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第十一章 因縁の対決
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「アルベルトと積もる話もあるだろう。今日は泊まっていくといい。孤児院には連絡を入れておくから」
国王にそう許可を出され、シスター・エルもフィーリアも、その日は宮殿に一泊することになった。
本音としては慣れない格好をして、慣れない場所にいるのは疲れるので、すぐにでも孤児院に帰りたかったが、アベルと直接話したいというのも本音だったので、ここは素直に従ったのだった。
アベルが本調子ではないというのは事実らしく、彼はあまり出歩けないようだった。
エルもフィーリアも彼と逢うこともままならず、これで積もる話もあるだろうと言われても、どうやって話し合えというのかと、無責任に許可を出した国王に文句を言いたかった。
これなら話し合えないまま孤児院に帰った方がよかったとまで思ったが、フィーリアはアベルに直接部屋に呼ばれた。
本当はエルも呼ばれたのだが、エルが断った。
今はアベルに逢いたくないと。
だから、フィーリアだけがアベルの部屋に訪れたのだった。
アベルの自室は国王に勝るとも劣らない豪華な部屋だった。
世継ぎだという証拠なのか、それまでの彼の自室と比べたら天地の差だ。
そこにいるアベルは見慣れない青年に見える。
部屋に入ってきたフィーリアは強張った顔のまま、ソファーに腰掛けているアベルを見ていた。
「驚かせたよな、フィーリア」
「お兄ちゃん……ううん。世継ぎの王子様」
呼び方を訂正され、アベルは複雑な顔で笑う。
「お兄ちゃんでいいよ。フィーリアにはそう呼んでほしいから」
「でも、もうお兄ちゃんじゃない。あなたは王子様だよ。王子様になるために、ここに戻ってきたんじゃないの?」
「確かにそうだけど……毒を盛られたりしなかったら、俺はまだ宮殿に戻るつもりはなかったよ。叔父さんからも公爵からも、今の俺じゃ王子としては迎えられないと言われていたし」
「どうして?」
「覚悟が足りないんだって」
「覚悟?」
「国王として頂点に立って国を治めていく覚悟が」
国王とか国を治めるとか、それまでのアベルからは考えられない単語を言われて、フィーリアは今更のようにもう彼とは住んでいる世界が違うのだと痛感させられた。
アベルが見ている世界とフィーリアが見ている世界は、もう同じではないのだ。
アベルに見えている世界はフィーリアには見えない。
見ているものが違う。
感じているものが違う。
それが現実だった。
「俺の今の覚悟では国王として国を治めていくことはできない。だから、落ち着いたら孤児院に帰れ。そう言われてたよ。今ではそれも無理だけど」
「どうして?」
「時期じゃなくても俺がまだ素性を明かしていなくても、俺が世継ぎであることは変わらない。その俺が毒を盛られ暗殺されかけたんだ。当然だけど宮殿を揺るがす大事件になる。その結果俺が世継ぎであることがハッキリしてしまったんだ」
「どうして殺されないといけないの?」
「どうして……か。治世者だから、かな」
「そんなの理由になってないっ!!」
フィーリアは住む世界が違うことは納得している。
できなくても納得するしかないのだ。
それによりもう同じ場所に居られないこともわかっている。
だけど、自分の知らないところで、もう逢えないアベルが危険な目に遭うことだけは納得できなかった。
それではアベルは幸せに暮らしていると安心できない。
「フィーリア。俺の父さんも……暗殺されたんだよ」
「前王様?」
「うん。ずっと顔も知らなかったんだけど、素性がハッキリしてから、実は父さんも殺されていたってことが、最近になってわかったんだ。どうして殺されたのか動機はわからないけど」
「だから、今度はお兄ちゃんの、世継ぎの王子様の番? 邪魔だから?」
「邪魔……なのかなあ。国を治めるためにどうして普通の幸せを捨てないといけないのか、俺にもわからないよ」
「そんなの……酷いよ」
国を統べるということが綺麗事では成り立たないことはアベルにもなんとなくわかる。
痛みを感じ、それでも国を治めていく覚悟を持たなければならないことも、今ならわかるのだ。
それでもそのことと殺されるという現実とは結び付かない。
国を治めていく者だから狙われるのは仕方ない。
そんなふうにはアベルには思えなかった。
「エル姉が怪盗だって知ったとき、色々言われたよ。貴族なんて全員があくどい。だから宰相はその親玉だ。そんなことばかり言われて、俺は初めて自分の責任というものを感じたんだ。それは俺が逃げているせいじゃないのか?
