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四章 ミネルヴァ
第九話 女神様は黙ってて
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ハーブティーを飲みすぎてトイレに行きたくなったので、話は一端中断した。
頭の中で女神の啜り泣きを聞きながら手を洗う。
(そろそろ落ち着いてほしいな)
トイレのドアを開けて廊下に出る。廊下の行き止まりだ。
仕官の部屋が並んだ廊下の先にあるウーゴの部屋へ歩く。
『なんだか、休眠から、ずっと泣いてばかりです』
休眠前のことを話したがらないのでなんとも言えない。
(それより、リンクしてるの忘れてる? トイレ中も繋がってたし)
いつもなら、用を足している最中はリンクを切ってくれるはずだが、先程からずっと啜り泣きが途切れていない。相手が女神であっても、鼻をズルズル啜る音は不快だ。
「そんなに泣いてるか?」
むしろ、いつもパンドラと殴り合ってるような気がする。
『ふぇ? あれ? リンクしてる?』
言ってから「しまった」と思う。あわあわ言い出した女神がウザい。自分の年齢を考えてほしい。
指摘するとさらに面倒になるので、なにも言わずに自室に入り、定位置となっているソファに座る。
エーベはドアが開くと同時に立ち上がり、ウーゴのために新しくお茶を淹れる。
「あの、おしっこすっごい出たから、もういいよ」
あのハーブティーは精神の安定に良いのかも知れないが、利尿作用にも良かった。
「大丈夫です」
そう言ってウーゴの前に置いたのは、魚の名前が沢山書かれた湯飲みだ。中身は緑茶。
(うん。トイレと仲良くなれそう)
なんだかんだで妹に甘いウーゴは、トイレの心配をしつつ緑茶を一口飲む。
湯飲みを置いて一息。
トイレに行きたくなる前に話を終わらせよう。
「ミネルヴァ。落ち着いたね? 続きを話しても?」
二つ目の問いは、担当神だけではなく目の前の妹に対しても目で問う。
無言で頷く妹と、鼻を啜りながら「どうぞ」と言う女神。
「神を延命させる方法。三つ目が一番確実だと思う。まあ、確実だけど難しい、かな?」
「兄さんにとって、その”難しい”の最難関が、未開宙域調査船団の船団長の資格を得るための試験、ですね」
資格を取ってしまえば、資格を持ってる人が少ないので、未開宙域調査船団が計画されさえすれば、数人の候補の一人になる。そこからは、アイゼン家という帝国有数の名家に生まれたコネを総動員すればなんとかなる、とウーゴは思っている。
『ごめんなさい』
かさぶたもできていない傷を、女神が自分で勝手に掻き毟る。
「ここまで言えばわかると思ったんだけど、まだわからんかー」
「本当に戦争以外は……アレですね」
エーベは一応オブラートに包もうとしたのか言葉を選んだのだけど、言葉が見つからずにオブラートが破れた形になった。
また泣いた。
泣き止むまで、エーベが出してくれた羊羹とお茶で時間を潰す。
(面倒になってきた。けど、今日のエーベは逃がしてくれそうにないしな)
「ミネルヴァ様に理由を教えてあげるまで、逃がしませんよ」
「怖いよ。なんで考えてることわかるの?」
「妹だから、です」
世の妹は皆そうなのか調べてみたくなったが、そうだったら怖いのでやめておく。
「ん。泣き止んだ?」
『ごべんだざい』
まだっぽい。
「まあいいや。三つ目の方法な。簡単に言うと、ガイア様と同じになればいいってこと」
『あ、穴だらけに、なれと?』
人間による資源の採掘で穴だらけになった古い神を思い出し、ミネルヴァの声が恐怖に震える。
「まだ、わからんかー。……はぁ。……神様はね、歴史書に名を残すだけじゃ、忘れられちゃうんだ。厳密に言うと名と存在を記憶されていないと、無意識の信仰心に繋がらないのかな?」
「その辺りは、神学者とか心理学者の領分でしょう」
「ん、そだな。まあ、そんな感じだから、ミネルヴァの巫覡である俺がいくら活躍しても、いずれミネルヴァは忘れられる。巫女がやらかしたパンドラ様でさえ、力を失ってるんだからな」
そのやらかした巫女は、死後、神になってニートの神として信仰心を集め、かつての担当神と同格の上級神にまで出世した。
その担当神だったパンドラは、歴史書に名前こそ載ってはいるが、巫女のやらかしたことの影に埋もれる程度で、受験生の記憶には残るけど、多くの社会人にとっては記憶を掘り起こしたら出てくる雑学程度の記憶だ。
「結論を言うと、未確認の居住可能惑星を見つければいい」
「発見した惑星は、発見者に命名権があります」
「未開宙域調査船団であれば、船団長に権利がある」
「調査船団の観測班になって、命名権を主張するって手もありますけどね」
観測班は「船団長に権利を譲る」と、予め契約するのが通例になっているので、権利を主張しても裁判で負ける。アイゼン家のコネを総動員しても、命名権の買取は難しそうだ。
「ともかく、居住可能惑星に神の名前を付けると、その星がその神の化身になるんだ」
「中央教会の記録によると、それで延命できた神がいるそうです」
『え? ……それ、誰ですの?』
パンドラから延命した神の名を聞いたようだが、ボッチのミネルヴァは知らない名だった。
『言いたいことはわかりますけど、ガイアさんとなにが違うのですか?』
「ガイア様は、自らを惑星にすることで人間を守護する存在になった。人類の発祥の地である惑星ガイアは、人類が存在する限り永遠に残る名前で人類の心の拠り所にもなる。これが、ガイア様が信仰心を失わない理由だ」
