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第一章 異世界
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しおりを挟む第一章 異世界
ところかわってここは世界一の大国シャーナーン。
その首都ジャスティ。
そして王城オーシャン。
謁見の間で皇帝の第一皇子アレクが謁見している。
北国シャーナーンは周囲を海やら山やらに囲まれていて、おまけに気象条件が味方して冬になると、ほとんど陸の孤島状態だった。
だから、他国からの侵略をそれほど気にしなくて済む。
そのせいか冬に謁見が行われるときは、他国絡みではなく宗教絡みだったりした。
シャーナーンの主教はイズマル教と言われる一神教で大神イズマルを崇拝している。
イズマル教は他国にも広まっているが、その布教に関わることで使用されることが、冬は非常に多いのである。
イズマル教の盟主は皇帝だが、今その実権を握っているのは第一皇子アレクだった。
そのため皇帝とアレク皇子が逢うとなると、ほとんどが宗教絡み。
「ダグラスが動いたそうだな?」
皇帝が憂鬱そうに言う。
ダグラスとは最近できた新興国で、昔は世界最強とまで言われていた国の人々が集まってできた小国家だ。
だが、軍事力は侮れない。
何故かというとダグラスは世界中で唯一召還師を抱える国家だからである。
国民のほとんどが召還師だとも言われ、事実現大統領ウィリアムも召還師だと聞いている。
大統領が頭角を顕してきているだけに、ダグラスの状況は知っておかなければならないことだった。
「彼らは異端の宗教、自然教を信じていますからね。そのために活動しているようです」
「自然教を信じることと召還獣を召還し続けることとなんの関係がある?」
「彼らに言わせれば召還獣を召還できることこそ太陽神の恵み、なのだそうですよ。
実際四大宗教とまで言われている我が宗教、イズマル教とダグラスの掲げる自然教、そして東国の華南の掲げる四神教。最後に宿敵ルノールの掲げる全世界精霊教。
そのすべてになんらかの影響力があるのは現実です。彼らが召還獣を召還し続けることで、自らの宗教の正統性を訴え続けることは、ある意味で正当な行為ですよ、陛下」
例えば古王国ルノールの信じる全世界に精霊が存在していて力を与えてくれるという全世界精霊教においては、ルノールは精霊の加護を受ける国だとかで、人々は日々精霊に感謝の気持ちを捧げて暮らしている。
そうして優れた信仰力を認められた者だけが持てるという、一種のステイタスである精霊使いの称号。
ダグラスとルノールはその異なる類似点によって脅威だった。
ダグラスは自然教を信仰し、その証として召還術を使う。
そうして脅威的な力を持つ召還獣を召還しては戦力としていた。
ルノールは数こそ少ないが、精霊使いが普通に存在していて、本国に攻め込むことは、まず成功しないと言っていい。
しかもルノールの人間にしか見えないという利点まである。
お陰で精霊使いに攻撃されると防御のしようがなかった。
華南は一番問題が少ないように思われるが、民族的に攻撃的な一面を持っており、おまけに彼らが信じる四神教によれば、なにかひとつなら願いを叶えて貰えるらしいのだ。
その権限を使った帝はまだいないから、四つの願いを叶えられる可能性を秘めている。
つまりどの国も脅威になり得るのだ。
イズマル大神はすべての神々の頂点に位置するべき神だが、実在も危ぶまれるほどに昔話信仰力がなく、省みられるようになったのは、シャーナーンが世界一の大国になってからだ。
シャーナーンは他の国々のように神々に頼ることなく、自国の力だけで世界一になった。
それがアレクの誇りであり、イズマル大神は確かにいるという信仰の由来となっている。
でなければ一小国家に過ぎなかったシャーナーンが、ここまで大きな国になれるわけがない。
他の国々のように特別な力は持っていないのだから。
「それでウィリアム大統領は今回はなにを召還したのだ?」
「それが……人間らしいんです」
「人間? それでは召還獣ではないではないか」
皇帝が呆れた声を出す。
「それがこの人間、召還されたくせぬダグラス人と同じ特徴を持っているとか」
国々にはそれぞれ人種的特徴があり、国が敵対関係にあることもあって、その人種的特徴は未だに守られていた。
シャーナーンは金髪、碧眼、象牙の肌。
ルノールは銀髪、緑眼、肌は雪のように白い。
華南は黒髪、黒瞳、肌は黄色みを帯びている。
そして最後に人種的歴史は古いダグラスは赤髪、金瞳、褐色の肌をしていた。
「つまりなにか? その召還された人間は金髪、金瞳、褐色の肌をしていると?」
