俺にだけデレデレな氷の女王

健杜

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氷の女王は話したい

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 黒野涼介は己が選択を間違えたことをようやく理解した。
 氷見鏡花という女性は想像よりも行動的で、根に持つタイプだったようだ。

 だが今は後悔している暇はなく、現状をどうにかしなければならない。
 多くの生徒に先程の発言を聞かれてしまっているので、ある程度噂になるのは仕方がないだろう。
 ならば涼介が行うべきことは、ここからどれだけ噂を小さくできるかの努力だ。

 「俺は……」

 鏡花の発言を撤回しようとするが、本当にそうすべきなのか迷いが生じて、出かかった言葉を飲み込んだ。
 脳裏に浮かんだのは、昨日の鏡花の言葉だった。
 彼女は確かに、涼介に避けられて寂しかったと言っていた。
 それなのに、今まで散々世話になった彼女を再び傷つけるのが正しい選択なのだろうか。

 「ごめん、鏡花姉」

 小さな声で鏡花に謝罪をする。
 鏡花は決して目立つことが好きなタイプではなく、むしろ今のように注目を浴びている状況は苦手だったはずだ。
 それなのに目立つ校門で涼介を待っていたのは、昨日の恨みもあるだろうが、それ以上に涼介に避けられたくなかったのではないか。

 涼介がいつ学校に来るかなんて鏡花にはわからないので、朝早くからここに来ていたはずだ。
 そう考えてしまったら、もう涼介は避けるなどということはできなかった。

 「昨日は置いて帰ってごめん。鏡花姉の言う通り、結構勉強がやばいんだよね。だから、昨日逃げたばかりだけどまだ教えてくれる気があるなら、俺に勉強を教えてくれないかな? いや、教えて下さい」

 一旦周囲の生徒たちのことを頭から追いやり、目の前の氷見鏡花としっかり向き合う。
 改めて謝罪をして、逃げようとしていた勉強を教えてくれるように頭を下げた。
 今鏡花がどのような表情をしているのか涼介にはわからず、沈黙が怖かった。

 「ふふっ」

 長い沈黙の後に頭上で笑い声がしたので、顔をあげるとそこには嬉しそうに笑う鏡花の姿があった。
 
 「鏡花姉?」
 「やっと私を見てくれたのね。その勇気に免じて昨日のことは許してあげるわ」
 「ありがとう鏡花姉」

 許してもらえて安堵した涼介だったが、続く言葉を聞いて今日から地獄が待っていることを理解した。

 「勉強は厳しく教えていくから、覚悟していなさい」
 「はっ、はい」

 昨日のことを謝るだけで勉強は余計だったかも知れないと、後悔した直後大きな声が周囲に響き渡った。

 「お前ら、何校門で集まってるんだ。そろそろ始業のチャイムが鳴るぞ!」

 生徒指導の先生がいつまで経っても校舎に入ってこない生徒たちを不審に思って、やってきたようだった。
 周囲にいた生徒たちは慌てて校舎に向かうことになり、鏡花は一言「また後で」と言い残して自分の教室へ向かって行った。

 「やっべ、俺も急がなきゃ」

 一般的な高校は一階が一年生のフロアで、上に行くに連れて学年が上がっていくと思うが、涼介の通っているこの学校はその反対で三階が一年生の教室となっていた。
 つまり時間がギリギリの今、涼介は全力で階段を上がることになり、なんとか教室へついたときには息を切らしていた。

 「なんとか間に合った」

 幸い教室に担任はまだやってきていないので、休む時間ができたが周囲のクラスメイト、特に男子からの視線が居心地が悪かった。
 なるべく気にしないように、自分の席に座ると早速声をかけられた。
 
 「朝から大変だな涼介」
 「はぁ、もう噂が広まってるのか海人?」

 顔だけ隣に向けると隣の席の島野海人が、ニヤニヤ笑いながら涼介を見ていた。

 「まぁ、かなりの人数が見てたから現在進行系で広まってるだろうな。俺はあの野次馬の中で見てたから知ってるけど」
 「なんだよ、見てたのか」

 他人ならそこまで気にしないが、さすがに友人に見られたのは少し恥ずかしいようで、今になって大胆なことをしたと涼介は思い返した。
 告白をしたわけではないが、大勢の前であの氷の女王と親しげに話したのは周囲には驚きだっただろう。
 海人にも知り合いということを話したことがなかったので、興味津々にこちらを見てくる。

