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第三章 精霊使い
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しおりを挟む会食の席には華南の帝と第一皇子の瀬希、第二皇子の古希。
そして帝の正妃と側室たち。
最後に瀬希の側室として綾都。
付き添いとして朝斗が出生することになっている。
その会食の場で綾都たちは初めて瀬希と古希以外の皇族に対面することになったのだが、挨拶もそこそこに帝が(38歳くらいだろうか? 瀬希の父親としては多少若い気がするが)意外なことに瀬希に声を投げた。
「瀬希よ」
「なんでしょうか、陛下?」
正式な他国の王子の前とあって、瀬希も普段通りの態度は取らず、皇子として答える。
「そなたが迎えた側室は絶世の美姫と聞いていたのだが、なにやら男物の服を着ているような……?」
綾都を見た途端父が目を輝かせたので、瀬希は側室扱いにしたのは正解だったと思ったものだ。
レスター王子がいるのにその話題を振ってくるなんて、余程綾都が気になっているらしい。
まあ父の好みだろうとは思っていたのだが。
父は多くの側室を持たない主義で、居ても2、3人だが、そのすべてが容姿端麗だった。
特に愛らしいタイプに弱いらしく綾都は帝の好みに適している。
わかっているから父を警戒していたのだ。
「そのことですか。外見が外見なので男だと何度言っても、周囲に信じてもらえず、仕方なく女装させていたんですが。さすがに他国の正式な世継ぎであられるレスター王子の前で女装させるのは非礼に当たると説得したんですよ」
「そうなのか? では男? まだ子供のような年齢に見えるが?」
「これでも今年17になります」
「……随分幼いな。レスター王子より年下に見えることもあるくらいだ」
帝は感心している。
食べることに集中していた綾都だが、こう自分の話題で会話されると落ち着かない。
チラリと兄を見ると気にするなとかぶりを振ってくれた。
だから、兄を見て必死になって上品に食べることに集中する。
「失礼ですが」
いきなりレスター王子が割り込んで、瀬希はわからないように身構えた。
「そちらの末席におられるおふたりは本当に華南人ですか?」
この場にいて華南人かと問われるほど、容貌に違いがあるのは綾都と朝斗しかいない。
ふたりは困った顔で食事の手を止めて瀬希を振り返る。
彼が言ってくれる説明に合わせようと。
「華南人ですよ? 顔立ちは少々違いますが、顔立ちなんて個々で違いがあるでしょう?」
「わたしには華南人には見えませんが?」
レスターははっきりと言い切った。
この場では秘密にできないことを承知で背後に控える近衛隊長に声を投げる。
『ジョージには華南人に見える? ぼくにはとても華南人には見えないんだけど?』
このレスターの言葉にジョージと呼ばれた護衛の近衛隊長が答えようとすると綾都がポツリと呟いた。
『ふうん。レスター王子って一人称ぼくって言うんだ? ぼくと一緒だ』
綾都はできるだけ小さく呟いたつもりだった。
そもそも独り言でもあの変換脳が発動するとは思っていなかった。
しかしそう言った途端、瀬希と朝斗以外の者がギョッとしたように綾都を振り返り、瀬希と朝斗は頭を抱えていた。
「綾。わたしは口を噤んでいろと言ったはずだが?」
「え? 独り言もダメなの?」
「ダメとかそういうことではなく」
言いかけた瀬希を遮ってレスター王子が驚いたように、わざとルノール語で綾都に話し掛けた。
『貴方はルノール語が理解できるのですか?』
こう言われ綾都は瀬希を見る。
綾都は瀬希を見ているので、てっきり華南語で喋れると思っていたのだが、耳にした言語がルノール語だったことを忘れていた。
『瀬希皇子。なんて答えよう?』
瀬希に話し掛けているのに、わざわざルノール語を使う綾都に周囲は再び絶句する。
「頼むから綾はもう口を開くな。とにかく喋るな、動くな。口を動かすなら黙々と食べてくれ」
「はーい」
そろそろいらなくなってきていたのだが、どうやら自分が動けば動くほど口を開けば開くほど、瀬希に迷惑を掛けると踏んで、綾都は大人しく食事を再開した。
朝斗はその間懸命にも口を噤んでいる。
自分まで騒動の種を蒔くことはあるまいという判断からだ。
ただチラリ、チラリとレスターの方を見ている。
その眼が「あれはなんだろう?」と訴えていたが、そのことに気付いている者はいなかった。
同時に綾都がつい喋ってしまたのも、レスターを見ていて朝斗と同じものを目にしていたからだということにも。
「瀬希皇子。貴方の側室の、確か綾都様でしたか。綾都様は一体? どうしてルノール語を?」
「いや。それはその」
「それはわたしも知りたいな。瀬希は新しく迎えた側室が、異国の言葉を話せるとは報告しなかっただろう」
さすがにすべての言動を操れるというのは、異世界の出身としても異常だったので、瀬希はそのことは誰にも言っていなかった。
同時にふたりが異世界人だというのも、自分の身近にいて信頼できる者にしか言っていない。
つまりふたりの世話を任せる者たちのことで、どうしても隠せない者だけだ。
