一人では戦えない勇者

高橋

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3章

1話  出発前に厄介事

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 結婚式の三日後。
 こちらの暦で二月一日の朝。
 旅立ち日和の朝だ。

 前日に行軍予定をベンケン王国に提出済みなので、いつでも出発できる。

 出国申請は王都でもできるそうだが、今回は邪魔が入らない国境の町で申請する予定。

 朝食の席で、義妹の縁から、傭兵団の正式装備として、彼女が作った迫撃砲の試作品を見せてもらっていると、王都のスラムにある拠点に来客があった。

 客がリビングに通されるまでの間に、迫撃砲をどうするか考える。
 弾は魔力反応弾という物らしい。説明を聞いたけど、よくわからない。普通の迫撃砲と思って間違いないそうだ。"普通"もよくわかってないんだけどね。

「とりあえず、二十門くらい作って実戦でテストしてみよう。砲弾は……百くらいあればいいかな。狼面部隊に配備しといて」

 今現在、狼の仮面を被ってるのは、十六人だったかな? 四門は予備として取っておこう。



 マーヤの案内でリビングに通されたのは、どこかで見た犬人族の少女と猫人族の女性だった。見覚えはあるんだけど、誰だっけ?

「以前、マフィアの拠点に捕らえられていたのを救助しました」

 ああ、いたなぁ。
 確か、犬人族の兄と三人でこの拠点にマーヤが連れて来たんだけど、兄の方が気に食わない奴だったので、僕も積極的に助けようとしなくて、出ていく彼らを引き止めなかったんだ。

「あ、あの!」

 犬人族の妹の方が僕の前に出る。猫人族の女性は、その後ろで不安そうにしている。
 犬妹が勢い良く頭を下げる。

「以前、助けていただきながらお礼も言えずに出ていったのに、こんなことをお願いできる立場ではないのは重々承知していますが」

 頭を上げ、茶色い前髪越しの真剣な目で僕を見つめる。

「どうか! 兄さんを助けてください!」

 再び頭を下げる。
 んー。妹の方に不審な感じはない。けど、猫人族の女性は……なんか引っかかるな。僕を警戒してるんだけど、必死さはない。黒っぽい赤髪を弄っている。てか、モデルみたいな体型だな。

「とりあえず、話を聞かせて」

 まず、自己紹介をして、二人から話を聞く。
 犬人族の妹は、名をジルヴィア・エルケンスと名乗る。兄がウーヴェ。で、猫人族の女性がカトリン。彼女に士族名はないそうだ。

 以前、三人に会ったのは、五日か六日くらい前だったと思う。
 あの後、ジルヴィアさんは「真面目に働こう」と、兄とカトリンさんに提案したけど受け入れられず、兄は僕らの情報を貴族に売ったらしい。
 けど、情報が間違っていたらしく、兄は貴族に捕らえられて、カトリンさんだけ逃げてこれたのだそうだ。
 それで、兄を助けたいんだけど、兄が仕切っていたスラムの子供たちは声をかけても集まらず、藁をもすがる思いでここに来た、と。

 ……なんか、必死なジルヴィアさんと、ただ警戒してるだけなカトリンさんの態度がチグハグなんだよな。
 これ、罠かな?
 テーブルに置いてある蛙の仮面に手を伸ばし、被って仮面にプラーナを流す。
 念話機能で誰かに相談しようとしたら、ユリアーナから仮面のトークアプリでテキストメッセージが送られてきた。
 一言、「黒」と。
 続いてマーヤ、縁も「黒」。
 御影さん、由香、由希は「黒寄りのグレー」。
 遅れて、エミーリエさん、鞘さん、氷雨さん、本田さんが「黒」と送った。
 他は、この場にいないのでメッセージはない。

