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第七章 恋してはいけない人
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「一番最初に気付いたのは、オッサンの異常な執着のせいだよ」
「リカルドの異常な執着?」
「明らかに親の執着の仕方じゃねえだろ。あのオッサン」
「言われてみれば確かに行き過ぎた表現な気もしますが」
「結婚させたくないだとか、生涯監禁したいだとか、そういうの親子じゃなかったら、そういう解釈されないか? ばあさん?」
「……」
「ただ俺、親子だってわかっても、そういう態度を取られることに違和感がなかったんだ。あまりに普通に身近で起きていたことだから、なんか親子でそれは変だって感覚が持てなくてさ」
「それはリカルドにも責任がありますね」
マリアンヌは思わずため息を漏らす。
モラルの低い色街育ちのラスに、そういう意味に受け取れる態度はタブーだ。
これはマリアンヌにも責任があるかもしれない。
うっかり流していたから。
「そうこうしている内にジェラルドが、兄貴に対してこういう抗議はないっ!! みたいな行動を起こして」
「なんですか?」
「あー。内容は伏せるけど。とにかく俺は身内だって言われても実感が伴ってないって自覚したんだよ。例えば変な例えだけどオッサンが、いきなり俺にそういうことを求めてきても、遂に来たかと思っても、親子でそれは変だとは感じないと思う」
「わたくしのことも祖母とは思えませんか? ルイ?」
伏し目がちに問われてラスは小さく微笑んだ。
「ばあさんのことが俺は凄く好きだ」
「……ルイ」
「誰かをばあさんと呼ぶ日が来るなんて思わなかったし、それが皇太后なんて今までの感覚ならあり得ない」
「……」
「でも、ばあさんは好き。ばあさんは俺のばあさんだから」
ここまで言ってからラスは、「あーっ!! 上手く言えねえっ!!」と地団駄を踏んで悔しがった。
でも、マリアンヌには言葉に詰まるラスの様子だけで答えはわかった。
思わず微笑んでしまう。
「ほんとのが抜けていますよ、ルイ」
本当に言いたいことを読んでくれたマリアンヌにラスは照れて笑う。
「はあさんは長生きしてくれよ? 主に俺のために」
「そうですね。ラスの世継ぎの顔を見るまでは死ねませんね」
茶化して終わらせたマリアンヌだが、ラスの深刻な悩みを聞いて、リカルドやジェラルドに注意しなければと感じていた。
ラスのモラルはとても低い。
下手をすれば人の道から外れた道も平然と選ぶだろう。
ふたりにその気があるのならともかく、普通に親と弟として振る舞っているのなら、ラスを惑わせる言動はやめさせなければ。
ただでさえ低いモラルが余計に低くなって、家族に対する認識まで狂わせてしまうから。
そういえば……とマリアンヌは気付く。
リカルドは問題児だったから納得もいくが、ジェラルドがマリアンヌの手を煩わせるのは初めてだと。
それが何故か嫌な予感となって、彼女を悩ませたが、彼女がその予感の意味を知るのは、まだまだ先の話だった。
ドルレインとアドミラルは19年前の戦争で協定を結んでいた。
今では両国は友好国である。
但し表面上は。
根のところでキャサリンを巡る恋敵であることは変わっていないのだ。
キャサリンに愛され妃に迎え、なのに彼女を護れなかったリカルドと。
ひたむきに彼女を愛したが報われることはなく、彼女が皇帝弑逆の容疑を掛けられたと知ったとき、略奪するため戦争まで引き起こしたドンファンと。
その確執が簡単に消えることはない。
ましてやリカルドにとっては彼が横槍を入れてきて、戦争など起こしたがために、妃と子供を失ったと恨んでもいる。
彼女を護れなかった己を責めてはいても、決して赦せないこともある。
ドンファンは結局晩婚になったが、一応婚儀は終えて子供もいる。
今年10歳になる皇女がそれだ。
リカルドの下に長子、ルイの婚約者にという申し出があったのは、第一皇子、ルイ帰還の噂が流れた翌日のことだった。
「ルイの結婚……?」
思わず呟いてしまった。
心底嫌そうに。
リカルドの反応にラスのところから呼び戻されたヴァンも、同じように難しい顔をして口を開いた。
「殿下はまだ発見できていないで押し通すこともできますが」
「そう。今なら可能だ。だが」
「はい。戻っていらっしゃる現在にいらっしゃらないと宣言してしまうと、後に本来の立場に戻られるとき、殿下が困られることになりかねません」
「そうだ。もう戻っているのに今この話をかわすためにいないと言えば、ルイが姿を見せたとき、臣下たちはこのときのことを持ち出してきて、ルイは偽者だと主張するだろう。それは……できない」
ラスが不利になると知っていて、そんな行動は起こせない。
