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最終話 時代の紡ぎ
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誰かが呼ぶ声がする。
アッシュは鉛の様に重たい瞼を何とか開いた。
目の前に、泣いている女の顔があった。どうやら膝枕をされているらしい。
ヴェロニカ。
名を呼んだつもりだが、上手く言葉にならなかった。顔半分の肉が削げ落ちて、言葉はただの空気になって漏れ出すだけだった。
目だけを動かすと、ラシェッドの姿があった。アードラーとゴブリン達もいた。皆、自分の死を悲しんでくれる。それだけで死の恐怖も悲しみも、霞の様に消え去った。
「こ、国王は……?」
声を絞り出す様に聞くと、アードラーが進み出た。
「虫みてぇに串刺しになって死んでいるぜ。苦悶、ってタイトルで飾っておきたいくらいだ」
相変わらずの酷い物言いである。
一つの戦いが終わった。悔いがない、と言えば嘘になるが、それなりに悪くない人生だった。
ヴェロニカ、君を独り残してしまう事を謝りたい。
ラシェッド様、もっと貴方のお役に立ちたかった。
アードラー、いつも支えてくれて助かっていた。タコパにもよろしく。
ゴリン、ブリン、君達の成長を見届けたかった。
「あり、が、とう……」
それだけを言い残すと、アッシュの腐敗は一気に進んで崩れ落ち、白骨となった。
ヴェロニカは頭蓋骨を抱き締め、涙を堪えていた。彼は必死に戦い、敵の王を倒した。ならば魔術師の妻として、泣くべき所ではないと考えていた。
「お見事でした、アッシュ様……」
こうして王都攻略戦は終わり、残った兵達に降服勧告がなされた。
アッシュの骨は廊下に飾ってあった壺を持って来て、そこに入れられる。
ラシェッド自ら骨壺を持ち、城門を出た。ヴェロニカがマントを、ゴブリン達が杖やローブを。それぞれが遺品を持って後に続いた。
「道を開けよ、英雄の凱旋である!」
ラシェッドの叫びに、魔物達は左右に散って道を作った。一部の人間も、武器を収めその列に加わった。
アッシュとロイの骨は、美しい庭の角すみに墓が作られ、そこに葬られた。国王の遺体は、アードラーの手により城壁から吊るされた。
その後、ラシェッドは抵抗する者は容赦なく処断していったが、投降した者達へは寛大な処置を取った。
市民達は保護され、兵士達はラシェッド軍に編入された。勇者族達の戦いぶりを称え、アッシュの働きに報いるにはそれしか思い付かなかった。
無論、何もかもがスムーズに進んだ訳ではない。人類と魔族の間にある偏見と対立は直ぐに消え去る訳ではなく、ラシェッドの目の届かない所で住民は虐げられ、それは激しい抵抗活動へと繋がった。
「腰を据えて専念するしかないな」
玉座の間にて、ラシェッド用に新しく作られた椅子に座って言った。
「バビヨンの奴を生かしておいた方が良かったかい?」
アードラーが聞くと、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「それはないな」
「おう、自分で言ってて思ったぜ。ないない」
飼っていた内通者の事は全て話した。アッシュ達の身体が崩れていったのは、女神像を破壊した結果であろうと悔いながら語った。そんなアードラーをラシェッドは責める事なく、その働きを労った。
これからの方針について語る二人。慌てて玉座の間に飛び込んで来たゴリンによって、話は中断させられた。
「敵が、軍勢が王都に向かっておりやす!」
「なんだと、どこの軍だ!?」
人類がそこまで組織だった行動を取れる筈がない。海の向こうに魔王軍に抵抗を続ける国があるというが、わざわざ渡って来たとも思えない。
返答に詰まるゴリン。そこへブリンが転がる様に入室し、第二報をもたらした。
「敵は魔王軍、四天王サラマンです!」