「パンドラが言うには、本体である惑星を穴だらけにされて、信仰心のわりに力がないらしいです」
「ミネルヴァには惑星を本体にするのではなく、あくまで化身、御神体にしてもらう」
『それって、どう違うんですか?』
他ならぬ神のことなのに、なかなか理解してくれない。
パンドラとエーベのような、打てば響くという感じの関係を羨みながらため息をつく。
「ガイア様ほど信仰心が集まるわけじゃないけど、穴だらけにされても力を失わないで済む」
穴だらけにされても、それはあくまで化身である惑星だ。本体は無傷で済む。
『でも、どうやって?』
「人類が発見していない惑星に、ミネルヴァの名前を付けるだけ。どうせなら、居住可能惑星にした方が、その星の住人から信仰心を得られる、と思ってね」
「衛星でも延命できるらしいですけど、得られる信仰心は、居住可能惑星より少ないようです。恒星に名前をつけちゃうと、太陽神になっちゃって、ミネルヴァ様の本質が変わってしまい、どんな悪影響が出るかわかりませんから、適当に余ってる太陽神を引っ張ってきましょう」
「余ってるのがいなかったら、新しい太陽神が生まれるまで、ミネルヴァが管理すればいい。掛け持ちなら、本質は変わらないだろ?」
『でも、これ以上は……わたくし、結構掛け持ちしてるんですよ』
戦馬鹿だと思っていたら「詩とか医学とか工芸なんかの神でもある」と打ち明けられた。
女性を口説くに当たって、詩とか医学とか工芸を知っておくと便利だから猛勉強したのに、担当神が便利なあんちょこだった。もっと早く教えてほしかった。なんか悔しい。戦馬鹿のくせに。
(ミネルヴァのくせに)
本音は思うだけにする。泣いちゃうから。
「まあ、全ては、試験に合格しなければ始まらないんだけどね」
自嘲気味に笑う。
軽口で返してほしいけど、真面目なミネルヴァは沈黙で返す。
エーベも黙っているので、沈黙が少し痛い。それでも、ミネルヴァのなにか聞きたそうな気配だけは感じる。
「なに? 言ってみ?」
『……ウーゴさん、は……わたくしに、生きていてほしいと思っていますか?』
恐る恐る聞く女神にため息が出る。
付き合いが長いのに、わかってくれないのは悲しい。察してほしいと思うのは、ただの我侭であることは理解してるし、神と人間なんだから、考え方に違いがあって当たり前だ。
それでも、察してほしい。一番近くでウーゴの人生を見てきたのだから。
『あの……怒ってる? 呪いの言葉?』
「いや。怒りを通り越して呆れてる」
がっかりもしてるけど、それはいつものことなので言わないでおく。
「察してほしい」
『わかりませんよ。……人間の考えることは、わかりません。察しようと頑張ってみたけど、わかりませんでした。最後まで、あの子の考えてることはわかりませんでした』
その”あの子”が自分の前の巫女なんだろうことはわかる。その巫女から恨まれたことも、エーベ経由でパンドラから聞き出した。
「それは、ミネルヴァが声に出して確認しないからだよ。俺だって神様のことはわからん。女の子の気持ちなんて、もっとわからん。わからんから声に出して聞いてみる。それでも、勘違いなんてしょっちゅうだ。わかってるつもりだったことなんて、いつものことだ」
ミネルヴァの反応を探りがてら、緑茶で口を湿らせる。
『休眠期間中、ずっと考えていたことがあります。……人間にとって、神とはなんでしょう? 人間にとって、神は必要なんでしょうか?』
お茶菓子のクッキーを咀嚼しながら考える。
(ここで答えを間違えると泣いちゃうのかなぁ。けど、当たり障りのない答えを求めてるわけじゃないんだろうし、ここまで踏み込んだことを聞いてくるのは初めてだから、ちゃんと、俺の意見を聞きたいんだろうなぁ)
予想以上に口の中の水分をクッキーに持って行かれたので、緑茶をもう一口飲む。
「ん。人間にとって神は……そうだな、言葉を選ばなければ”便利なツール”だな」
「それはあんまり」
「ああ、泣くな泣くな。あくまで”大多数の人間にとって”だ。俺の考えは違う」
妹の一言で冷静になり、慌てて女神に言い訳する。
「俺にとっては……」
(戦場で使えない戦神って”便利なツール”以下だよな)
ウーゴの性格だと、一番最初に思ったことは、大体、相手を傷付けるので思うだけにする。さすがに何度も失敗してきたので学習済みだ。
「身内にある親友、かな? まあ、巫だからこそ、だけどな。エーベはどう?」
言いながら窺っていたミネルヴァの反応があまり宜しくないので、エーベに振る。
「身内にある悪友ですかね。あー、うるさいです」
女神になにを言われたのかはわからないけど、後半は兄ではなく女神に対してだろう。
「あとは”人間にとって神は必要か?”だっけ?」
「兄さん」
ジト目で睨む妹からの「てめえ、空気読めよ?」を正確に察した。
「ぶっちゃけ、いらないな」
察した上で本音を言う。
頭の中にシクシクと啜り泣きが聞こえるけど、無視。
「人の願いで神が生まれ、神が敬われて神の力が増した。増長した神が人間を従えて神同士の戦争を始め、世界が壊れかけた」
「神仏創世から神魔大戦までの件ですね」
一つ頷く。
「こりゃ不味い、と、ガイア様が当時の世界そのものであった星と同化して、なんとか人が住める環境を整えた」
「ガイア様が未だに敬われるのは、ガイア様のおかげで私達人間が存在しているから、ですね」
もう一つ頷く。
「それから神々は世界への干渉を最低限にするために、俺達みたいな神託の巫を介することにした。当時は神への信仰心が強かったそうだね」
「中央教会の文献によると、神の威光を傘に、好き勝手やってた巫もいたそうですね」
ちょっと考えてから、頷き返す。
