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第2話 他所者
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鹿ノ谷村は小さい集落だ。故に、「他所者」の噂は人伝で瞬く間に広がった。外界との関りが薄いこともあり、村人達は彼を警戒していた。除け者、とまでは言わなかったが、積極的にかかわる者もほとんどいなかった。
反面、村人達はまるで行動を監視するように、亀井のことを注視していた。
もしかしたら、彼らの中に「都会の人間は人付き合いを嫌う」といった先入観があったのかもしれない。
だが、亀井は多くの者が抱いていた先入観とは違う人間だった。
彼は引っ越しの当日、わざわざご近所や村長宅へ足を運んで挨拶をした。まだ顔と名前の一致しない相手にも、愛想よく挨拶をした。そのまますれ違うだけでなく、愛嬌よく一言二言の会話を交わした。
冬になれば積雪が当たり前の鹿ノ谷村で、自分の家の周りだけ雪かきをするどころか、ご近所の雪かきも手伝っていた。他にも村の清掃や防犯、様々な活動を、他所からやって来た人間とは思えないほど積極的に参加していた。
他所者が簡単にコミュニティに溶け込めるほど、村社会は簡単なものではない。しかし亀井の人柄や行いを見た村人達は、次第に彼への警戒を解いていった。
ある日、亀井は村に一軒しかない「イイジマ電気店」を訪れた。
店主の飯島に「ここで働かせてもらえないか?」と申し出たのだ。
話に聞けば、亀井は前職でエンジニアをしていたそうだ。電子機器の扱いに長けており、特にパソコン関係の知識はとても優れていた。
「仕事の経験もありますが、半分は趣味ですかね。昔から機械いじりが好きなんですよ」
人に尋ねられた際、亀井は人懐っこい笑顔でそう答えていた。
だが、電気屋の店主である飯島は頭を悩ませていた。それは亀井に問題がある訳ではない。むしろ人手が増えるのは飯島も望んでいたことだが、何分小さな村だ。個人店だ。店主一人の生活だけならまだしも、従業員を雇うほどの稼ぎがあるかというと、そうではない。
「そんなに多くは望んでませんよ」
悩む飯島の様子を見て、亀井が言った。
「本業をリモートでやっているので、多くの給料は求めていないんです。ただ──なんと言いますか、もっと村の人達と交流できる仕事もしたいと思いまして」
亀井はイイジマ電気店の店内に貼ってあった「アルバイト」の時給で働かせてもらうのはどうか、と付け加えた。そして飯島が「かえって申し訳ないな」と了承。
もちろん、彼も本業がある為、毎日出勤は出来ないと。週の半分程度の出勤で、互いに合意した。
山間の集落といえど、電気やガスや水道をはじめ、固定回線やWi-Fiも最低限整っている。
店主の話では、数年前の世界規模の感染症からオンライン帰省も増えており、村を出て行った者が直接帰省することもなく、ズームやビデオ通話で「帰省もどき」をするのが多くなっているとか。
そういった事情も相まって、パソコンや機械に詳しい亀井が電気屋にいるのは、頼もしい限りだった。
「ほら、あれなんだっけ、ズーム? だったか? そんなの俺ら世代じゃ触ってこなかったから正直、ご近所から相談されてもいまいち分かんなかったんだ。一応、村の電気屋はここだけだし、俺も勉強はしてるんだけど中々な……」
店主の飯島が頭を掻きながら、少し恥ずかしそうな表情で亀井に呟いた。
だから亀井が店にやって来てからは、パソコン関係の相談はほぼ彼に任せていた。
店主の飯島も六十手前。時代の急速な進化――とりわけパソコンやスマートフォンについて覚えるのが、やはり難しいと感じているようだ。
「パソコン触るのは好きですから、お任せください」と亀井。
亀井が電気屋で働くようになってからというもの、彼はすっかり村人達から頼られる存在となっていた。
イイジマ電気店の会計レジの横には、小さなカウンター席が設けてある。
そこはノートパソコンの持ち込みや、スマートフォンの相談を伺う場所だ。