「火事場泥棒が……ッ!」
アードラーが怒りに頬を歪めた。
バビヨンは死に際、女神像の秘密を教えた相手がいると言った。それがサラマンだったのだろう。
ラシェッド軍が疲弊し、懸念材料であった氷の魔術師も死んだ。今ならば楽に王都を取れると判断しての行軍だ。
バビヨンの策は多大な影響を及ぼした。しかしそれは人類を救うでもなく、己の立身に繋がるでもなく、本当にただの嫌がらせに過ぎなかった。
「ガキの悪戯レベルの事をしてるだけで策士面をしやがる。そういう所だぜバビヨン!」
アードラーの瞳は怒りに燃えていた。今までのありとあらゆる戦いを侮辱する行為だ。サラマンを撃退し、バビヨンの策を潰してやらねば気が済まない。
「若、まさか尻尾巻いて逃げ出すって事はないよな?」
「これまで聞いた中でも最低の冗談だな」
ラシェッドは立ち上がり腕を振った。
「全軍に通達、サラマンを迎え撃つぞ!」
こうしてラシェッド軍とサラマン軍、魔族同士の戦いが始まった。
ラシェッド軍は数が少なく疲弊もしていたが、士気だけは高かった。城壁を活用し、数倍の戦力を相手によく戦った。
対するサラマン軍には驕りがあった。策によって王都を掠め取るだけの楽な作業である筈だった。だが頑強な抵抗に遭い、犠牲ばかりが増えていく事に動揺が走った。
「今更だけどさぁ」
「何だ?」
城壁の上で、アードラーとタコパが並んで戦場を見渡していた。
「城壁に坂を作って越えるのはズルいよな」
「まぁ、やられた方は溜まったものではないだろうな」
城壁の恩恵、籠城側の有利を実感しながら二人は頷いた。
戦いは一進一退。三日三晩続いた。最後はラシェッドが本陣を強襲し、サラマンとの一騎討ちの末、共に深傷を負った。
サラマン軍は撤退したが、ラシェッド軍にも追撃するだけの余裕はなかった。
こうして、魔王軍の大幹部二人が本格的な敵対状態となり、人類を滅ぼすどころではなくなってしまった。
海を越えた砂漠の国で、美しい女神像が献上された。
王都からの避難民で溢れ、王に謁見を望む者が列をなす中での事であり、献上した商人がどこへ行ったのか、どんな姿をしていて、何という名前だったか、誰も思い出す事が出来なかった。
砂漠の王と側近達は、女神像の不思議な力に魅せられ、地下深くの部屋へと飾られる事となった。
十数年後――。
玉座に座るラシェッドには右腕がない。顔の右半分は火傷で覆われていた。これでもかなり再生した方であり、サラマンとの戦い直後は半身が消し炭となっていた程。
弱ったラシェッドを倒して成り代わろう、という者はいくらか出て来たが、全てアードラーとタコパによって阻まれた。
幹部候補として名も挙がらなかった、何故か自信だけは過剰な連中など、激戦を潜り抜けた二人の敵ではない。
「君達は王になりたいと思わないのか」
立ち上がる事すら容易ではなかったラシェッドが聞くと、アードラーは照れ臭そうに答えた。
「このメンツでやっていく事に慣れちまったのさ」
タコパも無言で頷いた。それ以降、彼らはラシェッドの忠臣として、どんなに苦しい時にも大将を支え続けた。
今、ラシェッドの両脇には、アードラーとタコパが控えていた。そして正面に立ち、ラシェッドに謁見するのは、青い肌の活発な少女であった。
「それでは御大将、吉報をお待ち下さい!」
ビシッ、と音が鳴りそうな程に背筋を伸ばす少女に、ラシェッドは優しい眼差しを向けた。
幹部二人も同じ様な顔をしている。口には出さないが、野郎三人の誰もが、彼女の父親代わりのつもりで“保護者面”をしていた。
「君が無事に帰ってくるのが一番の朗報だ。初陣だ、まずは戦場の空気を感じてくるがいい」
「はい、お気遣いありがとうございます!」
漆黒のマントを翻し、先の欠けた杖を誇らしげに掴んで、少女は部屋を後にした。
ラシェッドは楽しげに笑っている。
自分ではない、他の誰かの成長がこんなにも嬉しいというのは、新鮮な感情であった。