そういった連中は、時の権力者に首を刎ねられる。ウーゴはこういう血生臭い話が嫌いなので、文献を斜め読みしただけで、あまり記憶に残っていない。言われれば思い出す程度の記憶だ。
なので、エーベの言う”好き勝手やってた巫”をはっきり思い出していない。
「けど、神が無条件で敬われる時代は終わった」
湯飲みを持ち上げ口をつけようとしたけど、またトイレに行きたくなって話が途切れたら話を戻すのが面倒なので、残り少ない緑茶を湯飲みの中でクルクル回す。
「完全に終わらせたのは、あの”災厄の巫女”でしょうけどね」
その前から神の力を戦争に利用し、巫を便利な道具扱いをする権力者はいたが、当時、大した力はないと思われていた”災厄の巫女”と呼ばれるパンドラの巫女が、災害で国を一つ滅ぼして見せたことから、周辺国全ての権力者が、神を崇めるのではなく、神を利用し始めた。
「時は流れて、国力を量るのに軍事力より経済力を重視するようになってからは、神に毎日祈りを捧げる人の方が少なくなった」
「私達のご先祖様の時代ですね」
「宇宙開発が進み、人類が宇宙に住むようになってからは、神の側も信仰心を集める工夫をしなければいけなくなった」
「まあ、ご先祖様の時代から、信仰心を集めるのにネットを使う巫はいたそうですけど」
「一番目立っていたのは、あの”災厄の巫女”の巫女だろうね」
当時、ネットワーク経由では信仰心を集めるのは不可能と言われていたのに、その不可能を成し遂げてしまい、担当神を上級神へと昇格させた巫女がいた。しかし、ネットを利用した理由が「真面目に信仰心を集めるのがメンドイ」なのは、あまり知られていない。
「パンドラが”あの巫女は素直に褒める気になれない”って言ってる」
ウーゴにとっては、画期的な方法を編み出した先駆者としての一面しか知らないので、素直に褒めたくない理由がわからない。
わからないので聞き流す。
「んで、現代だ。現代こそ、神を必要としない時代だろうね。一度、各国のお偉いさんに聞いてみたいけど、上の連中って、神託の巫のことを生体兵器かなんかと勘違いしてんじゃないかな? ああ、そういう意味では必要としてるか」
「代えの利く兵器ですけどね。私の疫病をばら撒く神託魔法だって、細菌兵器の方が信仰心を集めるより安価で安全ですし」
「俺なんて、高性能なAIがあれば代用できる程度だ」
「いやいや。その高性能なAIに勝ち続けてる人が言っても」
それでも、高性能なAIを搭載した無人艦を大量に用意されたら、ウーゴでも勝てないだろう。数の暴力が勝つのは、地上を歩兵が駆け回る白兵戦から宇宙艦隊戦まで同じだ。
「兵法の根幹は”敵より多くの兵を集める”だよ」
実は、まだ巫覡になったばかりの頃にミネルヴァが言っていた言葉だ。
(あれ? 反応なし?)
言った本神は忘れているようだ。
「まあ、ともかく、現代では神は必要とされていない。ああ、泣くな泣くな。それでもな、ミネルヴァ。俺は神様には生きていてほしいと思ってる」
『なぜ、ですか?』
「神様がいない世界より、神様がいる世界の方が面白そうだ」
言葉を続けようか少し悩む。この後に続く言葉は少し照れ臭い。
「だから、ミネルヴァにも生きてほしい。ずっと生き続けてほしい」
ミネルヴァの息を吸う音と共にリンクが切れる。
「ん。なんか、面倒な勘違いをしてるらしいですよ」
エーベの言葉に首を傾げる。
勘違いの要素が何処にあったのだろう。
エーベとパンドラがなにやら会話した後、再びミネルヴァと繋がる。
『あの……プロポーズ?』
「……どこが?」
「どうやら”ずっと一緒に生き続けてほしい”と、都合良く聞き取ったようです」
『まずは、ウーゴさんのご両親への挨拶ですけど』
勘違いのプロポーズの返事は「YES」らしい。
『いつものフィギュアではいらぬ誤解を与えてしまいます』
確かに、両親への挨拶に等身大の幼女フィギュアを持っていくわけにはいかない。まあ、性におおらかなアイゼン家では、有りかもしれないけど。
『エーベさんに魂だけ天界に来ていただいて、私の姿を忠実に再現した人形を作っていただき』
神降しをしたらなぜか担当神と入れ替わってしまう妹が巻き込まれるのは確定した。正面の妹を見ると、凄く嫌そうな顔をしている。ミネルヴァは、エーベの協力を得られないだろう。
結婚相手が女神だと、”相手の両親に会いに行く”という一大イベントが、エーベのような特殊な体質でない限りできないので、普通の結婚より楽かもしれない。
『式はいつになさいますか? やはり、未開惑星を見つけてからですか?』
勘違いしたまま、式の日取りの話まで来てしまった。
それ以前に、未開宙域調査船団の船団長になるための資格を取れなくて困ってるし、取れなかった理由が女神のせいだ。喉まで出かかったけど、グッと飲み込む。
「パンドラが”こうなった万年処女はー、面倒だしー、しつこいしー、怖いよー”と言ってます」
『あ、その星に衛星があったら、名前はパンドラにしてあげてくださいな』
「それだと、パンドラ様がミネルヴァの陪神になるのか?」
『そこまでの影響はありません。気分的といいますか……上手く伝わるかわかりませんが、上司のような立場? にはなれます』
どう違うのかは、人の身に説明するのは難いそうだ。
『それに、こんな下品な陪臣は要りませぶべっ!』
いつもの殴り合い。今回の先制はパンドラだ。まあ、パンドラの性格からしたら、陪神扱いされた時点でイラッときていただろう。キレやすい女神にしては我慢した方だ。
『なぜ、そんな卑猥な物で殴るんです、の!』
反撃が早い。さすがは戦神。いや、先制されてるから戦神のくせに?
