愛人(まなびと)

大宮りつ

文字の大きさ
上 下
6 / 13

第5話:私の女神様

しおりを挟む
 結局、両親は第三者の介入なしでは話し合える状態ではなくなって、離婚話は裁判に発展してしまった。母は父の身勝手な主張に疲弊し、弟はまだ大学生だったため、裁判が始まると母と弟と三人で暮らすことにした。そして、ことが落ち着くまでは、私が家計を支えることになった。

 日中は仕事に忙殺され、帰宅すると精神的に追いつめられた母を目の当たりにして、気づいたときには、自分の中で色んな感情が入り乱れていた。けれど、それがどんなものだったかは、ほとんど記憶にない。というより、そもそも自分がどんな気持ちを抱いていたか、その頃にはわからなくなってしまっていた気がする。
 
 唯一覚えているのは、どうしようもない寂しさと心が押しつぶされそうな孤独が、常にまとわりついては離れない苦しい感覚だけだった。

 家庭のことは、彼女にも話せなかった。どんなふうに伝えたらいいのかわからなかったし、彼女と同じ時間を過ごしているときは、できるだけ明るい話をして、少しでも長く笑っていたかった。

 身も心も限界に近づき、重い足取りで家に帰ろうとしていたある日、偶然にも帰宅途中の彼女とすれ違った。
 「みっちゃん!大丈夫?ひどい顔してるよ。何があったの?連絡しても返ってこないし、心配したんだよ!」
 久しぶりに聞いた彼女の声は、擦り切れた心に不思議と安らぎを与えてくれた。そういえば、忙しさと疲れでここ数週間、ろくに携帯を開いていなかったことを思い出した。
 
 「ごめん。仕事が忙しかったのと、実は……」
 ことの全てを打ち明けると、彼女は静かに涙を流した。
 
 「中学のとき、我慢して笑わなくていいって私に言ってくれたのに……そうやって、全部自分一人で背負おうとするところ、みっちゃんの悪い癖だよ!」
 彼女は泣きながら、真剣な眼差しと悲しげな口調でそう言った。
 
 結局、彼女に心配をかけるどころか傷つけてしまった。ただ、彼女の笑顔を守りたかっただけなのに、自分の行動が全て裏目に出てしまうなんて……。
 
 「泣かせちゃってごめん。どう話したらいいかわからなくて……」
 「違うよ。みっちゃん、今泣けないくらい辛いんでしょ。だから、私が代わりに泣いてるの。みっちゃんはもう十分頑張っているんだから、これ以上自分のこといじめないで……」
 
 どうして彼女は、こんなにも私の心を見透かしてしまうのだろう。たしかに、そのときの私には涙を流す気力すら残っていなかった。けれど、そんな優しい彼女を目の前にすると、それまで押し殺してきた気持ちが一気に溢れてきて、涙腺が崩壊しそうだった。

 「気づいてくれて、ありがとう。やっぱり真耶には敵わないね」
 「当たり前でしょ!何年の付き合いだと思ってんの。私のこと、女神様って呼んでもいいんだからね」
 そう言って彼女はいつものように、何かを成し遂げた後にする得意げな顔を見せてくれた。
 
 一通り話終えると、いつの間にか二人で笑っていた。そうやって彼女は、今まで何度私の心を救ってくれたことか。そしてその度に、私の中で彼女の存在がどれだけ大きくなっていったことか。きっと彼女は、気づきもしていないだろう。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

親友と異世界トリップ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:87

処理中です...