だから、帝もふたりの顔を見たときは驚いていたが。
レスターにまとわりついていたそれらが、何故か綾都の方に近付いてきて神を引っ張り、または食事の邪魔をしようとする。
綾都はなんとか無視したいのだが、視界に入るものは入るのだ。
ガチャガチャと綾は音を立ててしまい、またすべての者が振り返る。
その瞬間、ルノール人の皆が顔色を変えた。
綾都にまとわりつくものを見て。
朝斗はなるべく動くまいとした。
綾都が困っていても、明らかに瀬希たちも気付いていない「それ」に対して行動に出ることが、どれほど問題視されるかわからないわけじゃない。
だが、弟が困っているのを見ると、どうしても我慢できなかった。
「やだっ。痛いっ。髪を引っ張らないで!!」
綾都が髪を押さえる。
「綾?」
瀬希は驚いたが、この後の朝斗の行動の方が驚いた。
「綾都から離れろ!!」
直前に聞いていた言語が華南語だったので、朝斗が叫んだのは華南語だった。
だが、「それ」には無視された。
レスターにはどうにかすることもできたのだが、彼は動けない。
困っているとロベールが口を開いた。
『あなた方には見えているのですか? 精霊が?』
今度は瀬希までギョッとしてふたりを凝視した。
『精霊? そんなもの俺は知らない。とにかくっ。綾から離れろ!! それ以上の悪戯は赦さない!! 精霊だろうがなんだろうが赦さないからなっ!!』
今度は精霊たちが動きを止めた。
じっと朝斗を見る。
『ぼくも仲良くするのは嫌いじゃないけど、悪戯されるのは好きじゃないな。ご飯もろくに食べられないし。それに髪を引っ張られると痛い。レスター王子のところにお帰り? 皆が好きなのはレスター王子だろう?』
精霊たちはまず朝斗のところに行き、謝罪するように頬にキスしていく。
次々にキスされ意味のわからない朝斗は憤りに震える。
実はそれが精霊使いに対する精霊たちの親愛の印だとも知らずに。
それをレスターたちは驚いて見ていたが、精霊たちは朝斗への挨拶を終わらせると綾都には一斉に頭を下げた。
これにはレスターたちも驚いたものである。
精霊が敬意を払うなんて聞いたことがない。
『貴方の注意を惹きたくて、貴方に悪戯したことをお許しください』
精霊たちが言葉を発したことについては、レスター以外の者には初めて見る場面で息を飲んだが、レスターも息を飲んでいた。
それは周囲とは意味を違えていたが。
『気にしなくていいよ。でも、悪戯は程々にね? レスター王子に嫌われちゃうよ? 彼だって王子だから、悪戯されて困る相手だって、やっぱりいるんだから。ね?』
(精霊の言語を使った? あの人は一体?)
レスターは疑問視を向けていたが、精霊の言葉を聞き取れるのはレスターだけである。
喋っていることは唇の動きでわかるのだが、内容は普通のルノール人には聞き取れない。
だから、この会話を理解していたのはレスターと後は朝斗だけだった。
『なんで俺にキスするんだよ? 小動物の分際で』
『小動物って』
『貴方は相変わらずぼくらをそう呼ぶんだね。でも、変わってなくて嬉しいよ。今の名前はなんていうの?』
『今の名前? 俺は元から朝斗だ。変な言い方するな』
『覚えていないんだね。そのことは悲しいな』
『でも、気を付けて。この方を護りたいなら尚更に』
そう言って精霊たちの視線が真っ直ぐに綾都に向かう。
見られて綾都は首を傾けた。
『それと力の制御は早く身に付けた方がいい。気が溢れてます』
『意味がわからない』
『その内わかるようになるよ』
『わかるようになった頃には手遅れかもしれないけどね?』
精霊たちが綾都を振り返る。
『その輝きが失われないように。その熱がすべてを焼き尽くさないように』
『そして貴方を二度と失わないために』
ここまで綾都に言ってから、精霊たちは綾都と朝斗のふたりを視界に入れた。
『我々はあなた方に再びの永遠の忠誠を誓います』
ふたりにすべての精霊たちが跪く。
レスターですら見たことのない光景だった。
ルノール人は全員絶句している。
華南人にはなにが起きているのかさえ、そもそも綾都や朝斗が喋ったのか、それとも口を動かしただけなの化すらわかっていなかったが。
『貴方に加護を』
そう言って明らかに代表格とわかる四精霊が朝斗の額に口付ける。
そこからなにかが流れ込むのを朝斗は感じていた。
そうして四精霊は綾都を振り向く。
『貴方の加護を我々に頂けませんか?』
『どうやって?』
『手で触れて頂けるだけで結構です。久し振りにその気に触れたい。力を取り戻したい』
『わからないけど。こうすればいいの?』
綾都は我先にと群がる精霊たちを一人一人撫でていった。
すると精霊たちがパアッと光輝き、満足そうにレスターの下へと戻っていく。
レスターにはわかる。
ルノールを離れて力が落ちていた精霊たちが、自国にいるときとも比較にならない力を得ていることが。
レスターの驚愕の眼は綾都はに向いていたが、精霊が光ったこともわからない残りのルノール人(勿論ロベールも含む)は、精霊に加護を与えられた特別扱いされている朝斗をじっと見ていた。
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