 「わかったよ。後で話すから今は休ませてくれ。肉体的にも精神的にも疲れてんだ」
 「しょうがないな。次に休み時間に話してくれよ」
 「わかった。わかった」
 
 そこでチャイムが鳴ると同時に先生が教室へ入ってきて、いつものようにホームルームが始まった。
 どう説明しようか考えている間に、連絡事項を伝えた先生は教室を出ていった。

 「それじゃあ、話してもらおうか」

 ワクワクした様子の海人にめんどくさいが説明をしようと思った時、クラスの女子に呼ばれた。

 「黒野君、先輩が呼んでるよ」
 「ん?」

 言われて扉の方に目をやるとそこには、鏡花の姿があった。

 「えっ……」

 放課後に話そうと思っていた涼介は思わず言葉を失うが、すぐに扉の方へ向かった。

 「鏡花姉なんでここにいるの?」
 「それは、あなたと話しがしたかったからよ」

 それ以外に何があるのかという表情をしている鏡花を見て、涼介は頭を抱えたくなった。
 狙ってその言葉を言ったつもりはないのだろうが、鏡花のような綺麗な女性に言われたので涼介も顔を赤くしてしまう。

 「あーもう、鏡花姉あんま人前でそういうことを言っちゃダメだよ」
 「なぜかしら? 私は思ったことを言葉にしただけよ」

 なにか問題があるのかしらと言いたそうにする鏡花に、なんと返事をすれば迷ったが教室の前ではとにかく目立つ。
 そのうえ授業もすぐに始まるので、一旦教室に帰ってもらうことにした。

 「ごめん。俺も色々話したいことがあるけど、もうすぐ授業が始まるからまた後ででいいかな?」
 「そうね、それは私の配慮が足らなかったわね。ごめんなさい。それなら、また後で来るわ」
 「うん。また後で」

 とりあえず教室に帰ってもらい、また昼休みに会おうと思っていた涼介の考えは甘かった。
 また後でを正確に決めなかった自分を恨んだ。

 「涼介くん来たわよ」

 次の休み時間にまた鏡花は現れた。

 「涼介くん」

 その次の休み時間も。

 「涼介くん……」

 休み時間になるたびに鏡花は涼介の教室を訪れた。
 まさかまた後でが昼休みではなく、次の休み時間だとは完全に想定外だった。

 「鏡花姉休み時間じゃなくて、昼休みに話そうよ。休み時間は短いんだし」
 「そうね、わかったわ。じゃあ昼休みに中庭で待ち合わせしましょう。昼食を持ってきてね」
 「一緒に食べるの?」

 涼介は雑談程度のつもりだったのだが、昼食のお誘いを受けてしまった。

 「嫌かしら?」

 人目が気になるが、今更気にする意味はないかと諦めて、差相違を受けることにした。

 「嫌じゃないけど……わかった。一緒に食べようか」
 「よかったわ。また後で会いましょう」

 そう言って鏡花は自分の教室へ戻っていったのを確認した涼介は、疲れた様子で自身の席へ戻った。

 「大変そうだな涼介」
 「ああ、まさか休み時間になるたびに会いに来るとは思っても見なかった」

 最初は冗談半分で海人はからかっていたが、四回目となるとさすがに涼介に同情していた。
 涼介自身、鏡花と話すことも会うことも決して嫌ではないのだが、廊下で話すたびに浴びる他の男子の嫉妬の視線が居心地が悪かったのだ。

 「でも、思ってたよりもキャラが違ったな」
 「そうだね」

 男子たちから氷の女王と呼ばれている鏡花が、一人の男子のために休み時間ごとに会いに来るのはイメージが違うのだ。
 呼び名とイメージは違うが、涼介のよく知るおせっかいな近所のお姉さんの鏡花の姿がそこにはあった。

 「俺も話せて嬉しいから、他の男子のことなんてどうでもいいんだけどね」
 「思ったより度胸あんなお前。その調子で昼休みも楽しんでこい」
 「ああ、そうするよ」

 四時間目の授業が始まったので、一旦授業に集中する。

 「よし。じゃあ行ってくるよ」
 「行ってら」

 昼休み前最後の授業が終わった涼介は、すぐに向かう準備をする。
 鏡花のことだから授業が終わると同時に、待ち合わせ場所に向かうと思ったのですぐに昼食を持って教室を出た。
 小走りで向かったのだが、待ち合わせ場所にはすでに鏡花の姿があった。

