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第1話 鹿ノ谷村
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神社の拝殿。賽銭箱の前には、お参りに訪れた男女がいた。女性はニ礼ニ拍手し、目を閉じる。ほどなくして瞼を開き、一礼。視線を右隣に移した。
女性の隣にいた男性は固く目を閉じたまま、ずっと手を合わせていた。男性の横顔を見つめる女性。時間にして約十秒ほどだろうか、少し長めの「願い事」を終えた男性は、瞼を開いた後もずっと正面を向いていた。
なにかしらの決意を、強く込めている。
女性には、男性の姿がそう映っていた。
**
「いいですか、山中さん。この飛行機マークは『機内モード』と言いまして、インターネットやメールが使えなくるんですよ」
若い男性が言った。
彼の向かいには高齢の男性客がおり、共にカウンターに置かれたノートパソコンを覗き込んでいる。
「きないもーど、ねぇ……。どうしたら使えるようになるんだい?」と高齢男性が問う。
「画面の右の隅っこに飛行機マークが出てるでしょう? これを一回、矢印で押してあげたら解除されて、使えるようになりますよ」
小さな個人経営の電気屋──イイジマ電気店のカウンターで今日も、悩みが解決されていた。
「はい、これでメールを送れるようになってます。試しにご自身のケータイのアドレスに、メールを送ってみてください」
若い男性店員に促され、慣れない手つきでスマートフォンの画面を触る高齢男性客。
しかし、すぐに操作する指を止めた。
「こっちでメールはしてないから、アドレスなんてないと思うんだが」
高齢男性の疑問に、若い店員は笑顔で頷いてから返した。
「山中さん、確か血圧を記録するアプリを使っていたでしょう? ということは、『アカウント』を作成する際に、恐らくメールアドレスを登録しているはずなんですよ」
若い店員は高齢男性客の承諾を得てから、彼のスマートフォンを拝借した。慣れた手つきで画面をタップする。
「ほら、これが山中さんのメールアドレスです。きっとケータイショップの人が登録してくれたんでしょうね。なのでここ宛てに、パソコンからメールを送ってみましょう」
若い店員はメールアドレスが表記された画面のまま、スマートフォンをカウンターに置いた。次はノートパソコンの画面だけを見ながら、素早い手つきでキーボードを叩く。
彼がエンターキーをトントン、と軽く二回鳴らすと、すぐに高齢男性客のケータイから通知音が鳴り響いた。音は設定変更されていない。デフォルトだった。
ケータイの画面に、「テスト」と表題された通知が表示されていた。
「ほら、きちんとメールを送れました。これでもう大丈夫です」
若い店員の言葉に安堵した高齢男性客は、胸をなで下ろした。
「いやぁ、亀井さん! 本当に助かったよ。最近は自治会のお知らせなんかもメールで届いたりするもんだから困ってねぇ」
「お役に立ててなによりです」
若い店員──「亀井」と呼ばれた彼は、笑顔を向けて答えた。
「えーと、今の相談料? とやらはおいくらかな」
高齢男性客はポケットに手を突っ込む。取り急ぎ、小さく折りたたんだ千円札を数枚取り出して見せた。
「いえ、このぐらいならお代は大丈夫です。また困ったらいつでもご相談下さい」
「いいのかい? なんだか悪いねぇ」
「とんでもないです。あ、ただ代わりといってはなんですが……もしお買換えの家電がありましたら、是非うちでご検討をお願いしますね」
亀井は冗談と営業が上手く混ざった、爽やかな締めの言葉で結んだ。
「ああ、もちろんだとも。それにしても亀井さん、すっかり“村の一員”になったねぇ。ここは若者が少ないから、あんたみたいな人がいると本当に助かるよ。特にわしらは機械ものも苦手だから」
「でもお陰様で、僕みたいな人間にも役目が生まれて助かってます。逆に機械いじりしか取り柄がありませんので」
高齢男性客は亀井と短い世間話を交わし、電気屋を後にした。
腰の少し曲がった高齢男性客の背中を、爽やかな笑顔を浮かべて見送った。
山間の集落にあるここ、「鹿ノ谷村」は、総人口が千五百人に満たない小さな村。
多くの若者は高校やら大学やらに進学するにつれ、上京していくのが基本。当然人口は減り、田舎の村特有の過疎化と高齢化の問題が目に見えて明らかだった。
若者が毎年村を出ていくことに反し、昨年の秋、鹿ノ谷村に「亀井 旬」は引っ越してきた。
以前は都心にオフィスを構える企業で働いており、来年は遂に三十代へと足を踏み入れる年だ。
新卒のような若々しさはかなり薄れたとは言え、村の平均年齢から比較すれば、まだまだ若者の部類に入る。