亀井目当てのお客なんかは、他の商品には一切目もくれずにここへ飛び込んでくることもしばしば。
まるで鹿ノ谷村の情報機器に関する、駆け込み寺のような役割を果たしていた。
今日も高齢の、落ち着いた雰囲気の女性客が訪れている。村の高齢化は極めて進んでいるせいか、客も高齢の割合が圧倒的に多い。
「なるほど。つまりこの中のデータを、取り出したい訳ですね?」
亀井は確認するように、女性客に聞き返した。
やや厚みのある、年季を感じさせる一台のノートパソコンが、カウンターに置かれていた。画面は真っ暗だが、筐体の右端にあるいくつかのランプは、白く点灯している。
「パソコンが起動しない状態である以上、必ずデータを抜き出せるお約束は出来ません。それと、料金も他作業と比べて高額になってしまいます」
亀井は優しく丁寧に説明しながら、ラミネートされたA4サイズの料金表を取り出した。パソコンに関する作業内容や料金が記載されている。
データの取り出しは項目は「起動有」と「起動無」に分かれており、「無」の価格は税込みで33,000円の表記。起動有と比べて三倍の値段だ。
この料金表は大手家電量販店の価格を真似て、亀井が作成したもの。
彼がイイジマ電気店で働くようになってから、パソコンやスマートフォン関係の相談件数が明らかに増えており、作業に対して明確な価格設定を店主と相談して施した。
動かなくなったパソコンのデータ取り出しは、あくまで成功報酬ではあるものの、料金表の中で非常に高額の部類だった。
「お金はかかっても構いません。どうか、よろしくお願いします」
白髪に染まった高齢女性客は、亀井に何度も頭を下げてお願いした。
よほど大事なものが、この中に入っているらしい。
「差し支えなければ、どんなデータが入っているか伺ってもよろしいですか? もちろんこれは業務上の質問です。データが断片的にしか取り出せない場合もありますから、その際の手がかりにしたいにしたいんです」
亀井が変わらず丁寧に説明すると、高齢女性客は一度、空を見上げるような仕草をした。
ほどなくして何かを言おうと口を動かしたが、躊躇していた。言葉が出てこない訳じゃない。言葉を選んでいた。
「あのぉ、私にも分からないんです、はっきりとは」と高齢女性客が言った。
反面、村人達はまるで行動を監視するように、亀井のことを注視していた。
もしかしたら、彼らの中に「都会の人間は人付き合いを嫌う」といった先入観があったのかもしれない。
だが、亀井は多くの者が抱いていた先入観とは違う人間だった。
彼は引っ越しの当日、わざわざご近所や村長宅へ足を運んで挨拶をした。まだ顔と名前の一致しない相手にも、愛想よく挨拶をした。そのまますれ違うだけでなく、愛嬌よく一言二言の会話を交わした。
冬になれば積雪が当たり前の鹿ノ谷村で、自分の家の周りだけ雪かきをするどころか、ご近所の雪かきも手伝っていた。他にも村の清掃や防犯、様々な活動を、他所からやって来た人間とは思えないほど積極的に参加していた。
他所者が簡単にコミュニティに溶け込めるほど、村社会は簡単なものではない。しかし亀井の人柄や行いを見た村人達は、次第に彼への警戒を解いていった。
ある日、亀井は村に一軒しかない「イイジマ電気店」を訪れた。
店主の飯島に「ここで働かせてもらえないか?」と申し出たのだ。
話に聞けば、亀井は前職でエンジニアをしていたそうだ。電子機器の扱いに長けており、特にパソコン関係の知識はとても優れていた。
「仕事の経験もありますが、半分は趣味ですかね。昔から機械いじりが好きなんですよ」
人に尋ねられた際、亀井は人懐っこい笑顔でそう答えていた。
だが、電気屋の店主である飯島は頭を悩ませていた。それは亀井に問題がある訳ではない。むしろ人手が増えるのは飯島も望んでいたことだが、何分小さな村だ。個人店だ。店主一人の生活だけならまだしも、従業員を雇うほどの稼ぎがあるかというと、そうではない。
「そんなに多くは望んでませんよ」
悩む飯島の様子を見て、亀井が言った。
「本業をリモートでやっているので、多くの給料は求めていないんです。ただ──なんと言いますか、もっと村の人達と交流できる仕事もしたいと思いまして」
