これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第三章 精霊使い

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「はあああ。どうなることかと思った」

 深々とため息をついているのは瀬希である。

 あの後場を纏めるのが、とても大変だったのだ。

 ルノール語を話した上にどうやら精霊が見えるらしいとわかって、帝はふたりの素性を知りたがり(何故なら外見からしてルノール人ではないからだ。ルノール人以外が精霊を視認する。それは重要なことなのだ。戦力的に)ルノール人たちも、やたらと興奮していて、瀬希はふたりは華南人だと言い張り、精霊についてはわからないの一点張りで押し切った。

 誰も納得していなかったが、綾都も朝斗も瀬希に指示され、もう口を開こうとしなかったので、それ以上の情報は掴みようがなく仕方なく引き下がったのだった。

 会食の後瀬希はふたりを部屋に戻すのを躊躇い、結局ふたりを自室に連れ込んでいた。

 何故躊躇ったかと言えば、自室ほど警護は徹底されていないので、さっきの出来事が原因で、なにか事件が起きる可能性があったからだ。

 朝斗なら大丈夫だろうが、綾都が狙われると厄介だったし、綾都だけを寄越せと言っても、朝斗が納得するとも思えない。

 だから、ふたり揃って招いたのである。

「あれ、精霊だったんだねえ。ビックリした」

 綾都は呑気なものである。

 それが彼だと知っていても瀬希は恨めしくなる。

 勿論精霊については綾都たちのせいではないとわかっているのだが。

 視認できるということは、精霊を感じられるということなので、悪戯されてそれを無視しろと望むのは、あまりに酷だったからだ。

 それでも切っ掛けを作ったことで責めずにはいられない。

「綾。わたしはあれほど口を噤んでいてほしいと、話さないでほしいと言ったはずだが、どうしてあそこで話したんだ? あそこで注意を惹かなければ、もしかしたら」

「ごめんなさい。独り言でも自動変換されるとは思わなくて。それにルノール語とかダグラス語とか、言語の区別もできなくて」

「できない? 操っているのに?」

「あんた忘れてないか? 俺たちには全部同じに聞こえるんだ」

「ああ。そういえばそうだったな」

 話すときも聞くときも無意識に区別しているのだ。

 ふたりにとってはどの言語も同じなのである。

 違うと後で言われて気付くのだ。

 だが、これに頷いた後で瀬希は首を傾げる。

「だったらどうして初対面のとき、言語が違うとわかったんだ?」

「あんた自分が言った内容も忘れたのか? これは何語だってあんた説明してくれたじゃないか」

「忘れていた」

 確かにあのとき話し掛けるときに、これは何語と説明していた。

 そのせいでふたりは違う言語を話していると自覚できたのだろう。

 つまりふたりに言語を区別させて、その言語のときに話すなと要求しても無駄ということだ。

 ふたりにはすべて同じ言語に聞こえるから、区別するように望んでもできないということになるので。

 これはややこしいことになったと瀬希はため息の嵐だ。

 せめてふたりが耳にした言語に引き摺られるという特徴がなければ楽なのだが。その特徴がない場合、ふたりがすべての言語を操ることは、事実上不可能と瀬希もわかっているだけに文句も言えない。