まるでそれを狙っているかのようなドンファンの行動に、皇女を使ってまでラスを表舞台に引きずり出そうとしている執念を感じて苦々しい気分になる。
「ヴァンはどう思う?」
「どう……と仰いますと?」
「ドンファンの狙いだ」
「十中八九殿下を表舞台に引きずり出して、そのお姿を確認することでしょう。やはりあのとき陛下にお任せしないで、私が殿下を救出に向かうべきでした。私の判断ミスです。申し訳ありません」
深々と頭を下げるヴァンにリカルドはかぶりを振る。
「あのときヴァンが行くと言っていたのを止めたのはわたしだ。ヴァンは悪くない」
「しかし」
「どのみちルイがラスとして無事に生きていた以上、いつかは通らねばならない道だ。ドンファンは未だにキャサリンが、いや、今ではルイが欲しいのだろうから」
「……陛下」
「今度こそ渡しはしない。ドンファンなどにルイを奪わせないっ!!」
決意を新たにするリカルドにヴァンは、伝えるのを忘れていた皇太后マリアンヌからの伝言を思い出した。
「そういえば皇太后陛下から、陛下へと伝言をお預かりしてきました」
「母上から? なんだ?」
「ジェラルド殿下と共に皇太后陛下の下を訪れるようにと」
「ジェラルドと一緒に?」
自分だけならまだわかるが、ジェラルドも一緒にと言われて、リカルドも首を傾げる。
「なにかおふたりに母として祖母としてお話があるらしく、ルイ殿下には内密にとのことでした」
「しかしルイは母上の離宮にいるのにどうやって?」
内密にと言われても、そこにはラスがいるのに、どうやって内密に訪れろと?
そのことを問われてヴァンは困ったように答えた。
「それが丁度ルイ殿下が一度自警団に顔を出したいと皇太后様に我が儘を申されて」
「母上はそれを認めたのか?」
呆れるリカルドにヴァンは慌ててかぶりを振る。
勿論無条件で許すほど皇太后は無謀ではない。
ラスに危険が及ばないように最大限気を配っている。
「皇太后様はこう条件をお付けになりました。ルイ殿下も自警団のみんなに逢いたいでしょうと」
「まさかルイを王都に出すのか?」
「いえ。正確には……色街に……です」
皇太后の発言に母の豪胆さには慣れているリカルドも言葉もなかった。
「色街に自警団の人々を赴かせて、ルイ殿下をこっそり潜入させておく。一度色街に入ってしまえば、ルイ殿下は皇太子ではなく、色街の華と呼ばれるオッドアイのラスです。ドルレインも殿下を狙う逆賊も、オッドアイのラスには手を出せない。違いますか?」
色街は独自の法で生きている。
国ですら介入を許さないアドミラルの中にある独立国のようなもの。
それはアドミラルの国だけでなく如何なる権力をも寄せ付けない。
オッドアイのラスはその強大な守護力を誇る色街の至宝。
そこにいる限りラスの安全は保証されているのだ。
逆から言えばそこまでラスを大事にしている色街に彼を返すのは、ある意味で危険なことである。
そこまでしても話し合いたいのかと、リカルドは驚きを隠せない。
「しかし幾ら色街に入ってしまえば安全とはいえ、そこへ辿り着くのがまず危険じゃないか?」
色街は王都の周辺にあるとはいえ旅に出ずにつくが、王都にはないという微妙な距離にある。
その距離がリカルドを不安にさせる。
しかしその問いにもヴァンは答えを用意していた。
「殿下の護衛に私やマックスも同行するよう仰せつかっております。ですからご安心ください。陛下」
「それは母上の読みでは、わたしやジェラルドには危険はないが、ルイには危険が伴うから、護衛は必要ないと?」
「はい。危険なのはルイ殿下のみと仰せでした。ドルレインの狙いの意味を慮っても、キャサリン様の事件を振り返っても、双方にとって邪魔なのは、ルイ殿下おひとりだと」
マリアンヌはとても聡明な女性だ。
だが、それだけではなく彼女は軍人出身の父を持ち、後に宰相にまで登り詰めた兄を持つ。
つまり戦えない弱い皇太后ではないということだ。
リカルドの気性はまさに母である彼女譲りだった。
こういう普通の令嬢や姫君なら不要な戦略の読みの正確さも、彼女の特質故である。
それを知っているリカルドも口を噤むしかなかった。
「そこまでして話し合わなければならないことがなにかあったか?」
思わず首を捻って考え込んでしまう。
「なにかルイ殿下が絡んだ問題で、おふたりにお話ししたいことがあると仰せでした。ただその内容までは」
わからないと謝ってくるヴァンにリカルドは謝らなくていいとかぶりを振る。
「取り敢えずこれから離宮に戻ったら、私はマックスを連れて殿下を色街までお連れします」
「そんなに急を要するのか? その話し合いの内容は」
「わかりません。ただ皇太后陛下はおふたりに怒っておられるご様子でしたが」
「怒る? 私はともかくジェラルドを? あの母上が?」
ジェラルドは手がかからないから、少し物足りないとまで言われていた母上が?