亀井はイイジマ電気店の店内に貼ってあった「アルバイト」の時給で働かせてもらうのはどうか、と付け加えた。そして飯島が「かえって申し訳ないな」と了承。
もちろん、彼も本業がある為、毎日出勤は出来ないと。週の半分程度の出勤で、互いに合意した。
山間の集落といえど、電気やガスや水道をはじめ、固定回線やWi-Fiも最低限整っている。
店主の話では、数年前の世界規模の感染症からオンライン帰省も増えており、村を出て行った者が直接帰省することもなく、ズームやビデオ通話で「帰省もどき」をするのが多くなっているとか。
そういった事情も相まって、パソコンや機械に詳しい亀井が電気屋にいるのは、頼もしい限りだった。
「ほら、あれなんだっけ、ズーム? だったか? そんなの俺ら世代じゃ触ってこなかったから正直、ご近所から相談されてもいまいち分かんなかったんだ。一応、村の電気屋はここだけだし、俺も勉強はしてるんだけど中々な……」
店主の飯島が頭を掻きながら、少し恥ずかしそうな表情で亀井に呟いた。
だから亀井が店にやって来てからは、パソコン関係の相談はほぼ彼に任せていた。
店主の飯島も六十手前。時代の急速な進化――とりわけパソコンやスマートフォンについて覚えるのが、やはり難しいと感じているようだ。
「パソコン触るのは好きですから、お任せください」と亀井。
亀井が電気屋で働くようになってからというもの、彼はすっかり村人達から頼られる存在となっていた。
イイジマ電気店の会計レジの横には、小さなカウンター席が設けてある。
そこはノートパソコンの持ち込みや、スマートフォンの相談を伺う場所だ。
亀井目当てのお客なんかは、他の商品には一切目もくれずにここへ飛び込んでくることもしばしば。
まるで鹿ノ谷村の情報機器に関する、駆け込み寺のような役割を果たしていた。
今日も高齢の、落ち着いた雰囲気の女性客が訪れている。村の高齢化は極めて進んでいるせいか、客も高齢の割合が圧倒的に多い。
「なるほど。つまりこの中のデータを、取り出したい訳ですね?」
亀井は確認するように、女性客に聞き返した。
やや厚みのある、年季を感じさせる一台のノートパソコンが、カウンターに置かれていた。画面は真っ暗だが、筐体の右端にあるいくつかのランプは、白く点灯している。
「パソコンが起動しない状態である以上、必ずデータを抜き出せるお約束は出来ません。それと、料金も他作業と比べて高額になってしまいます」
亀井は優しく丁寧に説明しながら、ラミネートされたA4サイズの料金表を取り出した。パソコンに関する作業内容や料金が記載されている。
データの取り出しは項目は「起動有」と「起動無」に分かれており、「無」の価格は税込みで33,000円の表記。起動有と比べて三倍の値段だ。
この料金表は大手家電量販店の価格を真似て、亀井が作成したもの。
彼がイイジマ電気店で働くようになってから、パソコンやスマートフォン関係の相談件数が明らかに増えており、作業に対して明確な価格設定を店主と相談して施した。
動かなくなったパソコンのデータ取り出しは、あくまで成功報酬ではあるものの、料金表の中で非常に高額の部類だった。
「お金はかかっても構いません。どうか、よろしくお願いします」
白髪に染まった高齢女性客は、亀井に何度も頭を下げてお願いした。
よほど大事なものが、この中に入っているらしい。
「差し支えなければ、どんなデータが入っているか伺ってもよろしいですか? もちろんこれは業務上の質問です。データが断片的にしか取り出せない場合もありますから、その際の手がかりにしたいにしたいんです」
亀井が変わらず丁寧に説明すると、高齢女性客は一度、空を見上げるような仕草をした。
ほどなくして何かを言おうと口を動かしたが、躊躇していた。言葉が出てこない訳じゃない。言葉を選んでいた。
「あのぉ、私にも分からないんです、はっきりとは」と高齢女性客が言った。
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