「時が経つのは早いものだな。あの豆粒みたいな赤ん坊が、氷の魔術師を名乗るようになったか。さて、サラマンの奴は、新たな人材を育てる事が出来たかな。まさか火山の奥でイジけているだけではあるまい」
「若、あんまり意地悪言うなって。多分そうだろうなって思ってるんだろう?」
アードラーがゲラゲラと、相変わらずの笑い声を上げた。
ラシェッドとタコパも、顔を見合わせてから笑った。彼らの関係は主従というよりも、共に戦い続けた戦友に近い。
廊下に出て少し進むと、母と二体のゴブリンが待っていた。
母は時が経つ程に美しくなり、妖艶さを増していった。少女にとって自慢の母であり、姉妹と間違われる度に嬉しくなったものだ。
「母上、行って参ります!」
「家名を上げようなどと思わず、身の安全を第一に考えなさい」
「……あの、本当にそれでよろしいので? 亡き父上の為にも、大手柄の一つや二つ挙げたいところなのですが」
「あの人に家名だの手柄だの言っても、困った顔をするだけでしょうね。どうでもいいよ、って。ねぇ?」
ゴブリン達に目をやると、彼らも肩をすくめて苦笑した。
「違いねぇ、旦那はそういうお人だ」
一人は小鬼の名に相応しからぬ、立派な体の剣士であった。主と共に死ねなかった苦悩が、彼を死に物狂いの修行に駆り立て、今ではラシェッド軍でアードラー、タコパに次ぐ偉大な剣士となっていた。
部下達の面倒見も良く、幹部の座に誘われた事もあるのだが、
「お嬢が幹部となった時、その補佐にあたりたい」
と、固辞していた。
もう一人は対照的に、針の様に痩せ細った魔術師であった。あばらも頬骨も浮いており、それでいて目だけがギラギラと光っている。高位の魔術師だけが放つ、独特の雰囲気を纏っていた。
かつての主の足下にも及ばぬと考え、今でも魔術の鍛錬を怠る事はなかった。
「ではお嬢、参りましょう。外で皆が今か今かと待っておりますぞ」
ゴブリンの魔術師は、その体つきに似合わぬ力強い声で言った。
「はい! ゴリン、ブリン、行きますよ――!」
少女が元気良く歩き出し、ゴブリンたちが付き従った。
逞しく成長した三人の背を、少女の母、ヴェロニカは暖かく見送った。
城門を出ると、三十名程のゴブリン達が控えていた。誰もが王都で作らせた新品の防具を身に付けている。
現れた英雄の娘に、敬意を注がれた視線が一斉に向けられた。
ゴブリン族の地位向上が為されたのは、二体のゴブリンと、彼らの主人のおかげであった。その娘と共に戦えるのは、ゴブリン達にとってこの上ない名誉である。
「こいつは縁起がいいや」
綺麗に整列するゴブリン達を見て、ゴリンは懐かしげに目を細めた。
「何がですか?」
少女が首を傾げる。
「いえね、旦那が初めてラシェッド軍で戦った時も、こんな風にゴブリン達を率いていたんでさ」
「もう少しガラが悪かったけどな」
ブリンが補足しながら笑った。
「そうですか、父上が……」
少女は父親の顔も知らない。しかし、多くの物を受け継いでいるという事は、理解していた。ラシェッドや幹部達、配下のゴブリン達が自分に良くしてくれているのも、父が皆に愛されていたからこそだ。そんな父と同じ道を歩もうとしている。少女の胸の内がじんと熱くなった。
少女は杖を高々と上げて叫ぶ。
「“グラシア隊”、出撃!」
「ウオオッ!」
ゴリンが、ブリンが、多くのゴブリン達が右拳を上げて応えた。
どこまでも蒼い空に掲げられた小さな拳に、多くの勇ましい掛け声が共鳴して響き渡る。
炎よりも熱い熱気と熱量が発せられ、小さなその一歩が踏み出されたその瞬間、少女の背中を押す様に、季節外れの心地よい冷たい風が一つ吹いた。
懐かしい、いつかの氷の魔術師が放った冷気にとてもよく似た、静かで小さな風が。
アッシュは鉛の様に重たい瞼を何とか開いた。
目の前に、泣いている女の顔があった。どうやら膝枕をされているらしい。