 そんな力を身に付けて一番戸惑っているのはふたりの方だろうから。

「ところでどうして精霊が見えたんだ?」

「そんなの俺たちの方が知りたいよ。そもそもあれが精霊だってことだって、ルノール語だって指摘されるまでわかってなかったし」

「やっぱり異世界人であることが影響してるんじゃない? それしか理由が思い付かないし」

「途中から口をパクパクさせていたのは?」

「口をパクパク? 一度もしてないけど?」

「いや。していたぞ、綾? 口は動いているのに声になっていなかった。あれはなんだ?」

「あー。もしかして精霊に話しかけていたときじゃないか? 綾?」

 朝斗に言われて綾都も納得する。

 見えない相手に話し掛けているのだから、瀬希が聞こえなくても不思議はない。

 しかしそういうと瀬希はもっとビックリした顔になった。

「ふたりは精霊と会話したというのか?」

「ルノール人に聞こえていたかどうかは知らないけど、一応話したことにはなるのかな。ぼくらにとっては普通に聞こえたし、普通に会話できたんだけど」

 綾都がそう答えると瀬希は難しい顔付きで黙り込んでしまった。

「どうしたんだ? 瀬希皇子?」

「マズイ事態になるかもしれない」

「なにが?」

「ルノール人は確かに精霊が見えるが、精霊と会話できるほどの能力者というのは、とても数が少ないんだ」

「「え?」」

 ふたりが青ざめた顔を見合わせる。

 それは見えていたルノール人にとって、あの場で起きたことが、とても重要だと意味するから。

「それにわたしはどうも気になるんだが、あの中でも特に王弟の息子であるロベール卿の朝斗を見る目が普通じゃなかった」

「俺? なんで?」

「理由はわからない。精霊とどんな風にふたりが触れ合ったか、わたしには見えていないんだ。それで理解できるはずもないだろう?」

 当たり前の指摘をされて朝斗も口を噤む。

「あの場面がすべて見えていたなら、俺より綾の方を気にしそうだけど」

「何故だ?」

「精霊たちは俺に対してはタメ口だったけど」

「ためくち? なんだ? それは?」

「ああ。対等に喋ってたってことだよ。つまり立場が対等な会話だったということ」

「綾は違うのか?」

 キョトンと見られて綾都は困った顔になる。

「なんかね。やたらと丁寧だった。話し掛けられるときは大抵敬語だったし、それに忠誠を誓われたんだけど」

「精霊に忠誠を誓われた?」

 驚愕の声に綾都は「ああ。うん」と頷く。

「ぼくだけじゃなくて兄さんもだけど」

「……」

 重い雰囲気で黙り込んでしまう瀬希に、綾都は深々とため息をつく。

「なんかね。兄さんには加護を与えてたけど、ぼくの場合は……」

「違うのか?」

「逆に加護が欲しいと言われたよ。……どうしてかな?」

「精霊に加護を求められた?」

 信じられない言葉である。

 それは精霊より立場や力が上であることを意味しているからだ。

「どうすればいいのか訊いたら触れてほしいって言われて、それで全員に触れたんだけど。そうしたら」

「そうしたら?」

「綾が触れると精霊が光輝いたんだよな。俺に触れても光ったりしなかったのに」

 信じられない言葉の連続である。

 精霊が光ったということは、本当に触れるだけで加護を与えたということになるのだろう。

 瀬希は精霊には詳しくないが、そうとしか考えられない。

「瀬希皇子。夜分遅くに失礼します。いらっしゃいますか?」

「この声はレスター王子?」

 先触れもなく来るなんて信じられない。

 念のためふたりを部屋に残して扉を開けると、確かにレスター王子がひとりで立っている。

「何用ですか? レスター王子? 共も連れずに」

「ご側室の綾都様と兄君であられる朝斗様はこちらでしょうか?」

「……ふたりになにか用ですか?」

「ここではちょっと。わたしも部屋を黙って抜けてきたので。中に入れて貰えませんか? 不利益な話ではないはずです」

 言われて瀬希は迷ったが、彼の緑の瞳が澄んでいたので、結局は彼を通した。

 部屋にいたふたりが驚いたようにこちらを見ている。

「夜分に失礼します」

 軽く頭を下げるレスター王子に瀬希は椅子を勧めた。

 勧められるままに腰掛けたレスターはお茶を辞退した。

 何故なら本当に誰にも言わずに来たので、侍女を呼んでお茶の手配などされたら、どこにいるかバレてしまうからだ。

 レスターの正面に瀬希が座り、その両隣に綾都と朝斗が腰掛けた。

「それでどんなご用でしょうか?」

「ここは本音で話したいので、礼節は取り払わせて頂きます」

「え? それはまあ構いませんが」

「瀬希皇子も礼節は無視して普通に話してください。礼節に則った話し方は、とても疲れるし本音で話していない気がするので」

「構わないがそちらはまだ敬語じゃないか」

 早速普段通りに話す瀬希にレスターは苦笑する。

「年齢差というものもありますので、さすがに4歳も年上の瀬希皇子と対等に話すわけには……。でも、一人称は普段のものに戻させて貰います」

「構わない。それで話というのは?」

 瀬希の傍では綾都がウキウキしていて、さっき王弟の息子に無用な興味を持たれている。

 見られた朝斗は警戒気味の顔をしている。

 そゎな朝斗の顔をレスターが真っ直ぐに見る。

「なんだよ?」

「貴方はこれから下手をしたら、ロベールに狙われるかも知れない」

「なんで俺なんだよ? あの場面を見ていたなら」

「確かにボクが注目しているのは瀬希皇子の側室であられる綾都様です。朝斗様のことも意識はしていますが、綾都様ほど重要視していません。切り離してはいけない存在くらいにしか感じていませんし」

「だったらなんで」

 納得できない朝斗にレスターは意外なことを言ってきた。

「あの場面で起きたことすべてを正確に見ることができたのは、おそらくボクとあなた方おふたりだけです」

「どういう意味だ?」

 瀬希が問い掛ける。

 レスターはため息をついた。

「他国の方に先に打ち明けることになるとは思いませんでしたが、ルノール人にも色々あって瀬希を見ることは、すべてのルノール人にできます。しかし感知できない現象とか、聞くことのできない精霊の声というのは、幾らルノール人とはいえ普通に存在します」

「もしかして精霊との会話は聞こえていない上に、あのときに起きたことも正確に把握しているのはレスター王子しかいない?」

 素早く理解する瀬希にレスターは苦い笑みを向ける。

「そういうことです」

「ちょっと待てよ。だったらあんたには精霊の言葉が聞こえるのか?」

「朝斗。あんたというのは寄せ。相手は仮にも一国の王子だぞ?」

「あんたのこともそう呼んでるだろ。俺は自分を繕いたくない」

「全く」

 苦い顔で文句を溢してから、瀬希はレスターを振り向いた。

「それが事実ならレスター王子は精霊使い。それも上級。もしくは最上級の精霊使いということになりますが、レスター王子が精霊使いだという噂は届いていませんね」

「……隠していますから」

「何故? もし貴方が上級の、もしくは最上級の精霊使いである場合、その地位は揺るぎないものになる。もうロベール卿も貴方を排して王になろうとはしないでしょう。いや。できない。ロベール卿は精霊使いではないから」

「ええ。代々の世継ぎに最も必要とされていた能力。それこそが精霊使いであることの証明ですから。父も精霊使いですし祖父もそうでした。
 ですが叔父には精霊使いの能力はなく、その息子であるロベールにも、当然のようにその能力はありません。
 ボクはそんな彼をずっと見てきたんです。精霊使いに憧れて、でも、精霊使いになれない従兄弟を」

「レスター王子」

 もしロベールとレスターの年齢差が逆だったら、もしかしたらレスターは能力を隠せなかったかもしれない。

 自覚できない頃は無意識に使ってしまいがちだし、ロベールが後から産まれていたら、おそらくその苦悩を知って、隠そうと決意した頃には隠せない状態になっていただろう。

 だが、レスターは年下だった。

 精霊使いに憧れて、なれないロベールの苦悩を、ずっと傍で見てきたのだ。

 それで自分だけ普通に精霊を使役することは……できなかった。

 そう説明されて瀬希も納得するしかなかった。
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