「卑猥な物って、なんだろう」
妹に向けて軽いセクハラをしてみる。
「ああ、オリハルコン製のバ○ブです」
妹に対してセクハラするのは勇気が必要だったのに、軽く一蹴された。
『ふっ。こんな事もあろうかと、アマツマラさんに注文しておいて正解でした、ね!』
知らない神様の名前に首を傾げる。
「鍛冶の神様らしいですよ。ああ、注文したのは、ヒヒイロカネ製の釘バットだそうです」
喧嘩しながらもエーベの質問に答えてくれるパンドラに、頭を下げる。
「それにしても、天界では神の金属が余ってるのか?」
『あなたは、わたくしの陪神になっていればいいんです!』
「てか、オリハルコンとヒヒイロカネって、どっちが硬いの?」
「宇宙移民が始まったばかりの頃は、地域による呼び方の違いであって、どちらも同じ物だと思われていたそうですね」
『嫌ですよ! あなたの陪神になったら、あの子と同格になってしまうじゃないの』
パンドラの陪神になること自体が、拒否するポイントではない。
「旗艦の装甲を神の金属にしたいなー」
半ば現実逃避気味に呟く。
『ハァ!』
気合一閃?
「釘バットでオリハルコン製のバ○ブを斬ったそうですよ」
言われた意味を理解するのに、少し間が必要だった。
「……刃がないのに?」
さすがは戦神?
『そんな卑猥な物で戦神であるわたくしぶげっ!』
「同じ物を、もう一つ用意していたそうです」
天界は無駄が多いと思う。
「備えは大事だよね」
『陪神の陪神ならいいんです!』
「話、飛んだ?」
「パンドラが陪神になったら、”陪神の陪神がユニになるじゃないか”って」
「ん? ユニ様って、まだパンドラ様の陪神なの?」
「らしいですね」
自分がこれからやらかすであろう諸々の責任を主神に押し付けるために、陪神を続けているだけ。さすがは怠惰の神だ。
『もう、いいんです! ウーゴさんが星を見つけてくれたら、ウーゴさんに嫁ぐから!』
「どうしよう。万年処女神が面倒臭い」
「釣った魚には、餌をあげましょうね」
妹の目が怖い。
既に釣られている妹の目が怖い。
既に釣られて餌を貰っていない妹の目が怖い。
『あなたは、衛星になって一生わたくしの陪神でいればいいの!』
「素直に”一生友達でいてね”って言えばいいのに」
『なっ! ちがっ!』
「友達でも”一生”は重いですね、って、煽らないでよパンドラ」
『友達じゃなく! えっと……あれです……下僕?』
「「ユニ様か!」」
神託の巫覡と神託の巫女が揃ってツッコむ。
『だ、だって、初めてプロポーズされたんだもん! 新婚生活って、どうすればいいのかわからないし』
「あ、もう亡くなってるけど、パンドラは旦那さんがいたらしいですよ」
ちょっと意外に思う。
つまり、新婚生活が不安だから近くで助言してほしい、と。
「パンドラ様が義理のお母さん?」
「二世帯住宅じゃなくて良かったですね」
ウーゴは「見つけるなら、衛星ができるだけ離れた惑星を」と、思った。
「まあ、それには試験に合格しなきゃ、だね」
『わたぐじのじぇいで、ごめんなじゃい』
涙声になった。
感情の振り幅が大きい。
「振り出しに戻ったな」
「戻したのは兄さんですよ」
『わたぐしがんばるからー、みずでないでー』
振り出しより悪くなったような気がする。
「見捨てないよ。見捨てようがないし」
神託の巫と担当神は、切りたくても切れない縁だ。
「切れる縁ならもう切ってるしね」
つい本音が出てしまった。
『やっぱりみずてるんだー! けっごんまえにバツ1だんぶべっ!』
また殴られたみたい。
「ドロップキックだそうです」
違った。
違ったけど、いつも通り騒がしくなる。
重要なことを話したい時にはリンクを切るくせに、パンドラと喧嘩する時だけは切らない。
湯飲みを置き、ため息をつきながらソファに横になる。
いつも通りの騒ぎをBGMにして、ボンヤリ天井を見ながら考える。
「この先の遠い未来も、神様と馬鹿話ができる世界だといいね」
横目でエーベを見ると、なにか返しているようだが、騒がしくて聞こえない。耳を指差し首を横に振ると察したようで、顰め面でため息をつく。
困り顔で笑いかけると、同じような顔で笑い返す。
「「女神様は黙ってて」」
頭の中で女神の啜り泣きを聞きながら手を洗う。
(そろそろ落ち着いてほしいな)
トイレのドアを開けて廊下に出る。廊下の行き止まりだ。
仕官の部屋が並んだ廊下の先にあるウーゴの部屋へ歩く。
『なんだか、休眠から、ずっと泣いてばかりです』
休眠前のことを話したがらないのでなんとも言えない。
(それより、リンクしてるの忘れてる? トイレ中も繋がってたし)
いつもなら、用を足している最中はリンクを切ってくれるはずだが、先程からずっと啜り泣きが途切れていない。相手が女神であっても、鼻をズルズル啜る音は不快だ。
「そんなに泣いてるか?」
むしろ、いつもパンドラと殴り合ってるような気がする。
『ふぇ? あれ? リンクしてる?』
言ってから「しまった」と思う。あわあわ言い出した女神がウザい。自分の年齢を考えてほしい。
指摘するとさらに面倒になるので、なにも言わずに自室に入り、定位置となっているソファに座る。