ヴェロニカ。
名を呼んだつもりだが、上手く言葉にならなかった。顔半分の肉が削げ落ちて、言葉はただの空気になって漏れ出すだけだった。
目だけを動かすと、ラシェッドの姿があった。アードラーとゴブリン達もいた。皆、自分の死を悲しんでくれる。それだけで死の恐怖も悲しみも、霞の様に消え去った。
「こ、国王は……?」
声を絞り出す様に聞くと、アードラーが進み出た。
「虫みてぇに串刺しになって死んでいるぜ。苦悶、ってタイトルで飾っておきたいくらいだ」
相変わらずの酷い物言いである。
一つの戦いが終わった。悔いがない、と言えば嘘になるが、それなりに悪くない人生だった。
ヴェロニカ、君を独り残してしまう事を謝りたい。
ラシェッド様、もっと貴方のお役に立ちたかった。
アードラー、いつも支えてくれて助かっていた。タコパにもよろしく。
ゴリン、ブリン、君達の成長を見届けたかった。
「あり、が、とう……」
それだけを言い残すと、アッシュの腐敗は一気に進んで崩れ落ち、白骨となった。
ヴェロニカは頭蓋骨を抱き締め、涙を堪えていた。彼は必死に戦い、敵の王を倒した。ならば魔術師の妻として、泣くべき所ではないと考えていた。
「お見事でした、アッシュ様……」
こうして王都攻略戦は終わり、残った兵達に降服勧告がなされた。
アッシュの骨は廊下に飾ってあった壺を持って来て、そこに入れられる。
ラシェッド自ら骨壺を持ち、城門を出た。ヴェロニカがマントを、ゴブリン達が杖やローブを。それぞれが遺品を持って後に続いた。
「道を開けよ、英雄の凱旋である!」
ラシェッドの叫びに、魔物達は左右に散って道を作った。一部の人間も、武器を収めその列に加わった。
アッシュとロイの骨は、美しい庭の角すみに墓が作られ、そこに葬られた。国王の遺体は、アードラーの手により城壁から吊るされた。
その後、ラシェッドは抵抗する者は容赦なく処断していったが、投降した者達へは寛大な処置を取った。
市民達は保護され、兵士達はラシェッド軍に編入された。勇者族達の戦いぶりを称え、アッシュの働きに報いるにはそれしか思い付かなかった。
無論、何もかもがスムーズに進んだ訳ではない。人類と魔族の間にある偏見と対立は直ぐに消え去る訳ではなく、ラシェッドの目の届かない所で住民は虐げられ、それは激しい抵抗活動へと繋がった。
「腰を据えて専念するしかないな」
玉座の間にて、ラシェッド用に新しく作られた椅子に座って言った。
「バビヨンの奴を生かしておいた方が良かったかい?」
アードラーが聞くと、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「それはないな」
「おう、自分で言ってて思ったぜ。ないない」
飼っていた内通者の事は全て話した。アッシュ達の身体が崩れていったのは、女神像を破壊した結果であろうと悔いながら語った。そんなアードラーをラシェッドは責める事なく、その働きを労った。
これからの方針について語る二人。慌てて玉座の間に飛び込んで来たゴリンによって、話は中断させられた。
「敵が、軍勢が王都に向かっておりやす!」
「なんだと、どこの軍だ!?」
人類がそこまで組織だった行動を取れる筈がない。海の向こうに魔王軍に抵抗を続ける国があるというが、わざわざ渡って来たとも思えない。
返答に詰まるゴリン。そこへブリンが転がる様に入室し、第二報をもたらした。
「敵は魔王軍、四天王サラマンです!」
「火事場泥棒が……ッ!」
アードラーが怒りに頬を歪めた。
バビヨンは死に際、女神像の秘密を教えた相手がいると言った。それがサラマンだったのだろう。
ラシェッド軍が疲弊し、懸念材料であった氷の魔術師も死んだ。今ならば楽に王都を取れると判断しての行軍だ。
バビヨンの策は多大な影響を及ぼした。しかしそれは人類を救うでもなく、己の立身に繋がるでもなく、本当にただの嫌がらせに過ぎなかった。