リカルドは考えれば考えるほどわからなくなる。
しかし一度言い出したら退かない母だ。
ここは従うしかないかと諦めた。
「ジェラルドを呼んで、すぐにでも母上のところへ向かおう。だから、ヴァン」
「はい」
「マックスにもよく頼んでおいてくれ。ルイを頼むと」
「畏まりました。殿下をお守りし、必ず自分たちも生きて戻ります」
「その誓いが誓えないなら、わたしは送り出せないところだった。本当にルイを頼む。それからそなたたちも必ず生きて戻れ。よいな?」
「ハッ!!」
片膝をつき片手を胸に当て一礼するヴァンにリカルドは離宮の方角に目を向けた。
(なにを危惧しているんですか? 母上?)
問いの答えはすぐにでもわかるだろう。
それからリカルドは一通の手紙を認め、ヴァンに委ねた。
ある人物に宛てた手紙だ。
それを確かに受け取りヴァンは息子を迎えに行くのだった。
「リカルドの異常な執着?」
「明らかに親の執着の仕方じゃねえだろ。あのオッサン」
「言われてみれば確かに行き過ぎた表現な気もしますが」
「結婚させたくないだとか、生涯監禁したいだとか、そういうの親子じゃなかったら、そういう解釈されないか? ばあさん?」
「……」
「ただ俺、親子だってわかっても、そういう態度を取られることに違和感がなかったんだ。あまりに普通に身近で起きていたことだから、なんか親子でそれは変だって感覚が持てなくてさ」
「それはリカルドにも責任がありますね」
マリアンヌは思わずため息を漏らす。
モラルの低い色街育ちのラスに、そういう意味に受け取れる態度はタブーだ。
これはマリアンヌにも責任があるかもしれない。
うっかり流していたから。
「そうこうしている内にジェラルドが、兄貴に対してこういう抗議はないっ!! みたいな行動を起こして」
「なんですか?」
「あー。内容は伏せるけど。とにかく俺は身内だって言われても実感が伴ってないって自覚したんだよ。例えば変な例えだけどオッサンが、いきなり俺にそういうことを求めてきても、遂に来たかと思っても、親子でそれは変だとは感じないと思う」
「わたくしのことも祖母とは思えませんか? ルイ?」
伏し目がちに問われてラスは小さく微笑んだ。
「ばあさんのことが俺は凄く好きだ」
「……ルイ」
「誰かをばあさんと呼ぶ日が来るなんて思わなかったし、それが皇太后なんて今までの感覚ならあり得ない」
「……」
「でも、ばあさんは好き。ばあさんは俺のばあさんだから」
ここまで言ってからラスは、「あーっ!! 上手く言えねえっ!!」と地団駄を踏んで悔しがった。
でも、マリアンヌには言葉に詰まるラスの様子だけで答えはわかった。
思わず微笑んでしまう。
「ほんとのが抜けていますよ、ルイ」
本当に言いたいことを読んでくれたマリアンヌにラスは照れて笑う。
「はあさんは長生きしてくれよ? 主に俺のために」
「そうですね。ラスの世継ぎの顔を見るまでは死ねませんね」
茶化して終わらせたマリアンヌだが、ラスの深刻な悩みを聞いて、リカルドやジェラルドに注意しなければと感じていた。
ラスのモラルはとても低い。
下手をすれば人の道から外れた道も平然と選ぶだろう。
ふたりにその気があるのならともかく、普通に親と弟として振る舞っているのなら、ラスを惑わせる言動はやめさせなければ。
ただでさえ低いモラルが余計に低くなって、家族に対する認識まで狂わせてしまうから。
そういえば……とマリアンヌは気付く。