エーベはドアが開くと同時に立ち上がり、ウーゴのために新しくお茶を淹れる。
「あの、おしっこすっごい出たから、もういいよ」
あのハーブティーは精神の安定に良いのかも知れないが、利尿作用にも良かった。
「大丈夫です」
そう言ってウーゴの前に置いたのは、魚の名前が沢山書かれた湯飲みだ。中身は緑茶。
(うん。トイレと仲良くなれそう)
なんだかんだで妹に甘いウーゴは、トイレの心配をしつつ緑茶を一口飲む。
湯飲みを置いて一息。
トイレに行きたくなる前に話を終わらせよう。
「ミネルヴァ。落ち着いたね? 続きを話しても?」
二つ目の問いは、担当神だけではなく目の前の妹に対しても目で問う。
無言で頷く妹と、鼻を啜りながら「どうぞ」と言う女神。
「神を延命させる方法。三つ目が一番確実だと思う。まあ、確実だけど難しい、かな?」
「兄さんにとって、その”難しい”の最難関が、未開宙域調査船団の船団長の資格を得るための試験、ですね」
資格を取ってしまえば、資格を持ってる人が少ないので、未開宙域調査船団が計画されさえすれば、数人の候補の一人になる。そこからは、アイゼン家という帝国有数の名家に生まれたコネを総動員すればなんとかなる、とウーゴは思っている。
『ごめんなさい』
かさぶたもできていない傷を、女神が自分で勝手に掻き毟る。
「ここまで言えばわかると思ったんだけど、まだわからんかー」
「本当に戦争以外は……アレですね」
エーベは一応オブラートに包もうとしたのか言葉を選んだのだけど、言葉が見つからずにオブラートが破れた形になった。
また泣いた。
泣き止むまで、エーベが出してくれた羊羹とお茶で時間を潰す。
(面倒になってきた。けど、今日のエーベは逃がしてくれそうにないしな)
「ミネルヴァ様に理由を教えてあげるまで、逃がしませんよ」
「怖いよ。なんで考えてることわかるの?」
「妹だから、です」
世の妹は皆そうなのか調べてみたくなったが、そうだったら怖いのでやめておく。
「ん。泣き止んだ?」
『ごべんだざい』
まだっぽい。
「まあいいや。三つ目の方法な。簡単に言うと、ガイア様と同じになればいいってこと」
『あ、穴だらけに、なれと?』
人間による資源の採掘で穴だらけになった古い神を思い出し、ミネルヴァの声が恐怖に震える。
「まだ、わからんかー。……はぁ。……神様はね、歴史書に名を残すだけじゃ、忘れられちゃうんだ。厳密に言うと名と存在を記憶されていないと、無意識の信仰心に繋がらないのかな?」
「その辺りは、神学者とか心理学者の領分でしょう」
「ん、そだな。まあ、そんな感じだから、ミネルヴァの巫覡である俺がいくら活躍しても、いずれミネルヴァは忘れられる。巫女がやらかしたパンドラ様でさえ、力を失ってるんだからな」
そのやらかした巫女は、死後、神になってニートの神として信仰心を集め、かつての担当神と同格の上級神にまで出世した。
その担当神だったパンドラは、歴史書に名前こそ載ってはいるが、巫女のやらかしたことの影に埋もれる程度で、受験生の記憶には残るけど、多くの社会人にとっては記憶を掘り起こしたら出てくる雑学程度の記憶だ。
「結論を言うと、未確認の居住可能惑星を見つければいい」
「発見した惑星は、発見者に命名権があります」
「未開宙域調査船団であれば、船団長に権利がある」
「調査船団の観測班になって、命名権を主張するって手もありますけどね」
観測班は「船団長に権利を譲る」と、予め契約するのが通例になっているので、権利を主張しても裁判で負ける。アイゼン家のコネを総動員しても、命名権の買取は難しそうだ。
「ともかく、居住可能惑星に神の名前を付けると、その星がその神の化身になるんだ」
「中央教会の記録によると、それで延命できた神がいるそうです」
『え? ……それ、誰ですの?』
パンドラから延命した神の名を聞いたようだが、ボッチのミネルヴァは知らない名だった。
『言いたいことはわかりますけど、ガイアさんとなにが違うのですか?』
「ガイア様は、自らを惑星にすることで人間を守護する存在になった。人類の発祥の地である惑星ガイアは、人類が存在する限り永遠に残る名前で人類の心の拠り所にもなる。これが、ガイア様が信仰心を失わない理由だ」
「パンドラが言うには、本体である惑星を穴だらけにされて、信仰心のわりに力がないらしいです」
「ミネルヴァには惑星を本体にするのではなく、あくまで化身、御神体にしてもらう」
『それって、どう違うんですか?』
他ならぬ神のことなのに、なかなか理解してくれない。
パンドラとエーベのような、打てば響くという感じの関係を羨みながらため息をつく。
「ガイア様ほど信仰心が集まるわけじゃないけど、穴だらけにされても力を失わないで済む」
穴だらけにされても、それはあくまで化身である惑星だ。本体は無傷で済む。
『でも、どうやって?』
「人類が発見していない惑星に、ミネルヴァの名前を付けるだけ。どうせなら、居住可能惑星にした方が、その星の住人から信仰心を得られる、と思ってね」
「衛星でも延命できるらしいですけど、得られる信仰心は、居住可能惑星より少ないようです。恒星に名前をつけちゃうと、太陽神になっちゃって、ミネルヴァ様の本質が変わってしまい、どんな悪影響が出るかわかりませんから、適当に余ってる太陽神を引っ張ってきましょう」