「では、人海戦術でい」
「待って!」

 名前以外喋らなかったカトリンさんが、僕の言葉を遮って止める。

「場所はわかってるから、あんたともう一人くらいで潜入すれば充分よ」

 御影さん、由香、由希が「黒」に訂正。
 うん。罠が確定したな。
 けど、それならジルヴィアさんの態度が気になる。演技だとしたら凄い。まあ、女性の演技を見破れるほど経験豊富ではないから、僕が見破れていないだけで、みんなは見破れてるのかもしれない。
 気になる。気になるけど、自分の節穴っぷりを知りたくないし、真剣な目をして兄の身を心配するジルヴィアさんを信じたいので、「ジルヴィアさんは白?」というメッセージを送信せずに消した。

「わかった。なら、俺とマーヤとエミーリエさんで行こう」

 彼女の提案に一人追加してみた。
 カトリンさんは、少しだけ考えて「まあ、いいわ」と呟いた。

「ほんじゃあ、ユリアーナ。出発の準備を進めといて。予定の時間までには戻るから」

 ユリアーナは笑顔で了承した。
 これから罠に飛び込むんだけど、心配してくれないの? ……マーヤとエミーリエさんがいれば大丈夫か。おまけに、麒麟の松風と二人の愛馬のスレイプニルもいるんだから、心配する要素はないか。



 ウーヴェという犬人族の兄が監禁されているのは、貴族街の隅にある廃屋だそうだ。

 僕は松風に騎乗。フレキとゲリとウカは拠点でお留守番。さすがに護衛の三頭まで連れ出したら過剰戦力かもしれない。なので、お留守番だ。
 マーヤとエミーリエさんもそれぞれの愛スレイプニルに騎乗し、マーヤの後ろにジルヴィアさんを、エミーリエさんの後ろにカトリンさんを、それぞれ乗せている。

 開け放たれたボロボロの門を潜り抜け、廃屋の敷地内に入る。かつては見事な前庭だったかもしれない雑草だらけの花壇を一瞥して、廃屋内の気配を探る。
 半分倒れた扉の向こう、玄関ホールと思われる場所に五人分の気配。
 左右の花壇の背の高い雑草に隠れてるのが、左右にそれぞれ二人ずつ。
 右手、通りを挟んだ隣の屋敷の上に一つ。これは知ってる気配だ。たぶん、【弓の勇者】。チラリと横目で確認すると、ペコリと頭を下げる【弓の勇者】と手を振るロジーネ姉さん。……いたんだ。

 正面の玄関に向き直ると、斜め前にスレイプニルを進めたエミーリエさん。その後ろに乗っているカトリンさんが、エミーリエさんの首に手を伸ばす。
 その手には見覚えのある物が。

「なにを?」

 エミーリエさんの疑問は、彼女自信がその首に巻かれた首輪を触ることで解消した。

 カトリンさんが素早くスレイプニルから降りて、玄関へ駆け出す。
 ジルヴィアさんは、状況が理解できていないのかキョロキョロしながら「え? え?」と言っている。知らされていなかったのか。
 うん。白だな。これで黒なら、いっそ清々しい。

 玄関の奥の闇にカトリンさんが消え、代わりに見知った顔が姿を現す。

「やってみるもんだな。こんなに上手くいくとは思わなかったぜ」

 【斧の勇者】木下恭介だ。
 僕をイジメていた中心人物。
 視界の隅で、エミーリエさんの体が強張る。

 僕にしろ、エミーリエさんにしろ、僕たちの人生において重要人物ではある。
 とはいえ、僕にとってはもうどうでもいい相手だ。決闘の末、彼に被ることを強要されていた蛙の仮面を彼に返してスッキリしたから、どうでもいい。
 けど、彼にとってはどうでも良くないみたいだ。

 【斧の勇者】の後ろに、三人の貴族と犬人族の少年が続く。
 そうだ。こんな顔だった。ウーヴェ・エルケンス。ジルヴィアさんの兄でガッチリした体格なのに童顔な十九歳。ユラユラ茶色い尻尾が揺れている。
 その後ろから、勝ち誇った顔のカトリンさんが続く。