リカルドは問題児だったから納得もいくが、ジェラルドがマリアンヌの手を煩わせるのは初めてだと。
それが何故か嫌な予感となって、彼女を悩ませたが、彼女がその予感の意味を知るのは、まだまだ先の話だった。
ドルレインとアドミラルは19年前の戦争で協定を結んでいた。
今では両国は友好国である。
但し表面上は。
根のところでキャサリンを巡る恋敵であることは変わっていないのだ。
キャサリンに愛され妃に迎え、なのに彼女を護れなかったリカルドと。
ひたむきに彼女を愛したが報われることはなく、彼女が皇帝弑逆の容疑を掛けられたと知ったとき、略奪するため戦争まで引き起こしたドンファンと。
その確執が簡単に消えることはない。
ましてやリカルドにとっては彼が横槍を入れてきて、戦争など起こしたがために、妃と子供を失ったと恨んでもいる。
彼女を護れなかった己を責めてはいても、決して赦せないこともある。
ドンファンは結局晩婚になったが、一応婚儀は終えて子供もいる。
今年10歳になる皇女がそれだ。
リカルドの下に長子、ルイの婚約者にという申し出があったのは、第一皇子、ルイ帰還の噂が流れた翌日のことだった。
「ルイの結婚……?」
思わず呟いてしまった。
心底嫌そうに。
リカルドの反応にラスのところから呼び戻されたヴァンも、同じように難しい顔をして口を開いた。
「殿下はまだ発見できていないで押し通すこともできますが」
「そう。今なら可能だ。だが」
「はい。戻っていらっしゃる現在にいらっしゃらないと宣言してしまうと、後に本来の立場に戻られるとき、殿下が困られることになりかねません」
「そうだ。もう戻っているのに今この話をかわすためにいないと言えば、ルイが姿を見せたとき、臣下たちはこのときのことを持ち出してきて、ルイは偽者だと主張するだろう。それは……できない」
ラスが不利になると知っていて、そんな行動は起こせない。
まるでそれを狙っているかのようなドンファンの行動に、皇女を使ってまでラスを表舞台に引きずり出そうとしている執念を感じて苦々しい気分になる。
「ヴァンはどう思う?」
「どう……と仰いますと?」
「ドンファンの狙いだ」
「十中八九殿下を表舞台に引きずり出して、そのお姿を確認することでしょう。やはりあのとき陛下にお任せしないで、私が殿下を救出に向かうべきでした。私の判断ミスです。申し訳ありません」
深々と頭を下げるヴァンにリカルドはかぶりを振る。
「あのときヴァンが行くと言っていたのを止めたのはわたしだ。ヴァンは悪くない」
「しかし」
「どのみちルイがラスとして無事に生きていた以上、いつかは通らねばならない道だ。ドンファンは未だにキャサリンが、いや、今ではルイが欲しいのだろうから」
「……陛下」
「今度こそ渡しはしない。ドンファンなどにルイを奪わせないっ!!」
決意を新たにするリカルドにヴァンは、伝えるのを忘れていた皇太后マリアンヌからの伝言を思い出した。
「そういえば皇太后陛下から、陛下へと伝言をお預かりしてきました」
「母上から? なんだ?」
「ジェラルド殿下と共に皇太后陛下の下を訪れるようにと」
「ジェラルドと一緒に?」
自分だけならまだわかるが、ジェラルドも一緒にと言われて、リカルドも首を傾げる。
「なにかおふたりに母として祖母としてお話があるらしく、ルイ殿下には内密にとのことでした」
「しかしルイは母上の離宮にいるのにどうやって?」
内密にと言われても、そこにはラスがいるのに、どうやって内密に訪れろと?