俺が自分の責任を果たしていたら、エル姉に正面から、そんなことばかり真似をしなくても、国は良くなる。俺がよくしてみせる。そう言えたんじゃないか。そう思ったから」
「一握りの人間がすべての人間を救うことなんてできない。王様はそう言ってたよ?」
「うん。それもわかってる。でも、できないからって不可能に近いからって諦めたらダメなんだ」
そこにいて真っ直ぐに前を見据えているアベルは、もう吟遊詩人のアベルではなかった。
尊い世継ぎの王子様。
この国の次期国王だった。
「フィーリア。俺は国王になる」
ハッキリ言い切るアベルにフィーリアはなにも言えなかった。
彼がどんどん遠くなるのを悲しい目で見ている。
「いつになるのかわからなくても、俺は国王になる。亡くなった父さんに負けないくらい、叔父さんにも負けないくらい立派な国王になる。だから、フィーリアも立派なシスターになれよ?」
「……お兄ちゃん」
ポロポロと涙が零れた。
これがアベルの決意。
別れの言葉だと知って。
「フィーリアが立派なシスターになった姿を、この目で見られないことだけが残念だよ」
「お兄ちゃんっ!!」
フィーリアは泣き出して彼の胸に縋った。
もうこうして甘えられることもない。
そう感じながら。
アベルはしっかり抱き締めてくれた。
高価な服が汚れるのも気にせずにフィーリアが泣き止むまで、ただ抱いていてくれた。
その姿はそれまでと変わらないアベルだった。
シスター・エルとフィーリアが王宮にいる。
マリンがそれを知ったのは、レイティアとレティシアの下に公爵令嬢リアンがそれを報せてくれたからだった。
レイティアたちは逢うべきかどうか悩んだが、今彼女たちと話し合うべきなのは、自分たちではなくアベルだと思ったので特に動かなかった。
昼食が過ぎて交代の時間になって、マリンはようやくシスター・エルの下を訪れることができた。
一度彼女に逢っておきたかったのだ。
現状で孤児院に出向くことは難しい。
だが、エルには逢いたい。
逢うべきだ。
そう思っていた矢先に彼女が王宮にきたのである。
それもリアンから聞いた話によれば、怪盗として公爵家の城に乗り込んだという話だった。
だから、マリンはやっぱり彼女が怪盗だったと知って、どうしても話し合いたかったのだ。
「エル姉」
部屋に訪れてきたマリンを見て、エル姉は苦い顔を向けた。
「マリンが宮仕えをしているとは思わなかったわ。最初からわかっていて騙していたのね? あのふたりが王女であることも承知で。もしかしたらアベルのことさえ」
「アベルの身元についてはなにも知らなかったわ。アベルのことは最重要事項だもの。あたしなんて教えてもらえるはずがないでしょう? レイティア様からもレティシア様からも伺っていないわ」
「そう」
仕えている立場ならマリンはなにも悪くない。
主人に黙っているように言われたら、マリンには教えることができないからだ。
第一アベルのことに至っては、彼女の言っているように、おそらく限られた者しか知らない極秘事項だった。
だから、マリンにはなんの罪もない。
そのことはシスター・エルも認めていた。
「騙していたのは……エル姉の方でしょう?」
一言指摘されてエルは黙り込んだ。
「エル姉はおそらくアベルを許してない。裏切られたと思ってる。アベルが王子だったことを認めてない」
「……それがなんだっていうの?」
「裏切ったのも騙していたのもアベルじゃない。エル姉の方よ」
「あたしはっ」
「騙してないって言い切れるの? 敬虔なシスターの顔の裏で怪盗なんてやっていたエル姉が」
グッと詰まってなにも言えないエルにマリンは傷付いた目を向ける。
「アベルはエル姉のために死にかけたのに」
「アベルが死にかけたのは王子だからで、別にあたしのせいじゃ」
「宮殿に戻ってくれば危険。そのくらいアベルだって知っていたのよ? アベルはだれのために戻ってきたの? だれのために危険な橋を渡ったの?」
「……あたしが頼んだわけじゃない」
エルにはそれしか言えなかった。
本当はアベルに謝りたいのに。
騙していてごめんと。
自分のせいで危険な目に遭わせてごめんと。
それができないことで苦しんでいるのはエルの方だった。
自分で自分が腹立たしい。
「エル姉。エル姉がアベルを否定するかぎり、あたしも……エル姉を否定するわ」
「……マリン」
「エル姉がアベルを許せないなら、あたしもエル姉が許せない。どちらが悪いのか。そう言われたらあたしにはエル姉だとしか言えない。そのエル姉がアベルを責めるなら、あたしがアベルに代わってエル姉を責めるわ」
「……どうぞ。お好きなように」
顔を背けて言ったエルにマリンはムッとして背中を向けた。
「あたし……ここにくるまで、こんな言葉は言わなくても済むかもしれないと思い込もうとしてた。エル姉に裏切られたのはアベルだけじゃない。あたしも同じよ」
「勝手にそう思っていればいいわ。あたしはだれも裏切ってない」
「エル姉。自分の過ちに早く気付くべきよ」
それだけを言ってマリンは出ていった。
後ろを振り返らずに。
自分が怪盗だと知っても離れていかなかったのはフィーリアだけだと思ってエルはそっとため息をついた。
「大泣きされたなあ」
腕の中で泣き崩れたフィーリア。
アベルは自分の両手を眺めて、そのときのことを思い出している。
フィーリアがあんなふうに泣きじゃくったのは初めてだった。
これまでは多少悲しいことがあっても悔しいことがあっても、フィーリアは明るく笑っていた。
泣き崩れるなんてこれまではなかったのだ。
妹を泣かせたのが自分だと思うと胸が痛い。
そのときコトリと音がした。
扉を振り返る。
なにも変わったところはない。
怪訝に思ってソファーから立ち上がり近付く。
扉の下の方にカードが挟まっていた。
「?」
手に取ってみる。
そこには見慣れない文字があった。
少なくともアベルの知っている筆跡じゃない。
『フィーリアという小娘は預かった。返してほしければひとりで東の塔にこい』
「これ……」
ガタガタとカードを持つ手が震える。
添えられていたのは金の髪。
「フィーリアっ!!」
ズキンと心の臓を痛みが走る。
毒の後遺症を最も受けている場所。
がターンと派手な音を立ててアベルはその場に崩れ落ちた。
「殿下っ!?」
控えていた近衛たちが駆け寄ったときには、アベルは扉の付近で気を失っていた。
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