「しかも召還獣らしく人間にはない能力を所持しているとかで」
「厄介な。獣だけでも面倒だったものを。イズマル大神への冒涜だ」
実はイズマル大神が赤髪、金瞳、褐色の肌と伝わっていた。
ルノールを宿敵と呼びながらも、ダグラスを敵対視する理由がそれである。
信じる神と同じ姿。
それだけでダグラス人は神への冒涜をしている。
それが彼らの感じ方だった。
勿論ダグラス人には知ったことではなかったが。
「もしかしたら神の特徴を宿した人間というのは、探したら他にもいるかもしれませんね」
「成る程。だが、その召還獣がそうだとしたら?」
「いえ。わたしの信じる神の特徴を宿した人間というのは外見のことではありません。能力のことです」
「能力?」
皇帝が怪訝な顔をする。
「イズマル大神が真実神々の頂点に立つべき唯一絶対の神ならば、その特徴を宿した人間がいるとすれば、絶対にすべての宗教の理を打破する者でなければならない」
「……ふむ」
「すべての宗教には理があります。ダグラス人がルノール人のように精霊使いになれないように、ルノール人がダグラス人のように召還できないように。そして華南人のように神々を召還し願いを叶えて貰える資格を我々が持たないように」
「しかしそんな人間……いるのか? 本当に?」
皇帝は信じていない顔だったが、アレクは丁寧に頭を下げた。
「時間を下さい。少し探ってみますので」
「そなたに任せる。だが、気取られるな」
「はい」
頷いてアレクは謁見の間から外に出た。
そこでは第二皇子カインが立っている。
「……カイン」
「また暗い顔だな、アレク」
カインは弟だがアレクのことは呼び捨てにしていた。
それはふたりの母親が違うことに由来する。
ふたりにはまだ弟と妹がいるが、どちらもふたりとは母親を異にする。
シャーナーンは一夫多妻制の国なのだ。
「大神の特徴を持つ人間を捜すと父上に約束してしまった」
「どうしてそんな真似を? いるかどうかもわからないのに」
「ダグラスが大神と同じ外見の人間を召還獣として召還した」
「あの噂は事実だったのか」
カインは遠い眼をする。
彼は軍関係の仕事をしているので、そういう噂が入ってくるのも早いのだ。
「ダグラスの下で召還されたその人間が、イズマル大神の化身などと噂されるのは困る」
「だからといっているかどうかもわからない人間を捜すと約束するのは安易すぎる。アレクらしくない」
信心深いアレクらしい発言にカインは苦笑する。
冷静にみせながら実は熱血漢なところのある長兄が、彼はとても好きだった。
器用に振る舞いながら実は不器用で、誤解されても誤解されても、それを受け入れて許してしまう。
そんな一面がアレクにはある。
懐の深さとでもいうのだろうか。
そのアレクが唯一冷静さを失うのが大神に関することだった。
それだけ兄が信心深いということだとカインは納得している。
「アレクはどんな手を打つつもりなんだ? なんならおれが諸国を巡ってもいいが」
「今は敵国とはいえ特に戦争状態にあるわけでもないからな。今回は俺が動く」
「アレク!!」
思いがけない兄の発言にカインは慌てたが、アレクは譲らなかった。
「これは俺が言い出したことだ。カイン巻かせにはできないだろう」
「……だったら護衛としておれを連れていってくれ。この国一番の剣士を連れていかない手はないだろう? それにおれは……」
「猛獣使い……か?」
カインは軍で働くようになってから、森などで夜営する機会も増えて、その際に獣に襲われることが多かったので、訓練してある程度の獣なら操れるようになっていた。
指笛ひとつで獣を操るその姿にアレクは常々感心していたものだ。
神々の信仰の力を借りて召還術を使ったり、精霊術を使ったりするダグラス人やルノール人などより余程凄い。
それを口に出しても万事控えめなこの弟は、おそらく受け入れないだろうけれど。
「しかしそうすると宮殿に残すケインやシャーリーが心配だな」
アレクが口にした名は第三皇子と第一皇女の名前である。
シャーリーが姉でケインが弟だ。
シャーリーはカインのすぐ下の妹でケインは末弟だった。
それだけにふたりは妹と弟をとても可愛がっている。
陰謀渦巻く宮廷に幼いふたりだけを置いていくというのも心配だ。
「シャーリーはお転婆な分しっかりしている。ケインを任せても大丈夫だろう」
「お前はシャーリーを信じすぎだ。カイン。あれでも皇女なんだぞ?」
「信じなければおれたちのような立場の者は動けない」
「確かに」
ため息交じりに頷くアレクだった。
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