「ガキの悪戯レベルの事をしてるだけで策士面をしやがる。そういう所だぜバビヨン!」
アードラーの瞳は怒りに燃えていた。今までのありとあらゆる戦いを侮辱する行為だ。サラマンを撃退し、バビヨンの策を潰してやらねば気が済まない。
「若、まさか尻尾巻いて逃げ出すって事はないよな?」
「これまで聞いた中でも最低の冗談だな」
ラシェッドは立ち上がり腕を振った。
「全軍に通達、サラマンを迎え撃つぞ!」
こうしてラシェッド軍とサラマン軍、魔族同士の戦いが始まった。
ラシェッド軍は数が少なく疲弊もしていたが、士気だけは高かった。城壁を活用し、数倍の戦力を相手によく戦った。
対するサラマン軍には驕りがあった。策によって王都を掠め取るだけの楽な作業である筈だった。だが頑強な抵抗に遭い、犠牲ばかりが増えていく事に動揺が走った。
「今更だけどさぁ」
「何だ?」
城壁の上で、アードラーとタコパが並んで戦場を見渡していた。
「城壁に坂を作って越えるのはズルいよな」
「まぁ、やられた方は溜まったものではないだろうな」
城壁の恩恵、籠城側の有利を実感しながら二人は頷いた。
戦いは一進一退。三日三晩続いた。最後はラシェッドが本陣を強襲し、サラマンとの一騎討ちの末、共に深傷を負った。
サラマン軍は撤退したが、ラシェッド軍にも追撃するだけの余裕はなかった。
こうして、魔王軍の大幹部二人が本格的な敵対状態となり、人類を滅ぼすどころではなくなってしまった。
海を越えた砂漠の国で、美しい女神像が献上された。
王都からの避難民で溢れ、王に謁見を望む者が列をなす中での事であり、献上した商人がどこへ行ったのか、どんな姿をしていて、何という名前だったか、誰も思い出す事が出来なかった。
砂漠の王と側近達は、女神像の不思議な力に魅せられ、地下深くの部屋へと飾られる事となった。
十数年後――。
玉座に座るラシェッドには右腕がない。顔の右半分は火傷で覆われていた。これでもかなり再生した方であり、サラマンとの戦い直後は半身が消し炭となっていた程。
弱ったラシェッドを倒して成り代わろう、という者はいくらか出て来たが、全てアードラーとタコパによって阻まれた。
幹部候補として名も挙がらなかった、何故か自信だけは過剰な連中など、激戦を潜り抜けた二人の敵ではない。
「君達は王になりたいと思わないのか」
立ち上がる事すら容易ではなかったラシェッドが聞くと、アードラーは照れ臭そうに答えた。
「このメンツでやっていく事に慣れちまったのさ」
タコパも無言で頷いた。それ以降、彼らはラシェッドの忠臣として、どんなに苦しい時にも大将を支え続けた。
今、ラシェッドの両脇には、アードラーとタコパが控えていた。そして正面に立ち、ラシェッドに謁見するのは、青い肌の活発な少女であった。
「それでは御大将、吉報をお待ち下さい!」
ビシッ、と音が鳴りそうな程に背筋を伸ばす少女に、ラシェッドは優しい眼差しを向けた。
幹部二人も同じ様な顔をしている。口には出さないが、野郎三人の誰もが、彼女の父親代わりのつもりで“保護者面”をしていた。
「君が無事に帰ってくるのが一番の朗報だ。初陣だ、まずは戦場の空気を感じてくるがいい」
「はい、お気遣いありがとうございます!」
漆黒のマントを翻し、先の欠けた杖を誇らしげに掴んで、少女は部屋を後にした。
ラシェッドは楽しげに笑っている。
自分ではない、他の誰かの成長がこんなにも嬉しいというのは、新鮮な感情であった。
「時が経つのは早いものだな。あの豆粒みたいな赤ん坊が、氷の魔術師を名乗るようになったか。さて、サラマンの奴は、新たな人材を育てる事が出来たかな。まさか火山の奥でイジけているだけではあるまい」
「若、あんまり意地悪言うなって。多分そうだろうなって思ってるんだろう?」
アードラーがゲラゲラと、相変わらずの笑い声を上げた。