「余ってるのがいなかったら、新しい太陽神が生まれるまで、ミネルヴァが管理すればいい。掛け持ちなら、本質は変わらないだろ?」
『でも、これ以上は……わたくし、結構掛け持ちしてるんですよ』
戦馬鹿だと思っていたら「詩とか医学とか工芸なんかの神でもある」と打ち明けられた。
女性を口説くに当たって、詩とか医学とか工芸を知っておくと便利だから猛勉強したのに、担当神が便利なあんちょこだった。もっと早く教えてほしかった。なんか悔しい。戦馬鹿のくせに。
(ミネルヴァのくせに)
本音は思うだけにする。泣いちゃうから。
「まあ、全ては、試験に合格しなければ始まらないんだけどね」
自嘲気味に笑う。
軽口で返してほしいけど、真面目なミネルヴァは沈黙で返す。
エーベも黙っているので、沈黙が少し痛い。それでも、ミネルヴァのなにか聞きたそうな気配だけは感じる。
「なに? 言ってみ?」
『……ウーゴさん、は……わたくしに、生きていてほしいと思っていますか?』
恐る恐る聞く女神にため息が出る。
付き合いが長いのに、わかってくれないのは悲しい。察してほしいと思うのは、ただの我侭であることは理解してるし、神と人間なんだから、考え方に違いがあって当たり前だ。
それでも、察してほしい。一番近くでウーゴの人生を見てきたのだから。
『あの……怒ってる? 呪いの言葉?』
「いや。怒りを通り越して呆れてる」
がっかりもしてるけど、それはいつものことなので言わないでおく。
「察してほしい」
『わかりませんよ。……人間の考えることは、わかりません。察しようと頑張ってみたけど、わかりませんでした。最後まで、あの子の考えてることはわかりませんでした』
その”あの子”が自分の前の巫女なんだろうことはわかる。その巫女から恨まれたことも、エーベ経由でパンドラから聞き出した。
「それは、ミネルヴァが声に出して確認しないからだよ。俺だって神様のことはわからん。女の子の気持ちなんて、もっとわからん。わからんから声に出して聞いてみる。それでも、勘違いなんてしょっちゅうだ。わかってるつもりだったことなんて、いつものことだ」
ミネルヴァの反応を探りがてら、緑茶で口を湿らせる。
『休眠期間中、ずっと考えていたことがあります。……人間にとって、神とはなんでしょう? 人間にとって、神は必要なんでしょうか?』
お茶菓子のクッキーを咀嚼しながら考える。
(ここで答えを間違えると泣いちゃうのかなぁ。けど、当たり障りのない答えを求めてるわけじゃないんだろうし、ここまで踏み込んだことを聞いてくるのは初めてだから、ちゃんと、俺の意見を聞きたいんだろうなぁ)
予想以上に口の中の水分をクッキーに持って行かれたので、緑茶をもう一口飲む。
「ん。人間にとって神は……そうだな、言葉を選ばなければ”便利なツール”だな」
「それはあんまり」
「ああ、泣くな泣くな。あくまで”大多数の人間にとって”だ。俺の考えは違う」
妹の一言で冷静になり、慌てて女神に言い訳する。
「俺にとっては……」
(戦場で使えない戦神って”便利なツール”以下だよな)
ウーゴの性格だと、一番最初に思ったことは、大体、相手を傷付けるので思うだけにする。さすがに何度も失敗してきたので学習済みだ。
「身内にある親友、かな? まあ、巫だからこそ、だけどな。エーベはどう?」
言いながら窺っていたミネルヴァの反応があまり宜しくないので、エーベに振る。
「身内にある悪友ですかね。あー、うるさいです」
女神になにを言われたのかはわからないけど、後半は兄ではなく女神に対してだろう。
「あとは”人間にとって神は必要か?”だっけ?」
「兄さん」
ジト目で睨む妹からの「てめえ、空気読めよ?」を正確に察した。
「ぶっちゃけ、いらないな」
察した上で本音を言う。
頭の中にシクシクと啜り泣きが聞こえるけど、無視。
「人の願いで神が生まれ、神が敬われて神の力が増した。増長した神が人間を従えて神同士の戦争を始め、世界が壊れかけた」
「神仏創世から神魔大戦までの件ですね」
一つ頷く。
「こりゃ不味い、と、ガイア様が当時の世界そのものであった星と同化して、なんとか人が住める環境を整えた」
「ガイア様が未だに敬われるのは、ガイア様のおかげで私達人間が存在しているから、ですね」
もう一つ頷く。
「それから神々は世界への干渉を最低限にするために、俺達みたいな神託の巫を介することにした。当時は神への信仰心が強かったそうだね」
「中央教会の文献によると、神の威光を傘に、好き勝手やってた巫もいたそうですね」
ちょっと考えてから、頷き返す。
そういった連中は、時の権力者に首を刎ねられる。ウーゴはこういう血生臭い話が嫌いなので、文献を斜め読みしただけで、あまり記憶に残っていない。言われれば思い出す程度の記憶だ。
なので、エーベの言う”好き勝手やってた巫”をはっきり思い出していない。
「けど、神が無条件で敬われる時代は終わった」
湯飲みを持ち上げ口をつけようとしたけど、またトイレに行きたくなって話が途切れたら話を戻すのが面倒なので、残り少ない緑茶を湯飲みの中でクルクル回す。