そのことを問われてヴァンは困ったように答えた。
「それが丁度ルイ殿下が一度自警団に顔を出したいと皇太后様に我が儘を申されて」
「母上はそれを認めたのか?」
呆れるリカルドにヴァンは慌ててかぶりを振る。
勿論無条件で許すほど皇太后は無謀ではない。
ラスに危険が及ばないように最大限気を配っている。
「皇太后様はこう条件をお付けになりました。ルイ殿下も自警団のみんなに逢いたいでしょうと」
「まさかルイを王都に出すのか?」
「いえ。正確には……色街に……です」
皇太后の発言に母の豪胆さには慣れているリカルドも言葉もなかった。
「色街に自警団の人々を赴かせて、ルイ殿下をこっそり潜入させておく。一度色街に入ってしまえば、ルイ殿下は皇太子ではなく、色街の華と呼ばれるオッドアイのラスです。ドルレインも殿下を狙う逆賊も、オッドアイのラスには手を出せない。違いますか?」
色街は独自の法で生きている。
国ですら介入を許さないアドミラルの中にある独立国のようなもの。
それはアドミラルの国だけでなく如何なる権力をも寄せ付けない。
オッドアイのラスはその強大な守護力を誇る色街の至宝。
そこにいる限りラスの安全は保証されているのだ。
逆から言えばそこまでラスを大事にしている色街に彼を返すのは、ある意味で危険なことである。
そこまでしても話し合いたいのかと、リカルドは驚きを隠せない。
「しかし幾ら色街に入ってしまえば安全とはいえ、そこへ辿り着くのがまず危険じゃないか?」
色街は王都の周辺にあるとはいえ旅に出ずにつくが、王都にはないという微妙な距離にある。
その距離がリカルドを不安にさせる。
しかしその問いにもヴァンは答えを用意していた。
「殿下の護衛に私やマックスも同行するよう仰せつかっております。ですからご安心ください。陛下」
「それは母上の読みでは、わたしやジェラルドには危険はないが、ルイには危険が伴うから、護衛は必要ないと?」
「はい。危険なのはルイ殿下のみと仰せでした。ドルレインの狙いの意味を慮っても、キャサリン様の事件を振り返っても、双方にとって邪魔なのは、ルイ殿下おひとりだと」
マリアンヌはとても聡明な女性だ。
だが、それだけではなく彼女は軍人出身の父を持ち、後に宰相にまで登り詰めた兄を持つ。
つまり戦えない弱い皇太后ではないということだ。
リカルドの気性はまさに母である彼女譲りだった。
こういう普通の令嬢や姫君なら不要な戦略の読みの正確さも、彼女の特質故である。
それを知っているリカルドも口を噤むしかなかった。
「そこまでして話し合わなければならないことがなにかあったか?」
思わず首を捻って考え込んでしまう。
「なにかルイ殿下が絡んだ問題で、おふたりにお話ししたいことがあると仰せでした。ただその内容までは」
わからないと謝ってくるヴァンにリカルドは謝らなくていいとかぶりを振る。
「取り敢えずこれから離宮に戻ったら、私はマックスを連れて殿下を色街までお連れします」
「そんなに急を要するのか? その話し合いの内容は」
「わかりません。ただ皇太后陛下はおふたりに怒っておられるご様子でしたが」
「怒る? 私はともかくジェラルドを? あの母上が?」
ジェラルドは手がかからないから、少し物足りないとまで言われていた母上が?
リカルドは考えれば考えるほどわからなくなる。
しかし一度言い出したら退かない母だ。
ここは従うしかないかと諦めた。
「ジェラルドを呼んで、すぐにでも母上のところへ向かおう。だから、ヴァン」
「はい」
「マックスにもよく頼んでおいてくれ。ルイを頼むと」
「畏まりました。殿下をお守りし、必ず自分たちも生きて戻ります」
「その誓いが誓えないなら、わたしは送り出せないところだった。本当にルイを頼む。それからそなたたちも必ず生きて戻れ。よいな?」
「ハッ!!」
片膝をつき片手を胸に当て一礼するヴァンにリカルドは離宮の方角に目を向けた。
(なにを危惧しているんですか? 母上?)
問いの答えはすぐにでもわかるだろう。
それからリカルドは一通の手紙を認め、ヴァンに委ねた。
ある人物に宛てた手紙だ。
それを確かに受け取りヴァンは息子を迎えに行くのだった。
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