他所から、それも単身で村に引っ越してくる者──更には若者となると、その存在は非常に珍しかった。
鹿ノ谷の村人達は当初、亀井のことを不思議がっていた。
『都会の生活に疲れまして……。自然に囲まれてゆっくりと暮らすのが、昔からの夢だったんです』
引っ越してきた理由を、亀井はそう口にした。
女性の隣にいた男性は固く目を閉じたまま、ずっと手を合わせていた。男性の横顔を見つめる女性。時間にして約十秒ほどだろうか、少し長めの「願い事」を終えた男性は、瞼を開いた後もずっと正面を向いていた。
なにかしらの決意を、強く込めている。
女性には、男性の姿がそう映っていた。
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「いいですか、山中さん。この飛行機マークは『機内モード』と言いまして、インターネットやメールが使えなくるんですよ」
若い男性が言った。
彼の向かいには高齢の男性客がおり、共にカウンターに置かれたノートパソコンを覗き込んでいる。
「きないもーど、ねぇ……。どうしたら使えるようになるんだい?」と高齢男性が問う。
「画面の右の隅っこに飛行機マークが出てるでしょう? これを一回、矢印で押してあげたら解除されて、使えるようになりますよ」
小さな個人経営の電気屋──イイジマ電気店のカウンターで今日も、悩みが解決されていた。
「はい、これでメールを送れるようになってます。試しにご自身のケータイのアドレスに、メールを送ってみてください」
若い男性店員に促され、慣れない手つきでスマートフォンの画面を触る高齢男性客。
しかし、すぐに操作する指を止めた。
「こっちでメールはしてないから、アドレスなんてないと思うんだが」
高齢男性の疑問に、若い店員は笑顔で頷いてから返した。
「山中さん、確か血圧を記録するアプリを使っていたでしょう? ということは、『アカウント』を作成する際に、恐らくメールアドレスを登録しているはずなんですよ」
若い店員は高齢男性客の承諾を得てから、彼のスマートフォンを拝借した。慣れた手つきで画面をタップする。
「ほら、これが山中さんのメールアドレスです。きっとケータイショップの人が登録してくれたんでしょうね。なのでここ宛てに、パソコンからメールを送ってみましょう」
若い店員はメールアドレスが表記された画面のまま、スマートフォンをカウンターに置いた。次はノートパソコンの画面だけを見ながら、素早い手つきでキーボードを叩く。
彼がエンターキーをトントン、と軽く二回鳴らすと、すぐに高齢男性客のケータイから通知音が鳴り響いた。音は設定変更されていない。デフォルトだった。
ケータイの画面に、「テスト」と表題された通知が表示されていた。
「ほら、きちんとメールを送れました。これでもう大丈夫です」
若い店員の言葉に安堵した高齢男性客は、胸をなで下ろした。
「いやぁ、亀井さん! 本当に助かったよ。最近は自治会のお知らせなんかもメールで届いたりするもんだから困ってねぇ」
「お役に立ててなによりです」
若い店員──「亀井」と呼ばれた彼は、笑顔を向けて答えた。
「えーと、今の相談料? とやらはおいくらかな」
高齢男性客はポケットに手を突っ込む。取り急ぎ、小さく折りたたんだ千円札を数枚取り出して見せた。
「いえ、このぐらいならお代は大丈夫です。また困ったらいつでもご相談下さい」
「いいのかい? なんだか悪いねぇ」
「とんでもないです。あ、ただ代わりといってはなんですが……もしお買換えの家電がありましたら、是非うちでご検討をお願いしますね」
亀井は冗談と営業が上手く混ざった、爽やかな締めの言葉で結んだ。
「ああ、もちろんだとも。それにしても亀井さん、すっかり“村の一員”になったねぇ。ここは若者が少ないから、あんたみたいな人がいると本当に助かるよ。特にわしらは機械ものも苦手だから」
「でもお陰様で、僕みたいな人間にも役目が生まれて助かってます。逆に機械いじりしか取り柄がありませんので」
高齢男性客は亀井と短い世間話を交わし、電気屋を後にした。
腰の少し曲がった高齢男性客の背中を、爽やかな笑顔を浮かべて見送った。
山間の集落にあるここ、「鹿ノ谷村」は、総人口が千五百人に満たない小さな村。
多くの若者は高校やら大学やらに進学するにつれ、上京していくのが基本。当然人口は減り、田舎の村特有の過疎化と高齢化の問題が目に見えて明らかだった。
若者が毎年村を出ていくことに反し、昨年の秋、鹿ノ谷村に「亀井 旬」は引っ越してきた。
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