「完全に終わらせたのは、あの”災厄の巫女”でしょうけどね」
その前から神の力を戦争に利用し、巫を便利な道具扱いをする権力者はいたが、当時、大した力はないと思われていた”災厄の巫女”と呼ばれるパンドラの巫女が、災害で国を一つ滅ぼして見せたことから、周辺国全ての権力者が、神を崇めるのではなく、神を利用し始めた。
「時は流れて、国力を量るのに軍事力より経済力を重視するようになってからは、神に毎日祈りを捧げる人の方が少なくなった」
「私達のご先祖様の時代ですね」
「宇宙開発が進み、人類が宇宙に住むようになってからは、神の側も信仰心を集める工夫をしなければいけなくなった」
「まあ、ご先祖様の時代から、信仰心を集めるのにネットを使う巫はいたそうですけど」
「一番目立っていたのは、あの”災厄の巫女”の巫女だろうね」
当時、ネットワーク経由では信仰心を集めるのは不可能と言われていたのに、その不可能を成し遂げてしまい、担当神を上級神へと昇格させた巫女がいた。しかし、ネットを利用した理由が「真面目に信仰心を集めるのがメンドイ」なのは、あまり知られていない。
「パンドラが”あの巫女は素直に褒める気になれない”って言ってる」
ウーゴにとっては、画期的な方法を編み出した先駆者としての一面しか知らないので、素直に褒めたくない理由がわからない。
わからないので聞き流す。
「んで、現代だ。現代こそ、神を必要としない時代だろうね。一度、各国のお偉いさんに聞いてみたいけど、上の連中って、神託の巫のことを生体兵器かなんかと勘違いしてんじゃないかな? ああ、そういう意味では必要としてるか」
「代えの利く兵器ですけどね。私の疫病をばら撒く神託魔法だって、細菌兵器の方が信仰心を集めるより安価で安全ですし」
「俺なんて、高性能なAIがあれば代用できる程度だ」
「いやいや。その高性能なAIに勝ち続けてる人が言っても」
それでも、高性能なAIを搭載した無人艦を大量に用意されたら、ウーゴでも勝てないだろう。数の暴力が勝つのは、地上を歩兵が駆け回る白兵戦から宇宙艦隊戦まで同じだ。
「兵法の根幹は”敵より多くの兵を集める”だよ」
実は、まだ巫覡になったばかりの頃にミネルヴァが言っていた言葉だ。
(あれ? 反応なし?)
言った本神は忘れているようだ。
「まあ、ともかく、現代では神は必要とされていない。ああ、泣くな泣くな。それでもな、ミネルヴァ。俺は神様には生きていてほしいと思ってる」
『なぜ、ですか?』
「神様がいない世界より、神様がいる世界の方が面白そうだ」
言葉を続けようか少し悩む。この後に続く言葉は少し照れ臭い。
「だから、ミネルヴァにも生きてほしい。ずっと生き続けてほしい」
ミネルヴァの息を吸う音と共にリンクが切れる。
「ん。なんか、面倒な勘違いをしてるらしいですよ」
エーベの言葉に首を傾げる。
勘違いの要素が何処にあったのだろう。
エーベとパンドラがなにやら会話した後、再びミネルヴァと繋がる。
『あの……プロポーズ?』
「……どこが?」
「どうやら”ずっと一緒に生き続けてほしい”と、都合良く聞き取ったようです」
『まずは、ウーゴさんのご両親への挨拶ですけど』
勘違いのプロポーズの返事は「YES」らしい。
『いつものフィギュアではいらぬ誤解を与えてしまいます』
確かに、両親への挨拶に等身大の幼女フィギュアを持っていくわけにはいかない。まあ、性におおらかなアイゼン家では、有りかもしれないけど。
『エーベさんに魂だけ天界に来ていただいて、私の姿を忠実に再現した人形を作っていただき』
神降しをしたらなぜか担当神と入れ替わってしまう妹が巻き込まれるのは確定した。正面の妹を見ると、凄く嫌そうな顔をしている。ミネルヴァは、エーベの協力を得られないだろう。
結婚相手が女神だと、”相手の両親に会いに行く”という一大イベントが、エーベのような特殊な体質でない限りできないので、普通の結婚より楽かもしれない。
『式はいつになさいますか? やはり、未開惑星を見つけてからですか?』
勘違いしたまま、式の日取りの話まで来てしまった。
それ以前に、未開宙域調査船団の船団長になるための資格を取れなくて困ってるし、取れなかった理由が女神のせいだ。喉まで出かかったけど、グッと飲み込む。
「パンドラが”こうなった万年処女はー、面倒だしー、しつこいしー、怖いよー”と言ってます」
『あ、その星に衛星があったら、名前はパンドラにしてあげてくださいな』
「それだと、パンドラ様がミネルヴァの陪神になるのか?」
『そこまでの影響はありません。気分的といいますか……上手く伝わるかわかりませんが、上司のような立場? にはなれます』
どう違うのかは、人の身に説明するのは難いそうだ。
『それに、こんな下品な陪臣は要りませぶべっ!』
いつもの殴り合い。今回の先制はパンドラだ。まあ、パンドラの性格からしたら、陪神扱いされた時点でイラッときていただろう。キレやすい女神にしては我慢した方だ。
『なぜ、そんな卑猥な物で殴るんです、の!』
反撃が早い。さすがは戦神。いや、先制されてるから戦神のくせに?
