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第三章 精霊使い
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謁見の間には世継ぎとして瀬希も出席しなければならないので、彼は今まで謁見に行っていていなかったのだが、会食が始まる前には慣れない事態に戸惑っているだろうふたりの元へとやってきてくれた。
控え室で待っていたふたりは、瀬希の姿を見て立ち上がる。
「いや。そのままでいい。会食はもうすぐ始まるが打ち合わせをしておこうと思ってな。綾都」
「なに?」
綾都が答える。
朝斗は本来、綾都には他の男も女も近付けたくないが、朝斗は何故かこの出来すぎた瀬希皇子に好感を持てないので、彼に対する相手は綾都に任せていた。
同時に側室という扱いになっている綾都を抜いて、朝斗が相手をするのも憚られたという理由もあるのだが。
「取り敢えず名前なんだが」
「名前?」
「兄が朝斗。お前が綾都でいいんだな?」
「うん。そうだよ? どうして今更そんなことを訊くの?」
「忘れているようだが、わたしは自己紹介は受けていない」
ムスッとした瀬希に言われ、綾都は「そうだったっけ?」と呑気に呟いた。
「やり取りでなんとなくお前は知っていたが、自己紹介を受けたわけじゃない。だから、名前を呼んだことがないだろう?」
言われてみればそうだったと綾都は反省する。
世話になっておいて自己紹介もまだなんてあんまりだ。
「ごめんなさい。忘れてました。ぼくは真宮綾都。兄さんは真宮朝斗だよ」
「真宮? それはなんだ?」
「名字だよ。こっちにはないの?」
「みょうじ……」
「姓名の姓の部分なんだけど、もしかしてこっちには名前しかないのか?」
朝斗が割って入った。
弟に任せると迷走しそうな内容だったので。
「せいめいというながわからない。生命ではないんだろう?」
「違う。この華南という国のように大きく分ければ、俺たちは日本人ということになるんだけど。姓というのは日本人の中でも、ごく近い血を持つ血族が名乗るもので、別に俺たちの個人名を意味するものじゃない。だから、朝斗、綾都と呼び合うんだ。それが俺たちの名前だから」
「なれほど。だったらその真宮というのは名乗らないでくれ。こちらにはさういうものはないんだ。個人名しかないから」
「「わかった」」
ふたりが頷くと瀬希は少し言いにくそうに綾都に言ってきた。
その頬はうっすら赤い。
「それで綾都に頼みがあるんだが」
「なに?」
「これから綾と呼んでもいいか?」
「え? いいけどなんで?」
綾都はあっさり許可を出したが、今まで唯一そう呼べていた朝斗はムッとしている。
世話になっているということで我慢したが。
それに瀬希はなにもなくて、こういうことは言い出さないだろうとわかっていたし。
「綾都は一応わたしの側室という形になっているだろう? 綾都と呼んでもいいんだが、できればもっと親しいということを示したい。そのために兄である朝斗が呼んでいる愛称呼びが適していると思ってな」
「ふうん。なんかややこしいね」
「仕方がないだろう? 周囲は少女としての綾都が、わたしの側室だと信じていたんだ。それが突然同性だと証明するわけだから、側室として迎えたこと自体が誤解だったと思われたくないんだ。そうしたら綾を護れない」
「……瀬希皇子」
「わたしの責任でふたりを保護したんだ。できるだけ自由でいさせてやりたいし、危険な目にも遭わせたくない。そのために少し親しげな素振りを取る必要があるんだ。わかってもらえたか?」
じっと目を覗き込んでくる瀬希皇子の黒い瞳に、綾都の無邪気な漆黒の瞳が映る。
その瞳が柔らかく笑んだ。
瀬希はドキッとした。
出逢ってから綾都は随分綺麗になったと思う。
出逢った頃から綺麗だとは思っていたが、最近は罪なほどだ。
これで男だというのは一種の罪だ。
「そんなこと確認しなくても好きなように呼んでくれたらよかったのに。ぼく……一応瀬希皇子とは親しいつもりだったんだけどな。そう思われてなかったんだ?」
漆黒の瞳が悲しそうに揺れる。
「いや。親しいと思うもなにも、ほとんど触れ合っていないだろう? 綾はずっと寝込んでいたし」
「そうだったね。ごめん」
確かに綾都は瀬希と出逢ったとき、かなり体調を崩していて、こちらに世話になってからも、ずっと寝込んでいた。
そのため側室扱いはされているものの、ふたりの寝室は別だった。
本来は皇子や帝が側室や正妃の下へ通うのだが、同性の場合や真に寵愛を捧げている相手のみ、皇子の側室で閨を共にする。
つまり綾都の立場では瀬希の寝室で寝なければ不審がられるということだ。
綾都が元気になるまでは、なんとかごまかせたが、これをどう説明しようと瀬希は内心で突っ込んでいる。
同性で皇子や皇女の寝室で閨を共にしない場合、心が離れたと判断されて側室から外すように進言される。
今までそういう目に遇わなかったのは、綾都が寝込んでいることは、瀬希の宮では知らぬ者がいなかったからだ。
原因が不明なこともあり、皇子に伝染されるのを嫌って、周囲も進んで綾都を瀬希に近付けようとはしなかった。
それなのに側室から外すよう諭されなかったのは綾都の美貌のせいである。
綾都が多少健康に問題があっても、綾都の代わりは中々いないだろうと、周囲も納得したというわけだった。
「取り敢えずふたりに注意したいことがある」
「なに?」
「おそらく会食の席ではルノールのレスター王子たちも、この華南の言葉を使うとは思う。だが、万が一ダグラス語やルノール語で会話されても、ふたりは口を噤んでいてほしいんだ。それと絶対に字を書かないこと。字を書いたレスター王子たちには、おろさくルノール語に見えるだろうから、それは困るんだ」
ふたりの言語能力が耳にした言語や人種に左右される以上、ふたりの文字を見られたり、違う国の人間に、その国の言葉や違う国の言葉で会話されたときに口を挟まれるのは困るのだ。
瀬希にしてみれば幾ら華南人の色をしていても、顔立ちなどがまるで異国人みたいに違うふたりである。
それだけでも疑問視されるのだから、それ以上は興味を持たれたくなかった。
ふたりの存在が貴重且つ重要であると判断される事態だけは避けたい。
特に朝斗には何故だか大岩をも割れるだけの怪力が備わっているし、用心というものはしていて困ることはないので。
「さて。今から会食だ。綾は朝斗やわたしを見てゆっくり食べることだな。みなには綾が少食なのは言ってあるから安心してくれ」
「はーい」
綾は落ち込んだようにそう言った。
少食だというのは事実だが、今回それを理由として使ったのは、綾都の食べる速度が遅くなり、ふたりを見ながら食べていても不審がられないためだ。
わかるから落ち込んだのである。
そんな弟の髪を朝斗が撫でる。
このふたりは本当に兄弟に見えないくらい仲がいいなと瀬希は何気なく思う。
仲のいい兄弟に割り込もうとは思わない。
でも、割り込めないことが、第三者でしかないことが、なんとなく寂しかった。
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