亀が嘲笑う

きょろ

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第3話 ビットロッカー

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「分からない……と仰いますと、それはどういう……?」

 亀井も予想外の返答に、少し首を傾げた。

「実はこのパソコン、昨年亡くなった主人の遺品なのです」

 なるほど、と亀井は一瞬言葉に詰まった後、意味を理解した。確かにそれなら「分からない」も納得だった。

「そういうことでしたか」
「主人は物好きな人でしてねぇ。七十を過ぎてから、趣味で急にプログラムとかいうのを勉強し始めまして」

「プログラミングですか、それは凄いですね!」と亀井が驚きと関心の声を上げた。

 近年では、プログラミングは学校の授業にも取り入れられている。だが、現役を引退した高齢者が趣味で始めるのは、きっと珍しいことだろう。

「生前、主人はこのパソコンでオセロのゲームを作っていたんです。別にそのオセロをどうこうしたい訳ではありませんが、主人が生きていた証を少しでも残しておきたくて……」

 高齢女性客は、自分の心中をどう説明してよいか困っている様子だった。
 亀井は途中で彼女の話を区切り、話を進める。

「事情はよく分かりました、やってみましょう。とは言っても、決してお約束出来るものではないのが心苦しいですが、全力で対応させていただきます」

 亀井の言葉に、高齢女性客も安堵の表情を浮かべた。まだ中のデータが取り出せると決まった訳ではない。しかし、自分の気持ちが亀井に伝わっていたことが、彼女を安心させた。

 正式にパソコンを預かることが決まり、亀井は高齢女性客に、所定の申込用紙への名前や連絡先の記入をお願いした。手続きを終えて、高齢女性客が店から出て行く。亀井も穏やかな表情で見送った。

「加治さんとこの爺さん、去年の夏に亡くなっちゃったんだよ」

 こじんまりとしたイイジマ電気店の店内で、別の作業をしていた店主が寂しそうに呟いた。

「まだ亀井さんが引っ越してくる前だね。歳の割には元気な爺さんだったんだけど、病気になってからは呆気なかったなぁ」
「そうだったんですか……」

 亀井の声も少し暗くなる。

「でも、なんとか奥様のご希望に添えるよう頑張ってみます」
「頼むわ。まだやってみないと分からないと思うが、俺より亀井さんの方が確実に任せられるからね」

 店主はフッと笑みを零した。

 亀井は早速、預かったノートパソコンの側面にUSBメモリを差し込んだ。電源を付けてF2のキーを数回続けて押すも、画面は真っ黒のまま。一度電源ボタンを押し続けて電源を切り、また同じことを数度繰り返す。

 イイジマ電気店に今、お客の姿はない。

「加治さんのパソコン、どうだい?」

 店主の飯島が、亀井の様子を見ながら声をかけた。

「うまくいきませんね。筐体を開いて、ハードディスクを取り出すしかなさそうです」と亀井が答える。

 パソコンの中にはOSと呼ばれるシステムが搭載されている。
 このOSには様々な種類があり、店頭正規品にはほぼ共通して入っている有名なものあれば、有志によって作られ、無料配布されているものまで種類は多い。

 一言に「パソコンが動かない」と言っても、電源が入らないのか、画面が映らないのか、はたまたメーカーのロゴ表示が出ないのか。どのような状態で「動かない」かによって、対処も大きく異なってくる。

 仮にOSがなにか悪さをして動かない、という場合なら、別の手段で動かすことも可能だった。だから亀井はひとまず試みたが、結果は失敗だ。既存以外のシステムを使ったデータの取り出しは出来なかった。

 亀井は次の手段を取る。パソコンを分解し、データが保管されているハードディスクだけを取り外そうと考えた。取り外したハードディスクを、正常に動いているパソコンに接続すれば、中のデータを外部記録媒体として読み込むことが出来るかもしれない。

 カウンター裏の道具箱から精密ドライバーを取り出し、亀井はノートパソコンの背面のネジを外した。

「お客さんの相手は俺がしておくから、亀井はさんはそっちに集中してくれ」

 飯島は「多分、誰も来ないしな」と付け加えて言った。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 返事をした亀井は手際よく小さなネジを外していく。ネジの刺さっていた穴と、その周囲が茶色い錆びで汚れていた。パソコンの年季を物語っている。

 全てのネジを外し終えると、亀井は手術を担当する外科医の如く白いゴム手袋を身に付け、パソコンの背面を外した。手から流れる静電気によっての故障を防ぐ為のゴム手袋だった。
 今分解しているパソコンはもう既に故障している訳だが、それでも亀井は細心の注意を払って作業に挑んでいた。

 パソコンの中身は、基盤やそれを繋ぐ配線とと共に、大量の埃が詰まっていた。元々は黒色のファンなのだろうが、全体に薄く埃が覆って灰色になっている。
 亀井は更に数本のネジを外した後、手のひらに納まるサイズのハードディスクを取り出した。

「データ見れるかな?」と独り言を呟く亀井。

 業務用に置いてある店のパソコンにハードディスクを繋ぎ、中のデータが見れるかどうかの確認をする。USBの端子を差し込んだ次の瞬間、認識音が鳴った。

「お、読み込んだみたいだな。どれどれ」

 音に気付いた飯島が、作業を覗きにやってくる。そして店のパソコンの画面の前で、何やら難しい表情を浮かべている亀井に思わず声をかけた。

「亀井さん、これは……?」と飯島。

 彼の目に映っていたのは、認識した外部媒体に「南京錠」のマーク。

「ビットロッカー……か。暗号がかかっていますね。一筋縄ではいかないもんだなぁ」

 亀井は溜息交じりに言った。
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