「卑猥な物って、なんだろう」
妹に向けて軽いセクハラをしてみる。
「ああ、オリハルコン製のバ○ブです」
妹に対してセクハラするのは勇気が必要だったのに、軽く一蹴された。
『ふっ。こんな事もあろうかと、アマツマラさんに注文しておいて正解でした、ね!』
知らない神様の名前に首を傾げる。
「鍛冶の神様らしいですよ。ああ、注文したのは、ヒヒイロカネ製の釘バットだそうです」
喧嘩しながらもエーベの質問に答えてくれるパンドラに、頭を下げる。
「それにしても、天界では神の金属が余ってるのか?」
『あなたは、わたくしの陪神になっていればいいんです!』
「てか、オリハルコンとヒヒイロカネって、どっちが硬いの?」
「宇宙移民が始まったばかりの頃は、地域による呼び方の違いであって、どちらも同じ物だと思われていたそうですね」
『嫌ですよ! あなたの陪神になったら、あの子と同格になってしまうじゃないの』
パンドラの陪神になること自体が、拒否するポイントではない。
「旗艦の装甲を神の金属にしたいなー」
半ば現実逃避気味に呟く。
『ハァ!』
気合一閃?
「釘バットでオリハルコン製のバ○ブを斬ったそうですよ」
言われた意味を理解するのに、少し間が必要だった。
「……刃がないのに?」
さすがは戦神?
『そんな卑猥な物で戦神であるわたくしぶげっ!』
「同じ物を、もう一つ用意していたそうです」
天界は無駄が多いと思う。
「備えは大事だよね」
『陪神の陪神ならいいんです!』
「話、飛んだ?」
「パンドラが陪神になったら、”陪神の陪神がユニになるじゃないか”って」
「ん? ユニ様って、まだパンドラ様の陪神なの?」
「らしいですね」
自分がこれからやらかすであろう諸々の責任を主神に押し付けるために、陪神を続けているだけ。さすがは怠惰の神だ。
『もう、いいんです! ウーゴさんが星を見つけてくれたら、ウーゴさんに嫁ぐから!』
「どうしよう。万年処女神が面倒臭い」
「釣った魚には、餌をあげましょうね」
妹の目が怖い。
既に釣られている妹の目が怖い。
既に釣られて餌を貰っていない妹の目が怖い。
『あなたは、衛星になって一生わたくしの陪神でいればいいの!』
「素直に”一生友達でいてね”って言えばいいのに」
『なっ! ちがっ!』
「友達でも”一生”は重いですね、って、煽らないでよパンドラ」
『友達じゃなく! えっと……あれです……下僕?』
「「ユニ様か!」」
神託の巫覡と神託の巫女が揃ってツッコむ。
『だ、だって、初めてプロポーズされたんだもん! 新婚生活って、どうすればいいのかわからないし』
「あ、もう亡くなってるけど、パンドラは旦那さんがいたらしいですよ」
ちょっと意外に思う。
つまり、新婚生活が不安だから近くで助言してほしい、と。
「パンドラ様が義理のお母さん?」
「二世帯住宅じゃなくて良かったですね」
ウーゴは「見つけるなら、衛星ができるだけ離れた惑星を」と、思った。
「まあ、それには試験に合格しなきゃ、だね」
『わたぐじのじぇいで、ごめんなじゃい』
涙声になった。
感情の振り幅が大きい。
「振り出しに戻ったな」
「戻したのは兄さんですよ」
『わたぐしがんばるからー、みずでないでー』
振り出しより悪くなったような気がする。
「見捨てないよ。見捨てようがないし」
神託の巫と担当神は、切りたくても切れない縁だ。
「切れる縁ならもう切ってるしね」
つい本音が出てしまった。
『やっぱりみずてるんだー! けっごんまえにバツ1だんぶべっ!』
また殴られたみたい。
「ドロップキックだそうです」
違った。
違ったけど、いつも通り騒がしくなる。
重要なことを話したい時にはリンクを切るくせに、パンドラと喧嘩する時だけは切らない。
湯飲みを置き、ため息をつきながらソファに横になる。
いつも通りの騒ぎをBGMにして、ボンヤリ天井を見ながら考える。
「この先の遠い未来も、神様と馬鹿話ができる世界だといいね」
横目でエーベを見ると、なにか返しているようだが、騒がしくて聞こえない。耳を指差し首を横に振ると察したようで、顰め面でため息をつく。
困り顔で笑いかけると、同じような顔で笑い返す。
「「女神様は黙ってて」」
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