外伝・世界最強の英雄王たちに愛された唯一無二の聖女〜逆ハーレム? いえ、一途です〜

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煉獄への前奏曲ープレリュードー

第五章 絡み始めた運命の糸(5)

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 素敵な夢でも見ている気分だったから。

「姫者に見えない普通の装いでいいから、お酒落をしてきてくれないか?」

「兄さま」

「身分を伏せてのお忍びだからな。俺もエディスも姿を変えた方が目立たないだろうし。民に化けた方がパレードにもぐり込みやすいんだ。だから、華美なドレスでなくていい。普通の女の子が持っているような、清楚なものでいいから、お洒落をしてくれないか? エスコートする俺のために」

 まるでデートのお誘いである。

 だとしたらかなり型破りなデートの申し込みだが、エディスはいやな気分がしなかった。


 それよりもリュシオンが面と向かって、「俺のために着飾ってほしい」そう言ってくれたことが、気恥ずかしさと同時に嬉しさも感じさせていた。

「特別なドレスを身につけなくても、普通の質素な服装でも、エディスが軽くお洒落をすだけで、きっと綺麗になるよ。周囲の男に自慢したいくらいはな。だれもが羨むような美少女を連れて街を歩いてみたいな、俺も」

 リュシオンの動機はただエディスに自信を持たせたい。

 それだけの単純なもののはすだった。

 だが、何度も誘っているあいだに、だんだん熱が入ってきていた。

 自覚はしていなかったが、だれもが振り返るような、美を持つエディスを連れて、自慢したいという、なんともらしくない本音があった。

 本人が自覚していないとしても、リュシオンも普通の少年だという証拠だろう。

 だれだって綺麗な恋人は自慢したいものである。

 リュシオンの誘いを聞いているあいだに、彼の意識もしない本音に、エディスも気づいた。

 期待に輝いたい蒼い瞳に、「エディスを自慢して歩きたい」という、露骨な願望がある。

 少年らしいその顔にエディスはついに吹き出してしまった。

「どうして笑うんだ、エディス? 俺は普通に誘っているだけなのに」

「殿方はいつまでも子供だとおっしゃった、お母さまのお言葉に納得しただけよ」

 年下の少女に子供扱いされたような気がして、急に面白くなくなったリュシオンは、顔を背ける。

 その様子がますます子供っぽくて、エディスは苦笑しつつ声を控げた。

「拗ねないでくださいな。兄さまのご希望に沿うように努力しますから」

「俺は拗ねてない!」

 意固地になって言い返せば言い返すほど、墓穴を掘っているのだが、一度つむじを曲げたリュシオンは、わかっていても態度を変えなかった。

 案外子供っぽい人だったのだと、エディスは心の中だけで笑った。



 約束の三日後。

 リュシオンはエディスとの約束の時間までに、すべての公務を終えようと、それこそ死にものぐるいで頑張った。

 パレードが始まってしまえば、表向きリュシオンの公務は終了する。

 後片付けなどもあはあるが、欠かせない公務は、大役を終えて戻ってきたリュースに対するねぎらいの言葉くらいだ。


 細かい公務をすべて終えていれば、比較的、時間が自由になるのである。

 でなければお忍びでエディスを誘うなど、大胆な真似ができるはずもない。
 
 時間的な問題があるとすれば、パレードを終えて戻ってきたリュースに、疑わないよう帰城を合わせる必要がある、その一点に限られた。

 つまりパレードが終了するまでに、エディスを館に送り届けて、宮廷に戻っていれば問題はないのだ。

 皇子時代から初めて観客に回れるパレードだ。リュシオンが無駄に時間を潰すはずもない。

 エディスを誘ったのは、自分の好奇心を満足させたいという、これまでの鬱慣ばらしも兼ねていた。

 立派な正装に身を包んだリュースを、励ます代わりに肩を叩いて送りだし、リュシオンは即座に宮廷から消えた。

 秘書官が気づく暇もないほど見事な出奔だった。

 勿論気づいた秘書官が、動揺を胸に秘めたのはいうまでもない。

 リュースが父親の前から姿を消しても、パレードが始まるのは、まだ半刻ほど後のことであ
る。

 花道に姿をみせて民家が、そうと認識するのは、さらに後だ。

 民衆の失望と動揺をどう処理しようかと、リュースの頭の中はその方法だけで一杯だった。

 自分を窮地に追い込んだ父親が、今頃姫君とふたりきりで、お忍びの城下街を楽しんで
いるなんて、想像もしていない、可哀相なリュースだった。




「ねえ。あれはなに、兄さま?」

 リュシオンの腕を掴んで、しきりにエディスが訊ねているのは、急ごしらえの屋台に並んだ焼き菓子だった。

 説明を求められるリュシオンだって、宮廷育ちでそれほど詳しいわけではなかったが、幸か不幸か皇子時代にお忍びの達人とまでいわれていた。

 おかげで一通りのことは答えてやれる。

 どちらも髪と瞳を黒で統一したふたりは、容姿に似たところがなかったため、腕を組んいていると、微笑ましい恋人同士のようだった。

 向けられる和やかな視線の意味を、リュシオンですら理解していなかったが。

「あれは焼き菓子だ。どちらかといえば甘味のない、塩味の菓子だな。ただ結構ボリュームがあるからな。エディスには一個か二個が限界だと思う」

 女の子は同性より少食と相場で決まっているが、エディスはそれに輪をかけて少食なのだ。

 焼き菓子をふたつも食べれば、きっと満腹になってしまうだろう。

「美味しそうなのに残念ね」

「帰るときに土産として持って帰ったらどうだ? あれは冷めても美味しいぞ」

 それに日持ちもするしと付け足され、エディスは満面の笑顔で頷いた。
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