ラシェッドとタコパも、顔を見合わせてから笑った。彼らの関係は主従というよりも、共に戦い続けた戦友に近い。
廊下に出て少し進むと、母と二体のゴブリンが待っていた。
母は時が経つ程に美しくなり、妖艶さを増していった。少女にとって自慢の母であり、姉妹と間違われる度に嬉しくなったものだ。
「母上、行って参ります!」
「家名を上げようなどと思わず、身の安全を第一に考えなさい」
「……あの、本当にそれでよろしいので? 亡き父上の為にも、大手柄の一つや二つ挙げたいところなのですが」
「あの人に家名だの手柄だの言っても、困った顔をするだけでしょうね。どうでもいいよ、って。ねぇ?」
ゴブリン達に目をやると、彼らも肩をすくめて苦笑した。
「違いねぇ、旦那はそういうお人だ」
一人は小鬼の名に相応しからぬ、立派な体の剣士であった。主と共に死ねなかった苦悩が、彼を死に物狂いの修行に駆り立て、今ではラシェッド軍でアードラー、タコパに次ぐ偉大な剣士となっていた。
部下達の面倒見も良く、幹部の座に誘われた事もあるのだが、
「お嬢が幹部となった時、その補佐にあたりたい」
と、固辞していた。
もう一人は対照的に、針の様に痩せ細った魔術師であった。あばらも頬骨も浮いており、それでいて目だけがギラギラと光っている。高位の魔術師だけが放つ、独特の雰囲気を纏っていた。
かつての主の足下にも及ばぬと考え、今でも魔術の鍛錬を怠る事はなかった。
「ではお嬢、参りましょう。外で皆が今か今かと待っておりますぞ」
ゴブリンの魔術師は、その体つきに似合わぬ力強い声で言った。
「はい! ゴリン、ブリン、行きますよ――!」
少女が元気良く歩き出し、ゴブリンたちが付き従った。
逞しく成長した三人の背を、少女の母、ヴェロニカは暖かく見送った。
城門を出ると、三十名程のゴブリン達が控えていた。誰もが王都で作らせた新品の防具を身に付けている。
現れた英雄の娘に、敬意を注がれた視線が一斉に向けられた。
ゴブリン族の地位向上が為されたのは、二体のゴブリンと、彼らの主人のおかげであった。その娘と共に戦えるのは、ゴブリン達にとってこの上ない名誉である。
「こいつは縁起がいいや」
綺麗に整列するゴブリン達を見て、ゴリンは懐かしげに目を細めた。
「何がですか?」
少女が首を傾げる。
「いえね、旦那が初めてラシェッド軍で戦った時も、こんな風にゴブリン達を率いていたんでさ」
「もう少しガラが悪かったけどな」
ブリンが補足しながら笑った。
「そうですか、父上が……」
少女は父親の顔も知らない。しかし、多くの物を受け継いでいるという事は、理解していた。ラシェッドや幹部達、配下のゴブリン達が自分に良くしてくれているのも、父が皆に愛されていたからこそだ。そんな父と同じ道を歩もうとしている。少女の胸の内がじんと熱くなった。
少女は杖を高々と上げて叫ぶ。
「“グラシア隊”、出撃!」
「ウオオッ!」
ゴリンが、ブリンが、多くのゴブリン達が右拳を上げて応えた。
どこまでも蒼い空に掲げられた小さな拳に、多くの勇ましい掛け声が共鳴して響き渡る。
炎よりも熱い熱気と熱量が発せられ、小さなその一歩が踏み出されたその瞬間、少女の背中を押す様に、季節外れの心地よい冷たい風が一つ吹いた。
懐かしい、いつかの氷の魔術師が放った冷気にとてもよく似た、静かで小さな風が。
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ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
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ご完結おめでとうございます!
最後まで楽しく、一気に読ませていただきました(^^)
勇者族はしんどいな(-_-)
国王嫌な奴やな。。