 「ごめん、待ったよね?」
 「いいえ、私もいま来たところだから」

 まるで恋人のお約束のような言葉をかわした二人は、日当たりのいいところのベンチに腰を下ろして、昼食を食べながら話し始めた。

 「そういえば鏡花姉の方は大丈夫だった?」

 朝の出来事が会ったので、迷惑がかかった気になったので訊ねたが当の本人はキョトンとしていた。

 「大丈夫? 何の話かしら?」
 「えっと、朝のことをクラスで質問攻めにあったりしなかった?」

 大勢の人から噂されていることを伝えることで、鏡花は納得した様子でうなずいた。

 「そのことなら大丈夫だったわ。何人かの友人に聞かれたけれど、特に問題なかったわ。あなたの方こそ大丈夫だったの?」
 「俺は男子たちからすごい見られたけど、別に問題はなかったよ」

 海人にからかわれたりしたが、仲のいい友人同士の出来事なので特に問題はない。
 質問攻めにもされなかったので、少し拍子抜けだ。

 「それにしてもあなたと話しただけで、なぜこうも周りが騒ぐのかしら」
 「鏡花姉は綺麗だからしょうがないよ」
 「綺麗? 私が?」
 「うん、そうだよ。みんな言ってるよ」

 成績優秀、容姿端麗、性格も男子には厳しいが悪いわけではない。
 そんな漫画の世界の住人が実際に同じ学校にいたら、はしゃいでしまうのも無理はないだろう。
 
 「涼介くんもそう思うかしら?」
 「俺もそう思うよ」
 「ふふっ。ありがとう。すごく嬉しいわ」
 
 素直に伝えると、鏡花は少しうつむいて嬉しそうに笑うのを見た涼介は、その眩しい笑顔を直視することができなかった。

 「分かってくれたのなら良かったよ」

 なんとかそう言葉を振り絞った涼介は、自分の昼食を食べるのに意識を集中させて、顔が火照るのを抑えようとした。

 「それにしても、ここまで男子たちが騒ぐのは想定外だったわ。もしかして、休み時間に会いにいくのは迷惑だったかしら?」

 申し訳そうな表情で鏡花が訊ねてきて、涼介はどう答えるか返答に迷った。
 確かに、休み時間ごとにくるのは困りはしたが、決して嫌ではなかった。
 そう伝えればいいのだが、鏡花は察しが良いので涼介が困ったということに気づいてしまうかも知れない。
 だから涼介は自分の気持ちをきっちり言葉にして伝えなければならない。

 「うん。鏡花姉が会いに来たことで、たしかに周りの男子たちの視線がウザかったよ」
 「やっぱり。だったら――」

 鏡花はやはり、涼介を気遣って会いにいくのはやめると言おうとする。
 だからその言葉を遮る。

 「でも、それ以上に鏡花姉と前みたいに話せて嬉しかった」
 「そう……なの?」

 鏡花は意外そうな表情で涼介を見るが、この言葉は嘘偽りのない涼介の気持ちだ。

 「鏡花姉と話せるなら、視線なんて気にしないし、噂もどうでもいい。重要なのは鏡花姉と以前のように楽しく話せることだからね」

 涼介はそう言い切った。
 気持ちを隠さずに、しっかりと鏡花の目を見て伝えた。

 「そう……それなら良かったわ。私の一方通行ではないのね。それなら、考えていたことも実行しても良さそうね」
 「何の話?」

 先程まで少し落ち込みかけていた鏡花が、涼介の気持ちを聞いて元気になったと思った途端、不穏なこと言い始めた。

 「勉強を教えるって言ったわよね」
 「そうだったね」

 涼介としては、覚えていなくても問題はなかったがお願いした手前、なかったことにはできない。

 「これから毎日、放課後にあなたの家に行って勉強を教えるわ」
 「毎日?」
 「毎日」

 週に数度程度か、テスト前だけだと考えていたが、予想外の毎日と言われて涼介は、自分の顔が引きつるのが分かった。

 「二人きりなら邪魔は入らないから、思いっきりできるわね。早速今日からやるから、覚悟してなさい」

 いい笑顔で言われた涼介に許された返事は、はいのみだった。
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