーベのように異性ではなく同性からモテる者もいるけど。

『なんの話ですか?』

 唐突にした頭の中でなにかが繋がる不快感に、少しだけ顔を顰める。

「喧嘩は終わった?」
『ええ。戦神に挑む愚かしさを、しっかりと教えて差し上げました』

 いつもより疲れたような声だ。

「かろうじて立ってるけど、膝が笑ってるそうですよ」

 無理している姿が目に浮かびそうだ。会ったことはないけど。

『そんなことより、なんの話ですか?』

 ギリギリ勝てたことは、指摘されたくないのだろう。

「ん? ミネルヴァは可愛いって話」
『んなっ!』

 女神の強烈なでかい声が脳を揺らす。

「まさしくアイゼン」

 妹の冷たい視線が、揺れる視界の中で見えた気がする。
 女神をからかった自業自得なのだが、なにか納得できない物を抱えたまま意識を手放した。
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