「さあ! 奴隷よ! 【支援の勇者】を討て!」

 斧が、三文芝居のような安っぽい仕草をつけながら、横柄に命令する。
 その命令を受けたエミーリエさんは、自分の首に手を当て、その首輪を……引き千切った。

「な? え? なんでだよ! 『隷属の首輪』だろ? なんで従わねぇんだよ!」

 当たり前だ。【奴隷】のクラスレベルをカンストさせたら手に入る、〈隷属無効〉スキルのお陰だ。
 というか、そもそも、首輪をしただけでは奴隷にならない。後ろの貴族たちも、『隷属の首輪』単体では奴隷にできないってことを知らないようだ。あまり知られていないようだけど、あれは、〈契約魔術〉と組み合わせないとただの首輪なんだ。

 エミーリエさんの下馬に合わせて、僕らも下馬する。
 俯いた彼女の表情は見えない。けど、肩が怒りに震えている。
 〈支援魔法〉のパスを介して見える彼女の感情は半分以上が憎悪。残りは羞恥と恐怖。

「マーヤ殿。アレの相手は私がします」

 エミーリエさんの有無を言わせぬ迫力に小揺るぎもせず、メイド様は左手を軽く振る。
 たったそれだけで、左右の花壇に隠れていた気配が消えた。なにをしたの?

「な、なにをしている! さっさと殺せ!」

 貴族の発したそれは、隠れていた連中に言ったのか、エミーリエさんに言ったのか、もう知りようがない。言い終わる頃には、貴族が三人ともその場に倒れて絶命していた。

「ひっ!」

 隣に立っていた貴族が突然倒れたことに驚いて、短い悲鳴を上げたカトリンさんが腰を抜かす。

「では、参ります」

 そう言って武骨な騎士鎧を纏ったエミーリエさんはガチャリと一歩踏み出す。
 彼女に「殺すな」と言う前に、二歩目は【斧の勇者】の目の前で両手剣を振りかぶっていた。

「殺すな!」

 たぶん、間に合うタイミングだ。
 振りかぶったままエミーリエさんが止まる。
 その様を見て、なにを勘違いしたのか【斧の勇者】がニヤリと嗤う。

「そうか。お前、あん時の騎士か」

 今思い出したの?
 エミーリエさんを抱き締めるように両腕を広げ、一歩前に出る。

「俺を忘れられなか……へ?」

 振り下ろされた。
 広げられた左の肩へ。正確に左腕を切り落とした。
 突然軽くなった左腕を見て、【斧の勇者】がポカーンと左腕があった場所を見る。
 切り落とすと同時に止血したようで、傷口からは一滴も血が流れていない。
 【斧の勇者】の視線が、足元に落ちた自分の左腕に向けられる。
 自分の身に起きた大事件をようやく理解したのか、右手の片手斧を落とし、奇声を発しながら落ちた左腕を拾い、血塗れの腕と血がついていない肩をくっ付けようとする。

「主様。なぜ止めたのか、伺っても?」

 咄嗟に止めたけど、明確な理由があったわけではない。なんとなくだ。なんとなく、彼女があいつを殺すのが嫌だった。
 ……ちょっと違うか?

「上手く言語化できるか……そうだなぁ。エミーリエさんが憎しみのままあいつを殺したら、エミーリエさんが騎士じゃなくなるような気がして」

 あくまで"気がする"だけだ。実際に、結城君が【光の勇者】をロストしたみたいに彼女が【騎士】クラスをロストするとは思えない。
 けど、彼女の内から沸き上がる憎悪に従って殺したら、彼女は二度と騎士ではなくなるような気がしたんだ。

「俺のことを"主"と呼ぶんなら、エミーリエさんも騎士であってほしい」

 僕の我儘を押し付けるようで申し訳ないけどね。
 納得してくれたかわからないけど、エミーリエさんは顔を逸らしながら「そうですか」と呟いた。
 なにを考えているかは、パスを介して感情の色を見ればある程度だけどわかる。けど、あまりこれに頼る気はない。言いたいこと。伝えたいこと。知りたい気持ち。そういったことは、できるだけ言葉でやり取りしたい。
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