これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

文字の大きさ
32 / 50
第九章 思惑

(3)

しおりを挟む




 同じ頃、ウィリアム大統領は苦々しい顔付きでワインを飲んでいた。

 持参した物だ。

 ウィリアムは用心深いので、食事などもそうだが、信頼できるものしか口にしない。

 だから、毒を盛られやすい飲み物などは、すべて自分で吟味し持ち込む。

 さすがに食事などは出された物を食べるが、自分が食べる前に側近たちが毒味させるので、そういう意味では警戒している部類に入る。

 まあ統治者の食事だ。

 毒を混入される恐れがある以上、どこの国の王だって毒味はさせているんだろうが。

「あのふたりを失ったのは痛かったな。まさかあそこまでの能力者だったとは」

 四精霊。

 あのふたりはその全世界精霊教の最強の精霊を復活させるほどの能力者だった。

 それはすでに神の領域だ。

 失ったのは痛いが過去を振り返っていても意味がない。

 反省や後悔を否定はしないが、それに囚われても意味がないからだ。

 あの場で起きたこと、感じたこと、感じられなかったことまで含めて吟味する。

 なにが重要でなにが不要か判断する。

 残るのは。

「あのとき、魔方陣に入った者か。重要なのは」

 自分の力では最高位の火の精霊(全世界精霊教の主神)は復活させられないと言ったルパートに対して、あの少年は彼に魔方陣に入るように言い、そうして次の瞬間には火の精霊は復活した。

「確か‥‥綾と呼ばれていた。少し探ってみるか」

 こういう時華南の帝になんの力も備わっていないのが救いだ。

 おそらく彼はあの場で起きたことを理解してもいないだろう。

 だから、とるべき手段を間違える。

 それはウィリアムにとって有り難いことだった。

 但し帝以上に一筋縄ではいかないらしい世継ぎの皇子、瀬希は用心しなければならないが。

 邪魔をしてくる可能性は否めない。

 色々なことを考え合わせながら、ウィリアムは次の一手を模索していた。




 あれから少しの時が過ぎて、アレクは少し辟易した現実と直面していた。

 何故かというと綾都とふたりきりになれないのだ。

 彼の傍には必ず誰かが控えている。

 大抵兄の朝斗だが、彼が付き添えないように話を持っていくと、朝斗はすぐにルパートとルノエを呼ぶ。

 そうしてどちらかに絶対に弟から目を離すなと命じるのだ。

 ふたりにとって彼の命令は絶対らしく、こうなると綾都の傍を離れようとはしない。

 どこに行くにも付いてくる。

 但し朝斗もひとりにできないとわかっているのか、朝斗の側にはルパートが付き添い、綾都の傍にはルノエが付き添う。

 口説かなければならない場面で異性がいるというのは、どうにも居心地が悪かった。

 ルノエも大層な美少女なのだがら何故だろう?

 アレクの目には男である綾都の方が綺麗に映る。

 魅力的に映る。

 だから、綾都に付き纏って離れないルノエに対して感じる感情は、「鬱陶しい」ただそれだけだった。

 普通なら口説いて陥落させて、自分の邪魔をしないように話を運ぶところだが、鬱陶しいという感情が先に立って、つい喧嘩腰になってしまう。

 ルノエも大人しい顔をして気が強いというのだろうか。

 アレクに対して歯向かってくる。

 こうなると仲裁に入る役割が綾都である。

 その度にアレクは「どうしてこうなる?」と首を傾げていた。

 綾都を口説くどころではないのだ。

 期限は半月。

 もう一週間が過ぎてしまった。

 最近は苛立ってしまい、苛々して不機嫌になりがちなアレクだった。

「アレク皇子。最近機嫌悪いね?」

 綾都に指摘され向かい合って座っていたアレクは、ハッと我に返った。

「ああ。ちょっと気掛かりなことがあって」

「気掛かりなことって?」

 傍に立つルノエが邪魔だと言おうかと思ったが、言った途端優しい綾都の顔が曇りそうで言葉を置き換えた。

「わたしは自分を誤魔化しているように見えるか?」

 あのとき弟たちに指摘されたことを言ってみる。

 言われて綾都は曖昧な笑顔を見せた。

「そう見えるのか?」

「一人称違うでしょ? 普段は」

 弟たちと同じことを指摘され絶句する。

 綾都の目には素顔を出していないように見えていた?

「ぼくは誰の前でも自分を変えないけど、あなたは人を見て態度を変えてる。だって兄さんの前では俺って言ってるから」

 そういえば朝斗とは喧嘩ばかりしているので、必然的に彼と話すときの一人称は「俺」だった。

 綾都にはそちらが素顔に見えていた?

「でも、ぼくにはわたしっていう。だから、本心は見せていないんじゃないかなとは思ってた」

「そうではない。違うんだ。綾都」

 無意識に彼の手首を握る。

 ルノエは不機嫌そうだったが、まだ割って入る場面ではないて思っているのか、特に言葉を発したりしなかった。

「朝斗と話すときに俺と言っていたのは怒っていたからで、そんなとき綾都はわたしに怯えていただろう?」

「え?」

 指摘すれば綾都は意外そうな顔をしていた。

 自覚がなかったのだろうか?

 本来温厚な性格の綾都はアレクに怯えていたということに。

「俺が朝斗と喧嘩をする度に綾都は怯えていた。だから、怯えさせたくなくて無理に温厚に振る舞おうと努力していた。それだけなんだ。別に素顔を隠していたわけじゃない」

「怯えてって。ぼく怯えてないけど?」

「どこが?」

 心底呆れてそういうと綾都も本心だったのか、はっきりと言い返してきた。

「あれはどうすれば兄さんとアレク皇子が喧嘩をやめてくれるのかわからなくて困ってたんだよ。別に怯えてない」

「本当に?」

 確認を取ると綾都は、しっかり頷いた。

「兄さんはぼくの前だと穏やかに振る舞ってるけど、本当の気性はとても激しいからね。とばっちりを被ることもあったし、あのくらいじゃ別に怯えないよ。アレク皇子は怖くない」

「そんな風に言われたのは初めてだ。俺は獅子皇子とまで言われていたから」

 そういえば綾都が怯えるとき、大抵アレクは彼を口説いている。

 彼は口説き文句を言われると途端に怯える。

 あれも困っていた?

 どう振る舞えばいいのかわからなくて?

 そう思うと途端に怯える顔まで可愛く思えてくる。

 ちょっとどきりとした。

 自分の心の動きに。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...